【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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No.023/おおきくなったら




 クロロに“だっこ”されて戻ってきたシロノは、アケミがいなくなってしまったことで、しばらく前以上に沈んでいた。
 しかし、子供ながらに自分の中で何かを消化したのだろう、だんだんと調子を取り戻していく。

 あれから数ヶ月、シロノはほんの少し、背が伸びた。






「きゃ──! きゃはははは!」

 そして、真夜中の廃墟の周りでは、今日もウボォーギンに思い切り投げ上げられてはしゃいでいるシロノの声が響いていた。

「あ、いいなーソレ。ウボー、あたしもやってよ」
「お前もか? いいけどよ」
「やったー。シロノー、ターッチ」
「シズク、ターッチ!」
 ウボォーギンに地面に下ろしてもらったシロノは、しゃがんだシズクと手のひらをぱちんとあわせ、交代した。
 シズクはつい最近8番になった団員だが、流星街出身でもある彼女は、既に古参メンバーと同じぐらい蜘蛛として馴染んでいる。なぜかシロノに「~姉」と呼ばれなかった彼女はかなりマイペースな性格で、やや似た波長のシロノともそこそこに気があうらしく、たまに揃ってお菓子を食べていたり、本を眺めたりもしている。

「よーし、シロノより高く投げるぞ」
「……雲よりは下にしといてね」
 そして投げ上げられるシズクは、一般人は肉眼でやっと見えるかぐらいまで小さくなる。そしてシロノはそれを見上げ、きゃーきゃー笑いながら、手を叩いていた。



「シロノ、ゾルディックに嫁に来ないかって言われたんだって?」
 シャルナークに言われ、算数ドリルとにらめっこをしていたシロノは顔を上げた。以前死ぬ気でやった算数ドリルも、努力の成果かいつもよりは正解していたとはいえ、それでも正解率は半数程度。算数はやはりシロノの天敵であった。
「うん」
「マジかよ」
「あら、玉の輿じゃないの」
 ノブナガが呆れたような声を出し、そして見事な脚線美を組んで座っているパクノダが笑った。

「そういえば、帰ってきたとき着てた黒いドレス、かわいかったわね。やっぱり女の子はスカートだわ、マチ、次はそういうのにしてよ」
「作るのはいいけど、ウボーに投げられるのにスカートは向かないんじゃないの」
 丸見えもいいとこだよ、とマチが返すと、パクノダはため息をつく。
「まったくもう、女の子なんだからもうちょっとそういう所何とかならないのかしら」
「……間をとってキュロットからにしてみる?」
 新作の相談を始めた女性陣だが、シロノ当人はといえば、フィンクスとお揃いで買ったジャージでソファの上をゴロゴロしている。

「嫁ねえ。……シロノは、大きくなったらなんになりたい?」
「蜘蛛」
 子供に対する質問として王道中の王道の質問を投げかけたシャルナークに、シロノは間髪入れずにそう返した。シャルナークは苦笑し、フィンクスが「蜘蛛って職業か?」とどこかずれた突っ込みを入れた。
「まー、でもシロノは女の子だからなあ。お嫁さんとかに憧れないの?」
「……んー」
 シロノは、大きく首をひねった。
「ない」
「やっぱりスカートを履かせるべきだわ」
 パクノダが言った。どこから持ってきたものやら、彼女はえらく少女趣味な子供服の雑誌を片手に持っている。



「……まったく」

 ぶっ続けで本を読んでいた反動で今まで寝ていたクロロは、頭を掻きながらホームの廊下を歩いていた。そして彼は、前をボタン四つほど開けたシャツの胸元から、細い鎖に通された金の指輪を摘まみ上げた。
 “朱の海”と名前のついた指輪の中には、シロノの母親、幽霊のアケミが眠っている。もともとの持ち主は王と国を救ったというロマシャの姫だけあって最初から名品たり得るオーラを持っていたこの指輪だが、アケミというかなりのオーラを持った幽霊が丸ごと中に入り込んだことで、品自体の価値もずいぶん上がっている。クロロが常に身に付けるまで気に入っている、ということにしても不自然ではないぐらいに。
 少し吹っ切れたとはいえ、シロノはまだまだ母親を恋しがっている。そんなシロノにアケミがここに居ることを知らせてしまっては余計に恋しがるし、そんなシロノを見るのは辛いから、と、アケミの希望で彼女の居場所はクロロしか知らない。クロロとしても母親がいることで甘ったれる可能性は捨てたかったので、その通りにした。

「なんて女だ」
 あの日から既に半年以上が経っているが、なんと今さっき、アケミは再びクロロの夢枕に立った。幽霊というものはやはり夜に力が増すものらしく、深夜のごく短い間、しかも常に指輪を身に着けているクロロとしかコンタクトが取れないということではあったが、半年という短い期間で外部とコンタクトが取れるようになったアケミに、クロロは内心舌を巻いた。
 そしてアケミは、にやりと青い目を細めて笑い、こう言った。

「約束を破ったら、どうなるか」

 ──そう、アケミはクロロを信用などしていなかったのである。
 アケミがこの指輪の中に入った時、彼女は『おままごと』の能力を発動させていた。そしてその能力の範囲内でクロロは「ずっとシロノの面倒を見る」「アケミが眠る指輪を、シロノが大人になるまで管理する」ということを“約束”した。

 念というものは、術者が死んでしまっても、もしくは死んでしまうことで尚更強まる場合がある。
 アケミは既に幽霊の身であるし、そしてシロノのオーラを間借りして発動させていた『おままごと』の能力はもう使えない。しかし、彼女がかなりの念を込めて“約束”させたその誓いは、かなり強固なものとして生きているのである。
 つまりクロロがシロノの育児を放棄した場合、そしてアケミを手放してしまった場合、彼には大いなる“おしおき”が降り掛かる。

