ランサー・アルトリアとかセイバー・オルタとかを召喚したい?
青セイバーを触媒にすればいいらしいっすよ。
ジャンヌ・オルタを召喚したい?
ジャンヌ・ダルクを触媒にすればいいらしいっすよ。
ジャンヌは頭を抱えていた。
あの後、さすがに帰りが遅い、でもなんか巻き込まれるのも面倒くさい、ということで、その場で雑談していたジャンヌ達の元にメリエルは戻ってきた。
ナイチンゲールを伴って。
サーヴァントが増えたのは良くないけど、問題はない。
目下の問題は、この混沌と化したカラオケだった。
一番最初に、英国国歌をナイチンゲールとアルトリアとモードレッドが熱唱したと思ったら、ネロがイタリア国歌をプロの音痴とでも表現できそうな、絶妙な下手さで対抗して熱唱。
ナイチンゲール以外は国歌ができるよりもはるか前の人物でしょう、というジャンヌのツッコミは聖杯から仕入れた、という言葉に敗れ去った。
メリエルはメリエルで、イギリスを討伐せよみたいな、物騒な歌を歌い始める始末。
ここにお酒が入るのだから、たまらなかった。
サーヴァントは酔わない筈なのに、雰囲気に酔っているのか、ジャンヌ以外のテンションは右肩上がりだった。
ナイチンゲールは入室した当初こそ、不衛生なので消毒を、とか何とか言っていたが、ネロとメリエルとモードレッドの強引さに押し切られて、今や普通に飲み食いしている。
「次はあなたの番ですよ」
スッとマイクを差し出すナイチンゲール。
クールそのものであったが、つい数秒前まで英国擲弾兵の歌を熱唱していたことはジャンヌの脳裏に焼き付いている。
「ジャンヌ、お前だけだぞ、歌っていないの。何でもいいから歌え」
大ジョッキ片手に、そう言うのはモードレッド。
「そうですよ、ジャンヌ。何でもいいですから」
フライドポテトをつまみながら、アルトリア。
もうヤケクソだった。
マイクを受け取り、ジャンヌは立ち上がった。
ああ、歌ってやろうではないか!
こちとらフランス人、イギリスにもイタリアにも負けない。
彼女が歌うの勿論、物騒なことで有名なフランス国歌。
そもそも彼女もまた、その歌ができる以前の人物であり、かつ、内容的に王政とは相性が絶望的に悪いのだが、今のジャンヌにはそんなことはどうでも良かった。
とにかく、ブリテンとローマを打ち負かさねば気がすまなかった。
カラオケで明け方まで歌った後、どうせなら朝ご飯はウチのホテルで食べていくのはどうか、とメリエルが提案。
食べることに関しては目がないアルトリアは快諾し、そのまま一行はハイアットホテルへと向かう。
早朝から出勤するサラリーマンやOLとすれ違うが、誰も彼もがメリエル達を二度見する。
その反応を楽しみながら、一行はホテルへと到着。
フロントに増えた人数分の追加料金――念のため、アルトリアの分も――支払って部屋戻る。
ナイチンゲールの意思を改めて確認――全ての病根絶の為、異論がなかった――して受肉化し、その後、ルームサービスで各々が食べたい料理や飲み物を頼んだところで、電話が鳴った。
メリエルが受話器を取ると、相手はなんと聖杯戦争の監督役である、教会の神父だと言う。
彼が言うことを要約すると、戦力バランス偏りすぎているから、どうにかしてくれ、というものだ。
勿論、メリエルの返す言葉は簡単だ。
「えー、それに関しましては慎重に時間を掛けて協議、検討を重ねまして、迅速に確認し、前向きに善処するので、どうぞご安心を」
ガチャン、と受話器を置いた。
「……いや、それ絶対無視しますよね?」
ジャンヌの冷静なツッコミに、メリエルは涼しい顔で告げる。
「検討するわ。でも、決定して実行するとは言っていない。とはいえ、あんまりうるさく言うようなら、聖堂教会の総本山に謎の天使の大軍勢が出現するかもしれない。神罰が下るかもしれない」
ジャンヌは盛大に溜息を吐いた。
なんでコレが天使なんだろう、異世界どうなってんの、と切に訴えたかった。
「というかね、私がいる時点で私の勝ち確定なんだから、いいじゃないのよ」
「確かにメリエルは強いとは思うけどよ、いくら何でもサーヴァントを何人も相手に回せるほど、強くはないだろ?」
モードレッドの問いにアルトリアは微妙な顔となり、ジャンヌは目を泳がせる。
ネロは胸を張って告げる。
「余の奏者こそ、最強だぞ。余には分かる……奏者の強大な、太陽のような力の奔流が!」
