【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎

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No.021/Eternal child.

 

 

 ばたばたする室内で話すのもなんだから、と、彼らは屋敷のエントランスまで出た。置いてある椅子にそれぞれが腰掛ける。

 

 ──まるで親子だ。

 

 シルバに抱き上げられたシロノを見たクロロの感想は、まさにそれだった。

 同じ銀髪に、適度に親子らしく離れた年齢、抱き上げた仕草の手慣れ具合。それは、どこをどう見ても親子そのものだった。

 

「まったく、もう新しい“パパ”を見つけているとはな」

 しかしそう言って、クロロは子供を見た。シロノがきゅっと唇を噛むのを、クロロは変わらない表情で見遣る。そしてシルバもまた、落ち着いた物腰で言った。

「“大きくなったら売り飛ばされるので家出をして来た”と聞いている」

「……ちょっとした誤解だ」

 クロロがぼそりとそう返した後、シルバは空を見つめる猫のような仕草で、ふっとシロノの背後を見遣った。

「…………………誤解ではない、と言っているようだが?」

「あんた、アケミと話せるのか?」

「アケミというのか?」

 シルバは、クロロを見ないまま言った。アケミと話しているのだろう、そうか、と頷いて、それからクロロに向き直った。

「そのようだ」

 そう言って、シルバは抱き上げたシロノの頭を撫でた。

「こちらの言い分はシンプルだ。お前達がいらないのなら、うちに連れて帰りたい」

「駄目だ」

「……売りとばそうとしたくせに」

 下唇を吸うように噛み、眉を顰め、じっとクロロを睨む子供の声は、呻くような、恨みがましいそれだった。

「売り飛ばすなんて誰も言っていないだろう」

「うそだ、言った。力が使えなくなったら使えないからいらないって言った」

「……まあ、言ったな」

 クロロはあっさりと認め、シロノは彼を睨んだ。しかし蛙の面に小便とはまさにこういうものだろう、もしくは何様だ、という感じで、クロロは悠々とシロノを見下ろしている。

「だが今はそう思っていない。能力がなくなるのは確かに惜しいが、そのあと新しい能力を」

 そこまで言われて、シロノは初めてカッとなった。

「それもうシルバおじさんが言ったもんね! ばかっ! ばーか!」

「ばっ……」

 初めてシロノに罵声を浴びせられ、クロロは驚愕の表情を浮かべて声を詰まらせた。そして「これが噂に聞く反抗期というものか」、と的外れなことを頭の端で思う。クロロはショックを受けつつも、精一杯大人の威厳がありそうな厳めしい表情を作り、コホンと咳払いをした。

「馬鹿とは何だ」

「ばかばかばかばかばか、ウソつきばかっ! ばかっ、うそつき、ハゲ!」

「誰がハゲだ」

 子供特有の手当り次第の罵声に世界一大人げない集団の頭目の大人の威厳は五秒と保たず、ごち、と、クロロの拳骨がシロノの脳天に炸裂した。シルバはその様子を、悠々とした態度で眺めている。

 

「ぅう~……」

 シロノは、じんじんと痛む頭に両手をやり、上目遣いの涙目でクロロを睨んだ。クロロが殴った衝撃で、可愛らしいビーズのティアラが無惨に潰れている。

 そしてクロロはハっとする。背後に居るアケミが物凄いオーラを発していることが、“凝”をしなくてもわかったからだ。

 

「……うわぁぁあああん! ぶったぁ──!」

 

 初めて大泣きしたシロノにクロロが不覚にもびくりと肩を跳ね上がらせ、アケミは烈火の如くオーラを燃え上がらせていた。悠然としているのはシルバだけである。

「うぇああああああ、わあああああん!」

 物凄い勢いで大口を開けて泣き喚くシロノに、エントランス中の注目が集まった。それは可哀想に、という視線もあったが、酷く迷惑そうな視線が大半だった。

「泣くな!」

「ふぎゃああああああ!」

 クロロが言うが、シロノはその声で泣き止むどころか、余計に泣きだしてしまう。しかも今度は、まるで小さな怪獣のような、本当にどうしようもない声で。

 