 約束を破る気はクロロには無いが、それにしても、全くもって信用されずに厳重な保険をしっかりかけられていたとあれば、ただでさえ大人げのないクロロのことである、いい気はしない。

 そんなわけで、正真正銘、本物の幽霊入りの“呪いの指輪”と化した“朱の海アケミ”を胸にぶら下げて、クロロはぶつぶつと悪態をついているのだった。
 五分で女を唆せるはずのクロロの面目は、彼の一番身近にいることになったこの母娘のおかげで丸潰れだ。しかしアケミ曰く、「なにしろ世界A級クラスの大嘘つきなのだから、信用していないからこそ側に居られるのだ」ということらしく、彼女はクロロの枕元でからからと笑った。



「うわ、ダメだこのチビ」
「シロノ、考え直しなさい。何もいい事なんかないわ」
「そうだよシロノ、シロノが一番分かってるだろ」
 アケミが夢枕に立った時は、起きたとき、異様に喉が渇いている。そのおかげでこうして水を求めてクロロは廊下を歩いてきたのだったが、ソファに座るシロノを囲んで何やら真剣に何かを言い募っている団員たちに、彼は訝しげに顔を顰めた。

「何の騒ぎだ」
「あっ、ちょっと聞いてよ団長!」
 そう言ったのは、シロノの手を握って「お前が一番分かってる」と言っていたシャルナークだった。
「ほらシロノさあ、ゾルディックに嫁に来ないかって言われただろ?」
「ああ、言われてたな」
「その流れで、“じゃあ結婚するなら誰がいい?”って聞いたんだけど」
「……何を下らない事を聞いてるんだお前ら」
「そしたらなんて答えたと思う!?」
 クロロは呆れて寝起きの目をさらに伏せさせたが、シャルナークは聞いていなかった。彼はシロノを指差し、そしてシロノはクロロを見て、言った。

「パパ」
「………………は?」

 短く言われた言葉に、クロロはぽかんと間の抜けた声を出した。傍らでは、シャルナークが「ありえない!」と喚き、パクノダとマチは残念そうなため息をついた。
「ダメねコイツ。母親に似て男を見る目がまたくないよ」
「わかってんのか、団長なんかと結婚したら人生台無しだぜ」
「お世辞にも趣味がいいとは言えねーな」
「……私、心配になってきた」
「面食いか? シロノお前面食いだったのか?」
「それでもいいが、本気で顔だけだぞ団長は」
「……お前ら、それは俺に喧嘩を売っているのか?」
 次々に言う団員たちに、さすがのクロロも青筋を浮かべた。

「それにしたって信じられないよ。よりにもよって団長が、世の中の父親が娘に言われたい台詞ナンバーワン、“大人になったらパパのお嫁さんになる”を言ってもらえるなんて」
 いや、別にシャル兄って言って欲しいわけじゃないけどさ、と言いながら、シャルナークが大袈裟なぐらい頭を振って言った。そして各々差はあれど、団員たちは大方シャルナークと同じ意見を持っているようだ。
 しかしクロロ当人もまさかそんな事を言われるとは夢にも思っていなかったので、彼らに対する反応も、寝起きということを差し引いてもキレがない。
 そしてクロロは、ふと女の声を思い出す。この子供が大人になるまでお前の代わりに預かると、そう約束した、決して破れない誓いの言葉を言った時のことを。

  ──もし私がこの指輪から出て来れなくても
  ──この子が大きくなったら、この指輪をあげてちょうだい


 彼の胸に下がっているのは、熱情・純愛の紅玉(ルビー)であり、慈愛・誠実・貞操の青玉(サファイア)。ダイヤモンドの次に固く、不滅の愛を誓うにこれ以上ないほどの石。

「……いやいやいやいや」
 クロロは思わず微妙な半笑いになり、ひとり小さく頭を振った。シロノと真逆の、真っ黒な黒髪がぱさぱさと音を立てる。
「ないないない。それはない」
「何が? 団長」
 何やら冷や汗をかいているクロロを、団員たちが訝しげに見遣る。しかし彼は微妙な表情で「さすがにない、絶対ない、ありえない」とぶつぶつ呟きながら首を振るばかりで、彼らに何か返すことは無かった。

「シロノとアケミばっかりは団長に騙されないと思っていたのだが……」
 ボノレノフが、がっかりしたような声で言い、ため息をついた。クロロは思わず振り返って彼を睨んだが、後ろ姿のボノレノフは気付いているのかいないのか、それを無視した。
 しかしシロノがそんな風に言うということは、この母娘から潰された面目が元に戻るということか、ともクロロは考え直した。子供の言うことだからまさか深く考える必要はない、素直に自分の“実力”に満足すればいいだけのことだ、と彼が思い直したその時、フランクリンが言った。
「しかし、なんで団長を選んだんだ?」
「んーとね」
 シロノはノルマをこなした天敵・算数ドリルを放り投げると、お菓子の袋を開けながら言った。

「一番偉いから」

 自分の額に当てられていたクロロの手が、がくりとずれた。
「あっ、わりと打算的な理由だ」
「なんだ、安心したわ」
 口々に言う団員たちの声を聞きつつ、クロロは今度こそ顔を顰め、ぼりぼりお菓子を食べている“娘”を睨んだ。

「……このクソガキ、みっちり教育してやる」

 覚悟しろ、と言ったクロロに、シロノはチョコレートに染まった舌をべっと出した。

 ちなみに、好みだけならウボォーギン、らしい。












Fan novel of "HUNTER x HUNTER" /『Play house family』

~ END ~










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