放課後、俺が帰ろうとした時に後ろから荒波に捕まり、助けを求められた。
「海斗!今日これから空いてるか!?」
「・・・どうした荒波。そんなに慌てて。」
「さっき店から連絡があって、キッチンスタッフが1人いないんだ。そこでお前が料理出来るのを思い出したんだ!頼む!今日これから俺の店で働いてくれねぇか?」
「随分急な話だな。だが素人の俺でいいのか?」
「そこは心配するな。レシピ通り作ればいいだけだから、包丁を握ったことがない素人でなけえれば大丈夫だ。ちなみにお前は今日の弁当を見て素人じゃないと勝手に判断したからな。」
断るつもりだった海斗だったが、仕事のアイディアがあまりいいものが浮かばなかった為、少し気分転換でもと思い受けることにした。
「まぁいいだろう。」
「本当か!?マジ助かるよ!あっ、バイト代ははずませるぞ。」
「そこは気にしなくていい。それより時間はいいのか?」
「おう!そうだな。早いに越したことはないからな。」
「あれ?咲雷君今帰りなん?」
海斗と師走が教室を出ようとしたら希と絵里が来て2人に声をかける。
「あぁ、荒波に仕事を頼まれたこれから店に行ってくる。」
「そうなんや。ウチらはこれから駅前の喫茶店でケーキ食べに行くんよ。」
「ちょ!希ちゃんそこは目の前にいる俺んとこにしてもらわないと!」
「残念、買い物もあるから荒波君のお店とは反対方向になるの。」
「エリチカまで~、じゃあ次は俺の店に来てよね。」
「いいよ~、その時は少し安くしてね。」
「希ちゃん!嬉しいけど最後の一言で俺泣いちゃう!」
師走は少しでも売上を伸ばそうと必死に呼び込もうとするが失敗し、挙句に値引きを迫られることになった。
「荒波、そんなことしてないで早く行くぞ。じゃあまた明日な絢瀬、東条。」
「えぇ、また明日。」
「ほなね~。バイト頑張ってな~。」
綾瀬と東條に別れを告げ2人は師走の店へ向かう。
「ここが俺の店だ。」
「外観は至って普通だが・・・。」
チェーン店とは違い個人経営な為広さは僅かながら狭くなっている。しかし海斗は店の名前に驚いていた。
店の名前は『SOLD OUT』。
「荒波、何と言うか・・・店名にこれはないだろう?」
「いやいや、今の時代は何でもインパクトが大事じゃん?誰かしら『売り切れって何もないじゃん』って思うだろ?」
「なかったら店としてダメだろ。」
「まぁそれは置いといて、ほら行くぞ。」
そう言って裏口から入る。2人はスタッフルームへ向かう途中、休憩室から出てきた1人の女子スタッフに声を掛けられる。
「あっ、チーフ。お疲れ様です。あれ~?新しい人スタッフ募集って言ってましたっけ?」
「お疲れことりちゃん!今日キッチンに1人休みにちゃったじゃん?んで、その代わりにクラスメイトを連れてきたんだよ。」
「そうだったんですか。私、南ことり。よろしくお願いします、先輩。」
ことりは海斗にお辞儀をする。
「咲雷海斗だ。先輩って呼ぶことは君は1年生か?」
「はい。チーフと同じ音ノ木坂です。」
「そうなのか。今日だけだがよろしくな。」
「はいっ。じゃあことり先行きますね。」
「おう!今日もよろしくね~。それと海斗、もしホールが忙しくなったらお前にホールも頼むからな。」
「荒波、そう言う事は最初に言うべきだ。後から言えばいいとか思っていたら間違いだぞ。」
「あぁ、そこは悪い。一応保険って思っておいてくれ。多分今日は中日だから大丈夫だと思うが。」
「その場合の大丈夫は当てにならない。それより早くしないと。」
2人は急いで着替えキッチンに向かう。そして海斗は師走からレシピを教わりながら作業に取り掛かる。
「チーフ!2番テーブルオーダーです、売り切れハンバーグ1、売り切れステーキ1、セットはオニオンスープ1、コーンポタージュ1です。」
「了解!」
「南、4番卓のシーザーサラダと1番卓のイチゴスペシャルだ。」
「はいっ!」
時刻は7時、夕飯の時間にかけて客が徐々に増えていく。だが混雑とまではいかないがことり1人では些か厳しい。海斗はことりに尋ねる。
「南、ホール1人で大丈夫か?」
「はい!この時間はいつもこうなので大丈夫です。」
「そうか、厳しかったらすぐ言ってくれ。」
「はいっ!ありがとうございます咲雷先輩っ。」
ことりは笑顔で海斗に言い、急いで皿を持って行く。
「海斗ー!付け合わせのパスタの準備お願い!」
「了解。」
キッチンも忙しくはなるが殆ど下準備が済んでおり、あとは調理、盛り付け等になる。師走は勿論、海斗に至ってはこの場所が初めてとは思えない対応力をしている。
時間も8時を過ぎ、調理の最中に師走が海斗に声をかける。
「しかしお前ほんとすげぇな。今までいろんな奴とキッチンにいたけど、お前とが一番動きやすいとは思はなかったわ。」
「そんなもんなのか?俺はやれることをしてるだけだが。」
「それが現場で出来る出来ないでは雲泥の差だ。海斗、これからの客は見込めねぇから、時間も時間だから休憩してていいぞ。」
「あぁ、わかった。」
海斗は師走にそう言ってキッチンを後にし休憩室に向かおうとしたが、一度ホールの様子を見てこようとする。
「ありがとうございました~。・・・あっ、咲雷先輩、休憩ですか?」
「あぁ、休憩取る前に様子を見ようと思って来たが、大丈夫そうだな。」
「はいっ。あの後からはそんなに混雑しなかったので、心配してくれてありがとうございます。」
「大したことじゃないから気にするな。」
