ラブライブ!サンシャイン!! Aqoursの戦国太平記 作:截流
いよいよ今回で第三章『関東三国志』完結です!
それではどうぞお楽しみください。
「はあっ、はあっ・・・!」
1571(元亀2)年12月。10月に亡くなった北条家3代目当主、北条氏康の葬儀や代替わりに際して行われる雑事も終わり、家中もいつも通りの雰囲気に戻りつつあった・・・。
「はあっ、はあっ・・・!」
そんな北風が吹き、木の葉が枯れ落ちた冬の寒空の下で千歌は小田原城から出て西に向かって馬を走らせていた。その表情は切迫したもので、周りに他のメンバーはおらず1人だけであった。千歌たちは今日、特にこれといった重要な仕事があるわけではなかった。ではなぜ千歌はたった1人で西に向かって馬を走らせているのだろうか。
その理由を知るためには少しばかり時を遡る必要がある。
それは今日の朝・・・。
「うぅ~ん!寒いけど今日もいい天気だなぁ!」
千歌は空を仰ぎながらそう呟いた。
「そうだ!今日は特にこれといった仕事も無いし綾さんと氏真さんのお屋敷にみんなで遊びに行こうよ!!」
「おっ!ナイスアイデアであります千歌ちゃん!」
千歌の言葉に曜がいつものように敬礼をとりながら賛同する。綾と氏真の夫婦が小田原に落ち延びてから、千歌たちAqoursは、時々彼女たち夫妻がいる早川の屋敷に遊びに行くようになっていた。
余談だが、この綾たち夫婦が屋敷を与えられていた早川という土地の名前から綾は文書では『早川殿』と呼ばれていたという。
「でも氏康さんのお葬式が終わってから、氏真さんも綾さんも姿を見かけなくなったよね。」
「そう言えばそうね。あの氏真さんが屋敷に籠りっきりになるなんて想像できまセ~ン。」
梨子の言葉を聞いた鞠莉が首をひねる。そう、綾たち夫婦は少なくとも3日に一度はどちらかが小田原城に顔を出していたのをAqoursのうちの誰かが少なくとも1人は目にしていたのだが、ここ最近では全くその姿を見てないのである。
「恐らくきっと喪に服しているのでしょう。あの氏真さんとはいえどもそれほどの慎みはあるはずですわ。」
「でもそれにしたって長すぎない?」
「確かにそれもそうですわね。」
「じゃあ綾さんか氏真さんのどっちかが風邪かご病気なのかも・・・。」
「馬鹿ねえルビィ、そうだったら今頃城内にそういう噂が出回ってんでしょ。」
「確かにそういう話は全く聞かないずら。」
メンバーがそれぞれの推測を述べ立てて話し合っていたが、話が一向に進む気配を見せない。
「じゃあさ、会いに行こうよ!そうすれば何かわかるかもしれないよ!」
「千歌の言う通りだね。話し合ってるより実際に行ってみた方がよく分かるよ。」
千歌がそう言うと果南もそう言って頷いた。
「よ~し、じゃあ綾さん達のお屋敷にレッツゴー!!」
『お~!!』
千歌たちが早川の屋敷へ向かおうとしたその時、
「待ってくれお主ら。」
と9人を呼び止める声がした。その声がした方を振り返ってみるとそこには氏政が立っていた。
「どうしたんですか氏政さん?」
「お主たちは今姉上と氏真どのの屋敷に行こうとしていたな?」
「そうですが・・・。」
「どうかしたんですか?」
氏政の問いに梨子が聞き返すと、氏政がバツの悪そうな表情で顔を背けるも、意を決したように深く深呼吸した。
「姉上と氏真どのはもういない。」
『―――え?』
氏政の言葉に千歌たちは衝撃を受けた。嘘だと言おうとするも氏政の人柄を知っている千歌たちには氏政が嘘を言っているようには見えなかった。
「どういう事なんですか氏政さん・・・!」
「・・・姉上たちは今日の朝、この小田原を出た。今は西へ向かうために早川の港で船を出す支度をしている頃だろう。」
