「どうした何かあったのか?」
「まぁな、でも大丈夫だ」
要とのやり取りがあった次の日。拓海は紡と縁側に腰掛けている。
学校ではあまり見せない片足を立てる少しだらしない姿勢に、一日中している思い悩んでいるような顔。
当然そんな顔をしていればみんなから心配されるわけで、拓海は紡の家に遊びに来ていた。
「何か辛い事があるなら話した方がいい。楽になる」
「ありがとな、でも大丈夫だ」
「拓海はもう少し人を頼った方がいい、比良平もそう思ってると思う」
紡の言葉に自覚があるのか拓海は黙った。
今日の拓海がどこかおかしいと最初に気づいたのは紡だった。
朝一緒に登校している時からどこか顔が疲れていて、それは学校に着いて授業が始まってからも変わらずにそんな状態だった。
特にちさきの心配がすごく放課になるたびに拓海といたが、そこにはいつも見られていた甘い空気は皆無だった。
「拓海だけじゃなくて、先島と伊佐木も海村のみんな何か様子が変だったけど何かあったのか?」
今日の様子がおかしかったのは拓海だけじゃない。
要はどこか気まずいような感じだったし、光はどこかピリピリしていた。
ちさきは拓海がよほど心配だったのか付きっ切りで拓海のそばにいたが、どこか悲しげな瞳をしていた。
「みんなって言ってもまなか以外な」
「確かに。向井戸は相変わらずだった」
「なぁ、前から思ってたんだけど紡ってさ」
「おいそこのお前!」
聞きなれた声が響いた。口から出かかっていた言葉を押しこみ拓海は紡と顔を見合わせた。
靴を履き声のする玄関の方へ向かうとそこには光達と紡の爺ちゃん、若い大人の男がいた。
「この眼。こいつは嵐だ」
「お前ら何やってんだよ」
「た、たっくん?!どうしてここにいるの?!」
「どうしてはこっちのセリフだ。ってかたっくんやめろ」
「ご、ごめん。それはひーくんが」
紡のお爺ちゃんが何が言った気がするが拓海はとりあえず今の状況を収拾する事にした。
網に絡まる親友と親友のお爺ちゃん。それを後ろから心配する三人の幼馴染と知らない男の人。
何がどうなっているかさっぱりだった。
「ひかり?もしかしてあかりの弟さん?どうして君」
「お前のせいであかりが泣いてんだよ!そんでもって鹿生のおっちゃんらに責められてんの!」
「光!落ち着け!」
光は網を外すと若い男に詰め寄り胸倉を掴んだ。
あかりさん関係の話なのは分かったが、とりあえず拓海は光を羽交締めにして止めた。
「あんたその娘さんから何も聞いとらんのか?」
「何がですか?」
「海の人間と地上の人間が一緒になるのは並大抵の事じゃない」
紡の爺ちゃんと若い男の会話に拓海は羽交締めにしていた光を離し顔を俯かせた。
「でもそれは分かっています。お互い意識しあっていますし、漁場の関係もあります」
「んなこた関係ない。子作りはしとるのか?」
「なっ?!この爺さんエロボケかよ!」
「それが問題なんだよ」
今まで拓海の後ろにいた紡が口を開くと、一番反応を見せたのはやはり光だった。
何でお前がここにいると言わんばかりの態度を見せるが、それは紡の家だからとしか言いようがない。
話すなら庭にと移動したのを確認した紡は喋りだした。
「地上の人間と海の人間の大きな違いはエナだ。エナは胎児が包まれている羊膜に似た組織で、地上の人間はそれを破るのに対して海の人間は肌に吸いつくように一体化した状態で産まれてくる。魚の鱗みたいに。海の人間が水中で息が出来るのもエナがあるからだ」
「それで?こ、子作りと何が関係あるんだよ」
「地上と海の人間の間にできた子供はエナを持たないんだ」
「それじゃあ、あかりさん赤ちゃん出来ても海の中じゃ暮らせないってこと?」
「ま、そういう事だな」
海の人間と地上の人間との子供がエナを持たない事は拓海は知っていた。
エナを持たないのは海の中で生活ができないという事だ。生活ができないという事は必然的に地上で生活する事にある。
一番困るのはどちらか、それは明白で海の人間達だ。ただでさえ地上よりも人口が少ないのだ、人がいなくなるという事はあらゆる面での損失になる。
それを無くし、固く禁じるために掟がある。海の人間と陸の人間との子供がエナを持たないのであればそれを許すわけにはいかない。それはある種海の人間という子孫を残していくための本能とも言える。
それでも地上に行く人もいる、それは拓海の叔父である誠もだ。
「海村を追放?!どうしてあかりは何も言ってくれなかったんだ」
「おい!お前!」
「信じてくれ光君!僕はあかりと中途半端なつきあいをしてるわけじゃないんだ」
「じゃあ、お前あかりと結婚するのか」
「そ、それは」
マズイ、と思った時には遅かった。
光は若いおとこにマウントをとるとひたすらに殴り出した。拓海はそこに割って入る事はなく、紡の爺ちゃんが光を投げ飛ばすまで拓海は見守るだけだった。
気絶した光を紡と紡の爺ちゃんが運んでいく中、拓海はある一人に声をかけた。
「ちょっといいか」
♦︎
「たっくんと二人で話すのって久しぶりだね」
「そうだな、昔から俺とまなか二人ってのはあんまりないよな」
拓海はちさきと要に先に行くように言って、まなかと二人庭に置いてある漁船にもたれるように立っていた。
「ちーちゃんに怒られないかな〜」
「大丈夫だろ。だってまなかだし」
「ぶー!なんかそれひどい!」
拓海は幼馴染の中で比べるとまなかとあまり喋らない。
それは拓海がちさきと付き合っている事への配慮ではない。ただ単純にまなか以外の三人とそれぞれの理由で話す事が多かったからだ。
「それで、どうしたの?」
まなかは小さく気弱な少女だ。それでも小さな体からは想像できないブレない信念があり、どこか光に似たものがある。
「いきなりだけどさ、まなかが思った通り素直に答えてほしい」
「うん」
「もし、好きな人がいるとして海村みたいな掟があってその人とは一緒にいられなくなるんだ。それでもどうにかしたい、って思ったらまなかはどうする?」
「うぅ〜ん、すごい難しいなぁ。私、その好きとか分かんないし。私じゃ分からないかも」
「そうだよな、悪い忘れ」
まなかは拓海の質問には答えれなかった。自分が実際にその状況になったわけでもないし、想像しても分からない。
でも、でも。
「でも、私に出来る事なら何でもするよ」
拓海の顔を見上げとびきりの笑顔でまなかは言った。
特別アドバイスになる事を言われた訳じゃない。それでもその笑顔から言われた言葉に拓海は元気をもらえた。
「あー、なんかありがとな」
「何かたっくんにお礼言われるの初めてかも!」
「だからたっくんやめろ。台無しだよ」
拓海はそっぽを向きながらまなかにお礼を言い、まなかは言われた事に心底喜んだ。
「さっきの言葉本当に元気でた、ありがとう」
「もういいってば。私でよければ相談のるからね?」
「また何かあったら相談する。そん時は頼むな」
どこか二人の様子はどこか仲睦まじいカップルに見える、が。
後日その姿を見た