22時きっかりに、セイバーは冬木大橋に現れた。
彼女がひとえに、単独でやってこれたのは日中のメリエルの暴れっぷりによる。
舞弥が戦闘後すぐに罠の再設置などを行っていたが、到底人手が足りず、またさすがにすぐの戦闘はない、と切嗣が判断した為、アイリスフィールの力も借りて陣地の再構築にあたっていた。
セイバーは結局、切嗣にメリエルに呼び出されていることを話さず、ただ単独で赴いて、同盟を結んできましょう、と提案した。
他に打つ手もない為、切嗣は承諾せざるを得なかった。
また、何か罠などがあってもセイバー単独なら無茶ができるという判断も切嗣にはあった。
「……来たか」
何となく気配を感じた直後、セイバーの目の前にメリエルとネロ、そして――
「なっ」
思わず驚きに声が出た。
そこにいるのは紛れも無く、カムランの丘で戦った――
「よぉ、父上。オレのこと、忘れてないよなぁ?」
獰猛な笑みを浮かべ、そう話しかけるのはモードレッド。
最悪だ、とセイバーは心に思う。
心情的にも、戦力的にも、セイバーにとっては最悪だ。
「オレが王になる。王の選定のやり直しをオレは聖杯に求める」
ドヤ顔でそう宣言するモードレッドに、セイバーは今度は困惑した。
まるで、自分の願いを見抜いているかのような、そんな言葉であった。
「まぁまぁ、モードレッド。セイバーの願いを聞いてみましょうよ」
メリエルが宥め、ネロは面白そうに見物している。
「……私は、ブリテンを救いたい。それを願いたい」
セイバーの言葉を聞き、メリエルはうんうんと頷く。
そして、にこやかな笑みを浮かべて告げる。
「じゃあこうしましょう。モードレッドが王になって、セイバーが単なる一般庶民。そうなるように願えば丸く収まるじゃない?」
「いや待てメリエル。ことはそう簡単じゃねぇんだ。オレが父上にしっかりと認めてもらわねぇとオレの気がすまねぇ」
「え、何それめんどくさ。セイバーさっさと認めちゃいなさいよ。モードレッド、貴女が王だ、貴女が一番だ、私は普通の女の子になりたい、とかなんとか」
そう言い、メリエルはネロに視線を向ける。
するとネロはフッと鼻で笑い、セイバーを真っ直ぐに見据えた。
「何だ、騎士王よ。そなたは国が滅んだことを後悔しているのか?」
「当たり前だ」
迷いなく肯定するセイバーに、ふむ、とネロは顎に手を当て、今度はモードレッドを見る。
「時にモードレッド。円卓の騎士であるそなたに尋ねるが……」
円卓の騎士である、と言われモードレッドは首を傾げる。
わざわざその冠詞をつける意味があるのか、と。
しかし、その疑問はすぐに氷解することとなる。
「騎士王の治世は暴君や暗君の類いであったか?」
「バカ言うな。父上が暴君や暗君であったら、オレがやるよりも前に誰かがやってただろ」
「それが答えだろう」
腕を組み、どうだと言わんばかりのドヤ顔でセイバーを見るネロ。
「余は民を愛していた。だが、どうもその愛は民には伝わらなかったようでな……その点に関しては余もそなたと似たようなものだ。良いではないか。余は暴君として有名であるが、そなたは現代ではこう語り継がれておるぞ」
そこでネロは言葉を切り、とても慈しみに満ちた表情で優しく言葉を紡ぐ。
「妖精郷で眠り、ブリテンの危機に目覚め、導く。その伝説はブリテンに留まらず、世界の者、皆が知っていることだ。そなたの円卓の騎士を真似た騎士団があちこちにできるほどにな。これほど後世の者に愛されている王など、まず余は知らぬ」
ネロはセイバーの表情を見つつ、さらに言葉を続ける。
セイバーはなんとも言えない、複雑な顔であった。
「国を滅ぼした、と確かにその点だけ見れば悪いだろう。だが、そなたは確かに多くの者を救ったのだ。それは間違いなどではない。それに当時のブリテンの状況からするに、よく騎士王は踏ん張ったものだ。余であれば半年も保たなかっただろう」
ネロの言葉を聞き、セイバーは戸惑いを隠せない顔だ。
「なぜ、あなたは私にそのようなことを? 敵でしょうに」
「余は聖杯に願う望みなどない。それに、いざとなれば奏者に頼めば良いからな。ただ、あえて言うならばそうだな……」
ネロは鷹揚に頷き、ビシっとセイバーを指差す。
「騎士王よ、そなたが美少女であるからだ! 美少女の味方をするのは当然であろう!」
「最後にそうくるか暴君!」
「当然だろう! 余は常に美少女の味方だ! あ、美少年や美老年の味方もするぞ?」
そんな風に戯れ合うネロとセイバーに、メリエルはモードレッドの肩を軽く叩く。
「モードレッド。セイバーって、不老だけど実年齢何歳なの?」
「三十路はいってんじゃねぇか? んでギネヴィアとは別れたから、バツイチで、本人否定しているけど、オレという子持ちだ」
「うわぁ……」
さすがのメリエルもドン引きした。
「認知しないとかアレだろ? 王としては完璧だけど、色々アレだろ? いやまあ、オレも自分の生まれが特殊だとは思うけど、あの対応はないわ。あとさ、実は裏話があってだな……」
メリエルに色々と吹き込むモードレッド。
伊達にアーサー王の留守の間に国を転覆させる程の反乱を起こしていない。
自分の味方に引き込むのは得意であった。
「こらそこ! 私は選定の剣を抜いた時から不老なんです! 重ねた年数は確かにそれくらいですけども! あとバツイチとか認知拒否とか言わないでください! モードレッド! 貴女はいつも私を悩ませる!」
うがー、と吼えるセイバー。