千歌が問い詰めるように言うと氏政は声を絞り出すように綾たちの動向を教えた。それはまるで暗に「今ならまだ間に合うから早くあって来い」と言っているような気がしている、千歌はそんな風に感じた。そして、そこからの千歌の行動は早かった。
「私、早川まで行ってきます!!」
千歌はそう言い終わるよりも速く走りだした。
「ち、千歌ちゃん!!」
梨子が呼び止めようとするも千歌は止まらなかった。そして千歌はそのまま
「はぁ、はぁ・・・。やっと着いた・・・。」
小田原城から飛び出してから半刻(およそ1時間)、巳の刻から午の刻に差し掛かる頃(だいたい11時ごろ)に千歌は早川の港町に辿り着いた。
「綾さーーん!!どこですかーー!?」
千歌は大声で叫びながら綾を探しまわった。そしてそうこうしているうちに彼女は船着き場へとたどり着いた。
「綾さんどこにいるんだろ・・・。船は出てないみたいだからいると思うんだけど・・・。」
千歌は周りを見回しながらそう呟いていると、
「あら、千歌さん?どうしてここに?」
千歌が声のした方に振り向くと、そこには市女笠をかぶり旅の装束を身にまとっている綾が立っていた。
「あ・・・綾さ~~~~~ん!!!」
「わっ、もう千歌さんってばどうしたの!?」
綾の姿を見た瞬間に感極まったのか、泣きながら綾に抱きついた。抱きつかれた綾の方はというと、本来ならばここにいるはずのない千歌が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして自分の胸に飛び込んできたことに困惑していた様子だった。
「だって、氏政さんが・・・!綾さんと氏真さんが小田原を出るって言ってたから・・・。それで夢中になって・・・。」
千歌は顔を拭いながら早川の町まで来た理由を話した。
「そう、氏政が言ってたのね。」
「どうして綾さんは小田原から出て行っちゃうんですか!?氏康さんは亡くなっちゃったけど氏政さんたちや瑞穂さんだっているじゃないですか、それに子供だって・・・。」
千歌の説明に対して合点がいったような様子で頷く綾に千歌は詰問するように彼女が小田原を去る理由をたずねた。子どもと言うのは綾が小田原に戻って来た次の年である1570年に産んだ氏真の嫡男の五郎、のちの今川範以の事である。
「ええ、分かってるわ。でも私たちはここを出なきゃいけないの。」
「なんで・・・。」
「北条が武田と和睦して同盟を復活させたことはもう知ってるわよね?」
「あっ・・・!」
綾の言葉に千歌ははっとしたような表情をした。
北条家は、武田家とは信玄の駿河侵攻を発端として1568年から戦争を続けていた。氏康は武田家に対抗するために越後の上杉家と同盟を結び抵抗するも、駿河の重要拠点であった蒲原城や深沢城を奪われ、さらに伊豆や武蔵に度々侵攻を許すなど劣勢を強いられていた。
そんな中氏康は1571年の10月3日に死んだ。通説では氏政に対して上杉を見切り武田との同盟を復活させるように遺言を遺したとされているが、実際のところは氏康はそのような遺言を遺しておらず、最期まで上杉との同盟を重要視していたという。
だが、氏政は上杉との同盟が形だけで機能していない事や武田家との抗争の戦況が好転しない事を踏まえ、氏康が亡くなる数ヶ月ほど前から武田家と秘密裏に和睦交渉を進めていた。そして氏康の死から1ヶ月経った11月に武田家との和睦と同盟の復活を家中に発表したという。氏照ら一門衆や重臣たちもこの時になって初めて甲相同盟を知ったと記録に残っている。
「やっぱり武田家と和睦したことが理由だったんですね・・・。」
「ええ、あの信玄のことだもの。氏真さまの首を要求してくるのは間違いないでしょうね。下手をすれば氏真さまを捕らえるために追っ手を送ってくるかもしれないわね。」
「そんな・・・!」
綾の言葉を聞いて絶句した千歌は、意を決したような表情でもと来た道へと引き返そうとしていた。
