ラブライブ!サンシャイン!! Aqoursの戦国太平記   作:截流

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どうも、截流です。

いよいよこの関東三国志編も佳境に入ろうとしています!千歌ちゃんたちにとって初めての籠城戦、はたしてどうなるのか――――

それではどうぞお楽しみください!!


25話 猛虎来襲 小田原城防衛戦

北条家は氏真の救援のために軍勢を駿河に派遣する一方で、越後の上杉謙信との同盟を結ぶための交渉を進めていた。交渉は上野に睨みを利かせていた氏邦が北条家に寝返った上野の国衆である由良成繁を仲介として行っていた。

 

同盟の条件で難航してはいたが、4月頃にはなんとか北条家と上杉家の同盟である『越相同盟』が一応締結されることになった。

 

この同盟が結ばれたことによって、北条家は北への警戒を緩めることができたが、その安堵を打ち破る知らせが届けられる――――

 

 

 

 

「武田信玄の軍勢が碓氷峠を越えて来ました!!!その数2万5千!!」

 

 

 

 

信玄が来た。

 

これだけならば武田との合戦が増えた北条家の家中にそれほどの動揺が走ることは無かった。だが問題は武田軍が『碓氷峠』を超えてきた、という所にある。

 

碓氷峠とは上野と信濃の国境にある峠で、普通ならば信玄が北条家の領土を攻めるなら伊豆や相模、あるいは武蔵に兵を進めるものと考えられていたが、信玄は越相同盟の成立で北条家が北への警戒を緩めていた隙を突くためにわざわざ軽井沢まで北上して碓氷峠を越えて兵を南下させてきたのだ。

 

これには駿河や伊豆に守りを集中させていた北条軍は大慌てであった。何せ裏をかかれたのだから無理もない話である。

 

 

「まずは鉢形城を落とす!」

 

 

9月10日、信玄がまず最初に狙いを定めたのは氏邦の居城である鉢形城であった。城主であった氏邦は信玄を相手にまともに戦うのは下策だと考え、徹底した籠城戦術をとった。

 

「む、中々に守りが堅いな。わしらの目的はあくまで小田原城じゃ、下手に攻めて兵を損じるわけにはいかん。ここは素通りして滝山城へ向かう!!」

 

信玄は鉢形城の堅固さと、氏政の弟たちの中で最も血の気が多いと評判だった氏邦が打って出てこなかったのを見て一筋縄では行かないと判断した。そして鉢形城の外曲輪を破壊してから、兵をさらに南へと進めていった。

 

「ちっ、足止めすることもできなかったか!すまねえ兄貴たちに親父、後は頼んだぜ!」

 

氏邦は南下する武田軍を見送りながら悔しげに叫んだ。

 

 

 

次に信玄は氏照の籠る滝山城に向けて兵を進めた。

 

「行くぞ!攻め落とせ!!」

 

信玄より先陣を任された勝頼は得物である鎌槍を片手に、従弟である信豊と共に滝山城に突撃した。

 

「耐えろ!ここはなんとしても耐えるのだ!!」

 

氏照は家臣の中山家範や、師岡将景に間宮綱信、かつては評定衆であったが小田原から氏照の家老として派遣された狩野泰光と共に獅子奮迅の防戦で勝頼による攻城を防いでいたが、

 

「申し上げます!小仏峠から小山田信茂の軍勢が侵入してきました!!」

 

「馬鹿な!小仏峠を越えて来ただと!?」

 

信玄は甲斐で待機していた小山田信茂が率いていた別動隊を滝山城の西にある小仏峠から滝山城に攻撃させた。小仏峠は軍勢を通すには道が狭すぎる難所であり、氏照にとって、そのような場所からの襲撃は完全に想定外であった。

 

「くそ!二の丸まで退くぞ!!」

 

東西からの挟み撃ちで更に形勢が悪化し、三の丸を落とされた氏照は二の丸まで引き下がりそこで指揮を執った。滝山城の落城も時間の問題だと思われたが、

 

