メリエルを放り込んだり何だりする短編集   作:やがみ0821

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イスカンダルの触媒を盗まれたケイネス先生。

彼は触媒なんぞいらない、とヤケクソで触媒無しに召喚したところ――


ケイネス先生が苦労する話 その1 天使襲来

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト――

 およそ、魔術師として最高峰の実力を誇る彼は武功の一つでも上げておこうと、極東の地で開催される第四次聖杯戦争に参加することとなった。

 

 サーヴァントとして召喚する予定であった、イスカンダルの触媒が盗難にあったことに激怒もしたが、結果としてそれは吉であった。

 

 もはや触媒などいらぬ、と彼は触媒無しで召喚した結果――

 

 

 

 

 

 

「ケイネス、暇だから賢者の石100個くらい作ったんだけど、いる?」

 

 田舎のご近所さんが作りすぎた野菜を持ってくるかのような気軽さで、賢者の石というトンデモナイ代物をどん、とそのサーヴァントはケイネスの目の前に置いた。

 

 サーヴァントというにはあまりにも規格外。

 英霊ではなく、神霊ではないか、いや、下手すればそれ以上の存在。

 

 本人もサーヴァントとして召喚されたという自覚などはなく、気がついたらここにいたという。

 

「……メリエル。君はもう少し、常識というものを覚えたほうが良い」

 

 まさか自分がこんな言葉を発する日がこようとは、とケイネスは最近はよく思う。

 常識の外にある、目の前の少女――ともすれば女神と称しても良い、誰もが見惚れる程の美貌を誇る彼女、メリエルは小首を傾げる。

 

「私はお世話になってるから、これくらいは恩返しなんだけども」

「衣食住と身分証明書などの、その程度のことで魔法使いレベルのことを気軽にされては、こちらの立つ瀬がない」

「時計塔にも籍置かせてもらってるし、こっちの世界のこと色々教えてもらったし、魔術師は等価交換が原則って教わったし」

「明らかに、君の対価が大きすぎるのだが」

「恩は兆倍にして返せとイギリスのことわざにあったりなかったり」

 

 そんなことわざは聞いたことがない、とケイネスは溜息を吐く。

 ケイネスからすればメリエルという存在はこれ以上ない程に研究対象として最高であり、また、彼女が創りだす、あるいは所持している様々な神話に出てきそうな物品もまた大いに学術的興味を惹かれるものであった。

 

 聖杯戦争なんぞしている場合じゃない、とケイネスは急遽、参戦を取りやめ、とりあえずこの神霊もどきを自分の使い魔として登録した。

 ケイネスが聖杯戦争に参加しない、ということを多くの時計塔の魔術師達は訝しんだものの、メリエルを知るなり即座に納得した。

 

 

 デモンストレーションということで、ケイネスはメリエルの力の一端を大勢の魔術師達の前で披露させた。

 非常に分かりやすい、完全に死んだ動物の蘇生、それもたった一工程《シングルアクション》で。

 

 封印指定がメリエルに掛かったが、メリエルはそれすらもデモンストレーションということでケイネスに提案し、手練の執行者を多数同時に相手取って、全員を一瞬で殺した上に即座に全員蘇生するということを苦もなくやってみせた。

 

 さすがにこの時点で誰も彼もがメリエルに手を出すのは不可能ということに気づき、メリエルは触らぬ神に祟りなしという扱いとなったわけである。

 とはいえ、たまに我慢できなくなった輩が仕掛けてきては返り討ちにされ、その場で蘇生されていることがあったりする。

 

 

「で、ケイネス。聖杯戦争なんだけど」

「ああ……聖杯戦争か」

 

 ランサーの枠が空いたままだ。

 まだ始まっていないらしい。

 メリエルがサーヴァントであったなら、始まっていただろうが、そうでなかった為だ。

 とはいえ、各陣営による偵察合戦は行われているようで、チラホラとケイネスの耳にも入ってきている。

 