「どこに行くつもり?」
「小田原に戻って氏政さんにかけ合うんです!そうすれば綾さんや氏真さんも・・・!」
「やめなさい。」
小田原に戻ろうとする千歌を綾は厳しい声色で制した。
「どうして・・・?せっかく小田原で2人でゆっくり過ごす事ができて、お子さんも生まれたのに、それなのに綾さん達が出て行かなくちゃいけないなんておかしいよ・・・!」
千歌は綾の方に振り向くことなく声を絞り出す。
「そうね、私も氏政が武田と和睦したことを知らされた時は怒ったわ。直接氏政の部屋に怒鳴り込んだくらいよ。」
「じゃあどうして止めるんですか・・・!梅さんの時みたいに説得すれば綾さんと氏真さんも・・・!」
「いい加減にしなさい!!」
「!!」
綾の叫びに千歌はビクッと体を震わせた。そして彼女の顔を見ると彼女は涙を流していた。
「いい?千歌さん、梅さんの離縁の件が上手く行ったのはあなた達が北条家でそれなりに信頼を得ている事とこれが家中の問題であった事、そして何よりあなた達の運がよかったからなの。」
「・・・。」
綾は、千歌たちAqoursによる氏政夫妻の離縁阻止が上手く行った理由が『運がよかった事』であることを千歌に教えた。千歌もそれに関しては自覚していたのか、綾の言葉に反論することができなかった。
「でも今回の事はあの時とはわけが違う、これは北条家の未来が懸かってる状況での選択なのよ。国と国がそれぞれの行く末を考える外交なの。あなた達が出張ったところで同行できる問題じゃないのよ。」
「でも、でも・・・!」
「千歌さん、あなたの気持ちは嬉しいわ。私だって故郷を離れるのは辛いけど、それ以上に氏真さまや五郎と一緒にいたいの。能天気でお気楽で緊張感のない人だけど、不思議な事にあの人の側を離れたくないのよね。だから私はここを出ることを選んだの。その選択に後悔なんて微塵もないわ。」
綾は泣きじゃくる千歌の頭を撫でながら、優しい声色で諭すように氏真への想いを語った。
「あと、私と氏真さまの事で氏政を責めないであげてね。今回の決断も氏政なりに考えた末のものだから・・・。越後に行った三郎を見捨てることになってしまったとしても、それ以上に氏政は当主として北条家の事を想って武田家の和睦に踏み切ったのよ。だからそれを分かってあげて欲しいの。」
「・・・はい。」
千歌は涙を拭い、綾の言葉に返事をした。その瞳は真っ直ぐ綾の瞳を見据えていた。
「正直なところ、この小田原に戻って来てから氏政の顔を見た時はほんとにびっくりしたわ。」
「そうなんですか?」
「ええ、私が今川に嫁ぐ前に見た氏政の顔はどこか頼りなくって、本当に当主が務まるのかしらって思ってたくらいだったもの。でもそれが、あんなに凛々しく覇気のある顔になって・・・。」
小田原の方を見て氏政の事を語る綾の顔は、どこか嬉しそうな表情をしていた。きっとそれだけ弟が立派に成長したことが嬉しかったのだろう。
「きっとあなた達がこの時代に来て、北条家に転がり込んできたおかげね。」
「そ、そんな事ないですよ!氏政さんは私たちが出会った時からずっと一生懸命頑張ってたし、素敵なお殿様でした!むしろ私たちが今もこの時代で元気でいられるのは氏政さんのおかげなんです!梨子ちゃんや曜ちゃん、Aqoursのみんなもそう思ってます!!」
千歌は今の自分たちがあるのは氏政のおかげであることと、彼が君主として相応しい男であったことを綾に伝えた。
「そう、そこまで家臣であるあなた達に慕われてるのなら、きっと氏政は本当にいい君主なのかもね。」
氏政の事を喜々として語る千歌を見て、綾は微笑みながらそう言った。そして、北条家は氏政の代になっても上手く立ち行くであろうことを感じていた。