 そしてシルバは展開されるやかましい修羅場に一つ息をつくと、ハンカチを取り出し、涙と鼻水まみれになりつつある顔に押し付けた。

「ふぐっ」

 視界を塞がれたからか、シロノがひゅっと息を吸い込んで、大声を収めた。

 シルバは無言のまま、片手で掴めるほどのシロノの顔をハンカチでがしがしと拭きつつ、もう片方の手で、潰れたティアラを引っぱって取った。髪の毛が二本ほど抜けた上に顔の拭き方もかなりぞんざいだったが、シロノは物理的に黙らざるを得なくなり、ひくひくと泣きながらも黙って顔を拭かれている。

「う……」

 涙と鼻水はさっぱりしたが、綺麗に乗せられていたはずの薄い化粧もまた根こそぎ取り除かれ、そこにあるのは泣いたのと擦られたので赤くなった子供の泣き顔だった。クロロは面倒臭そうに顔を歪めたが、何も言わなかった。ひっくひっくとしゃくり上げるその様が、いつ再度涙の大噴火が起こるか分からない状態であったからだ。

 

 そんな小さな爆弾が少し落ち着くまで、シルバとクロロはとりあえず黙った。そしてしゃくり上げる声が小さくなった頃、シルバが言った。

「……とにかく、保護者が迎えに来てしまっては、こちらの言い分を通すわけにもいかないだろう」

 シルバは汚れたハンカチを裏返して畳み直すと、シロノの手に押し付ける。

「なかなか大事にされているようだしな」

「されてないもん、売り飛ばされるもん」

「ははは」

 ぐずぐずと泣きながら意固地に主張するシロノに、シルバは軽く笑った。

「そうでもないようだぞ」

 ちらり、と彼はクロロを見遣る。彼は表情を変えなかったが、シルバを静かに見返した。

 

「まあ、また売り飛ばすと言われたらうちに来い、いつでも歓迎しよう。ではな」

 不安そうな顔をしているアケミを見遣り、そしてシロノの頭を撫でてから、シルバは踵を返した。

「……えらくあっさり引き下がるんだな」

 クロロが言うと、ウェーブした銀髪が翻る。

「欲しいのは確かだが、私は欲しいものはまっとうな手段で手に入れる主義でな。……お前も、たまにはそうしてみたらどうだ?」

 そうでないとどうしたって手に入らないものもある、とシルバは言い、今度こそ夜の闇に消えた。

 

「……さて」

 

 銀色の鬣のような髪が完全に消えてしまってから、クロロは半ば呆然としたようにも見えるシロノをちらりと見下ろした。

「帰るぞ」

「いやっ!」

 ぷいっ、とシロノは顔を逸らした。後ろ向きでも、ぱんぱんに膨らんだ頬が分かる。クロロは小さくため息をつき、そして一拍置いたあと、ひょいとシロノを抱き上げた。

「う!?」

「とりあえずここを出るぞ」

「……や──! やだやだやだやだ、ゆうかいはん、人買い、ゆうか、むぐっ」

「黙れ」

 幼児らしいきんきん声で喚き散らすシロノの口を押さえ、クロロは“絶”を使い、素早く屋敷を飛び出した。

 

 

 

「──さて」

 走り出したクロロがそう言って足を停めたのは、以前ここで仕事をした時に使ったアジト、すなわち人目につきにくい場所にある廃墟だった。

「う~~~~……」

「何だ、そんなにゾルディックの子供になりたかったのか?」

 シロノは頬を膨らませたまま、答えない。しかしクロロはそのことは特にどう思っているわけでもないのか、シロノから目を離し、シロノの背後を見た。

 

「アケミ。話がある」

 