 

 

 話によれば、ウェイバー・ベルベットとかいう若造がイスカンダルを召喚して参加しているらしいとケイネスは聞いていた。

 

 犯人が分かったようなものであったが、ケイネスはウェイバーに感謝したいくらいだった。

 イスカンダルなんぞ目ではない、魔術師にとって最高の輩を召喚できたのだから。

 

 

 ケイネスの手に令呪は未使用のまま残ったままだ。

 残してある理由は簡単なもので、これもまた研究対象であるからだ。

 

 消えるのを防ぐ為に、ケイネスはアレコレと礼装を使い、自身の手元に留めておいている。

 とはいえ、優先順位はメリエルやメリエルの物品が圧倒的に上だ。

 先のメリエルが持ってきた賢者の石は無論、不老不死の秘薬、若返り薬、蘇生薬とメリエルからもらったものは極めて多い。

 本人はまったくの善意で対価として支払っているのだから、タチが悪い。

 圧倒的に、ケイネスがしていることとメリエルの対価では釣り合っていない。

 天秤は常にメリエルの側に傾いたままだ。

 

 無論、彼とて対価に見合うよう努力している。

 メリエルの意見は尊重するし、やりたいようにやらせているし、魔術などについても教えている。

 魔術回路などなしに、魔法を使うような輩であるから、魔術など不要であるとケイネスとしては思うが、メリエル本人は割りと楽しんでいるのが不思議であった。

 

「そこでお願いなんだけども、私、サーヴァント召喚したい」

 

 使い魔が使い魔を召喚するなんぞ聞いたことはない。

 しかし、ケイネスとしては前例がないからこそ、やる価値はあると即座に考える。

 そもそも神霊らしき輩を召喚して、しかも従えているということはケイネスに他者の追随を許さぬ、圧倒的な箔付けとなっている。

 名前やその保有する絶大の魔力から察するにきっとたぶん天使とかそこらの類いであるのが時計塔の公然の秘密だ。

 

 そもそも、神霊が英霊を召喚できるのか、召喚するとしたらどんなものが出てくるのか、という単純に興味があった。

 

「最強で最高で超絶無敵な、そんな強いのって誰がいる?」

「アーサー王、ランスロット、ガウェイン、クー・フーリン、ヘラクレス……まあ、色々いるな。触媒はあるのか? 何なら、譲ってもいい」

「触媒は無しでやってみる。ガチャみたいで楽しいから。あ、でもちょっと私の魔法使う」

 

 ガチャ、というのはケイネスには分からなかったが、最後の単語に彼は興奮に体を震わせた。

 自らの常識をことごとく破壊した、メリエル。

 死者蘇生すらも彼女にとっては大したことではない、そんな輩が召喚の際に魔法を使うという。

 

 ケイネスは早速メリエルの為に召喚陣を工房内の適当な場所に描き、召喚の呪文を彼女に教える。

 

「組み込むならば、最後で構わないだろう」

 

 ケイネスの言葉に、メリエルは鷹揚に頷く。

 彼女はどこからともなく一つの指輪を取り出し、それを指にはめる。

 

 そして、彼女は呪文を紡ぐ。

 込められる魔力の量に、ケイネスは思わずに息を飲む。

 

 およそ、ヒトがなしうる量ではない。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。私と最も相性が良く、強いサーヴァントよ、我が呼びかけに応え、望むならば完全な状態で受肉せよ。ウィッシュ・アポン・ア・スター」

 

 工房いっぱいに、極大かつ、幾何学的な立体魔法陣が展開される。

 その中心に立つのはメリエル。

 

 こんな魔法陣は見たことがない――

 

 ケイネスは呆然と、その立体魔法陣を見つめ、しかし、その頭脳は全力で回転し、解析をしていた。

 しかし、理解できない。

 いったい如何なる理論で組み上がっているのかすらも。

 

 