「ねえ、千歌さんは私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
「初めて会った時の事ですか?」
綾が突然昔の事を話し始めたので千歌は少し戸惑った。
「もしかして忘れちゃったり?」
「そんな事ないです!ちゃんと覚えてますよ!確か・・・。」
千歌は綾と初めて出会った時の事を想い返した。
それは1568年の12月、千歌たちが氏政と梅の離縁を阻止するために各地に散らばる北条家の重臣や一門の所へ赴き、説得に励んでいた時のこと。
千歌は韮山城に向かい、笠原康勝と氏規の説得を終えると休む暇もなくある場所へと向かっていた。それは―――
「ふぅ・・・。何だかんだあったけど久しぶりの故郷は良いものね・・・。」
駿河を脱出し、徒歩で小田原に戻って来た綾は母である瑞穂の屋敷の一角で療養していた。
「どうですか綾、足の具合は。」
「ええ、だいぶ疲れも取れてきたところよ。氏真さまは大丈夫かしら・・・。」
縁側に座っていた綾は足を上げながら瑞穂に具合が良くなってきた事をアピールする。
「氏康さまが言うには遠江の掛川城に逃れていると聞きましたよ。」
夫の安否を心配する綾に、瑞穂が氏康から聞いた氏真の動向を教えた。
「掛川城ね・・・。あそこには確か朝比奈どのがいたわね。だったら氏真さまが引き渡される心配は無用ね。」
氏真が掛川城に籠ったと聞いて綾は安堵のため息をつく。そんな所に・・・。
「御台所さま。」
「おや、どうしました?」
「御台所様と綾姫様ににお会いしたいという者が来ているのですが・・・。」
「え?私にも?」
侍女の言葉に綾は首を傾げた。
「はい、お屋形様の馬廻の者だとその娘は言っております。」
「娘?」
「ああ、綾は知りませんでしたね。実は・・・。」
状況が読めない綾に対して、瑞穂は千歌たちAqoursの事を話した。彼女たちが未来からやってきた事、氏規に拾われた事、小田原で重臣たちの前で氏康と氏政と謁見して2人に気に入られて北条家の家臣となった事、そして氏政の馬廻として戦や内政に貢献している事、それらをかいつまんで話した。
「へぇ・・・。そんな子たちが来てるのね。」
瑞穂の話を聞いた綾は興味津々といった様子であった。
「それで、いかがいたしましょうか?」
「お通しなさい。」
「ええ、私もその子たちに会ってみたいわ。」
「はっ、少々お待ちください。」
瑞穂と綾の言葉を受けると侍女は下がった。しばらくすると今度は廊下の方からどたどたと走ってくるような足音が聞こえて来た。
「はぁ、はぁ・・・!瑞穂さんの部屋ってここでよかったんだっけ・・・!」
息を切らして瑞穂の部屋の前にやって来たのは千歌だった。
「おや、どうしたんですか千歌どの。武士として氏政に仕えてるとはいえそのように慌ただしく廊下を走ってははしたないですよ。」
「あ、すいません・・・。瑞穂さんお久しぶりです!」
瑞穂にやんわりと注意された千歌は苦笑しながら謝ると同時に頭を下げて挨拶をした。
「えーっとあなたは確か・・・?」
「あっ初めまして!高海千歌って言います!!Aqoursのリーダーで今は氏政さんの家臣をやってます!」
千歌はいつも通りの様子で自己紹介をした。
「ああ、あなたが『あくあ』って言う一座の首魁なのね。私は綾。氏政たちの姉で今川
綾も千歌に自己紹介した。
「あなたが綾さんですか!?よかった!!実は綾さんと瑞穂さんに頼みたいことがあったんです!!」
『私たちに?』
千歌の言葉に綾と瑞穂は首を傾げた。すると千歌は2人に向けて土下座をしてこう言い放った。
「はい!どうか、氏政さんと綾さんを助けるのを手伝ってくれませんか!?」
「まったくあの時はびっくりしたわよ。なんせ初対面で互いに名乗ったばかりでいきなり氏政と梅さんを救ってくれなんて言われたんですもの。」
「あはは・・・。あの時はホントに急いでたんで・・・。」
