【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎
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No.008/迷子、拷問、そして笑顔

 

「結局団長は本読みふけってただけじゃねーか。“パパ”が聞いて呆れるぜ」

 紙袋を下げて店の前に立つフィンクスは、まだ本を読んでいるクロロの横でそうぼやいた。

 実のところ袋の中身の半分、いやそれ以上も金を払っていない。

 もちろん金を持っていないわけではないのだが、これはもう手癖というか、まあ彼らの場合、職業病と言ってもいい。彼らは盗賊である。万引き上等だ。

 

「それは悪かったな。そういうお前は子供服の紙袋とジャージが見事にマッチしているぞフィンクス。完全なる子煩悩ヤンキーパパだ」

「アンタはなんでそんな人が嫌がる呼称を的確に編み出すのが上手いんだ畜生」

 マルチーズの次は、子煩悩ヤンキーパパと来たものだ。

 フィンクス自身が望む己のあり方と180度反対方向の呼称をつけられ、彼はもう怒っていいのか全てを投げ出したいのか分からない心境に陥る。

 しかしなぜ自分はあんなに真剣に子供のジャージなど選んでしまったのだろうか、いやそれは自分が子供好きだからではなくどちらかと言えばジャージ好きだからだ、とフィンクスは己の心の整理をつけて歩き出した。

 

「おいチビ、お前……………………アレ?」

 フィンクスはきょろきょろと辺りを見回したが、シロノの姿は、どう見ても影も形も消えていた。

「あのチビ、どこ行った!? おいパク! パークー!」

「何よ、街中で大声出さないでちょうだい」

「チビがいねーんだよ! お前見てたんじゃねーのか!?」

「何ですって?」

 パクノダは、クロロを見た。

「団長……。私会計してるから、シロノをお願いねって言ったわよね?」

「……ああ」

 

 クロロは無表情のまま、手に持った例の『はじめての(略)』のページを捲った。

「……“幼児はいつどういう行動をとるかわかりません。車道に飛び出したり迷子になったりしないよう、また幼児誘拐防止のために大人がちゃんと手を繋いでおくことが重要で”」

「迷子になってから言ったって遅いわよ」

「仕方ないだろう、今読んだんだから」

「いや、つーかそれ読んでて目離したんだろーが」

 しょっぱなからダメ保護者っぷり丸出しなクロロに、二人は溜め息を吐いた。

 

 

 

「……まいご」

 

 ぽつんと一人で立ち尽くし、シロノは呟いた。

 

 シロノとて、努力はしたのだ。

 クロロたちを見失わないよう、彼女なりに必死に目を離さないようにした。だが大人の腰位までしか背丈のないシロノは、どうしても人ごみに流され、自分より遥かに大きな人影たちに遮られ、彼らを見失ってしまったのである。

 

「……うん、ママ。まいごになったら動かない」

 小さくそう言って、シロノは植え込みのレンガの淵に腰掛けた。

 嘘つきなクロロから目を離してしまったのはシロノなりに悔しかったのだが、さすがに半日近く車で走ってまだクルタを追いかける事はないだろう、と半分位は思っている。

 シロノは、今まで着ていただぼだぼのシャツから、濃いめのブルーグレーに白い縁取りとボタンのついたチャイナ服に着替えさせられていた。しかし、こうして身体にあった服を着せると、本当にシロノが細くて小さな子供なのだという事がなおさら良く分かる。

 

 そしてぼんやりと人の流れを眺めていると、そう時間も経たない内に、「お嬢ちゃん」と、帽子を被った知らない男に声をかけられた。

 

「お嬢ちゃん。パパとママはどうした?」

 男は体格がよく、シロノが見る限り、ウボォーギンほどではないが、フィンクスよりも上背がある。

 シロノは、遥か上にある男を見上げた。

「さっき、男二人と女一人と一緒に服屋にいただろう?」

「……おじさん、ダレ」

「俺か? 俺はな」

 ニィ、と、男はいやらしい笑みを浮かべた。

 

賞金首(ブラックリスト)ハンターだよ」

 

