【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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No.019/幽霊電話・ダンディ再び



 シロノは、とぼとぼと道を歩いていた。

 本拠地(ホーム)の外に出るなんて事は、仕事のほかは団員の誰かと出掛けるとか、お使いを頼まれるとかの時だけで、シロノ個人の用事で外に出たことなど一度もない。
 だから明け方、一人でシロノが外に出るなど団員の誰もが予想だにしておらず、シロノは誰にも気付かれることなく、書き置きをしてから、あっさりと外に出た。

 伊達にクロロ達に鍛えられていないシロノは、既に半日近くを走ったり歩いたりして、中規模の街に辿り着いていた。
 ざわざわと人が行き交うが、“絶”状態のシロノに気付く人間など誰もいない。

 身に纏って来たのは、日光を遮る大きなフードがついた、大きめのコート。
 シロノはフードの下からぼんやりと行き交う人々を眺めていたが、ふと腹が鳴ったことで朝から何も食べていないことに気付き、近くにあったホットサンドの屋台からひとつ失敬し、ベンチに腰掛けてそれを食べた。
 もちろん、金は払っていない。
 クロロたちに鍛えられてさらに“絶”の達人となったシロノは、店主に気付かれずにパンのひとつを平然と持ってくる位は朝飯前だった。

 そしてパンを食べ終わったシロノは、ピンクのウサギの形をした携帯電話のバッテリーの蓋を開け、中に入っている小さな紙を取り出した。

「……しるば・ぞるでぃっく」

 シロノは、手の中にある白い名刺を見つめた。
 クロロに怒られたあの日、シロノはキモノを着ていた。シルバと名乗った銀髪の男はいつのまにか、その帯の結び目に名刺を挟んでいったのだ。
 帰ってキモノの仕掛けを解くとハラリと舞った小さな紙に、シロノはとても驚いた。しかし敵に背を向けたばかりかこんなものを挟まれて気付かなかったなど報告したらまた怒られる、と思い、シロノはこの名刺を、慌てて携帯のバッテリーと蓋の間に隠したのである。

 名刺には、シルバ・ゾルディックという名前と、住所と電話番号──ホームコードと、携帯電話の二つが書いてある。
『暗殺請負』という一文さえなければ、味も素っ気もない普通の名刺だ。

 小一時間も携帯と名刺を見比べ、その間何度も通話ボタンと電源ボタンを押しては切りを繰り返したあと、シロノはとうとう、名刺に印刷された番号をゆっくりとプッシュした。

《──誰だ?》
「あ」
 5コールほどして聞こえた低い声には、確かに聞き覚えがあった。
「えっと…………あの、こんにちは」
《……?》
「シルバ・ゾルディックさんですか」
《そうだが……。…………うん? もしかして、十日ほど前に仕事で会った子か》
「あ、うん。シロノです」
《シロノ、か。“お口にチャック”はもういいのか?》
 シルバの声にはどこか笑いが滲んでいて、シロノは少しだけホっとした気持ちになった。
「いいの」
《そうか。で、用件は何だ? 殺して欲しい奴でもいるのか》
「ううん、いない」
 そう言うと、シルバは今度こそ声を出して笑い、「それは良いことだ」と言った。

《では、どうした?》
「…………………………わかんない」
 シロノは、馬鹿正直にそう言った。
 クロロのように湯水のごとく嘘がわいてくるような性格だったら、ここでもっともらしいことが言えるのだろうか、とシロノは思いながら、そのまま黙ってしまったシルバへ、ばつの悪い思いをした。

《今、どこにいる?》
「えっと……」
 シロノが慌てて街の名前を言うと、シルバはああ、と相槌を打ち、それから話しだした。

《俺は◯◯という所に居る、仕事でな。少し遠いが、そこからなら飛行船で五時間程度だ》
「白くておっきい美術館があるとこ」
《知っていたか。……そこまで来れるか?》

 シロノは、少し返答に迷った。
 一人で交通機関に乗って遠出をしたことなどない。そして◯◯というのは国ひとつまたいだ場所にある街で、風光明媚な町並みと、著名な画家を輩出したことから芸術が盛んなことが名物の街だった。そう、シロノが初めて蜘蛛の仕事についていって宝冠を盗んだ、あの街である。

