キッチンでは海斗と師走が昼飯を作ろうとしていた。
「海斗、献立は決まっているのか?」
「パスタにしようと考えてる。2人はあまり多く食わないと思うし、お前の場合はとすぐ寝そうだしな。」
海斗は棚からパスタと鍋の準備をする。
「了解。まぁ無難なチョイスだろう、俺の理由は置いといて。」
「じゃあ俺は副菜を作るからお前はパスタとソースを頼む。」
海斗は冷蔵庫を確認する。中には様々な食材があるが、師走にひき肉とトマトを渡す。
「なるほど。別に構わねえけど、メイン俺でいいのか?」
「特に問題ない。」
「そっか。じゃあ取り掛かるとしますか。」
師走はそう言いながら鍋に水を入れパスタを茹でる準備を、海斗はじゃがいもを切っていく。
「そういやさ海斗、あの後ことりちゃんに何かしたか?」
調理を始めてつかの間、師走が海斗に話しかけてきた。
「何かって何をだ?」
「いやさお前が手伝ってくれた次の日、ことりちゃんが店で会ったら元気なくてさー。何か知らねぇか?」
海斗はことりとの帰りの出来事を思い出す。
「・・・確か、店の帰りに公園近くで猫を見つけてな。」
「猫?そういや最近多くなってって周りが言ってたな。」
師走はパスタを鍋に入れる。
「まあそれで、増えすぎると殺処分されるからその猫には何もしないと言ってら暗い顔になったな。」
海斗の言葉に師走は唖然とした。
「お前、何で態々重くなる様な事を言ったんだ?」
師走はひき肉を炒めながら海斗に言った。
「南が『どうにかならないか』と聞かれたから『どうにもならない』と言って理由を付け加えただけだ。」
海斗は切り終えたじゃがいもをボールに入れレンジで温める。
「お前は女の子の扱い方を知らねぇのかよ。」
師走は溜息をしながら海斗に聞いた。
「知らないな、生まれてこの方その様な事に時間を割いたことないからな。」
「まぁそうだと思ったよ、だがもう少し優しくしてやれ。女の子は繊細で弱いんだよ。」
師走は切り終えた野菜をひき肉の入ったフライパンに入れ、次にパスタを沸騰した鍋の中に入れる。海斗はサラダの準備を始める。
「・・・そうだな。俺は今までそういう風にしなかったからな。」
海斗は思い出したかのように言った。
ここに来る前は海斗は人の上に立つ立場にいた為『動ける』か『動けない』としか人を見ていなかった。普通ならこのような上司はありえないが海斗は結果を出していたので周りは何も言えなかった。
だが今は一般高校生であり人の見方を変えなくてはならない。
『学んで来い』・・・そう言われここに来たんだからどんなことをしてでも学ばなければならない。今までそうやってたように・・・。
「何急に笑ってんだよ。」
師走は笑ってる海斗を見て気味悪がっていた。海斗はサラダの盛り付けを終え冷蔵庫に仕舞いレンジからじゃがいもを取り出す。
「いや・・・少し昔の事を思い出してただけだ。」
「昔ってアメリカにいた時の事か?お前はあの時でも話したことないよな。」
師走の言うあの時とは海斗が編入して質問攻めになった日の事だ。しかし海斗は質問のほとんどを『こっちとさほど変わりはない。』で済ませていた為、誰も海斗の音ノ木坂に来る前の事は知らなかった。
「あまり面白い話じゃないからな。」
「ふ~ん。話したくないならまぁいいか。」
師走なら気になって聞かれると思っていたが案外空気を読むんだなと海斗は思った。
「そういう事にしておいてくれ。」
「だが何時かは聞かせろよ。」
「気が向いたらな、てか結局聞くのか。あと南に悪かったと伝えておいてくれないか?」
「それはお前が自分で言え。」
2人は話しながらお互い見ることもなく邪魔をせず料理を続ける。
10数分後、そこへ希と絵里は一緒にリビングに来る。絵里はソファーに座り、希はキッチンカウンターに寄りかかり覗き込むようにして見る。
「おぉ~、えぇ匂いするな~。」
「東條、悪いがパスタ用とスープ用の皿を4つ出してくれるか?」
「うん、ええで~。」
東條は迷いなく海斗に頼まれた皿を棚から取り出す。絵里はそれを見て海斗に聞いた。
「ねぇ咲雷君、何で希はお皿の場所知っているの?」