 男がそう言った瞬間、シロノは男の腕に抱え上げられた。

 大柄な男の体格は、小さな子供を通行人から見えなくするのに十分な壁としての役割を果たしてしまう。シロノは大声を出す努力もしてみたが、男に抱きしめられるような形になったシロノは男の胸に顔を押し付けられ、それは適わない。

 シロノはあっという間にそのまま路地裏に連れ込まれ、胸を手のひらで押されたような姿勢で、ドン!と片手で壁に押し付けられた。

 

「驚いたぜ。あの幻影旅団が、ガキ連れで子供服なんぞ買ってやがる。……こりゃあ、俺に復讐を果たせっていう運命の囁きかね」

 男は笑みを浮かべながらそう言って、空いている片手で帽子を取った。すると、ぐちゃぐちゃに潰れた額と片目が現れる。

 二年前のこの傷の屈辱がどうのこうのと男はたっぷり三分は語ったが、シロノはそれどころではない。

「おいガキ、お前あいつらの何だ? 旅団の今の目的は? 答えないと痛い目に遭わすぜ」

「……ッ、“ママ”……!」

「なっ!?」

 手にぐっと力を込めようとした男は、バチン! と何かに手を弾かれ、目を丸くした。

 貼付けられていた位置から落ちたシロノは、ゲホゲホと咳き込みながらも、壁と男の間から這い出そうとした。しかし、目の前にはすぐ大きな脚が立ちはだかる。

 

「なんだ、こんなチビのくせに念能力者か?」

 こりゃ油断できねえな、と言いながら、男は“練”を行ないオーラを増幅させた。

 まだげほげほと咳き込んでいるシロノだが、“ママ”のオーラがシロノの身体を覆い、その身を守ろうとしている。男はそれを見て「……“纏”? 基本しか出来ねえらしいな」と、にやにや笑いながらシロノを見下ろした。

 しかし、男の名前がわからないのであっては、シロノも能力を発動させることが出来ない。もっと油断させて名前を聞き出さなくては、“ママ”が囁くのをシロノは聞き入れ、じっと男の動きを観察した、──その時だった。

 

「何してるね」

 

 カタコトのようなイントネーションの声とともに、男の後ろから腰に突きつけられているのは、傘の先端だった。

 見事な“絶”でもって気配を消したフェイタンは、完全に男の後ろに回り込んでいる。

 

「……てめえ何モンだコラ、ソレ退けろ」

「この状況で態度がでかいね。バカか?」

「阿呆が! 強ェんだよッ!」

 どうやら強化系らしい男は、思い切り振り向いてフェイタンに殴り掛かった。

 しかし彼はひらりと飛び上がり、壁を蹴って再度男の後ろに立つ。宙を舞った間に傘から抜かれた仕込み刀が、濡れたような鈍い輝きを放った。

 フェイタンは、さっぱり変わらない冷たい表情のまま「こいつ何ね」とシロノに聞いた。

 

「えっと……ケホッ、賞金首(ブラックリスト)ハンター、だって」

「……身の程知らずもいいところ」

「抜かせ! チビが一人増えたから何だってんだ!」

「ふん、なら高い所から見るといいね」

 そう言うや否や、フェイタンの細い目が刃物以上の鈍い輝きを帯びる。

 彼は目にも留まらぬ早さで男の巨体を投げ飛ばし、男はゆうに5メートルは上の壁に叩き付けられ、受け身も取れないままの奇妙な姿勢で落ちて来た。

「さて、どこまでワタシたちの情報掴んだか吐いてもらうね。言いふらしてたら面倒」

「て……テメエまさか……」

「追うなら旅団全員の顔覚えてからにするよ」

 肩が外れたらしい男の腹を思い切り蹴飛ばし、フェイタンは地面にのたうつ男を路地の最も奥まった所に引きずって行った。

 

「ところでオマエ、なんでこんなところにいる? 団長たちと逸れたか」

「うん、まいごになっちゃった」

「面倒かけるな」

「ごめんなさい。あ、たすけてくれてありがとうございます」

「別にオマエのことどうでも良いけど、オマエ団長の獲物。それにこいつワタシたち追てる」

 フェイタンは、男の頭を踏みつけた。潰れた蛙のような呻きが漏れる。

 

