【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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No.007/たのしいショッピング

 

 

「さて、何から教えるか。念関係が先か? 体術か?」

「……楽しそうだね団長」

 表情はいつも通りに一定の幅に静かだが、やはりどこかうきうきしているようなクロロの姿を見て、シャルナークが言う。

 そして彼は「そうか?」と言ってから、「シロノはおそらく操作系だから、お前そのへん見てやれよ」とシャルナークに命じた。

 

「よろしくおねがいします、シャルナークお兄さん」

「ほんと礼儀正しいね。シャルでいいよ」

「シャル兄」

「……そんな呼び方されるの初めてだなあ。まあいいけど」

 シャルナークは「てか、『◯◯お兄さん』ってなんか教育番組の体操のお兄さんみたい」などと苦笑しながら、ちょこんと座っているシロノを見た。

「年上の人間にはお兄さん、お姉さんって呼ぶように躾けられてるみたいね。私、『パク姉』になっちゃった」

「ガラじゃねー。おいチビ、俺の事はウボー、だけでいいからな」

「……俺もだ。呼び捨てで頼む」

「ウボー、フランクリン」

 シロノはきちんと復唱し、二人は「よし」と頷いた。旅団いちの巨漢二人と、おそらく身長百センチと少しくらいしかないシロノの絵面は、まるで巨人と小人、ファンタジー映画のCGのようだった。というか、彼らにしてみれば、シロノは誇張なしに“手のりサイズ”である。

 

「じゃあ、俺はちょっと調べものをしてくる。三時間ぐらいで戻ってく──」

「だめ」

 クロロの言葉を遮ったのは、子供の声だった。

「パパはだめ。そのまま行っちゃうかもしれないからだめ」

「……本当にしつこいな」

「信用ねえなあ、団長」

 ウボォーギンが笑うが、シロノはクロロを逃がすまいとしているのか、今度は彼のズボンの生地を掴んでいる。

「“約束”するって言った」

「……ああ、そうだった」

 二日間、クロロはこの子供に拘束される。そうした制約をかけている以上、約束を破れば今すぐあの“ママ”による強烈な“おしおき”を発動させられてしまうだろう。

 

「出掛けてる間に、基本の四大行を仕込ませようと思ったんだがな……」

「団長、いくらなんでも三時間じゃムリでしょ」

「なに、生まれつき精孔が開いている人間は、物心つく前から自然に自分のオーラに親しんでいるからな。俺の経験から言って、念に関しては普通よりかなり覚えが早いはずだ」

 念以外の事に関しては分からんが、と、クロロは子供の細い手足を見て言った。

 

「……では、いっそ戻ることにするか」

 

 もうここに用はないからな、とクロロはクルタ族がいた方向に視線を飛ばした。

「で、帰る途中で街に寄って買い物、ってこと?」

「そうだ。反対方向に向かえばこいつも気が済むだろうし、それに念が切れるのは飛行船の中になる。そうしたら修行開始だ」

「オッケー、じゃあ飛行船が出てる街まで行って、そこで買い物しよう」

 そうと決まれば“片付け”よう、とシャルナークが手を叩くと、全員が立ち上がった。

 

 廃墟そのもののここで片付けもないだろうと思われるが、その意味は「自分たちがいた痕跡を完全に消し去る」、という意味である。幻影旅団を追うブラックリストハンターは山ほどいる。追って来られた所で返り討ちにするのがオチだが、居場所を知らせて小虫にまとわりつかれるのも面倒臭いからだ。

 

 そして団員たちは手際よく作業を進め、あっという間に“片付け”を終え、少し離れた所に停めてあった車二台にそれぞれ乗り込み、数ヶ月留まったルクソを後にした。

 

 

 

 ちなみに前を行く車を運転しているのはパクノダで助手席にクロロ、後部座席にノブナガとウボォーギン。後続車はシャルナークが運転している。

 

「チビはスペースとらねえなあ」

 自分の膝の上でチョコ菓子を食べているシロノを眺めて、ウボォーギンは言った。

 ウボォーギンとフランクリンは一際大柄なため、三人乗れる後部座席を一人で二人分以上占領してしまうのだが、逆にシロノは現団員で最も小柄なフェイタンよりも遥かにスペースをとらない。