「それ、スピリタス飲んだからじゃね?」
モードレッドのツッコミ。
ネロの足元には昨日、ルームサービスで頼んで、冷蔵庫にしまってあった、スピリタスの小瓶が2、3本転がっていた。
「これくらい強い酒も良いものだな」
満足げなネロにモードレッドは溜息を吐く。
そんなモードレッドに対し、メリエルは自信満々に答える。
「あいにくと、私は強いヤツが敵に回れば回る程に、燃えるタイプなの。サーヴァント100人とか余裕だし!」
「嘘くせぇ!」
「いやまあ、でも、そんな事態にはならないでしょう。サーヴァント100人が敵に回るとか、それどうみても抑止力だから」
ちらり、とメリエルがジャンヌに視線を向ける。
「そういう事態にならない為に、私が止めます。フルスイングで」
思いっきり旗をバットの如く振りまくるジャンヌ。
そういう使い方をするものではない気がするが、誰も気にする者はいない。
「ナイチンゲール、あなたは何をやっているのですか?」
アルトリアが気づき、問いかけた。
ナイチンゲールはどこから取り出したのか、霧吹きスプレーであちこちに何かを吹きかけていた。
「消毒です。清潔に見えますが、こういうところにこそ、病原菌が潜んでいますから。勿論、運ばれてくる料理・飲み物全てにも同じ処置を施しますので、ご安心を」
「いや待ってください! いくら何でもやりすぎです! せっかくの料理が、単なる消毒液の味と臭いになってしまいます!」
アルトリアは断固として抗議した。
そのとき、メリエルは閃いた。
「というか、ここに病原菌に負けて、病気になりそうなのっていたっけ? そもそもあんだけ暴飲暴食して、お腹も痛くならない、トイレも行かなくて良い時点で……」
ナイチンゲールは何事もなかったかのような顔で、霧吹きスプレーをどこかへとしまい込み、優雅にソファに座った。
「そういえばそうですね。ただ、内面が病気である者がおりますが」
そう言いながら、真っ先にナイチンゲールが目を向けたのはメリエルだった。
あー、とネロを除いた面々が納得する。
「私のどこが病気だって言うのよ。あ、でもナイチンゲールに優しく看護されたいかも。こう、メリエルさん、どうされました? ここが苦しいんですかって、優しく……看護っていうよりは奉仕されたい」
なるほど、と至極真面目な顔でナイチンゲールは頷き、懐からナイフを取り出した。
「これはもう手遅れです。脳を取り出して、消毒するしかありません」
「何この物騒な人! 私が菩薩に見えるくらいにヤバイよ!」
メリエルの叫びに、ナイチンゲールとネロを除いた面々は「それはない」と綺麗に声を揃えて否定する。
「ふむ、では余はどうだ? 余なら問題あるまい?」
ずずいっとここぞとばかりに迫るネロ。
「よく分かりました。ここには重病人が少なくとも2人いることが」
「ダメだ奏者、これは余の手に負えぬ。こういう意味でのバーサーカーであったか」
ぐぬぬ、とメリエル。
しかし、これで怯む彼女ではない。
「とっかーん!」
叫び、メリエルはナイチンゲールに抱きついた。
おお、とネロは感嘆し、アルトリア達は盛大に呆れ返る。
そして、抱きつかれたナイチンゲールはさすがにこれは予想外であった。
「……仕方のない人ですね」
呆れたように、軽く溜息を吐き、ナイチンゲールはメリエルの髪を優しく撫でる。
「余も行くぞ! 奏者にばかり独り占めはさせん!」
そう宣言し、ネロもまたナイチンゲールに抱きついた。
そんな彼女もまた、ナイチンゲールは優しく撫でる。
「問題児過ぎやしませんか……」
「ええ……」
そう言うアルトリアと同意するジャンヌ。
しかし、モードレッドはちょっとだけ羨ましそうな顔だ。
それに気づいたアルトリアは、あー、うー、と何とも言えない声を出して、やがて意を決したように、モードレッドの頭にゆっくりと手を伸ばす。
そして、ぽん、と置いて、軽く撫でる。
モードレッドは信じられない、といった顔で完全に身体を硬直させる。
「……父上」
ぽつり、と呟いた単語。
それが再起動を果たす鍵となった。
「父上ぇ!」
うおおお、と叫びながらアルトリアに抱きつくモードレッド。
「ちょ、モードレッド!? た、倒れますから!」
アルトリアがそう言った直後、2人共、床にひっくり返った。
しかし、モードレッドは父上と叫びながら、アルトリアにぐりぐりと頬ずりしている。