初めて会った時の事を思い出して笑う綾に対して千歌は少し恥ずかしそうに笑ってそう言った。
「でも綾さんはどうして私たちに協力してくれたんですか?今になって思ったんだけど綾さん、梅さんは信玄さんの娘さんだったのにかばってくれたし・・・。」
千歌は綾に何故自分たちに協力してくれたのかをたずねる。
「そうね、確かに信玄の事は憎くて仕方なかったわ。でも親は親、子は子っていうでしょ?信玄の罪を梅さんに押し付けるのはおかしい話だって思ったの。それにね、私が協力したのはあなたのおかげでもあるのよ?」
「私のおかげ・・・ですか?」
「ええ。あの時氏政と梅さんの為に初対面である私に頭を下げるあなたの必死な様子を見て、ここまでされたら全力で期待に応えるしかないなって思ったの。それにね・・・。」
「それに、何ですか?」
「千歌さんのことを見てると妹がもう一人増えたように思えたのよね。」
「私が・・・、綾さんの妹?」
「ええ、他にも妹はいるけどほとんどみんな嫁に出ちゃってるし、奈々や凛、お種以外の子は私が今川家に嫁いで生まれたから私とはほとんど面識が無いのよね。」
綾が語った、奈々(康成の妻)や凛(太田氏資の妻。未亡人)や、北条家の重臣である小笠原康弘に嫁いだお種以外は歳がだいぶ離れており、面識もほとんどないため北条家に戻ってきた時に出会った時はほとんど他人同然であったが、それでも彼女は実の妹なので慈しんでいたのだ。たとえほぼ他人同然であっても家族だから仲良くするのは当然だというのは北条家においては当然のことであったからだ。
「妹たちは今も昔も何かあるごとに姉様姉様って頼ってくれてたから、千歌さんが私を頼って来てくれた時はとても嬉しかったのよ?」
綾はそう言うとにかっと白い歯を見せて笑った。
「私も初めて綾さんを見た時は美渡ねえや志満ねえに似たような雰囲気だったから初対面だったのにまるで他人のような気がしなかったんですよね・・・。」
千歌は照れ臭そうに笑いながらそう言う。千歌は千歌で綾に実の姉である美渡と志満の姿を映し見ていたという。
「へえ、私って千歌さんのお姉さんたちにそっくりだったのね。」
「う~ん、全部が全部ってわけじゃないんですけどね。髪が長いのと後ろ姿は志満ねえの髪をもっと伸ばした感じだし、性格とか顔つきはどっちかって言うと美渡ねえっぽい感じがするんですよねえ・・・。」
千歌は綾の全身を値踏みするように見つめながら美渡と志満とそっくりなところを挙げる。
「ねえ千歌さん、まだもうちょっと船の支度ができるまで時間もあるからあなたたち姉妹の話も聞かせてくれないかしら!」
「はい、いいですよ!」
綾の頼みに応え、千歌は美渡や志満の話を始めた。
「・・・んで美渡ねえってばいっつも千歌のことをからかってくるんですよ!」
「あはは、美渡さんと千歌さんはいつも楽しそうね。きっと志満さんも2人の事を見てて楽しく思ってるんでしょうね。」
綾は千歌の話を聞いて楽しそうに笑っていた。今の彼女は北条氏康の長女にして今川氏真の正室としてではなく、綾という1人の女として千歌との他愛もない話を心の底から楽しんでいた。
「それでこの前もですね・・・。」
また別の話をしようとしたその時、千歌は突然口をつぐんだ。その表情は先ほどまでの楽しそうな表情とは打って変わってどこか寂し気な雰囲気を湛えていた。
「どうしたの?」
「そういえば、もう私たちがこの時代に来て19年経ってるんだよね・・・。毎日がものすごい勢いで過ぎていくもんだから今の今までほとんど実感できてなかったなって思っちゃって・・・。」
「千歌さん・・・。」