 霊感のないクロロには、アケミの姿や声を認知することは不可能だ。しかしクロロは、月光が僅かに射す夜闇をじっと見つめた。

「──アケミ。アケミ・ベンニーア」

 傍目から見ると独り言にしか見えないが、クロロは続ける。

「お前は、ずっとこうして、“家”を渡り歩いてきたんだな。ロマシャの女」

 シロノが、きょとんとクロロを見る。クロロは廃材の上にどっかと腰掛けた。

「……シロノ。最後の“ままごと”をしよう」

「え……」

 廃墟に差し込む月光、それと同じくらい静かで確かな声で言ったクロロに、シロノは困惑したような目を向けた。しかしクロロがそれ以上何も言わずにじっとしているので、シロノは仕方なく能力を発動させた。三人が、6畳間程度の四角い“円”の中に居る。

「……“クロロがパパで、あたしがこども”」

「ん」

 クロロは短く返事をすると、虚空からじっと目を逸らさないまま言った。

「……俺はこれから嘘をつかない。“約束”だ」

 シロノが、驚きに目を丸くしてクロロを見た。しかしクロロはやはり虚空からじっと目を逸らさないまま、「アケミ」、ともう一度呼んだ。

「話がある」

「……パパは霊感がないから、おはなしできないって」

「いいや」

 おずおずと通訳をしたシロノだったが、クロロは即断した。

 

「これだけの年月、正式な訓練を受けていないとはいえずっと念を使い続けてきたんだ。念の攻撃も防げるほどの“堅”をこなせるお前のことだ、自分自身を具現化させることぐらい、少し意識すれば簡単なはずだ。声を具現化して電波に乗せて電話に出ることは可能なようだしな」

 幽霊は、オーラと魂だけの存在だ。そのオーラを具現化させて実体になる、それをやってみろ、とクロロは言っているのである。それに、“レンガのおうち”という能力を持つアケミは、おそらく変化系能力者だ。具現化系能力の習得は得意なはずだ、とクロロは付け加えた。

「話があるんだ、アケミ。大事なことだ」

 クロロはそう言ったきり、じっと黙った。シンとした静寂の中、月の光が廃墟の隙間から差し込んでいる。それはまるで、聖堂の中に差し込む光にも似ていた。

 

「──ママ、」

 

 そのとき、突然そう言ったシロノの身体が傾いだ。クロロは素早くその小さな身体を支え、そしてシロノの身体からオーラが極端に少なくなっていることに気付く。

 

「……アタシのオーラだけじゃ、生きてる時と同じようになるまで具現化はムリよ」

 

 女の声が、廃墟に響いた。生きているものでないその声もまた、オーラで具現化したもの。

 

「アケミ」

 

 朱の髪と、海色の目。ロマシャの占い師の衣装をまとった若い女が、クロロの目の前に立っていた。初めてまともに見るアケミの姿に、クロロは心のどこかで感動した。持つ色彩こそ全く似ていないが、その顔立ちはやはりシロノとよく似ていた。

 

「……話って?」

 クロロを睨みながら、アケミはうんざりしたように言った。

 オーラをアケミに借り出されて意識を失ったシロノをどうしたものか、とクロロが一瞬手を迷わせると、いかにも占い師らしい、研磨していない天然石をふんだんにあしらった指輪やブレスレットをつけた女の手が伸びてきて、手慣れた仕草でシロノを抱きとった。そしてアケミもまた廃材を椅子にして座り込み、斜めに倒した膝の上にシロノを抱いた。

 

 クロロは、しばし無言になった。

 母親の表情でシロノを抱くアケミ、そしてこの世のものではない念で出来た彼女の身体は、僅かに月光が透き通っている。それは、聖堂にある聖母像よりも神々しいように見えて、クロロはそれに見蕩れたのだった。しかし、彼女が具現化を保っていられる時間はそう長くないだろう、とハっと思い直し、クロロは口を開いた。

 

「子供でも、オーラの存在を自然に自覚し、基本の四大行までくらいを習得出来るというのは少ないが、存在はする。俺がそうだったようにな」

 

 話し始めたクロロに、アケミが目を向けた。

「しかし、幼い子供が“念能力者”と言えるまで念を使えるようになることは、まず無い。例えどんなにいい師匠がついていてもだ。それは、能力のイメージができないから。はっきりした具体的なイメージを持たないと、どういう能力にするかを決めることは出来ない。子供はまだ己の自我のあり方すらはっきりしていない。だから基本の四大業程度は習得出来ても、“能力者”というところまではいかないんだ」