「……何なんでしょうね、これ? 何で私、監視役としての召喚に応じちゃったのかなぁ」
和やかな雰囲気に流石に旗でフルスイングするわけにもいかず、ジャンヌは唯1人途方に暮れる。
「……まあ、メリエルさんは悪い人ではなさそうですよね」
「ところがどっこい、このメリエルさんは極悪非道なのよ」
綺麗に終わるかと思いきや、メリエルはそう宣った。
しかし、ナイチンゲールに抱きついた形である為に、非常に色々と残念だ。
「強盗、窃盗、放火、殺人、麻薬密売……」
邪悪な笑みを浮かべて、そう告げるメリエルに、ジャンヌはごくり、と唾を飲み込む。
「それら以外のことはやってきたわ」
思いっきりジャンヌは旗の柄で、メリエルの頭を小突いた。
「いったいわね!」
「何やってきたんですか!」
「つまみ食いとか、おやつ300円以内なのに、3000円分持ってくるとか、赤信号で渡るとか、そういうこと専門にやってきてるんで」
「ああ、つまりは頭が残念と。ナイチンゲールさん、やっぱり頭の中、消毒しましょう。これもう手遅れです」
ジャンヌは盛大に溜息を吐いた。
その横では許可が出たとばかりに、喜々としてナイフを取り出して、メリエルを押さえつけるナイチンゲール。
「で、殿中でござる! 殿中でござる! 話せばわかる!」
「問答無用! 重病人が喚くな! 大人しく治療されろ!」
心温まる、患者と看護婦の会話である。何もおかしくはない、とジャンヌは聞かなかったことにした。
「……ふむ、時に奏者よ。確か、ランサーだかが召喚されていなかったな?」
ネロの問いに、目前に迫ったナイフを両手で白刃取りしたメリエルは肯定する。
「もしや、戦力バランス云々という先程の教会の輩の話はランサーというピースが欠けているから、奏者に召喚して欲しい、とそういうことなのではないか?」
いや待ってなんでそうなるの、とジャンヌは内心ツッコミを入れた。
しかし、話はとんとん拍子に進む。
メリエルは真面目な話だから、とナイチンゲールにナイフをどかしてもらい、真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「もしかして、盗聴とかそういうのを心配してわざわざそんな回りくどく言ってきたのかしら……」
「ありえない話ではないな。ちゃんとクラスが7つ揃わないと、聖杯が出てこないとかそういう意味合いがありそうな気がするぞ」
「じゃあセイバーとして召喚したのに、実はそうじゃなかったとかそういうオチなのかしらね……まあ、クラスの重複はありえないってアイリスフィールも言ってたし」
「おそらくはな。余やモードレッドはセイバーと自らを認識しているが、聖杯側ではそうはなっていないとかそういうものだろう」
えぇ、とジャンヌは困惑した。
何でこの人達、こんなに残念なの、と。
「なるほど、ネロやモードレッドは使わず、私がランサーだけを使って聖杯戦争に参加すれば戦力バランス的にも公平と、そう繋がるわけね!」
「そういうことだ! さすがは奏者、察しが良いな! とはいえ、余も見たいぞ」
「観戦ならいいじゃないの?」
「それもそうだな!」
ジャンヌは口を開こうとしたが、それは阻止された。
驚き、見ると、そうしたのはモードレッドだった。
もう父上との戯れは十分らしかった。
「なんか面白くなりそうだから、やらせてみようぜ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべて。
「……まあ、私は同盟側ですから」
しれっとそう言うのはアルトリア。
ジャンヌの味方はどこにもいない。
「確か、アーサー王も槍を使ってたわね」
しかし、その言葉がメリエルから聞こえた時点で、アルトリアの直感が囁いた。
マズイことになる、と。
「あ、私は用事を思い出したのでこれで失礼します」
そう言って、窓に向かって全力で走ろうとしたが、ジャンヌとモードレッドに両肩を掴まれて止められた。
「父上? オレ、別の父上も見てみたいなって」
「アルトリアさん、何逃げようとしているんですか?」
「いや、あのですね、そういうのは別に私は見たくないので……」
アルトリアは色んな自分が出てきそうでイヤだった。
「アーサー王がランサーって、最強じゃない?」
後ろから掛けられた声に、アルトリアはゆっくりと振り返った。