綾は千歌に対してどんな言葉をかけていいのか分からなかった。突然見ず知らずの過去の時代に飛ばされ、20年近くにわたって元の時代に戻ることもできずに暮らし続けてきたという、常人では計り知れない経験をしてきた千歌たちの心中を慮ることは、現代人の観点から波乱万丈な人生を歩んだように見える綾にとっても難しいものであった。
「実は不安なんです。もし元の時代に戻る事ができたとしても、浦島太郎みたいに内浦の景色が、そこにいるみんなが私たちがいた時から変わっちゃってたらどうしようって時々思っちゃうんですよね・・・。」
「・・・。」
いつも笑顔で他のメンバーを引っ張ってきた千歌の、姉のようだと慕っていた綾の前だからこそ吐き出すことのできる不安の言葉を綾はただ黙って聞いていた。
「美渡ねえ、志満ねえ、しいたけ、会いたいよぉ・・・。」
千歌が涙をこぼしながら呟いたその時――――
「・・・!」
「あ、綾さん・・・?」
突然綾が千歌のことを強く抱きしめた。
「もう、めそめそしないの。千歌さんは笑顔が可愛いんだから泣いてたらそれが台無しよ?」
綾は千歌の頭を優しく撫でながら優しい声で千歌を諭す。
「笑顔・・・。」
「ええ。それに元の時代に戻ってご家族に会えた時にいつも通りの笑顔で会えなきゃ嫌でしょう?」
「でも、みんな私たちのこと覚えてくれてるかなぁ・・・。」
「心配いらないわ!たとえ何年経ってておばあちゃんになってても家族なんだから覚えてないわけがないわよ。それにあなた達言ってたじゃない。『歴史が変わっても私たちの絆は変わらない』って、だとしたらきっとあなた達がこの時代にやってくる前にいた時代にちゃんと戻れるって私は信じてるわ。」
不安を拭いきれない千歌に対して綾は力強く千歌を励ます。その言葉に根拠などほぼ無いに等しかったが、それでも千歌の心を奮わせるには十分だった。
「そう・・・だよね。うん!私信じるよ!元の時代に必ず帰れるって!だからその日まで氏政さんや北条家を支えてみせるよ!!」
「うんうん、その意気よ。それと話は変わるけど、一つ頼みごとをしてもいいかしら?」
「何でも言ってください!今の私なら何でもできそうな気がするからお安い御用ですよ!」
千歌は胸をドンと叩いてそう言った。
「じゃあ、私の事を綾ねえって呼んでくれないかしら?」
「え?」
千歌は自分の予想の斜め上を超えて来た綾の願いに一瞬戸惑いを隠せなかった。
「あはは、変な頼みだってのは自分でも分かってるの。でもね、あなたのお姉さんたちの話を聞いて羨ましくなっちゃって・・・。だから妹だと思ってる千歌さんからそう呼ばれてみたいな~なんて思っちゃったの。」
綾は恥ずかしそうに笑いながら千歌に『綾ねえ』と呼ぶように頼んだ理由を語った。
「そんな事だったら何度だって呼んであげるよ、綾ねえ!」
「ありがとう千歌さん・・・。ううん、千歌・・・。」
綾は千歌の言葉に目頭が熱くなり涙がこぼれそうになったが、それを誤魔化すように千歌を先ほど以上に力強く抱きしめた。
「うわ、苦しいよ綾ねえ。」
「よいではないか、よいではないか~!」
「くすぐったいよ~!」
抱きしめ合いながらくすぐったりと、2人で戯れる千歌と綾の姿はまさに実の姉妹のようであった。
そしてしばらく時が流れ・・・。
「ふぅ、ありがとうね。私のわがままを聞いてくれて。」
「いえいえ、私の方こそ綾さんのおかげで元気になれたんですからお互い様ですよ!」
千歌はニコッと笑いながら綾の言葉に応える。
「お~い!」
「あ、氏真さんだ。」
どこからか呼ぶ声が聞こえる声が聞こえたので周りを見回してみると、氏真が彼女たちの方に向かって歩いて来ていた。
「綾、そろそろ船が出るみたいだよ・・・って千歌どのじゃあないか。」
「お久しぶりです氏真さん!」
「やあ、義父上の葬儀以来だね。相変わらず元気そうで何よりだ。」
氏真は微笑ましそうな笑顔で千歌に挨拶をした。
「もう船出の準備はできたのかしら?」