「ウボーは大きいね。あたし重たい?」

「冗談抜かせ」

 お前なんかつまんで海の向こうまで投げ飛ばせるぜ、とウボォーギンは言い、ぐびりとビールを飲んだ。それを膝の上からじっと見つめているシロノと目が合うと、彼はにやりと笑う。

「飲むか?」

「ウボー! そんな小さい子にお酒なんか飲ませたら死んじゃうわよ!」

 ハンドルを握るパクノダが、シロノの顔の前に缶をちらつかせるウボォーギンに声を張り上げる。

 

「え、マジかよ。ビールだぜ?」

「あんたにとっては水同然でも、シロノには立派にアルコールよ。シロノ、飲んじゃダメよ」

「なるほど、幼児に酒類を与えると急性アルコール中毒等を起こし死に繋がる危険性が非常に高い……」

「……団長、それ何の本だよ」

 ウボォーギンとシロノの横に座るノブナガが尋ねると、助手席のクロロは、さっき寄った小さな街で持ってきたらしい本を掲げてみせた。

 

 クレヨンかパステルで描いたような柔らかなイラストとともに表紙に踊る、『はじめてのすくすく子育て☆ハッピーアドバイス』という育児書のタイトルに、ノブナガは盛大に脱力した。

 

 

 

 

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 丸一日近く車をとばして着いた、飛行船の発着所があるというこの街は、なかなか大きい。

 

 シロノはといえば、珍しげにきょろきょろと街中を見回している。

 どうもこの街だけでなく、大きな街に来ること自体が初めてであるらしい。ここに来るまでの道中すっかりシロノに慣れたらしく、「ノブ兄」と呼ばれるようになったノブナガが「田舎モン丸出しだなお前」と笑い混じりに呆れた声で言った。

 

 さて、飛行船の出発まで、数時間ある。

 

「この子の格好、ちょっとあんまりじゃない。着替えくらい調達してあげましょうよ」

 パクノダが言う。

 シロノが着ているのは、大人用のシャツと、ぶかぶかなものを紐で縛った布靴である。大きすぎてワンピースのようになっているシャツの下には、七分丈の綿のズボンを履いていた。

 ぎょっとするほどではないが、例えば、店などに入るにはあまりよろしくないだろう格好だ。

 

 しかし、パクノダがそう提案するのはそれだけが理由ではなかった。

 ルクソを後にして二時間程度した頃、クロロの「暇なので本が欲しい」という要望の為、一行は村に近いような小さな町に立ち寄った。そこで問題が起こったのである。

 

「……まさか幼児誘拐犯に間違われるとは」

「当たり前よ。怪しい事極まりないわ」

 心外だ、と言わんばかりのクロロと、呆れたようにそう返すパクノダ。

 クルタ族が向かった方向とは車で逆走しているとはいえ、まだ一応彼を見張るということを放棄しないシロノは、当然クロロについていった。

 小腹が空くかもしれないので口に入れるものを買おう、ということで買い出しジャンケンに負けたノブナガも一緒にである。

 しかし、問題は彼らの容姿と服装にあった。

 黒ずくめでオールバック、額に十字の刺青をした青年に、目つきの悪いヒゲ侍と、大人のシャツを被せられた子供という組み合わせが如何に怪しいか、彼らはすっかり失念していた。

 

「しかし心外だ。ノブナガはともかく」

「団長、その台詞はそのビジュアル系丸出しのコートを脱いでから言ってもらおうか」

「やめなよ二人とも、虚しいから」

 マチが冷静に突っ込んだ。

 とにかくあんな小さな街でも怪しまれたので、このままだと飛行船の乗り場で止められる事は間違いない。さすがにそんな事でいちいち面倒を起こすのは避けたかったので、とりあえずシロノの服をなんとかしよう、ということが、賛成多数で決定した。

 

「……で、俺が行くのか」

「当たり前でしょ、団長が拾ったんだから団長が面倒見てちょうだい」

 すっかりお母さん口調と化したパクノダと、和らいではいるもののまだ「逃がすまい」という目線でこちらを見てくるシロノに、クロロは肩を竦めた。

 