すんげぇいい笑顔のメリエルとネロがいた。
「め、メリエル……槍の使い手なら、私よりも強いのはいっぱいいますよ……?」
「私はあなたのランサーがいいの。っていうか、色んなあなたを見てみたいな」
そう言いつつ、メリエルは虚空から指輪を取り出して、装着した。
ナイチンゲールの受肉化にも使った、願いを叶える魔法のための指輪だ。
「ら、ランスロットとかどうですか!? アレは強いですよ!? 木の枝で相手を倒せるくらいに!」
「問答無用! アルトリア・ペンドラゴンの全ての可能性としての存在を、ここにサーヴァントとして召喚し、彼女らが望むならば受肉化させよ! ウィッシュ・アポン・ア・スター!」
「やめてぇえ!?」
アルトリアの悲惨な叫び声しかし、それはエーテルの奔流にやがてかき消された。
光が乱舞し、すぐさまそれは人の形を作った。
アルトリアは項垂れ、メリエルとネロはハイタッチ。
モードレッドはワクワクとした顔で、ナイチンゲールは事態をただ見守る。
そして、ジャンヌは……
「天使様、私、何か悪いことしましたでしょうか……この試練はちょっとキツ過ぎます……」
部屋の隅で祈りを捧げていた。
そして、現れた4人。
1人はまるっきり、アルトリアを真っ黒に染めて、ちょっと怖いオーラを漂わせた少女。
闇堕ちした騎士王はきっとこうだろう、というような、イメージそのまんまだ。
しかし、次の2人が問題だった。
2人共まず、馬に乗っている。
これは良い。
彼女らは室内と分かると、その馬をどこかへと消し去り――どうやら自在に霊体化できるらしい――その兜を脱いだ。
確かにアルトリアが大人になったらこんな感じだろう、という風貌であったのだが、その一部分に居並ぶ面々の視線が集中した。
大きいのだ。
少女であるアルトリアと比較して、圧倒的に。その胸部が。
「……でかいな」
「ああ、でかい」
メリエルとネロはそう言い、互いにぐっとガッツポーズ。
そして、4人目。
帽子をかぶって、エクスカリバーっぽいものを担いだジャージ姿のアルトリアだ。
3人目まではまだ分かる、しかし、こんなのまでが私の可能性なんて、と触媒にされたアルトリアは両手を床について、本気で落ち込んだ。
埒があかない、と闇堕ちアルトリアが口を開こうとした、その瞬間――
玄関のチャイムが鳴り、注文したルームサービスの料理と飲み物が続々と運び込まれてきた――
「もっとジャンクな料理はないのか?」
なし崩しに、そのまま宴へと発展するのは道理。
元がアルトリアであるので、召喚された面々も食べること食べること。
すぐに追加の料理が注文され、ホテル側は嬉しい悲鳴を上げる。
そんな中、セイバー・オルタがそうメリエルに言ってきた。
全員がアルトリア・ペンドラゴンなので、クラス名をつけて、闇堕ちした場合はそこに更にオルタを付け加えることで無理矢理に解決した結果である。
セイバー・オルタを略さずに言えば、アルトリア・セイバー・オルタ・ペンドラゴンという何とも長ったらしいものだ。
「ジャンクなのがいいの?」
「ああ。私はそれが良い」
そう言いながらも、食べる手は止めない。
メリエルは電話で適当に出前を頼む。だいたい100人分でいいか、と。
「少し待ってね」
「構わない」
もっきゅもっきゅ――
そんな擬音が聞こえてきそうに、セイバー・オルタは食べている。
「マスター、少しよろしいですか?」
アルトリア・ランサーがそう声を掛けてきた。
勿論、彼女も大人な見た目に関わらず、ちゃんと料理を食べているが、控えめな印象を受けた。
ランサー・オルタがもっきゅもっきゅと食べているのとは対照的だ。
「ランサー、もうちょっと食べてもいいのよ? 我慢しなくてもいいのよ?」
「いえ、お心遣いは大変有り難いのですが、このようにしていて、よろしいのでしょうか?」
「大丈夫よ。いやまさか、こんなにたくさんアルトリアの側面というか可能性があるなんて思わなかったけども」
「完全に同一人物かと言われると、言葉にするのは難しいですが……」
そう言いながら、ランサーが目を向けるのはジャージ姿のアルトリア――アサシンだ。
唯一、アサシンのクラスという、ある意味もっともアルトリア・ペンドラゴンからかけ離れたクラスで現界した彼女。頑なに、謎のヒロインXを名乗り、セイバーを抹殺すると宣言している。
さらにヒロインXは自分はセイバーだと主張している。