「……行ってみる」
《俺は夕方四時から五分間、ヴェリアというホテルのロビーに居る》
「あい」
 それきり、シルバは電話を切った。

 シロノはそのまますぐに飛行船の発着場に行き、係員に◯◯まではどうやったら行けるかを聞いた。
 小さな女の子のたどたどしい質問に係員の女性はとても丁寧にルートを教えてくれたが、チケットを手配しようか、という親切を、シロノは断った。シロノは、パンも買えない一文無しだ。

 だがシロノは、あっさりと目的の飛行船に乗った。
 大人の腰ほどにも身長の届かない子供、しかも完璧な“絶”を使ったシロノが、誰にも気付かれずに乗客の中に紛れ込むのは、驚くほど簡単なことだった。
 シロノ自身も、自分一人で遠くへ行くことがこんなに簡単なことだったなんて、と一人拍子抜けに驚いていた。

 そして飛行船の中、特にやることもないシロノはいくつかの雑誌や自動販売機のある休憩室に入った。そしてそこで柔らかいソファを見つけ、シロノはくるりと猫のように丸くなり、そのまま眠りにつく。

 ──そして寝入ってしばらくしてから、シロノの携帯電話が鳴った。

 しかし、昨夜あまり眠れていなかったのか深く眠り続けるシロノは、マナーモードにした携帯が震えているのに気付かない。
 留守番電話に繋がる度にリダイヤルしているのだろう、何度もかかって来る電話に、向かいで新聞を読んでいる中年の男が気付いた。
 シロノは寝ている間も“絶”を行なっているが、携帯はそうもいかない。だからこそマナーモードにしていたわけだが、こう延々鳴っていては、やはり気付かれてしまったようだ。
 仕事なのか、棒タイを緩く締めたスーツの男は持ち主であろう小さな子供を起こそうかどうか迷っていたようだが、その時突然、一定期間……留守番電話に切り替わるまでのギリギリの間隔で切れてはかかって来たその電話が、プツリと鳴り止んだ。

 諦めたのだろうか、と男は思い直し、そしてシロノがあまりに深く眠っているせいか、再び新聞を読み出した。

 電話が切れたのではなく通話状態になったことなど、彼が気付く由もなかった。



「──出ない」
 長いコール音のあと留守番電話に繋がったシャルナークの携帯を片手に、クロロは言った。
 そしてシロノが電話に出ないということで何人かは身の心配をし、また何人かは本気で戻って来ないつもりかと訝しむ。

「前にも言ったけど、誠意ってものが大事だよ団長」
 シャルナークは、もっともらしい顔を作って言った。
「嘘つきのドロボーが、それを越えた信頼を得るにはどうしたら良いか、ということ。モノで釣るとかじゃなくてね」
「──……それはつまり……」
「そう、つまり、だ。考えて団長。正念場だよ」
 考え込むクロロを、全員が見守った。クロロは口元に手を当てて長らく考え込んだあと、やがて携帯を見つめ、

 ──リダイヤルを押した。

「そうそれ! 団長ナイス! この場合着信履歴こそ誠意の証だよ!」
「成長したのね……! えらいわ団長!」
 電話に耳を付けるクロロを、シャルナークとパクノダがお互いガッツポーズまで作って賞賛した。他の者は「リダイヤルかけただけで褒められるって、どっちが幼児だ」と呆れながらその様子を見遣っている。
 しかしこれがもし女相手の電話なら、留守電に切り替わった時点で確実にクロロは携帯を放り出していただろう。もしかしたら、留守電に切り替わるまでも待たないかもしれない。

 彼は盗む獲物に異常なまでの興味を持つ時はあっても、人間に対してはひどく薄情だ。

 それは自覚のない、深層心理からのひどい人見知りと言い換えてもいい。
 クロロ自身に人見知りの自覚はなく、むしろ本人は誰とでも当たり障りなく接することが出来る人間だと思っているのだ。
 確かにそれも間違いではないのだが、それは作り笑顔で適当に受け答えが出来る、というだけの話だ。彼は基本的に他人に興味を持たないし、人との繋がりを自分から欲しがることはない。
 人恋しさに出会い系サイトを利用したり、合コンに通い詰めたり、会ったこともない人間のワイドショーネタで盛り上がったりする人種とは、最も遠い性質の男である。