「もうよい、あくまでわしらの狙いは小田原城じゃ。小田原城を攻める前にこれ以上無理攻めをして兵を損ねるわけにはいかん。今すぐ四郎を引かせよ。」

 

と信玄は勝頼に攻撃を中止させ、瞬く間に軍勢をまとめてさらに兵を南に進めていった。

 

「危なかった・・・。しかし短いながらもなんとか武田軍を足止めできた、あとは頼むぞ兄上、父上!」

 

氏照は肩で息をしながら天に向かって独り言を呟いた。

 

 

 

 

信玄率いる武田軍が滝山城から小田原城に向けて進軍する一方で、氏政と氏康は小田原城の城下町やその周辺の村々の住民たちを小田原城の城内に避難させていた。

 

 

「氏政さん!これで村や町の人たち全員避難出来たみたいだよ!」

 

「本当にすごいよね。この城下町だけじゃなくてそれ以外の村や町の人たちも入れられちゃうなんて・・・。」

 

千歌はよ氏政に住民たちの避難が完了したことを報告し、梨子は兵士たちだけでなく数多くの非戦闘員である住民たちも収容できてしまう小田原城の広さに改めて驚いていた。

 

「民の避難誘導に協力してくれてありがとう、Aqoursの皆。千歌どの達が来る前の年に上杉が小田原に攻め寄せて来た時もこのようにして民たちを城の中に引き入れたのだ。」

 

「そうだったんだ!」

 

「でもただでさえ兵糧が必要なのに町や村の人たちも入れたらもっと兵糧が必要になるんじゃないの?」

 

善子がふと浮かんだ疑問を口にすると、

 

「いや、民たちを避難させる際には必ず食料を持たせるようにしているんだ。勿論足りない分はちゃんと配給してているがな。」

 

と氏政は答えた。

 

「武田信玄が率いる甲斐の兵は兵揃いですからな。防戦の際に真正面から争うのは愚の骨頂!彼奴らがこの城を攻めあぐねて疲弊し、甲斐に引き返すところを追撃して一網打尽にするのが我々の戦術なのだよ。」

 

氏政に続いて、城内で様々な指示を出していた筆頭家老の憲秀が得意げに解説した。

 

「でも他のお城は大丈夫かなあ・・・。氏邦さんと氏照さんのお城も信玄さんに攻められたって聞いたけど・・・。」

 

ルビィが心配そうに呟くと、

 

「それに関しては心配無用だルビィどの。韮山や玉縄、河越に江戸といった北条の有力な支城はどれも堅い守りを誇っているんだ。それに氏照の滝山城や氏邦の鉢形城は最前線の城なだけあって守りはどちらも堅く、2人とも私よりも戦上手なんだ。いくら信玄が相手とはいえ簡単には落ちないさ。」

 

「それに信玄は石橋を叩いて渡る慎重な男だ。この小田原を囲む前に兵をいたずらに減らすような真似はせんだろう。」

 

と氏政と、そこにやってきた氏康が励ますように言った。

 

「父上!いらっしゃったのですか?」

 

「うむ、ここ最近は体調もよいのでな。此度はわしも兵たちの指揮に回るつもりじゃ。ごほっごほっ。」

 

氏康はそう言うと咳き込んだ。

 

「御本城さま、無理はなされない方が・・・。」

 

憲秀は心配そうな様子で氏康に声を掛ける。

 

「ねえ、氏康さん風邪気味なのかな?」

 

千歌は氏政に耳打ちをしてたずねた。

 

「うむ・・・。このところ体調がすぐれぬらしくてな。今はそれほど深刻な状態ではないと医者も言っておるのだが、あまり無理はさせられないな。」

 

氏政は顔をしかめながら答える。

 

「何はともあれ、武田の攻撃に耐えるのが我らの最優先だ。このことは他の者たちには内密に頼むぞ。」

 