「片付けも一緒にやってるから、多分それで覚えてるんだろう。」
「そんなに希ここに来てるの?」
絵里は希が海斗に家に何度も行っている事に驚く。
「数えられる程度ここで一緒に飯を食っただけだ。前にも言ったが深い意味はない。」
「はぁ、まあいいわ。それより何を作ったのかしら?」
「ナポリタンと生ハムサラダとトルティージャだ。」
海斗はナポリタンとサラダをテーブルに置いた。
「トルティージャって何?」
その質問に師走の説明が入る。
「簡単に言えばスペイン風卵焼きってとこだな。じゃがいもや玉ねぎとかを炒めて、最後に卵と混ぜて焼く。そんな時間掛からないし結構美味いぞ。」
師走はテーブルにトルティージャを置く。
「咲雷君ってスペイン料理も作れるんやね。ウチはパエリアぐらいしか知らへんなぁ。」
「まぁそんなもんでしょうよ。でも海斗が知ってるとは思わなかったわ。」
「お前の説明したように時間掛からないから覚えてたまでだ。さぁ食うか。」
取り皿とミネラルウォーターとフォークを置き、全員席に着かせる。
『いただきます。』
先程まで勉強していた為か皆食が進んだ。
「このトルティージャって美味しいのね。」
「うん!でもなんか懐かしい味でもあんな~。」
トルティージャは日本で言う味噌汁のような家庭の味を表す料理の1つである。
「口に合ってよかったよ。」
海斗はパスタを口にする。
「海斗、俺の作ったパスタどうだ?美味いだろ?」
「お前の場合は美味くなかったら客に提供できないだろ。」
「もっといい感想はないのかよ。」
「荒波君の作ったパスタも美味しいわよ。」
絵里がフォローを入れる。そしてやはり師走は調子に乗る。
「でしょ~!今回は少しアレンジを加えて・・・」
師走は止まらずに喋り続け、絵里は墓穴を掘ったと苦笑いをしてやむなく聞いていた。
「咲雷君、テスト終わったら今度トルティージャの作り方教えてな。」
「あぁ、いいぞ。」
希は絵里達の事は目もくれずに海斗と食事の約束を取り付けた。
賑やかだった食事を終えソファーに座って休んでいる最中、師走は口を開いた。
「なあ、昨日希ちゃんが言ってた勝負皆でやんね?」
「勝負ってテストの事?」
絵里は師走に聞いた。確か絵里はあとから話を聞いたため希と海斗がテストで勝負することは知らなかった。
「そうそう!ビリがトップの言う事を1つ聞くってことでいいかな?」
「ウチもそれでええで。」
「でも咲雷君は多分私よりも出来るわよ?」
海斗は午前中師走と希の勉強を殆ど見ていており、絵里の質問にも答えていたので絵里は自分より出来ると言った。
2人は絵里のテストの成績は上位に位置するのを知っているため、絵里の言葉に落胆した。
「なら俺と引き分けても勝ちってことにしようか?」
海斗は煽るようにして3人に言い放った。
「おいおい海斗、その言い方だと『1番は俺だ!』と聞こえるぞ。」
「そのつもりだが?俺は負ける勝負はしないからな。」
「そこまで言うなら私も頑張ろうかしら。」
絵里も海斗の一言に刺激されやる気満々である。
「よし!やってやろうじゃねぇか!じゃあ誰か1人でもお前に勝てたら3人全員の言う事を聞け!」
「荒波君、それはやり過ぎやないの?」
希は海斗に流石に不利だと感じ、フォローを入れる。だが海斗は。
「別に構わないぞ、寧ろその方がやりがいがある。俺から見ればまだまだノーリスクハイリターンだ。」
「減らず口を叩き折ってこの野郎!絶対負けねーからな!顔を洗って待ってろよ!」
師走の間違った言葉に3人は呆れた。
「首を洗ってだアホ。そんなに勝ちたいなら少しでも多く知識を頭に入れることだな。荒波はオーバーヒートしない様気を付けろよ。」
海斗はコーヒーを口にし、絵里は苦笑いをする。
「くそ!海斗め。必ずぎゃふんと言わせてやる!」
「ぎゃふんって久しぶりに聞いわ、ウチも負けへんで。」
希と師走が何故か意気投合する。よっぽど海斗に勝ちたい、いや言う事を聞かせたいのだろう。
「じゃあそろそろ勉強始めますか。」
絵里が立ち上がり先に居間に向かい、3人は後を追う様に行く。