「何シロノ、ここまで来てまだ安心できないの?」

「んー、……いちおう」

「難しい言葉知ってるね」

 シャルナークが笑う。

「仕方が無いな。おい、誰か荷物持ちについて来い」

「私が行くわ。言い出しっぺだし、団長だけだと不安」

 パクノダが手を上げると、マチが「じゃ、アタシも行く」と立ち上がった。

「どうせ暇だし」

「俺も行くわ。どうせ用もねえし」

 ノブナガもまた身を起こした。すると、俺も、俺も暇だしと手が挙がり、結局残るのは、クロロからパソコンでの調べものを任されたためネットカフェに行くことになったシャルナークとフランクリン、ずっと車に乗っていたのでどこかで身体を動かしてくるというウボォーギンのみとなり、彼らはそれぞれ街に繰り出した。

 

「団長、ワタシ他に用あるね。子供の服興味ない」

「じゃあ夕方五時にさっきの広場集合だ。皆はどうする?」

 クロロが皆の顔を見渡すが、誰も別行動の返事はしなかった。「飛行船までの時間、暇」という理由で物珍しい新入りに同行して来ただけなのだから、それも当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「皆物好きね」

 

 フェイタンはそう言うと、一度もシロノを見ないまま、人ごみの中に消えていった。

 

 

 

「長期の旅行中なんだが、ホテルの手違いでこの子の着替えが入ったトランクが行方不明になってしまったんだ。今はとりあえず俺たちの服を着せてるが、荷物が出て来なかったときを考えてひと揃い欲しい」

 

 なんといっても、ヒゲ侍とジャージヤンキー、セクシースーツ美女にミニ丈着物美少女、さらに大人のシャツを着せられた子供という怪しい一同である。

 ファッション関係の店が立ち並ぶ一角にある子供服の大型専門店、そこの店員はひくりと顔を引きつらせたが、ノブナガ曰く『ビジュアル系丸出しのコート』を脱ぎ、洗いざらしの白いシャツにスラックス、おまけに髪をおろしたクロロがにこりと笑って先程の台詞を吐いた瞬間、「さようでございますか、大変ですね」と、にこやかな笑顔になった。

 

 人様より整った己の顔の造作を無駄なく駆使し、身内から見れば胡散臭い事この上ない爽やかな笑顔でもってさらりともっともらしい嘘をつくクロロに、全員が思わず「嘘つきは泥棒の始まり」というシロノの言葉を思い出す。

 しかしその点を論ずるならば、クロロのナチュラルかつ隙のない見事な嘘つきっぷりは、盗賊団の団長としてはこれ以上なく相応しいものだと言えるだろう。

 

「どうしましょうか。シロノ、どんなのが好き?」

 パクノダに言われ、シロノは店内を見回す。そして数秒してから、子供は小さな声で言った。

「……みんなとおんなじがいい」

 その言葉に、全員が振り返った。

 そしてクロロは、赤い目のクルタの中でたった一人、彼らと違う適当な服を着せられている透明な目の子供の姿を思い出す。そして、子供なりに、その事で線引きをされている事に気付いていたのかもしれないな、とぼんやりと思った。

 しかし彼は幻影旅団の団長という筋金入りの外道であるので、単に思っただけで、そこに「可哀想に」などの感情などないのであるが。

 

「……私たちとお揃いがいい、ってこと?」

 パクノダが聞くと、シロノはこくりと頷いた。

「そう。じゃ、あれは?」

 パクノダが指差した小さなマネキンが着ているのは、彼女のスーツと似た紺色のアンサンブルだった。ただしスカートはタイトではなくプリーツで暗いチェック柄、そして首元には大きめのリボンタイがついている。

 シロノはそれとパクノダを見比べてから、「うん」と言って頷いた。

 嬉しいのか、少し頬が赤く、口元に力が入っている。僅かだが、シロノが初めて見せた表情らしい表情だった。

 