「ああ、もう出発だってね。だからこうして迎えに来たんじゃないか。」
「あの!氏真さんたちはこれからどこへ行くんですか?」
千歌は意を決したように2人にこれからの行き先を尋ねる。
「そうだね・・・。やっぱり都かな、あそこには蹴鞠や和歌の仲間がいるからね。そこでゆっくりと余生を・・・。」
「違うでしょ!遠江の徳川家康どのを頼るんでしょうが!」
「あだだだだ!冗談だからつねるのはやめてくれよ・・・。」
「あはは・・・。」
「さて、君たちにもホントに世話になったね。」
氏真はさっきまでのお茶らけた雰囲気から打って変わって真剣な表情で礼を言った。
「い、いえいえ!私たちはそこまで・・・。」
いきなり氏真に真剣に礼を言われた千歌は戸惑いながら謙遜する。
「いいや、充分に世話になったさ。僕はこんな性格だけどやっぱり大名だからこんな形で妻の実家を頼るのは心苦しかったけど、君たちに会えたおかげで心がだいぶ楽になったもんだよ。それに、君たちの歌と踊りも楽しませてもらったしね。」
「ほんとごめんね千歌、この人ってば最後までこんなので・・・。」
「いえ、氏真さんらしくって私はいいなって思いますよ!」
苦笑いする綾に対して千歌は笑顔でそう答えた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「ええ、でもその前に千歌に言い残しておきたいことがあるの。いいかしら?」
「うん、でもあまり長くならないようにね。」
綾の頼みに対して氏真は優しい笑顔で頷く。
「千歌、父上が亡くなった事で武田との同盟を含めてこの関東の情勢は大きく変わるわ。氏政もきっと関東静謐のために本格的に動き出すはずよ。」
「はい。」
「だからきっと戦も今まで以上に熾烈なものになるかもしれないし、これからたくさんの辛い事や悲しい事に向き合うことになるかもしれない・・・。」
「うん、わかってるよ綾ねえ。」
綾の言葉に頷く千歌の脳裏には、国府台の戦いで師として慕っていた綱景を亡くした梨子の悲しむ姿が映っていた。
「でもあなた達はそれに負けちゃダメ。あなた達は北条家臣である以前に『スクールアイドル』なんだから笑顔を忘れてはダメよ。きっとその笑顔が誰かを救うことになるんだからね・・・。それと、氏政の事をしっかり支えてあげてね。氏政は結構一人で抱え込みがちだからその辺はちゃんとしっかりね。」
「はい!!」
千歌は綾の言葉にもう一度強く頷く。その表情には先ほどの不安は微塵も感じられなかった。
「じゃあ、行ってくるわね。」
「うん!じゃあね綾ねえ!!遠江に行っても元気でね!!」
千歌は氏真と共に船に向かって歩き出す綾を手をちぎれんばかりに振って見送った。
―――ありがとう綾ねえ。私、元の時代に帰れるまで頑張るからね!だから綾ねえも、どこに行っても氏真さんと幸せにね!!
手を振り続ける千歌の目からはとめどなく涙が溢れ続けていた。
しかしその表情は悲観に満ちたものではなく、むしろまるで雲一つない晴天のように晴れやかな笑顔であった。
出会いがあれば別れもまたある。千歌たちはこの戦国乱世でいくつもの出会いと別れを紡ぎながら今日もまた生きていく。
笑顔で綾たちの乗る船を見送る千歌の瞳には、新たな出会いを待ち望む光が宿っていた。
いかがでしたでしょうか?
最近、というかここ3ヶ月ほど上手く文が書けなくなるというスランプ状態に陥ってしまい、更新が大幅に遅れてしまいました。
余談ですが、綾(早川殿)の小田原脱出がいつ行われたかについては北条氏年表を使って調べあげましたw
遂に次回から第四章幕開け・・・と言いたいところですが、あと一話だけやりたい幕間の話が残っているのでお付き合いしていただけると幸いです!
感想があれば書いてくださると幸いです!
それでは次回もまたお楽しみください!!