 ともかく、クロロがまともな付き合いをしているのは、それこそ旅団の仲間、特に結成時の古参メンバーのみだ。
 だからこそ、シロノに興味を持ったと言って拾い、さらに育てると言い出したクロロには皆、心底驚いたのだ。
 そして昨日はそれが人間扱いしていなかったからだ、ということにパクノダとシャルナークはガッカリしたのであるが、この展開だとそうでもないかもしれない、と二人は思った。

「……オイ、いくらなんでも出なさすぎだろ」
 クロロの誠意とやらが既にストーカーレベルになりつつある頃、ノブナガが言った。
「まさか、マジで身動き取れねえ状態なんじゃねえだろうな」
 その台詞に顔を見合わせた一同は、シロノがいつ電話に出ても皆で向こうの状態を音で観察できるよう、携帯電話にスピーカーを繋ぎ、クロロが留守電の壁をリダイヤルアタックでひたすら攻める様を見守ることにした。
 だが何度かけてもシロノが出ないので、本気で誘拐対策を講じた方が良いのでは、と皆が言い出し始めた時、スピーカーから本拠地ホーム全体に延々響いていた呼び出し音が、プツリと途切れた。

 クロロだけでなく、全員がピクリと反応する。

「──もしもし、」
《しつっこいわね、この身勝手男!》
 スピーカーから、“キーン”という不快な音とともに大音量で響き渡った女の声に、全員が耳を押さえる。
 そして同時に、電話に出たのがシロノではないことに目を丸くした。
 クロロもまた、珍しくかなり驚いた状態で目を見開いている。

「……まさか」
《何なのよさっきから、このストーカー並の着信!》
「──……アケミ、か?」
 半ば呆然としたようなクロロの声に、全員が更に驚く。
 旅団のほとんどの人間には、霊感がない。幽霊であるアケミの声をはっきり聞いたことがあるのは、夢で会ったことのあるクロロと、シャーマンでもあるボノレノフだけだ。
《そうよ》
「……驚いたな。どういうことだ」
《どうだっていいでしょ。悪いけど、もうそっちには帰らないわよ》
 冷ややかな声に、クロロが僅かに眉をひそめる。

《調べたんでしょ、あの子の血縁上の父親がどんな奴か》
「ああ」
《だからアタシは、あの子に素敵なパパと出逢って欲しいのよ。“おままごと”なんかじゃない、ホントの、成長してもちゃんと見守ってくれる父親をね。だからアンタはダメ》
「……俺は」
《アタシ、死ぬ前は占い師をしてた》
 突然、アケミは言った。
「占い師……?」
《そう。アタシがロマシャの生まれだって事は?》
「知ってる。ヨルビアン大陸起源の、所謂……ジプシーと呼ばれる民族だ」
 クロロが答えると、そうよ、とアケミは言った。

 ロマシャはヨルビアン大陸起源の移動型民族で、占いや音楽、踊りなどの技芸に優れ、旅芸人として各地を放浪するのが基本スタイルだ。
 特に音楽に関しては歴史的に大きな貢献をしている。独特の神秘的な考え方と文化を持ち、そのボヘミアニズム的スタイルを好む者も多い。

《よく知ってるわね。そう、アタシはロマシャの女よ。本来のロマシャは旅をしながら暮らすけど、もうそんなことしてるロマシャなんてほんの少ししか居ないわ。アタシはロマシャの自治区でアパートを借りて、ロマシャの間で伝わる占いで生計を立ててた》
 たまに踊り子とかもしたけど、と言って、アケミは続けた。
《女の子やカップルにお守りやおまじないの小物を売るのが主だったけど、アタシの占い、結構当たるってんで評判だったのよ。特定の人の心を読むとか、未来を占うとかもできたわ。そして、殺されてこうなってから、その力がケタ違いに上がったの》

 ──……心が読めるのか?
  ──多少ね

 ──おまえは、予言者か?
  ──まあそんなものよ。全部じゃないけど、色々わかるわ


「……なるほどな。もともと無意識に働いていた念能力が、死んだことで一気に強まった」
《そういうことなのかしらね。念ってモノ自体、アンタたちに会ってから初めて知ったんだけど。ていうかアタシの存在に気付いて素性まで調べたのは、アンタたちが初めてよ》
 アケミはそう言って、フウ、と息を吐いた。幽霊の吐息は、何となく違和感がある。