 だからこそ、正式に団員になれるまでの実力ではないにしろ、『おままごと』という確固たる能力を持つこの子供を逸材だと判断し、手元に置きたいと思ったのだ、とクロロは言う。

「そして念を目覚めさせるには、ゆっくり起こすか、無理矢理起こすか、二通りだ。シロノがこの幼さで念に目覚めているのは、オーラの集合体であるアケミ、おまえと生まれた時から──いや、生まれる前から共に在るからだろう」

「そうなるのかしらね、今考えればだけど。……話って、それ?」

「……いや。これは、今から話すことの前提だ。……話は、シロノのことというよりも……お前のことだ、アケミ」

「アタシのこと……?」

 僅かに首を傾げるアケミに、クロロは頷いた。

 

「まず、『レンガの家』は正真正銘、アケミ、お前の能力だ。しかしシロノもまた自分の意思で『レンガの家』を発動させることが出来、またシロノの念能力が上達するに連れて『家』の能力も強くなった。これは何故か? それは、お前がシロノに取り憑いた状態、つまりお前とシロノは一心同体で、オーラを共有しているからだ。お前達親娘は、二人でお互いの能力とオーラを自由に使うことが出来る。今お前がシロノのオーラも使って自分を実体化しているのが証拠だ」

 アケミは、黙ってクロロの話を聞いている。

「だが、『レンガの家』はもちろんのこと、その『おままごと』でさえ、シロノ自身の能力じゃない。『ままごと』は、お前がシロノのオーラを使って編み出した、お前の能力だ」

「…………え……?」

 クロロは、ずっと抱えていたファイルをばさりと膝の上に広げた。シャルナークが集めてきた、アケミとシロノに関する資料である。

 アケミはそれらを手に取らなかったが、自分のことを書かれている事には気付いたのか、ふん、と鼻を鳴らした。

「ふうん、こんな風に言われてたのね。知らなかったわ」

「ああ。……見つけてきたシャルナークにも驚きだが、そもそもよく残っていたものだ」

 これであたしのことを知ったのね、というアケミに、クロロは頷く。

 

「……お前は──……」

 クロロは、まっすぐにアケミを見た。夜の湖のように、ぞっとするまでに無限に澄んだ黒い目で。そしてアケミの目は海の青。深く広いけれど、確かに底がある海。しかし底があるからこそその青は揺るぎがなく、暖かい何かがあった。

「こうして死んで、そしてシロノを産んでから──お前は、……いやお前達は、……ずっと旅をしてきた。まさにロマシャのように」

 ロマシャ。神秘の呪いや占い、音楽、踊りを披露しながら、決して一所に留まらない移動民族。

「そういえば、そうね。でも、アタシは移動したくて移動してたんじゃない。……アタシは、“家”を探してた」

 アケミは、ぼそりと、しかししっかりと言った。そして彼女は腕の中で眠る娘を聖母そのものの目で見遣りながら、言う。

「家?」

「そう。この子がこの先も安心して暮らせるくらい安全で、守ってくれる“パパ”がいる家」

 クロロは少し、黙った。

「……なるほど。お前の『レンガの家』は、その家が見つかるまでの“つなぎ”か」

「この子を守れるように……とだけ考えてたらああいう力になっただけだけど、まあ、そうなるわね」

「そして『ままごと』は、“パパ”を吟味する為のシミュレートか?」

 アケミが、怪訝な顔をした。

「……何ですって?」

「『ままごと』の能力をイメージしたのはシロノじゃない、お前だ、アケミ」

「は……?」

 訝しげな表情を深くするアケミに、クロロは続けた。

「言っただろう、子供が、確固たる能力をイメージすることなど普通は不可能だ。世界中探せば、はっきりしたイメージを具現化させられるほど大人びた子供も居るのかもしれないが、少なくともコイツはそうじゃないだろう」

 クロロは、アケミの腕の中で眠るシロノを見た。起きていても幼いが、眠っている顔はいっそ赤ん坊にしか見えないほどに幼い。

 