 エーテルが乱舞し、工房は眩い光に包まれる。

 光の中、ケイネスは目を細めながらも、はっきりと見た。

 エーテルが人型となっていく様を。

 

 そして、現れたのは赤いドレスを纏った少女であった。

 メリエルも美しいがこちらもまた美しい。

 最近、メリエルにかかりきりで、ソラウの機嫌があまりよろしくないが、美しいものは美しいのである。

 

「余を招きし奏者はそなたか?」

 

 メリエルをまっすぐに見据え、少女はそう尋ねた。

 

「いかにも。私はメリエルよ。ところであなた」

 

 ずいっとメリエルは少女に近づいた。

 そして、そのまま彼女の顔の横にある壁に、ドン、と手をついた。

 

 最高にこの角度が良い、とメリエルがこっちに来てから散々に練習し、個人的に思い込んでいる、顔がもっとも良く見える角度を少女に披露し、告げる。

 

「恋人いるの? いないなら、私とかどう?」

 

 突然の告白に、ケイネスは頭が真っ白になった。

 何言ってんだコイツと彼の頭に唯一その言葉だけが思い浮かんだ。

 

「そ、奏者よ……さすがの余も、その、急に迫られると、こ、困るぞ……あ、べ、別に奏者がイヤというわけでは……むしろ、至高の芸術家たる余が認めてもいい美貌で……」

 

 あうあう、と顔を赤くして俯く少女。

 

 そのとき、扉が叩かれた。

 ケイネスが許可を出し、神霊が英霊を口説くというわけのわからない状況を見なかったことにして、そちらへと顔を向ければ、ソラウが入ってくるところだった。

 

「ソラウ、これは一体何だと思う? 私には訳が分からない」

「……ケイネス、メリエルだけに飽きたらず、あんな少女まで手籠めにしようなんて」

「待て、どうしてそうなる? ソラウ、誤解だ」

「男は皆そうってメリエルが言っていたわ」

 

 そのとき、ケイネスは気づいた。

 ソラウの口元に笑みが浮かんでいることに。

 

 ああ、そういえば、と彼は思い出す。

 初めてソラウと会わせたときから、メリエルは何だかソラウを気に入り、あちこち連れ回していたことを。

 

 ソラウに、いろんな服を着せてはケイネスに見せに来ていた。

 生まれて初めて、カメラという文明の利器に頼ったのもちょうどあの頃――

 

 メイド服着たソラウは最高であったなぁ――

 

「ふふ、冗談よ。それで、何があったの?」

「……驚かさないでくれ。簡単に言えば、メリエルがサーヴァントを召喚したい、と言ってな。召喚したらああなった」

「なるほど」

 

 そうして、2人はメリエルと少女を見る。

 

「ところで気のせいかしら? あのサーヴァントの少女は受肉しているように見えるんだけど」

「ああ、メリエルが召喚の時に魔法を使っていた。受肉せよとか言っていたな」

「……魔法ね」

「ああ、魔法だ」

 

 2人して、遠い目になった。

 魔法がとても身近に存在する。

 魔術師としての色々なものが再度壊れた気がした。

 

「こほん! 余こそローマ帝国5代皇帝! ネロ・クラウディウスなり!」

 

 その声に、ケイネスとソラウは思わず顔を見合わせた。

 

「ねぇ、ケイネス。彼女は何を触媒に使ったの?」

「何も使っていない……もっとも相性がいいんだろう……敢えて使ったというのなら、魔法くらいなものだ」

「魔法って便利な言葉ね」

「ああ、便利だな……」

 

 才能とか努力とかそういったものを簡単に吹き飛ばしてくれやがったメリエル。

 もしかしたら、メリエルは人間の努力を嘲笑う為に敢えてこんなことをしているのかもしれない。

 つまり、人間が無様に足掻いているのを見て、ニヤニヤ笑うという、そういうことをやっているのかもしれない。

 