《だからあの子を騙せても、アタシには通用しないわよ、この大嘘つき!》
「……」
《でも、あの子が強くなるように鍛えてくれたことや、色々世話を焼いてくれたことは感謝してる。話すことは出来なかったけど、他の皆も良くしてくれたし》
 自分たちの話をし始めたアケミに、団員たちが顔を上げる。

《マチちゃんとパクちゃんはすっごく良いお姉さんだったし、ノブナガ君は厳つい顔して一番優しいし、なんだかんだでフィンクス君も構ってくれてたしね。フェイ君と話してるときのシロノはものすごく楽しそうだったし、ウボー君もちょっと乱暴だけどよく遊んでくれてたじゃない? フランクリン君はどっしり構えてて安心して預けられる感じだし、ボノさんはさすが年長だけあって違うわよね。シャル君も、扱い方を迷ってるだけで凄く細かく気を配ってくれてたわ》
「褒められてるよ俺ら」
 あはは、とシャルナークが小さく笑った。
 そして「扱い方を迷っている」ということを見抜かれていたのか、と頭を掻いた。
 子供などと喋った事のない、そしてやや理屈屋のシャルナークはシロノとどう接してよいのかよくわからず、結局身の回りのものを手配したり、過ごしやすいように気を配ったりということばかりしていたのだ。
「ふーん、ノブナガが一番優しいんだ」
「うっせえ黙れシャル。笑ってんじゃねえ」
「さすが母親、よく見ている」
 ボノレノフが、感心して頷いている。

《でもアンタはダメよ、クロちゃん》
「クロちゃんて呼ぶな」
 クロロは無表情で律儀に反論し、そしてその呼び名に数人が驚愕する。

《そうね、あの子を鍛えてくれたことは感謝してる》
「人の話を聞け」
《でもダメ。大きくなったら用済みだなんて、話になんないわ》
 重く、そして残念そうな、怒った声だった。
《言ったでしょ、アタシがこうして守ってあげられるのは、この子が子供のうちだけなのよ。しかもその期間はすごく短い。子供の成長なんてあっという間だもの》
「……アケミ?」
《アタシが居なくなったあと、ちゃんと支えて、見守ってくれるパパじゃないとダメなのよ。この子が大人になったら、アタシは》
「……アケミ!」
 大きな声を出して遮ったクロロに、アケミが黙る。

《……何よ? 大きい声出して》
「お前……」
 クロロは、訝しげに顔を歪めている。それはスピーカーで会話を聞いている団員たちも同じだった。
「……お前、気付いていないのか?」
《……は? ……何が?》
 意味わかんない、と言ったアケミに、クロロは眉を寄せた。

「何が“大きくなったら”だ! シロノの成長を妨げているのはお前だろう!」
「ちょっと、団長!」
《……何ですって》
 クロロの発言をパクノダが諌めるが、返って来たアケミの声は、ぞっとするほど重い。

《何ですって? アタシが、》
「お前が居るから、あいつはいつまでも成長しない!」
《……人の気も知らないで!》

 ──それは、泣き叫ぶのに近い怒声だった。

《アタシがどんな気持ちで死んだと思ってるの!? 死んでお墓に入っても必死でこの子を産んだ、アタシの気持ちがわかるって言うの!》
「アケミ!」
《身体のないアタシが、誰からも助けてもらえないこんなアタシが、どんな必死な気持ちで、──どんなに!》
 シン、と静寂が通り過ぎた。はあはあと、アケミの吐息が聞こえる。
 まるで生きている者のようであるのに、聞いている者たちは、それが死者の、意味のない虚しい吐息であることが、何故かはっきりと実感できた。

《……寝る前にこの子に本を読んでくれて、ありがとう》
「おい、」
《それだけよ、さよなら》
 ブツリ、と電話が切れた。ツー、と虚しい機械音が響く。

「くそ。予想外だ」
 クロロは下ろした前髪を掻き上げ、携帯を置いた。シャルナークがそれを取って再度リダイヤルをかけるが、今度は既に電源が切られている。

「──で、どうする? 団長」
「……また問題か?」
「そうだよ。誠意を見せるってのは大変な事だねえ。堅気って凄い」
 戯けたように肩をすくめるシャルナークに、クロロはため息を吐いてから、再度前髪を掻き上げた。
 そして今度はため息ではない、何かを決意するような息を吐く。
「……迎えに行く」
「こんな誠実な団長見たことない」
 マチが言い、数人が堪え切れずに吹き出した。