どうしてそうなった、というのがヒロインX以外のアルトリア達の共通見解だ。
「メリエル! どうでしょうか! ここは一つ、ジャンヌの可能性を追求してみるのは!」
アルトリアが突如として、そう叫んだ。
ほっぺたにご飯粒が一つ二つ、ついているのはご愛嬌。
「何言ってるんですかあなたは!? やめてください!」
「さっき止めなかったのはどこの誰でしたか!?」
「それならあなたの息子もそうでしょうに!」
そう言いながら、ジャンヌがモードレッドを見ると、すぐに事態を察した。
単純に言えば、ヒロインXがモードレッドを説教していた。
モードレッドの、過去の悪戯について。
「モードレッドはいいんです。昔の悪戯と比べたらまだマシですからね。ジャンヌ、観念しなさい」
アルトリアは素早くジャンヌの背後に回り込み、羽交い締めにした。
「さあ、メリエル。やってください」
「いいんですか、マスター?」
せがむアルトリアに対し、唯一の良心と言っても過言ではない、ランサーの言葉。
とはいえ、彼女の表情はどことなく、ワクワクとしたものだ。
メリエルが他の面々を見回してみれば、セイバー・オルタやランサー・オルタもチラチラと視線を送ってきており、気になる様子。
要するに、見てみたいとそういうことである。
「まあ、いいんじゃないかしらね。面白そうだし」
そんなわけで、メリエルはまたまた指輪を取り出して、使うことになった。
そして、召喚されたのが――
「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ、参上しました」
全体的に黒くなった、いわゆる闇堕ちしたジャンヌ・ダルクが現れた。
彼女はすぐさま、目の前で項垂れているルーラーのジャンヌに気がついた。
「あら、白いのがいるじゃないの」
見下すかのようなアヴェンジャーこと、ジャンヌ・オルタにジャンヌは歯噛みする。
ジャンヌが何か言おうと、口を開きかけたそのときだった。
「優等生の姉と不良っぽいけど、根は同じ妹……双子の姉妹といったところね」
「はぁ!?」
まったく同じ声で同じように驚いた。
ジャンヌもジャンヌ・オルタも何言ってるのこの人、といった視線をメリエルに送ってくるが、そんなものはメリエルには通用しない。
「いやだって、どう見てもそうじゃないのよ。アルトリア達は何かもう振る舞いとか雰囲気からして姉妹とかそういうのには見えないけど、あなた達どう見ても姉妹に見える」
「ちょっと白いの! コイツ、頭おかしいんじゃないの!?」
「ええ、そうですよね? それがマトモな感覚ですよね!?」
地獄に仏を見た、と言わんばかりに、ジャンヌはジャンヌ・オルタの両手をがしっと握って、縋るような目でそう言った。
そのとき、ジャンヌ・オルタは悟った。
全く正反対であるが、一応は同一人物だ。
ああ、コレは最悪だ。白いのも、かなり苦労している――
「ちなみにですが、アヴェンジャー。そこの頭おかしいのは軽く世界を滅ぼせるくらいの力持ってますからね? 私がわざわざ彼女専属の監視役でルーラーとして現界してるんですから!」
まったく何であの時、応じてしまったのか――
そもそもメリエルが悪い。空が青いのもポストが赤いのも全部メリエルが悪い――
ブツブツと愚痴を吐き始めるジャンヌに、ジャンヌ・オルタは愕然とした。
ちょっと待って、そういう悪っぽい、黒っぽいことは私の専門でしょ、と声を大にして言いたかったが、とにもかくにも、マスターであるメリエルをジャンヌ・オルタはよく観察してみる。
目がくらむような、女神の美貌だ。
しかし、どうしてだろうか、そこまで強大さというものは感じない。
召喚する際に、何かしらのことをやったのか、受肉しているが、ちゃんとパスも繋がっている。
故に一つ、ジャンヌ・オルタはカマを掛けてみることにした。
「はぁ? こんな小娘に従ってるわけ? 軽く縊り殺せそうじゃないのよ。何なら、私がその可愛い首を掻っ切ってあげましょうか?」
しかし、誰も何も言わない。
皆が皆、ジャンヌ・オルタの発言など聞こえなかったかのように、ただ料理を食べつつも、事態の推移をちょうど良い余興とばかりにチラチラと見ている。
これにはさすがのジャンヌ・オルタが驚いた。
いやいやあんた達、サーヴァントなんでしょ? 文句の一つくらい返しなさいよ!