「じゃあ海斗、早速続きを教えてくれ。」
「・・・さっきまでの敵意は何処行ったんだ。」
「それはそれ、これはこれだ。」
海斗は溜息を付いた。
4人とも集中しており時間を気にせず勉強に励んでいた。
海斗は時計を確認する。時間は17時半。そろそろ解散の時間だな。
「時間も時間だからお開きにするか。」
海斗の声に3人は顔を上げ時計を見る。
「もうこんな時間なのね。私は妹が心配だから帰るわね。」
絵里が片付け始める向かいで師走が絵里に話しかける。
「ねえエリチカ~暗くなるから一緒に帰ろうよ~。」
「別にそこまでしなくていいわよ?」
そこで師走はテーブルに寄りかかり絵里に耳打ちした。
「ちょっと確認したいことがあって2人で話したいんだ。」
師走は今までにない程の真剣な顔で言いい、絵里はその表情にドキッとした。
「わっ!わかったわよ!」
「えりち、急に大きい声出してどうしたん?」
絵里は自分の声のボリュームに気付かなかった。
「ごめんなさい!大きい声出して。」
「どうせ荒波が何かしたんだろう、別に気にすることじゃない。」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ!」
「荒波君、話してないで早く変える準備して。待ってるんだから。」
絵里は帰り支度を済ませ師走の事を待っていた。
「悪い悪い、すぐ支度するわ。」
師走はノートや筆箱を無造作に鞄の中に詰め込む。その光景を見て海斗は思わず言った。
「お前は料理以外てんでダメだな。」
「別にいいんだよ、1つの事を極めれば万事解決!」
「他のスキルがマイナスなら生きていけないぞ。」
「お前のように上手く生きようとはしねぇよ、俺は無難に生きるさ。エリチカお待たせ~。」
師走は立ち上がり絵里の方へ向かう。
「じゃあ私達は帰るわね。咲雷君、今日はありがとね、お陰で助かったわ。希、また学校でね。」
「あぁ、気を付けてな。」
「じゃあね~えりち~。」
「海斗ー、いくら2人だからって希ちゃんに手だすなよ~。」
師走は笑いながら言い、海斗と絵里は呆れ、希は顔を赤くして口籠った。
「はぁ、その言葉そのままお前に返すぞ。」
海斗の言葉を気にせず師走は適当に手を振り玄関の扉を開ける。
「きっ、気ぃ付けてな~。」
2人が帰り賑わっていた家の中が少し寂しくなる。
「東條はこれからどうするんだ?」
リビングに戻りながら希に聞いた。
「ウチも帰るよ、流石に長居し過ぎやからね。」
希は居間にある自分の荷物を持って来て家を出ようとする。
「ほな咲雷君、お陰で勉強捗ったわ~ありがとな~。」
「大したことはしていない。」
「もう、またそう言って。わからなかったらまた来るね、バイバイ。」
「気を付けろよ。」
希は笑顔で海斗に手を振り家を出た。
海斗はリビングに戻りいつも通りにパソコンを開き、定期報告を済ましてから電源を落とす。
こっちの暮らしを楽しんでいるつもりだが、正直のところ俺は全く答えを見つけられていない。まあ半月そこらで見つかるとは思ってもいないが。
だが俺なりに1つだけわかったことは、出来る限り思ったことと逆の行動をとれば何かが変わること。
きっかけは東條に話しかけたことで今の友達関係になり、なんだかんだ言いつつも東條とは冗談も言い合える仲になっていた。
仮に今まで通り何もしなければただのクラスメイトだっただろうな。
荒波はいつも話しかけてくるが何を考えてるか理解に苦しむ。純粋に青春を謳歌してるかあるいは偽る為に演じているのか?
絢瀬は金髪碧眼で東條の友達のイメージしかなかったが、今日の話で友達思いの優しい女性ってとこだな。
あとは・・・南か、まあ見た感じ天然だな。店の客は少なからず南を見に来ているようにも見えたし、まるで看板娘だな。
だが帰りは南には悪いことしたなと思ってる。テスト明けにでも店に行くか。
関わりを持ったのが人はこんなところか・・・量より質ってことにしておこう。それよりも人をこういう風に見たことないからかなり曖昧で適当だな・・・。
「正直難しいな・・・。」