「あとは……そうね、ああ、あそこのオーバーオールなんかフランクリンっぽくない?」

「おいおいパク、本気で俺らとお揃いにさせる気か」

「別にいいじゃない、全く同じってわけじゃないんだし。目安があった方が選びやすいしね」

 ノブナガの顔を見ないまま、パクノダは着々と服を選んでいく。

「ノブナガも選んでよ」

「……キモノなんざ置いてないだろ、さすがに」

「……アタシ、生地屋に行って来る」

「マチ……お前まさかキモノ拵える気か?」

 パクノダは既にノリ気になっている……というよりも面白がっているのは明白だが、まさかあのクールかつドライな性格のマチまでもがノってくるとは、とノブナガは目を見開いた。

「別に子供のキモノぐらい、すぐ縫えるよ」

「いやそういう問題じゃねーだろ」

 だがシロノにキモノを着せること自体には反論しない辺り、ノブナガも特に嫌というわけではないらしい。彼は店を出ていくマチと棚を物色するパクノダを見比べ、結局マチについていった。

 

「楽しそうだなパクノダは」

「……あそこまでノるとは意外だったな……あいつも女か……」

 半ば蚊帳の外状態のクロロとフィンクスが言った。店員に頼んでシロノのサイズを計ってもらい、「シロノは綺麗な銀髪だから、はっきりした色のほうが似合うわね」と言いながらさらに次々と服を選び始めるパクノダは、確かにどこか生き生きしている。

「……団長、俺も適当に出て来」

「ダメだここにいろ。一人で買い物の待ちぼうけを食わされるのは嫌だ」

「堂々と巻き添え宣言!?」

「団長命令だ」

 昨日から職権乱用も甚だしいクロロにフィンクスは呻き、彼と一緒に店内にある箱形のソファに腰掛ける。

 

「何枚か適当に選んで終わりだと思ってたのによ……ガキの服なんかなんでもいいじゃねーか」

 どこから取り出したのか悠々と本を読み始めたクロロの隣で、こんなに時間がかかるんならさっきフェイタンと一緒に離れていれば良かった、とフィンクスはぶつぶつ言いながら、予想以上に居心地の悪い子供服店の隅で待機する。

 そして、そうして仕方なく暇を持て余していた時、服を抱えたシロノがぴょこんと棚の影から現れた。

 

「お、なんだ、もう終わりか? パクは?」

「色がちがうのがないかって聞いてる」

「色までこだわんのかよ! 勘弁しろよもー」

 うんざりした声を上げるフィンクスだったが、その前を、シロノがててて、と小走りに駆けた。そして立ち止まったのは、色とりどりの服が並ぶ棚の前だ。

「おい、フィンクス」

「あ? 何だよ団ちょ……」

 クロロに呼ばれて振り向くと、フィンクスの視界にあったのは、ジャージを選ぶシロノの姿だった。

 

 誰と“おそろい”なのかは、事情を知らない他人でも見ればわかる。

 色数豊富なジャージの中から、シロノは可愛らしいピンク色のものと、白、水色を手に取って真剣に見比べていた。どうやら一丁前に悩んでいるらしいシロノを見ているフィンクスの視線に気付いたのか、シロノはジャージを持ったまま彼のほうを振り向いた。

「……全部とっとけ。白はそのラインが入ったやつの方がいい。あと黒入れろ」

「子供の服なんかなんでもいいんじゃなかったのか」

「団長、これは運動によし寛ぐによし出掛けるによし、あらゆる場面で着られる万能服、洗練されたオールマイティスタイルだ。ジャージナメんな」

「ジャージを軽んずるつもりはないが、それでどこにでも出掛けるお前は正直どうかと思う」

 IQを計ったら少なくとも170は越えているだろう、という素晴らしい頭脳を持つクロロの辞書に、「オブラートに包む」という概念はない。

 しかしフィンクスは色とりどりのキッズ用のジャージの棚の前でしゃがみ込み、シロノのジャージを真剣に選び始めていて、クロロの言葉を聞くことはなかった。

 

 そしてシロノとともにキッズジャージを選ぶその後ろ姿は、どこからどう見ても若くでデキちゃったヤンキージャージ男とその娘だ、とクロロはしげしげと二人を眺めながら思ったが、どうせ聞いていないだろうと口には出さずにおいた。

 

 そんなこんなで、彼らは“子供服を選ぶ”という今までの人生で考えた事もなかった初体験を、たっぷり一時間と少しかけて終えたのだった。

 

 

 








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