心の中でツッコミを入れた直後。
「余は奏者が全力で戦うところが見たいぞ」
そんな中、唯一ちゃんと答えてくれたのがネロであったが、ジャンヌ・オルタは耳を疑う。
戦う? サーヴァントと?
とてもメリエルは、そのようには見えない。
虫も殺せないのではないか、と思えてしまう。
「やめておきなさいよ。瞬きする間に、マスターの首が飛んでるわよ」
やれやれ、と溜息を吐いてみせるジャンヌ・オルタ。
そのときだった。
「仕方がないわねぇ」
今まで黙っていたメリエルが口を開いた。
彼女は問う。
「ジャンヌ・オルタという呼称でいいわね。さて、それは私に対して宣戦布告すると、そういう意味でいいかしら?」
わくわくとした顔で問いかけてくるメリエルに、ジャンヌ・オルタは困惑しながらも肯定する。
すると、その表情は歓喜に染まる。
「素晴らしい。これでまた戦争ができる。三千世界の鴉を殺し尽くすような、素敵な素敵な胸躍る戦争だ」
え――?
ジャンヌ・オルタは全く予想もしなかったメリエルの反応に呆気に取られる。
しかし、事態は進む。ジャンヌ・オルタにとって、全く想像しなかった方向へ。
「諸君! 私は戦争が好きだ!」
メリエルはそう切り出した。
ジャンヌ・オルタはドン引きした。
喜々として戦争への愛を長々と語り始めるメリエル。
一通りに語り終えたところで、メリエルはジャンヌ・オルタを真っ直ぐに見据えた。
嫌な悪寒がジャンヌ・オルタを駆け巡った。
地獄の釜の蓋を開いてしまったかのような、そんなヤバイ感じであった。
「あー、アヴェンジャー、そいつ、戦闘狂だからなーあとたぶん、強いぞー」
がんばれよー、と呑気に応援してくるモードレッド。
ヒロインXから解放されたらしい。
「はぁ!? そういうのは先に言いなさいよ! そんなのとマトモに戦えるわけがないじゃないの!?」
しかしもはや遅い。
ジャンヌ・オルタは宣戦布告をしたのだ。
メリエルは確かに仮想世界の架空の存在であったとはいえ、それが現実化したのならば、当然に、彼女が成し遂げたこと、やったことは全て現実となる。
その成し遂げたことによって得た経験もまたそうである。
メリエルは絶望のオーラⅤを発動する。
たちまちのうちに室内を満たす黒いオーラ。
サーヴァントであっても、恐怖を覚えることはネロで実証済みだ。
こいつ絶対私よりも悪だわ!