「本当ね。どんな女も、団長にここまで縋られたことないね」
「まったくだ、スゲーなあのチビ。将来は魔性の女かも」
 フェイタンとフィンクスが、笑いながら言う。クロロはさんざんのからかうような目線を背筋を伸ばして跳ね飛ばすと、シャルナークに向き直る。
「シャル、」
「場所ね。はい」
 彼が直ぐさま目の前に示した小さなディスプレイに、クロロはきょとんとする。
「場所を調べろ」と言う前に渡されたのは、小さなGPS所在モニタ。クロロがシャルナークを見遣ると、彼はにっと悪戯っぽく笑った。
「オレお手製の携帯ですから。電源切っても稼働する、迷子防止のGPS付きは常識だね」
 仕事のできる部下持って良かったね、と言うシャルナークに、クロロは苦笑を返し、モニタを受け取る。
「そのようだ」
「気遣い上手のシャルお兄ちゃん、でもいいよ」

 いってらっしゃいオトーサン、と、シャルナークはクロロの背中を叩いた。


 
++++++++++++++++++++++++++++



 熟睡していたシロノは、まるで五時間きっかりタイムスリップでもしたような心地で目覚めた。
 時間を見ようと携帯を見ると、なぜか電源が切れているのに気付く。
 寝ている間に身体で押してしまったのか、と首を傾げつつも、シロノはもう一度電源を入れる。
 そして来たときと同じように、“絶”を使った状態でぞろぞろと降りる大人たちの足下に紛れて飛行船を降りた。

「ついた」

 あっけなく、シロノはかつて旅団と、いやクロロとやって来たことのある街に降り立った。

 時刻は、三時半。シルバとの約束は四時である。
 シロノはさっそく空港の案内窓口へ行き、ヴェリアというホテルの場所を聞いた。ホテル・ヴェリアはどうやらガイドブックに必ず載っている有名ホテルであるらしく、「直通バスが出ていますよ、十五分くらいで着きます」と、手慣れた、そして酷く親切げな答えが返って来た。

 ずっと旅団の誰かと行動していたため、見知らぬ他人に尋ねるということをあまりしたことのないシロノだったが、シロノくらい幼いと、普通はこうして手取り足取り心配されるものであるらしい。
 行きでもそうだったが、手を引いて連れて行こうかという空港の女性係員の申し出を、シロノはやや顔を赤くして、丁寧に断った。

 目当てのバスはすぐ見つかったが、バス代などないシロノはやはり、というか当然無賃乗車である。
 しかしさすがにバスは狭いし人に紛れにくい。面倒だな、と思ったシロノは、くるりと辺りを見回すと、ぴょんと飛び上がってバスの屋根の上に乗った。大きなバスの上に小さなシロノが座っていても、死角になって、そう大勢の人間に見られるわけではない。
 すぐにバスは走り出し、シロノはバスの屋根の上で風に吹かれながら、かつて来た町並みを見渡した。

 前来た時は、夜だった。
 しかし夕方に差し掛かろうとしている時刻の空はまだ青く、白い建物や色とりどりの瓦の屋根、窓際に飾られた花、緑に生い茂る気の色が、太陽の光に照らされて眩しい。
 だが日光過敏症のシロノは、ただその眩しさを厭い、風圧で飛びそうになるフードを深く被り直した。



 係員の言った通りきっかり十五分後、バスは大きなホテルのロータリーに到着した。
 シロノはぴょんと屋根から飛び降りるが、やはり誰も気付かない。

 ロビーに入ると、大きなアンティークの掛け時計が、ちょうど四時を指していた。
 シロノは、きょろきょろと辺りを見回す。グレードが高いというよりはとにかく大きい、といった感じのホテル・ヴェリアのロビーはとても大きく、ビジネスマンやツアー旅行の団体などがよく目に着いた。

「──時間きっかりだな」

 一人掛けのソファに座った大柄な男が、シロノにほうを振り返っていた。
「おまえは俺を試してるのか? ……相変わらず見事な“絶”だ」
 いつホテルに入って来たかわからなかった、と、仕事とやらのためなのか、スーツを着込んだシルバは薄く笑った。









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