『はい!!』

 

氏政の言葉に千歌たちAqoursは返事をした。

 

「さあ来い信玄・・・!この小田原城を落とせると思うなよ・・・!」

 

氏政は武田軍がやってくるであろう北の空を睨み、そう呟いた。

 

 

 

 

 

そして10月1日、遂に滝山城から真っ直ぐに南下してきた武田信玄が率いる本隊と、康勝が城代を勤める小机城と綱成の居城である玉縄城の周辺を荒らしながら南下してきた別動隊が合流して小田原城の城下に結集し、城を取り囲んだ。

 

 

「遂に信玄がこの小田原までやって来おった。だが案ずるには及ばぬ!この小田原城はかつて10万の大軍で押し寄せてきた上杉謙信でさえ落とすことのできなかった鉄壁の守りを誇っておる。」

 

氏康は本丸に集結した家臣たちを前に語り聞かせるように叫んだ。

 

「確かに信玄は日の本で有数の実力を持った名将であることに間違いはない。だが!奴もしょせん人の子、毘沙門天の化身と嘯き神がかった戦ぶりを見せるという謙信と引き分けた程度の男にこの相模の獅子の牙城たる小田原城は断じて落とせぬ!!」

 

氏康は信玄と謙信、5回に渡って川中島で争っていたこの2人の名将の実力を幾度か刃を合わせることで認めていたが、家臣や兵、そして城に避難させたその家族たちや百姓や商人といった無辜の民たちの士気を上げるためにあえて彼らは自分の敵ではないといった様に嘯いてみせた。

 

『おおおおおおお!!!』

 

氏康の演説で家臣たちの戦意は大いに高まった。

 

「だが、武田軍が精鋭揃いであることに変わりは無く、正面から挑めば痛手を負うのは火を見るより明らかぞ。故にまずはこの城に籠る!そして彼奴らが疲弊し、陣を解いて甲斐に引き返した時が反撃の時よ!!だからその時までこらえて欲しい!」

 

『おおおおおおお!!!』

 

 

 

「氏康さんって凄いね・・・。こんなにたくさんいる家臣の人たちをこうやって演説でまとめちゃうんだもん。」

 

Aqoursも氏康の演説を本丸で聞いており、千歌は氏康の老いてなお衰えることのないカリスマ性に驚嘆していた。

 

「そりゃあ氏康さんはあの氏政さんのお父さんなんだもん。なんて言うか、年季が違うよね。」

 

「甲斐の虎に越後の龍、と互角の戦いを繰り広げた相模の獅子と呼ばれる氏康さんなら当然ですわ。」

 

曜とダイヤが驚く千歌にそう答えると、

 

「確かに父上の統率力は見事なものだ。なにせ8万の大軍を相手に戦った河越での戦でも父上は、両上杉・古河公方連合軍に夜襲をかける前に今のように兵士たちを勇気づけてから突入したと聞いているからな。」

 

と、氏政は彼女たちの言葉に頷きながら父氏康の武勇伝を語った。

 

「河越の戦?」

 

「河越夜戦の事だよルビィちゃん。氏康さんがその戦いで扇谷と山内の両上杉家と古河公方の大軍を破ったから北条家は今みたいな関東の最大勢力に上り詰めたんずら。」

 

ルビィが首を傾げると、花丸が河越夜戦についてのあらましを話した。

 

「何はともあれ、此度はひたすらに武田の攻撃をやり過ごすのが肝心だ。何があっても打って出てはいけないよ。」

 

氏政がそう言うと、

 

「町が焼かれちゃってもですか・・・?」

 

と梨子は不安げに呟いた。かつて三家老であり、江戸城の城代として江戸の発展に心血を注いでいた遠山綱景の下で働いていたこともあった梨子にとって、町を焼かれるのはとても胸の痛むことであった。無論、梨子だけでなく他のAqoursのメンバーにとっても自分たちを拾ってくれた北条家の人々と共に過ごしたこの小田原が蹂躙されるのは耐え難い事であることに変わりは無い事実である。