ジャンヌ・オルタは心の中で叫んだ。
あまりの恐怖に身体が震える。
そして、より絶望的なことが起こった。
メリエルが一瞬でその身に纏う全てを変化させたのだ。
単なる衣類から、宝具に匹敵するかのような脅威を感じさせるシロモノへと。
「さぁ、ジャンヌ・オルタ。剣を取れ。私を楽しませろ。豚のような悲鳴をあげて、這いつくばれ!」
虚空から取り出した剣、その剣先を突きつけられ、邪悪な笑みを浮かべてそう告げるメリエル。
「い、いやよ! 私は負ける勝負はしない主義なの! っていうか、そんな力を隠し持ってたりとかおかしいから! なんでそんなのがここにいるのよ!?」
ジャンヌ・オルタの慌てっぷりに、メリエルは剣をしまって、神器級の防具なども全て単なるお洒落着に着替え、絶望のオーラを止める。
「なんか召喚されちゃってね。んで、古今東西の英雄とガチで戦えるっていうから、つい」
「つい、で参加なんてしないでよ、もう……」
深く溜息を吐くジャンヌ・オルタ。
「……オルタ、分かりましたか? 分かりましたね?」
ジャンヌのその問いかけだけで、ジャンヌ・オルタは言わんとしていることがよくわかった。
「ええ、よく分かったわ」
「そうでしょうとも。とはいえ、私は中立のルーラーなので、より身近な存在となるあなたに色々とお願いを、と」
「そんなの知らないわよ。そもそも、私はあなたとは正反対のものよ。憎悪は誰よりも強い」
あ、それまずい言葉だ――
ジャンヌは直感した。
やはりというか、メリエルがジャンヌ・オルタの肩を叩いた。
「何よ?」
訝しげな顔のジャンヌ・オルタに、メリエルはまさに天使のような笑みを浮かべた。
「憎悪なんて、大変よ。救いが必要だわ」
「そういう文言は私、大嫌いなの」
ジャンヌ・オルタの拒否にも関わらず、メリエルは笑みを浮かべたまま、告げる。
「死はこれ以上苦痛を与えられないという意味で、最大の救いであると思うの。あなたが憎悪に身を焦がすならば、私はあなたを苦痛に苦痛を重ねた上で、死を懇願するようにしなければならない。そうすれば死は安息であると実感し、確実に清らかな心になる」
「ちょっと白いの!? コイツ頭おかしい!」
ジャンヌ・オルタはメリエルを指差しながら、思いっきりに叫んだ。
「頭おかしいなんて失礼ね。これもまた善行よ」
むーっと怒るメリエル。
「大丈夫ですよ。メリエルさんはきっとたぶん、口で言うだけですから。たぶん」
「何回たぶんって言ってるのよ。まったく安心できないじゃない!」
ふーふー、と肩で息をするジャンヌ・オルタ。
「小娘がうるさいぞ」
そこへ、セイバー・オルタが口を開いた。
「マスターを挑発して、戦おうとするところまでは良かった。そのくらい暴れ馬である方が面白い。しかしなんだ、蓋を開けてみれば情けない限りだ」
「はぁ!? 何言ってるのよあなた! 私がおかしいのこれ!?」
「当たり前だろう。なんなら、お前の代わりに私がマスターと戦ってやろう。先程の殺気、見事であった」
うむ、と鷹揚に頷くセイバー・オルタ。
しかしそこへ、ランサー・オルタが口を挟む。
「いや、ここは私が戦う。あれほどの手練は滅多にいない」
いや私だ、いやいや私だ、と何故か張り合う黒いの2人。
2人はチラチラとジャンヌ・オルタへと視線を送る。
妙な圧力を感じるその視線に、ジャンヌ・オルタはおずおずと手を上げた。
「じゃ、じゃあ私が戦う」
「「どうぞどうぞ」」
一斉に黒いの2人がジャンヌ・オルタに譲った。
「何なんのよそれ!?」
「聖杯から仕入れた、漫才というものだ」
「何となくやってみた」
しれっとそう言う、ランサー・オルタとセイバー・オルタ。
どちらも真顔でやっていたため、とても漫才には思えない。
「何でそんなのを仕入れてるのよ!」
「戦う? 戦っちゃう?」
「メリエル! あなたもそんなに目を輝かせないで! っていうか、私が何で一番常識人なのよ! おかしいでしょ!?」
ぜぇぜぇ、と肩で息をするジャンヌ・オルタ。
さり気なく、メリエルと呼び捨てにしているが、周囲はもちろん、本人も気にも留めない。
「……ところで、属性が変わっている=消毒が必要ということでよろしいのでしょうか?」
真顔で、消毒液を持ってナイチンゲールが問いかけてきた。
「違うから、違うからね。そうじゃないから」
ジャンヌ・オルタは無理矢理にナイチンゲールから消毒液を取り上げる。