 そう考えると、暴君ネロが最も相性がいい、というのも2人には納得できた。

 

「ところで奏者よ。余は受肉しているのだが……」

「何か問題あった?」

「否! むしろ、喜ばしい! これで余はこの時代を楽しめる! あやふやな霊体なんぞ、つまらんからな! あ、聖杯戦争も参加するぞ? 聖杯は別にいらぬが、戦いは楽しそうだからな!」

「なんたって、戦争よ。これでまた三千世界の鴉を殺し尽くすような、胸躍る戦争ができる」

 

 そう言って、わっはっは、と笑って肩を組む2人を見て、ケイネスは溜息を吐いた。

 

「あら、ケイネス。微笑ましいじゃないの」

「ああ、普通の少女達がああしていたのなら、それはとても微笑ましい光景だっただろうな」

 

 片や神霊、片や英霊。

 そんな連中が揃って戦争だ、と息巻いている。

 これに恐れず何に恐れる。

 

 そういえば令呪なしに召喚してしまったが、何だかパスも繋がっているようだし、問題ないか、とケイネスは判断する。

 彼は同時に予感する。

 絶対メリエルは聖杯にマスターとして選ばれるだろうから、もう1体サーヴァントを召喚するに違いない、と。

 

 

「それで奏者よ。あそこにいる魔術師達は何だ?」

「私の……うーん、何になるのかしら。保護者?」

「いや、合っているが、もう少し言い方というものがあるだろう」

 

 ケイネスはこめかみに手を当てた。

 そんな彼の代わりに、ソラウが口を開く。

 

「私はソラウ、彼はケイネス。メリエルはケイネスによって召喚されたの」

「なるほど……ケイネスというのは凄いヤツなのだな。我が奏者を召喚なんぞ、並ではあるまい」

 

 ケイネスは視線を逸らした。

 

 触媒いらない、と言ったのはその実、激情に駆られたヤケクソであったりする。

 

「しかし、魔術師の工房というのは味気なくていかんな。もっとこう、薔薇とか散りばめたらどうだろうか」

「それより、ダイヤとかどうかしらね。ダイヤを床に敷き詰めて、壁はサファイアとか」

「おお! さすがは余の奏者! わかっておるな! 蛍石はあるか? 余は大好きなんだ!」

「大丈夫。作り出せるから」

「なんと、そなたは錬金術が使えるのか。便利であるな」

 

 そう言われるとメリエルとしても気分が良い。

 故に彼女はちょっとした面白いものを披露する。

 

「種も仕掛けもございませーん」

 

 そう言いながら、メリエルはスキルである上位鉱物創造を行い、自身の魔力を消費して、掌にある物を創りだした。

 

「おおっ、なんと見事! 見事である!」

 

 目をきらきら輝かせるネロに、ドヤ顔のメリエル。

 そして――

 

「……ねぇ、ケイネス。今、メリエル、魔力だけ使って創ったわね」

「ああ……魔力だけで黄金を創りだしたな。錬金術師共も、腰を抜かすどころか衝撃に心臓が止まるだろうよ」

 

 慣れっこになった2人や、メリエルのトンデモさを垣間見た時計塔の連中はある程度なら、メリエルだから、という理由で済ませられる程度には耐性がついている。

 

 

「時に奏者よ。余はサーヴァントとして召喚されたわけだが、何のクラスか、わかるか?」

 

 わくわくとした雰囲気で、ネロは問いかけてきた。

 まるで子犬のようだ。

 

 メリエルはわりと本気で考える。

 ネロは可愛いのである。落胆させたくない。

 

「私は強いサーヴァントを望んだ。だから、セイバー以外ありえない」

 

 メリエルは考えた末、そう告げた。

 すると、ネロはパァッと華の咲いたような、満面の笑み。

 

「よくぞ見破った! 余はセイバーであるぞ!」

 