「何するの?」

「拷問して情報吐かせる」

「ごうもん?」

 きょとんとした顔で聞き返すシロノを、フェイタンはちらりと見遣った。

「何ね?」

「ううん、どうやるのかなあって思って」

 てっきり怯えるか引くかのどちらかだろうと思い、「嫌なら向こう行け」という言葉まで用意していたフェイタンだったが、予想外のシロノの台詞に、細い目を見開いた。

 

「あたし、拷問ってみたことない」

 

 普通ない。そんな常識的なツッコミを入れることが出来る人間は、生憎ここには存在しなかった。

 シロノは続けて、「でもえほんでちょっと出てきたよ。魔女が捕まえた騎士にやってた」と、自分が持つ、拷問への拙い知識を披露した。

 

 ここしばらく、地に伏せる敵以外で“見上げられる”ということをされたことがなかったフェイタンは、自分よりも頭一つ分以上も背の低いシロノを思わずしげしげと見下ろす。透明に見える白っぽいグレーの目には、“興味”という光が宿っていた。

 

「……最初、軽く爪剥ぐ。やてみるか?」

「つめ? あたしでもできる?」

「やり方次第ね。非力でも綺麗に剥ぐコツある」

 どうやら気を良くしたのか饒舌になったフェイタンは、ふんふんと興味深そうに頷いている子供に、初心者向けの拷問講座を開始した。

 

 

 

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 三十分もした頃、フェイタンとシロノは、水場のある大きな公園のベンチに並んで座っていた。傍目から見ると公園で寛ぐ兄妹のようだが、彼らがそこにいる実際の理由は、手に着いた血を洗うのに水場が必要だったから、という物騒極まりないものだ。

 

「あのね、フェイ兄の格好してたらフェイ兄が来たから、びっくりしたんだよ」

「ワタシの格好? それがか?」

 シロノが着ているチャイナ服を見て言うと、シロノは皆とお揃いの服を買ってもらった事と、“フェイタンっぽい服”がなかったのでチャイナ服で妥協した事を、拙い言葉で説明した。

 お世辞にも分かり易いとは言えない幼児の説明だったが、意外にもフェイタンは口を挟まず、黙って聞いていた。

 

「……それ、ワタシの真似か」

「うん」

「そうか。どうりで趣味の良い格好だと思た」

 そんな会話を交わしながらベンチに座っていると、フェイタンから携帯で連絡を受けたクロロたちと、生地の入った袋を持ったマチとノブナガが現れた。

 

「うわ、本当にフェイタンと居る」

「どういう意味ねフィンクス」

「いや、意外な絵面だと思っただけだ」

 そう思っているのはフィンクスだけではない。能力を発動する時以外は“絶”という体勢が癖になっているシロノを探すのはなかなか骨が折れることだったのだが、フェイタンから連絡が来たときは、全員かなり驚いた。

 それは賞金首(ブラックリスト)ハンターを捕らえたという事ではなく、そしてフェイタンとシロノが一緒に居るという事でもない。

 電話口での彼の声色が、身内にしかわからない程度ではあるが、間違いなく機嫌が良かったからだ。

 

「シロノ、怪我は?」

 マチが聞くと、シロノは「ううん、ない」と首を振った。

「まいごになってごめんなさい」

「いいのよ、今回は人ごみで手を離した団長が悪いんだから。でも気をつけましょうね」

「うん、パク姉。……あっ、あのね、フェイ兄って爪剥ぐの、ものすごく上手なんだよ!」

「……は?」

 幼い声で紡がれた物騒極まりない台詞に、ノブナガがひっくり返った声を出した。

 

「爪……? てか“フェイ兄”……」

「何か文句あるか、ノブナガ」

「……ねえよ。天地がひっくり返るぐらい意外なだけで」

「あのね、あたし教えてもらったけど、フェイ兄みたいに綺麗に剥げなかった」

「待て。おまえ今までフェイタンと何してた」

「拷問!」

 

 初めての笑顔であった。

 

 

 








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