「時に奏者よ。思うに、これは遅かれ早かれ、料理に満足しなくなるのではないか? 兵站は重要だぞ」
ネロはそう言いながらも、メリエルに座るよう告げ、メリエルがソファに座ると、その膝の上にちょこんと座る。
そこが玉座だ、と言わんばかりのドヤ顔で。
メリエルはそんなネロを後ろから抱きしめる。
ネロの柔らかさを堪能しながら、メリエルは口を開く。
「それもそうね……なんか、そういう英霊っていないのかしら?」
「あの、できればそうポンポンと召喚しないで欲しいんですが……」
ルーラーとして、務めを健気にも果たそうとするジャンヌ。
しかし、それを聞くような輩でもない。
「とりあえず、召喚してみればいいんじゃねーか? お前なら何か、良い奴呼び出せるだろ。あと、槍の父上、2人いるけど、どっちをランサーとして連れ歩くんだ?」
モードレッドの言葉が戦闘開始のゴングだった。
ランサーが堂々と自分を連れ歩くべきだと主張し、ランサー・オルタもまた一歩も譲らない。
ああだこうだ、と激論を交わす2人に、ジャンヌ・オルタは良いことを思いつく。
先程、被ったストレスを発散させるべく、ジャンヌの精神にダメージを与えるために。
「それなら、ケルト神話のクー・フーリンを召喚したらどうかしら? 城とか戦車とかそういうのも全部使える、神話通りの存在として。あなたなら呼べるでしょ? これなら誰もが納得できるでしょうし」
「やめて!」
ジャンヌの悲痛な叫びは無視された。
そんな彼女に、ナイチンゲールが胃薬と鎮静剤をスッと差し出した。
サーヴァントであるから、胃痛など感じない筈であるのだが、ジャンヌは躊躇いなくそれをもらい、頭を下げた。
病は気から――いわゆる、精神的に負担がかかり過ぎて、そのような痛みを錯覚したのだ。
しかし、それだけには留まらない。
まるで畳み掛けるように、他の面々もあれこれ言い始めたのだ。
「アサシンを召喚してはどうでしょうか? 私はセイバーなので。やはり、情報収集役は重要かと」
アサシンとして現界しているのにも関わらず、頑なにセイバーだと言い張る謎のヒロインX。
彼女の主義主張はともあれ、情報収集役というのは必要である。
「それならば、キャスターも必要ではないか? 知恵を持つ者は必要だ。ああ、マーリンは呼ぶなよ。アレは良いやつだが、嫌だ」
そう言ったのはセイバー・オルタだ。
メリエルは指折り数えて、流れ星の指輪の残数を計算した結果、使っても在庫的には問題ないことを確認する。
「……そこまでなら、もういっそ、ライダーやアーチャーも召喚したらどうですか……ていうか、もう好きなだけやってください」
ジャンヌは溜息混じりに、そう告げた。
もうどうにでもなれ、とそういう気持ちが全面に押し出されていた。
そして、そこでジャンヌ・オルタが気がついた。
「……ねぇ、これって抑止力なんじゃないの? ほら、メリエルがヤバイから、メリエルがトチ狂った時に、それを抑えるだけのサーヴァントが必要だから、ペナルティ無しに召喚できるっていう……」
その言葉に、誰も彼もがすとんと腑に落ちた。
「……ちなみにですが、メリエル。あなたの全力とはどれほどですか?」
アルトリアの問いに、メリエルは微笑みながら告げる。
「世界を焼き尽くしたり、1分くらいの詠唱が必要だけど、超広範囲の生きとし生けるもの全てに裁きを与えたり……まあ、そういうのが宝具にあたるんだろうけど、私の全力はそうじゃないのよ」
えぇ、とアルトリアは困惑した声を上げた。
それでも全力じゃないってどういうことですか、とツッコミを入れたかった。
そんな彼女の心情を悟ったのか、メリエルは続ける。
「要は戦い方の問題よ。悠長に戦場でそんな撃つのに長い時間掛けられていないってこと。自分を極限まで強化して、斬ったり魔法を撃ったり、とそういうのが全力かしらね」
なるほど、とアルトリアをはじめとした面々は納得する。
つまるところ、宝具もヤバイが、普通に戦ってもヤバイのだと。
「まあ、そんなことは置いておいて、早速召喚しましょうそうしましょう。可愛い子綺麗な子男の娘が来ると良いわねー」
「いや、判断基準そこなの!?」
思わず、ジャンヌ・オルタがツッコミを入れた。
「何よりも一番重要だぞ」
何を言っている、と言いたげなネロ。
コレ私がおかしいの、とジャンヌ・オルタは周囲の面々を見回したが、諦めろ、と言わんばかりのジャンヌの視線とぶつかった。
そんなわけでまたまたまた召喚することとなった。