 

「・・・そうだ、私もこの町が蹂躙されるのは辛い。確かに上杉謙信に攻められ、小田原の町を焼かれた時は身を斬られるような想いをした。お主たちの気持ちはよく分かるつもりだ。」

 

そう語る氏政の脳裏には千歌たちが来る前の年に攻めてきた上杉謙信の軍勢によって紅蓮の炎に包まれた小田原の城下町が映っていた。

 

「だがこれだけは覚えておいて欲しい。国とは人だ。国がどれだけ荒らされようが、そこに生きる民さえ生きていればどれだけ国が荒れ果てようとも・・・そして万が一北条家が滅ぶようなことがあったとしても、私たちが治めた関東の地は再び元の豊かな土地に戻るだろう。だから私たちは国を作る民たちを損なわないように、民たちも一緒に城に籠らせるんだ。そうすれば、また再びやり直すことができるから・・・!」

 

氏政は拳を強く握りしめながら千歌たちに語った。

 

「そうだよね・・・!どんなことをする時も皆がいるからこそだよね!!よーし!私たちAqoursも頑張るぞ~!!」

 

千歌がそう言うと9人で円陣を組み始めた。

 

「何をしてるんだ?」

 

「これは私たちの円陣なんだ!ライブが始まったりする前にやるの!」

 

「もしよかったら氏政さんもやりませんか?」

 

「私もか!?だが、そのAqoursの一員でない私が入ってもいいものなのか?」

 

千歌に誘われた氏政は困惑するが、

 

「氏政さんも私たちの大事な仲間なんだから大丈夫ですよ!」

 

と果南は笑顔で言い、

 

「私たちが『1、2・・・。』って順番に点呼するから氏政さんが『10』って言ったら、親指と人差し指を立てて合わせてから人差し指をたてて手を上にあげて『サーンシャイン!!』って言ってくださいね!」

 

と曜がAqours式の円陣の組み方を教えた。

 

「こ、こうか?」

 

氏政が円陣に加わると、千歌が点呼を始めた。

 

「そうそう!じゃあ行くよ~!!」

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

「じゅ、10!」

 

「今、全力で輝こう!0から1へ!Aqours!!」

 

『サーンシャイン!!!』

 

Aqoursと北条家4代目当主の北条氏政という時代を超えた奇妙な組み合わせで組まれた『0から1へ』の円陣での10人の声が天に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、小田原城の城外では―――――

 

「ふむ、これが謙信でさえ落とせなかったという小田原城か・・・。話には聞いていたがまさかここまでとはな・・・。鉢形や滝山とは比べ物にならんな。」

 

城を囲んでいた信玄は小田原城の威容を前に唸っていた。この頃の小田原城は、1590年の小田原征伐に向けて作られた城下町ごと城を取り囲む『惣構え』はおろか、三の丸さえ作られていないので全盛期に比べればその規模はかなり小さいものではあったが、それでも10万の大軍ですら寄せ付けないほどの堅固な守りを誇っていた。

 

「出てくる気配も全くありませんな。流石は相模の獅子、戦う相手の力量を弁えてると見えますな。」

 

そう言ったのは、武田四天王の最年長にして、長篠の合戦で討ち死にするまで生涯無傷であったことから『不死身の鬼美濃』の異名を持つ、馬場美濃守信春であった。

 

「すぐに飛び出してくる謙信とは違い、華は無いが堅実な戦で着実に勝ちを拾う・・・。氏康の戦ぶりも奴とはまた違う厄介さがあるのぉ・・・。」

 

信玄は苦虫を噛み潰したような顔で愚痴をこぼした。

 

「お屋形様。内藤隊、ただいま戻りました。」

 

「おお、昌豊か。どうであったか。」

 