 セイバーってもう召喚されてたような、とケイネスは思ったが、口には出さない。

 下手に口を出せば面倒くさいことになるし、何よりも魔法を使ったのだからきっともう何でもありなんだろう、と思考を放棄した。

 

「ところでネロ。あなたが強いのは分かるんだけど、何か弱点とかそういうのはない? もしあるようなら対策をしておきたい」

「む? 弱点? ふむ……強いて挙げるなら、頭痛持ちであることくらいだ。何しろ、昔から母親に毒と解毒剤を同時に盛られていたからな」

「じゃあ治すね。あと5分待ってねー」

 

 メリエルはそう言い、きっかり5分後に再度、あの立体魔法陣を展開した。

 

「お、おお!?」

 

 ネロは驚き、ケイネスは「またか」と思いつつ、今度は見逃すまい、と工房内にある、ありとあらゆる観測・解析・分析といった、多様な魔術礼装を同時に起動させる。

 ソラウは先程のケイネス同様、呆然とその魔法陣とメリエルを見つめている。

 

「我は願う! ネロ・クラウディウスの頭痛やその他諸々の疾病疾患不調を一切の後遺症なく、再発することなく完全に治せ! ウィッシュ・アポン・ア・スター!」

 

 メリエルが頭痛だけに限定しなかったのは、ネロの話を聞いたからだ。

 毒と解毒剤を同時に盛られていたなら、きっとそれ以外にも気づかない不調があるだろう、と。

 

 ネロが眩い光に包まれ、やがてそれは収まった。

 彼女は頭を数度振り、肩を回してみる。

 

「……奏者よ、余はそなたにどのような褒美を与えれば良いのだ? 体が軽い。今までにないほどに。頭痛など嘘のようだ」

 

 メリエルはドヤ顔で、腕を組む。

 

「当然よ。流れ星に願いを託せば、必ず叶う。たとえ、それがどんな願いであってもね」

 

 抑止力とか色々あるけど、まー大丈夫でしょ、とメリエルは楽観的だ。

 

 むしろ、彼女がそう思うことすらも抑止力が働いている一つであるかもしれない。

 下手に怖がって、世界怖い世界壊せと願うよりはよほどにマシだ。

 

「それで褒美だけど……じゃあ、ネロを頂戴」

「そ、奏者よ。ま、まだ余とそなたはその、もっとお互いをよく知るべきだと思うぞ。いや、余としては大歓迎で、バッチコイという状態であるのだがな! いや、むしろ、これはあれだ。余がそなたを娶るべきであり、そなたが余を娶るというのはおかしい!」

 

 うむ、とネロは大きく頷いた。

 

「それじゃ、とりあえず、お友達から始めましょう」

「うむ!」

 

 メリエルの提案に鷹揚に頷いたネロ。

 こちらは一件落着であったが、ケイネスとソラウは完全に固まっていた。

 

 願いが叶う? 何でも?

 

 それって――

 

「聖杯か!? お前は聖杯そのものというのか!?」

 

 叫ぶケイネスに、メリエルとネロは眉を顰める。

 

「魔術師よ。そう叫ぶでない。うるさいぞ」

 

 ネロの抗議を無視し、ケイネスはメリエルに食って掛かる。

 幾ら何でもこれは見過ごせなかった。

 

「いや、ただの魔法よ」

 

 メリエルの言葉に、ケイネスは崩れ落ちた。

 ただの魔法、そう、『ただの』魔法――

 

 メリエルにとってはそんな認識しかない。

 

「そうか……やはり神霊は格が違う。死者蘇生も、なるほど、それから零れ落ちた副産物に過ぎぬというわけか」

 

 ふふふ、とケイネスは小さく笑い出し、やがてそれは工房に響き渡る程に大きいものへと変化する。

 

『の、のう、奏者よ。この魔術師、頭は大丈夫か?』

『大丈夫……だと思いたい』

 

 こそこそと念話でやり取りしているネロとメリエル。

 