「……だったら、何だって言うの?」

 アケミは顔を顰めた。

「実際アンタの言う通りかどうかなんて、私には分からない。念は自然に使ってたけど、自分のこの力に名前が在るなんて貴方たちにあって初めて知ったし──……それに、『おままごと』がアタシの考えた能力だからってなんだっていうのよ。使えてるんだからいいじゃない」

「まあ、俺もそう思っていたんだがな、……今までは」

 クロロは、ひとつ短いため息をついた。

「お前達の、……いやお前の能力は、“シロノが子供でなくなるまで”という限定つき、ということだったが──……」

「それが何よ。それでアンタは、」

「その条件は、今から無効になる」

 ぼそりと、だが重く言ったクロロに、アケミは表情を歪めた。

「は……?」

「お前の能力の制約は、今から無効になる」

「何を、」

「アケミ・ベンニーア」

 フルネームで呼ばれ、アケミは何故か気圧された。この男は、一体何を言おうとしている?

 

「かりそめの家の中で“ままごと”をしながら“家”を求めて彷徨う、ロマシャの女。……お前は一体、どのくらい“家”を渡り歩いてきた?」

「……どういう意味」

「やはり自覚が無いか」

「──どういう意味!」

 声を張り上げたアケミの前に、クロロは一枚の写真を出した。 長い髪の子供の写真。今よりもほんの僅かに幼いか、……いや、ほとんど変わらない、シロノの写真。

「シロノがヨークシンシティの人身売買オークションに出品された時のものだ。この頃のことを覚えているか?」

「は……?」

「覚えているか? アケミ」

 

 ──()()()()のオークションだ。

 

「………な、にを」

 目を見開き、そして恐ろしいものでも見てしまったかのような、引きつって歪んだ表情になったアケミの前に、クロロは古い新聞を広げた。

「『アケミ・ベンニーア』。1942年ヨルビアン大陸にある第二十ジャポン自治区生まれ、1966年に24歳で死亡、女性」

 クロロが、アナウンサーのような発音で、淡々と記事を読み上げる。

 

「現在は1998年。……アケミ。お前が死んでから、……シロノが生まれてから、既に32年が経っている」

 

 アケミは唇を震わせながら、腕の中で眠る娘を見た。十にも満たない、庇護が無ければまだまだ生きてはいけない、幼い娘。せめてこの娘が大きくなるまでは、と強く願い、そしてそれは自分の能力を飛躍的に高めた。

 

  ──狼が絶対に入って来れない、レンガのおうち。

  ──理想の“パパ”、理想の家族を作るおままごと。

 

「お前の能力は『レンガの家』と『ままごと』、そしてもう一つ」

 びくり、と、細い肩が跳ねる。

「そして、お前がその能力に無自覚だからこそ、『レンガの家』と『ままごと』の威力を増加させる制約がその内容で成り立つ」

 シロノが大人になることは無い。現に32年間も、シロノは幼いままだ。

 アケミは我が子を何よりも愛している。

 命に代えても守ると誓い、誰にも渡したくないほどに愛している。

 そんなアケミが、いくら『ままごと』でシミュレートを繰り返し、シロノを安心して預けられる“新しい家族”と“新しい家”を探した所で、結局彼女が満足することなど無いのだ。

「そんなに無念だったか、アケミ。自分だけが変わらず、子供が育っていってしまうことが」

 

  ──かわいい、私の赤ちゃん

  ──お墓の中に入っても、生みたかった、愛しい、

  ──いつまでも、このままで──……

 

「お前は、そう願った。()()()()()()

「……あ」

 

 早く会いたい、この手で抱きしめてあげたいと、十ヶ月。

 だがその願いは、無惨に打ち砕かれた。

 自分の身体は、もう無い。抱きしめてあげられる腕も胸も、歌ってやれる声も、何もない。

 

  ──どうして、どうして、……アタシがなにをしたというの!

  ──アタシの赤ちゃん、いつまでも、アタシだけの、かわいい、

 

「シロノの“成長”と“記憶”のリセット」

 それがお前の三つ目の能力であり制約だ、と、クロロは、きっぱりと言いきった。

 

 

 


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