「はっ。蓮池門まで近づきは致しましたが、北条の兵士たちは全く動かず・・・。もはや空き城ではないかと思ってしまうほどに静かでした。」

 

信玄に北条軍の様子を報告するこの男の名は、内藤修理亮(しゅりのすけ)昌豊。信春と同じく武田四天王の1人で、信玄の弟である武田信繁と共に『武田の副将』と呼ばれている。余談だが最近の研究で名前が昌豊ではなく昌秀だと明らかになったが、この作品では敢えて有名な昌豊の方で通すことにする。

 

「そうか、やはり出て来ぬか・・・。よし、では町を焼いておびき出すとしよう。昌豊、すまんがもう一度行けるか?」

 

信玄は少し考え込むと昌豊に町を焼くように指示を出した。

 

「はっ、御意にございます。」

 

昌豊は信玄の指示に応えると速やかに出て行った。

 

「信春、お前にも仕事だ。」

 

「ほう、わしにも仕事ですかい。」

 

「うむ、お前には松田の屋敷を焼いてもらう。」

 

「松田というと、北条の筆頭家老というあの?」

 

「うむ。町を焼くだけなら謙信もやったこと故に、恐らくそれだけでは効果も薄かろう。だからこそ北条家一の重臣と言える松田の屋敷を焼き、怒らせて飛び出してきたところを叩きのめす。」

 

「なるほど、『啄木鳥戦法』の応用ですな?」

 

信春は信玄が出した作戦と、第四次川中島の合戦で戦死した信玄の軍師であった山本勘助がその合戦で信玄に献策した『啄木鳥戦法』を重ねた。

 

「その通りだ。では行って来い!」

 

「御意。たまには鬼らしく乱暴な手に出るのも悪くはないですな。」

 

信春は笑いながら信玄の本陣を後にした。

 

 

 

 

 

 

そして小田原城の城内では―――――

 

「安堵せよ皆の衆!城さえ落ちねば我らの勝ちだ!!だから耐えよ!!」

 

「大丈夫だ!小田原城は落ちない!!だからこらえてくれ!!」

 

氏康と氏政はそれぞれ城内を回って兵士たちや民たちを励まして回っていた。千歌たちも氏政と一緒に回っていたがしばらくすると、

 

「あっ!」

 

「どうした!?何があった!!」

 

物見櫓の上に立っていた見張りの兵が声を上げたのを聞いた氏政は緊迫した表情で見張りの兵に何があったのかをたずねた。

 

「町が・・・。小田原の町が燃えています!!武田軍が町に火を付けました!!」

 

「なんだと!?」

 

氏政は大急ぎで櫓に登り、千歌たちも城壁の狭間から町を覗いた。

 

「くっ・・・!」

 

「そんな・・・!?」

 

氏政や千歌たちの目には炎に包まれる小田原の町が映っていた。『西の山口、東の小田原』と称されるほど栄えていた城下町が灰燼に帰していくのが目に見えるが彼女たちにそれを止める手段は無かった。

 

「お姉ちゃん、町が・・・!怖いよぉ・・・。」

 

「大丈夫ですわルビィ・・・。悔しいですが私たちは城に籠っていれば安全ですわ・・・!」

 

泣き出しそうになるルビィを優しく、そして力強く慰めるダイヤの目には怒りの炎が揺らめいていた。彼女もまた評定衆の1人として内政を司る立場に立っていたので町を焼く武田軍への怒りは並大抵のものではなかった。

 

「ああ・・・!俺たちの町が焼けていく!!」

 

「わしの店が!!」

 

「せっかく作り直したのに・・・!」

 

城に籠っている町の住人達も、ある者は怒りを露わにし、ある者は絶望に項垂れ、またある者は悔しさに涙を流しながら・・・。ただ町が焼けていくのを悲壮な表情で見ていた。

 

「みんな・・・。」

 

千歌は住民たちを慰めようとしたが、

 