「おお、父上が怒った。こういう怒り方というか、弄りは初めてかもしれねぇ。昔はこんなこと言えなかったからな」
「親子のコミュニケーションじゃない、良かった良かった」
「うむ、良かったな。親とのコミュニケーションは重要だと思うぞ」
はっはっは、と笑う3人にセイバーは肩で息をする。
しかし、気がついていた。
確かに、モードレッドとこういう風に話をするのは初めてだと。
「私、分かった。セイバー、真面目過ぎるから余計な苦労まで背負い込んで、悩みまくるんだ」
「それはイカン、それはイカンぞ騎士王よ。せっかく王になったのだ、面白可笑しく愉快に過ごさねば損であるぞ」
「まぁ待て。円卓の騎士団は悩みまくる騎士王が良いという奴も結構いてだな……」
セイバーは天を仰いだ。
もう何なんですかこれ、と匙を投げたかった。
「よし、それじゃセイバー。とりあえず国を救いたいっていう願いは分かったから、叶えてあげましょう!」
きょとんとして、セイバー、そしてモードレッドはメリエルを見る。
「ただ問題はどうやって救うか、ね。セイバーが永遠にブリテン統治とか、それ絶対滅亡すると思うから。知識をつけた一部のバカな扇動家によって」
「ええっと、メリエル? こう、私の願いは間違っているとかそういうことは言わないんですか?」
「え、何で? 願いに間違いも正しいもないじゃない。願いなんてもんはただのエゴで、やったもん勝ちよ」
「あ、え、えぇ?」
困惑した顔になるセイバー。
彼女は助けを求めるようにネロやモードレッドへ視線を向ける。
「うむ、色々言ったが、騎士王にとっての現実とはおそらくカムランの丘とかあのあたりなのだろう。見も知れぬ未来のことなどどうでも良かろう」
「国を救う=オレが王になることだろ。認知しろ」
まるで助けにならなかった。
むしろ、何をやってもいいよみたいな空気を醸し出している。
モードレッドは除いて。
「そ、そうですね……どうやって救うか、ですか。私のイメージとしては何かこう、聖杯のすごい力で、都合よく丸く収まるようなものを期待していたのですが」
今度はメリエル達が困惑した。
「例えばブリテン島からありとあらゆる資源が湧き出てくるとかそういう、何かないの?」
「騎士王よ、さすがの余もちょっと引いてしまったぞ」
「父上、もしかして救うために、こうしたいって願いはなかったのか?」
あう、としょんぼりとするセイバー。
その姿にときめくメリエル達。
「な? 父上いいだろ?」
「ああ、アレは良いものだな。余が認めよう」
「騎士王最高。騎士王万歳。私ちょっと円卓の騎士になるわ」
ときめいている3人を放置して、セイバーは悩みに悩む。
どうすれば救えるんだ、と。
「……ブリテンに攻め寄せる蛮族を根こそぎに無かったことにしたい」
ぽつりと呟かれた言葉に、メリエル達は固まった。
「み、民族絶滅? ジェノサイド? え、何こわ」
「余もさすがにドン引きだ」
「父上だからな。アレは父上の暗黒面だ」
あーだこーだと言う3人にセイバーはゆらりと視線を向ける。
「……考えて下さい。どんな願いをすれば、ブリテンは救われますか?」
メリエルらは互いに視線を見合わせ、やがてネロとモードレッドはメリエルへと視線を向ける。
お前が叶えるって言ったんだから何とかしろと、そういう意味合いが視線には込められていた。
「んー……セイバーを両性具有にして、ちゃんと子供も作れるようにすれば解決するんじゃない? モードレッドも聞けばホムンクルスだとか……セイバーがギネヴィア孕ませればギネヴィアも問題なくなるし、ランスロットは不倫しないし、モルガンとヤッてもモードレッドもちゃんと人間として生まれてくるし」
「いや、それはちょっと……」
両手を前に出して、NGと伝えるセイバー。
むー、とメリエルは不満の声を上げる。
そして、ポンと手を叩く。
「じゃあもうこれは私が直接そっちに乗り込んで、蛮族を我が神の名に掛けて魂の一片までも絶滅し、円卓の騎士とか色々とガーッと何とかして、モードレッドは私の子にして、色々解決するわ」
「え、オレがお前の子になるの? 嫌だぞ」
「何でよ? セイバーと違って私の方が色々凄いわよ? 認知拒否とかしないし? ブリテンくらい2、3個買えるくらいに金持ちだし? 何でも願い叶えられるし? 強いし?」
「ダメだな。メリエル、お前は確かに良いが、オレは父上の子だ。ホムンクルスだろうが、父上が知らんところで生まれただろうが関係ねぇ。文句はモルガンに言ってくれ」
あーだこーだと言い合うメリエルとモードレッドに、セイバーは溜息を吐いた。
そんなセイバーにネロは言う。
「騎士王よ、下手に弄くり回すと、余計に酷いことになるぞ、たぶん」
「……そうでしょうね、きっと」
「まあ、なんだ? たぶんお前は王にならなかったとしても、苦労する人生しかなかっただろう? ブリテンの状況的に」
「……私には結局、逃げ道はなかったというわけですか」
セイバーは頭を抱えた。
王にならない場合、戦う力がない分、余計に酷い未来しかない。
「まーた変に考えているな。まったく、そなたは本当に真面目の頑固一徹だな。ちと教育が必要だ。者共、征くぞ」
者共ってなんだ、とネロを見るメリエルとモードレッド。
しかし、ネロはそんなことは意に介さず、ずんずんと歩いて行く。
ともあれ、それは元々予定にあった行動だ。
目指すは新都の居酒屋。
いわゆる飲みニケーションだった。