 そして、突然に笑いは止まった。

 

「何としても、至ってやる。その領域にな」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ケイネスはメリエルを見つめた。

 挑戦されるのは悪くはない、むしろ良い。

 

「ついて、これるか――?」

「戯け。お前が私についてこい――!」

 

 張り合う2人。

 そんな張り合いを見ながらも、ソラウは口を開く。

 

「……ねぇ、メリエル。最近、ちょっと体重が気になって……あなたのそれでどうにかならない?」

「ソラウ、魔術師としてそれはどうだろうか……」

「あら、ケイネス。あなたの婚約者ですもの。あなたの為にそういったことも気をつけるのが、私の仕事よ」

 

 それを言われるとケイネスとしても二の句を告げなくなる。

 むしろ、そんなことを言われるのは嬉しい。

 

 何よりも、ソラウがこのように変化したのはメリエルがあちこち連れ回した結果でもある。

 いったい如何なる魔法を使ったのか、ソラウは感情表現が豊かになった。

 

「ソラウ、いったいメリエルと出会ってからどうしたのだ? 以前とは全く違う」

「酒場で酔いつぶれるまで酒を飲まされ、ブティックで衣服を選ばされ、フランスに美味しい料理を食べに行ってきた、とでも言えば満足かしら?」

 

 勢い良く、ケイネスはメリエルを見る。

 するとメリエルはヴィクトリーサインをつくってみせる。

 

「感情表現が苦手な場合、こっちから気遣って会話を誘導していってあげればいいのよ。ケイネス、あなた、魔術に関しては天才だけど、女を口説くことに関しては駄目ね」

「待て、なぜ神霊がそんなことを知っている?」

「神霊にも色んなのがいる。私はたまたまそうであったのよ。ケイネス、結婚式は私がネロと一緒にバッチリ仕切ってあげるから」

 

 ねー、と首を傾げながらネロを見るメリエル。

 するとネロは大きく頷く。

 

「任せるが良い。最高の式場を作ってやるぞ。しかし、奏者を召喚して凄いと思っていたが、女の1人も口説けぬとは大したことがないな。余なんぞ、歩くだけで老若男女がついてくる程であったぞ?」

「ソラウに実地指導で、夜の営みを教えようとしたけど、さすがに寝取りはマズイので自重しました。私って偉くない?」

「偉い。さすがは余の奏者。余であったなら、遠慮なく頂いてしまうところだぞ」

 

 はっはっは、と笑う2人にケイネスは頭が痛くなってきた。

 そんな彼の背中に、ソラウは優しく抱きついた。

 

「そ、ソラウ!?」

「ケイネス、私、以前からあなたのことは嫌いというわけじゃないのよ?」

 

 耳元で囁かれたソラウの言葉に、ケイネスの頭は混乱の坩堝に叩きこまれた。

 彼は魔術師として最高である。

 生来の才により、思い通りにならないことに直面したことがない。

 出会った瞬間に一目惚れした、という想定外の事態が起きるまでは。

 

 簡単に言ってしまえば、ケイネスはソラウにどう接していいか分からなかったのだ。

 魔術師としての天才的な能力は、女性へのアピールという点ではまったく役に立たなかった。

 

「ケイネスチョロい」

「これはチョロいな」

 

 ニヤニヤと、気色悪い笑みを浮かべているメリエルとネロがケイネスの視界に入った。

 

 こいつら、楽しんでやがる――!

 

 ケイネスの胸中に怒りが湧き上がるが、不思議とそれは不快なものではなかった。

 

「ええい! お前らはさっさと聖杯戦争に行って聖杯持って来い!」

「あ、とりあえず1週間くらいはイギリス観光してからね」

 

 メリエルはそう言って、手をひらひらさせ、ネロの手を引っ張って工房から出て行った。

 後に残されたケイネスは深く、それはもう深く溜息を吐いたのだった。

 

 

 

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