「ダメだよ千歌ちゃん。」

 

曜が千歌の肩を掴んで止めた。

 

「でも・・・!」

 

「・・・千歌ちゃん。悔しいけど今は私たちが慰めてもあの人たちの怒りや悲しみを抑えることは出来ないよ・・・。」

 

「うっ、うう・・・!」

 

曜の言葉が理に適っていると分かっている千歌は、歯を食いしばりながら涙を流すことしかできなかった。

 

城下町の放火はそこに住む住民や兵士たちの士気を下げるのにもってこいの戦法であるのと同時に、兵士たちは城下町にある金品や食料を略奪する乱取りという当時における一般常識ともいえる兵士たちの士気を保つ戦術でもあった。上杉謙信による関東攻めも、冬に仕事がない民たちを食わせるために行っていたとされる説もあるくらいだった。だがしかし、今回は住民たちに財産や食料を持たせて避難させたので乱取りの被害はそこまで大きいものでもなかった。

 

だが、今回の放火で被害を受けたのは城下町の民たちだけではなかった。

 

 

 

「むぅ、武田め。乱世の習いとはいえ我々や民が汗水流して作り上げた町を好き放題焼きおって・・・。」

 

北条家の筆頭家老である松田憲秀は燃える城下町を見ながら苦々しく呟く。

 

「ん?おい、憲秀どの。なんか城下町から離れてる方からも煙が立ってやがるぞ。」

 

櫓で南の方を見張っていた憲秀の従弟で『赤鬼』の異名を持つ松田康郷が南の城下町から離れた場所に起きた異変を察知した。

 

「本当か孫太郎。」

 

「本当だぜ兄者、見てみろよ。」

 

康郷は兄である康長にも指を指してその場所を示した。

 

「む?この方角に距離は・・・。憲秀どの!大変だ!!お主の屋敷も焼かれておるぞ!!」

 

その場所に憲秀の屋敷があることに気付いた康長は大声で憲秀にそれを知らせた。

 

「なななななんだってーーーーーー!!?」

 

憲秀は凄まじい勢いで櫓に駆け上り、落ちそうになる程に身を乗り出して自分の屋敷から煙が立っているのを確認した。

 

「あああーーーー!!私の屋敷がーー!!」

 

「落ち着け憲秀どの!」

 

「危ねえよ!落っこちまうぞ!!」

 

櫓の上にいるにもかかわらず燃える屋敷に向かって飛び出そうとしている憲秀を康長と康郷はなんとか抑えていた。

 

「おのれ~!コツコツ営々と作り上げた町だけでなく私の屋敷も焼き払うなんてひどすぎるだと思わんかね!!」

 

「気持ちは分かるが何があって打って出てはならぬというのが御本城さまと氏政さまの命だ!ここはこらえてくれ!」

 

「兄者の言う通りだ!それに相手は兄者を挑発して焼いてるってことは恐らく憲秀どのの軍勢を簡単に打ち破れるほどの実力を持ってるはず・・・。下手に出て行けばすぐに袋叩きにされるぞ!!」

 

康長と康郷の松田兄弟は何とか憲秀を諫める。

 

「うむむ・・・。しかたあるまい、これは上杉の猿真似・・・。それに引っかかっておびき出されるのも実に悔しいのである。ここは耐えるしかあるまい・・・。」

 

従弟である松田兄弟の諫言を受けて憲秀は自分の心を落ち着かせてその場に踏みとどまった。

 

 

こうして小田原城に籠った北条家の将兵や民たちは武田軍の挑発的な攻撃を目の当たりにしてもそれに乗せられることなくこらえ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして信玄による包囲が始まってから数日が経ち、10月6日になると―――――

 

「御本城さま!お屋形様!武田軍が引いていきます!!」

 

なんと信玄はたった5日ほど城を囲むと、小田原から退き始めたのだ。

 

「追撃しましょう父上!」

 