すると扉が開きチャイムが鳴る。そこには外国人夫妻がいた。
「南、客が来たから頑張れよ。」
海斗は気にせず休憩室に向かおうとしたが、ことりが袖を掴んで涙目にしながら。
「先輩、・・・ことり、英語無理です。」
「日常会話程度なら今までの授業で習っただろう。」
「それでもです~~!」
・・・これじゃあ埒が明かない、それ以前にあの夫妻を待たせるわけにはいかない。海斗はそう思い溜息をついてことりの手を払いのける。
「わかった、俺が行く。南は他の事をやってくれ。」
「はい。すみません・・・。」
海斗はキッチンの制服ではあるがそのまま2人の方へ向かう。
「I'm sorry to have kept you waiting so long.」
『大変お待たせして申し訳ありませんでした。』
「I don't mind. Can you speak English?」
『構わないよ。君は英語を話せるのかい?』
「Yes. For two?」
『えぇ。二名様でしょうか?』
「Yes.」
『あぁ。』
「Would you like a smoking or non-smoking table?」
『おタバコはお吸いになられますか?』
「No.」
『吸わないよ。』
「Certainly. Follow me please.」
『かしこまりました。こちらにどうぞ。』
ことりは驚いていた。それもその筈、海斗は本来ならばことりが接客しなければならない所を代わりに向かい対応し、悠長な英語で話していた。
「・・・南、仕事仕事。」
「えっ!?あっ!はいっ!すいません!」
海斗はただ立っていたことりに声をかけそのままキッチンの中へ行く。
「荒波、オーダーだ。売り切れステーキ1、売り切れカルボナーラ1、セットは半ライスとオニオンスープだ。」
「了解!ってお前休憩は!?」
「取ったから心配するな。」
「んな見え見えな嘘を、じゃあ俺はステーキ焼くわ。」
「あぁ、わかった。」
「咲雷先輩っ!さっきの夫妻が先輩を呼んでるみたいです。」
「わかった、だが少し」
「海斗、お呼びなら行ってやれ。こっちは1人でもどうにかなる。」
「いいのか?」
「この程度の量なんぞいつものことだ。早く行ってやれ。」
「悪いな荒波、じゃあ行ってくる。」
海斗は菜箸を置き、先程呼ばれた夫妻の卓に行く。一方、その場に残ったことりが師走に質問した。
「・・・あの、チーフ。咲雷先輩って何者なんですか?チーフと同い年なのにあの落ち着いてる人はいませんよ。」
「何者って、悪かったな俺と・・・まぁ、普通じゃないよな。以前はアメリカにいたって言うし、あと1人暮らしってことしかまだ知らねぇな。」
「アメリカですか。なんだか不思議な人ですよね。」
「不思議というよりあいつは意外と淋しいやつだよ。」
「えっ!?淋しいですか?」
「海斗が編入したのがゴールデンウィーク前日でまだ2日しか会ってないが、初日は周りと話す事がかなり面倒くさがっていてな。人と関わろうとしなかったんだよ。」
「そうだったんですか。」
「まぁ休み明けたら海斗自身の見る目と言うか考え方と言うか、そこらが変わったんだと思う。」
「でも考え方って簡単に変えられる物じゃないですよね?」
「まぁそうだな。今までの生活だったり癖なんかもある、俺とことりちゃんの考え方も違うでしょ?でもきっかけがあったんなら別だよね。」
「その言い方って何か知ってるんですか?」
「さぁどうだろうね?さてと、そろそろ仕上げないと~っと。」
師走は足早に去っていき、作業に取り掛かる。
「チッ、チーフ!?そこまで言っといてはぐらかすんですか!?」
ことりは師走の話を聞いて、取り敢えず海斗を『不思議な人』ということにした。
「ありがとうございました~。」
ことりの挨拶で最後の客が帰り閉店を迎える。
「いや~今日もお疲れさん!特に海斗!あの2人の対応マジサンキューな!」
「礼を言われるほどでもない。この辺りの観光スポットが知りたかったらしく、それをただ話していただけだ。」
「それを英語でってとこが凄いんですよ先輩。」
「そんなもんなのか?まぁいい。俺は着替えてくるぞ。」
「おう!お疲れ。海斗~、帰りはことりちゃん送ってやんなよ。」
海斗は師走の後半の言葉を無視し更衣室に行く。
「えっ!?チーフ!?何言ってんですか!?大丈夫ですよ!」
ことりは驚くが迷惑かけられないと思い師走に強く言う。
「だって時間もう9時回ってんだよ?俺の立場じゃあ預かる身として、15歳の少女を1人で出歩かせられないんだよ。いつもならアイツがいるが休みじゃどうしようもないだろ?」
「それは、そうですけど・・・。」
「話はまとまったか?南、送るとなっても家までは行かないから安心しろ。」
海斗はスッパリと言い切り、ことりの言葉を待っていた。
「・・・はい。じゃあ、おねがいします。」
「わかった。」
ことりは急いで更衣室に行き着替えに行く。海斗の隣に来た師走は呆れて海斗に言った。
「はぁ~お前は少し女の子に優しくした方がいいぞ?」
「何言ってるんだ?俺は誰にでもこの態度のつもりだが。」
「そんなんじゃ女の子に好かれねぇぞ。」
「悪いがお前みたいに好かれようと思って行動していないし、興味もない。」
「・・・俺の事はいい。あ~あ、希ちゃんは大変だなぁ。」
「何で東條がでてくるんだ?」
「ん?、さぁ?なんだだろうな?」
師走はそう言って着替えに更衣室に行き、海斗はあまり気にせずことりを待つ事にした。