「いや、これは罠やもしれぬ。追撃に回すのは最小限にとどめよ。」

 

氏康は信玄が誘いをかけていると警戒していた。

 

「では松田隊を向かわせましょう!松田隊は将兵ともに士気が高まっておりますゆえ、見事な戦ぶりを見せてくれるでしょう。」

 

「うむ。だが深追いしすぎぬように釘も刺しておけよ。」

 

「はい!」

 

こうして武田軍の追撃に松田憲秀率いる松田隊が派遣されたが、武田軍の殿として酒匂川で待ち受けていた武田勝頼隊に迎撃された。この時、憲秀の家老である酒井十左衛門尉と勝頼が馬上で4回ほど一騎打ちを繰り広げたという。

 

 

「そうか、やはり武田は本当に甲斐に引き返すつもりなのだな・・・。氏政!」

 

「はい!既に準備はできています!!氏照率いる滝山衆に氏邦の鉢形衆、そして綱成どのの玉縄衆とその他諸々を三増峠に待ちかまえさせておきました!!あとは我々が後ろから武田軍を追って挟み撃ちにするだけです!!」

 

氏政はかねてより氏照や氏邦に兵を温存させ、武田軍が甲斐に退却する時の通り道である三増峠で待ち伏せするように示し合わせていたのだ。さらにそれを聞いて、玉縄城を守っていた綱成と康成も三増峠に急行。他にも河越衆の大道寺政繁や小机衆の笠原康勝、松山衆の垪和氏続に江戸衆の富永直勝、さらに下総の他国衆(外様の国衆)である千葉胤富も三増峠に結集していたというかなり層の厚い布陣であった。

 

「此度はわしも出よう。」

 

「なっ!?父上、無理はなさらない方が・・・!」

 

隠居の身で長く戦に出ていなかった氏康が出陣すると言い出したことに驚いた氏政は、この頃病気がちになって来た氏康の身を案じるが、

 

「心配は無用じゃ。最近は体調も優れておるし、何よりお主らだけではまだ役者不足であろう。それにわしはあの男の息の根を止めるつもりじゃ。」

 

と、氏康は何がなんでも出陣する気であった。

 

「・・・分かりました。ではすぐに兵を集結させ、出陣いたしましょう。」

 

氏康の目を見て、父の覚悟は本物だと悟った氏政は彼を止めるのをやめ、出陣の支度に取り掛かった。

 

 

 

そしてしばらく経ち、城門前にて―――――

 

「これより雌伏の時は仕舞いぞ!敵の攻撃に耐え、反撃の時に備えて爪と牙を研ぎし獅子の(つわもの)たちよ!これより小田原に背を向け、甲斐の山影に逃げ帰る甲斐の虎を一気呵成に討ち取らん!」

 

『おおおおおおお!!!』

 

城兵たちの怒りと鬱憤を程よく駆り立てる氏康の演説を聞き、兵士たちの士気は最高潮と言っても過言ではないくらいに膨れ上がる。

 

「いざ反撃の時!狙うは甲斐の虎、武田信玄の首一つ!」

 

「さあ、虎狩りの時だ・・・!」

 

『おおおおおおおおおおおお!!!』

 

氏政と氏康の号令に兵士たちは天を突き抜けんばかりの鬨の声を上げた。

 

 

 

 

城に籠るばかりが北条の戦ではない。

 

獅子による虎への反撃が、今始まろうとしていた。




いかがでしたでしょうか?


今回の信玄による小田原城攻めは作品を読んでいただければお分かりいただけるように、わずか数日で信玄が撤退するという結果で終わっているので、この作品でもあっさりとしたものに仕上がりました!

さて、いよいよ戦国時代の合戦史上最も熾烈な山岳戦と言われた『三増峠の戦い』の幕が開きそうです!

次回は千歌ちゃんたちに意外な展開がやってくるかも!?



それでは次回もお楽しみください!!

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