兎の少女、戸口に立ったまま家の奥の妖怪の少女に声をかけている。
妖怪、
妖怪 もこうはいま、いないよ。
兎 そうなんだ。いつ帰ってくるか、わかる?
妖怪 さあ?でも せんせい のところに行くとはいってたよ。
兎 上白沢先生?
妖怪 そう。その何とかの、けいね。たぶん夕がたまでは帰ってこない。いつもそう。
兎 (納得し、頷きながら)ああ。起こしちゃったみたいね。ごめんなさい。
妖怪 ううん。べつにいいよ。眠いからねてるんじゃ、ないから。
兎 眠くはないの?
妖怪 そうだよ。明るいときは何にもするきが起きないから。
兎 そっか。(少し考え込んでから)あのね、ちょっとだけ、ここで待ってみても、いい?
妖怪 いいよ。
兎の少女、靴を脱いで家の中へ上がってくる。
妖怪、動じず。
兎 お邪魔します。(あたりを見渡し、妖怪に目を留める)
妖怪 はい。(床に目線をおいたまま)
兎の少女、しばらく妖怪から三〜四尺ほど離れた所に立ち、所在なさげにしている。
妖怪、動じず。
妖怪 もこうは
兎 え?
妖怪 おまえにとって、もこうは、何?(兎を仰ぎ見る)
兎 えっ?難しいこと聞くのね。
妖怪 むつかしいのかな。
兎 うん。いざ聞かれると……。
妖怪 そうかあ。
兎 (ゆっくりと天井を見上げ)どう見える?わたしたち。あなたから見て……。
妖怪 うん?
兎 傍から見てね、わたしたちはどう映ってるのかな、って。
妖怪 それは……むつかしいな。きょうだい でもなし……
兎 (笑って)それは、もちろん。
妖怪 ああ、ちょっと前に せんせい が子どもをつれてたのをみたよ。あれみたい。
兎 (先程よりも大きく笑って)私は、あの人の教え子って、事?
妖怪 ちょっとちがう気も するけど。
兎 そうかあ、あの方が先生ね。
妖怪、兎の少女を見つつ、脱力して仰向けに寝転がる。
兎の少女、ごく自然に目線が下がる。
妖怪 もこう のこと、好きか?
兎 (少し逡巡する)……ええ、お慕いしているわ。
妖怪 おし……、ふうん?
兎 あなたは、どうなの?
妖怪 そりゃね。いじわるだけど、やさしいし。あと、さびしいから。
兎 寂しい、ってあなたが?
妖怪 ん? ……うん、たぶん わたしもだけど もこうも、やっぱり。
兎 どう、寂しがってるの?
妖怪 ううんとね、ううん……ときどき、寝ているとき、すっ と もこうがわたしの ほっぺたにさわる。そういうとき、わたしも もこうも、なんとなくさびしい気持ちだったりする気がするなあ。
兎 分かるんだね。そういうとき、お互いに。
妖怪 はじめてあったとき、やっぱりいじわるされたけど、さいごには笑わなくなって……
兎 虚しく、なるのかしら。
妖怪 たぶん、それ。さびしそうになって、やさしくしてくれたんだ。
兎 なるほどなあ。あのひとの優しさって、自分の寂しさからきているのかもね。
妖怪 じゃあ、うんとさびしくしてやろう。
兎 (少し間があって、笑う)どうやって?
妖怪 うんとね……そうだ、おまえに連れてってもらおう。えいえんてい とかいうところ。
兎 (笑ったまま)いいけど、すぐ見つかっちゃうわ、きっと。
妖怪 探してくれるかな。もこう。
兎 探すわよ。きっと、淋しさには代えられないから。あと あのひと、暇ばっかりはあるし。
妖怪 ……けっこうな みぶん だなぁ。
兎 なに、言ってるのよ。
二人、そろって笑う。
妖怪 おまえ、えいえんてい のひとだろ。
兎 そうだけど、何?
妖怪 どんなところ?
兎 (考えるように僅かに俯く)いいところよ。みんないいひとばかりで。……そうだ。いつでも良いから、あなたもおいでね。
妖怪 でも、もこう がまよって出れなくなるから入るなって言ってたよ。
兎 それこそ、暇なあのひとに連れて来て貰えばいいじゃない。
妖怪 おまえが、つれてってはくれないのか?(うつ伏せになる。肘をつき上体を支えている)
兎 行きたい?あの人帰ってきたら、つれて行ってあげよう。
妖怪 でも……わたし が行ってももいいところ?
兎 そんな気兼ねすることないのよ。誰が来たってなんの問題もないんだから。
妖怪 うん……でもやっぱりなんか、こわいよ。
兎 不思議なことを言うわね、あなた。(続けて何事か言いかけて、言い淀む)
妖怪 なんでだろう。わからないや。
兎 そうね。とっても閉じたところだもの、あそこは。患者さんは来るけど、それはそれ、あくまで患者さんだし……なにか怖く思うのも……ちょっとわかる気もするわ。傍から見てるとよくわからないものかもね。
妖怪 そういうことかな?
兎 まあ、折を見ていらっしゃいな。きっと怖がることなんて、なかったっておもえるから。
双方共、やや長く沈黙する。
兎、その間に
妖怪 おまえ のことも、ちょっとこわいと思ってたよ。
兎 わたしも?どうして?
妖怪 なんかな、こころの中、空っぽ。よくわからないからなあ。
兎 (はっ、として)今日やっと話した相手よ、わたし。そんなこと、わかる?
妖怪 ……おこったの?ごめんね。
兎 (再び、はっとして)え?いいや、そう見えた?
妖怪 あんまり、つよく言うから。
兎 ああ、こちらこそ、ごめんなさい。
妖怪 えぇ、と、……そう、変てこなやつばっかりだからな、ほかが。
兎 (苦笑)そうかもね。個性的でない、つまらない存在だとはわたし自身思うわ。自分ってものを、いまいち持ててないからかしらね。
妖怪 あんまり、おもしろすぎるのもこまっちゃうぞ。もこうとか、だいぶ大へんだぞ。
兎 そう、変てこ、ね。あーあ(座ったまま背伸びする)、それでいったらあなたも大分へんよ。
妖怪 わたし?(特に驚いた様子もない)
兎 ええ。妖怪だからって、妙なほうよ、あなた。大体において暮らしぶりがね。
妖怪 ああ、そうだね。……せんせい なんか、わたしを見てめいわくそうにするし。
兎 本当に?あの人がそんな風に他人を見るのはちょっと意外ね。
妖怪 わたしにそうやって、言ったりしないけど。あんまりいいかんじじゃないな。
兎 迷惑がっているわけじゃないんじゃないかな。訝しんでるというか……まあ、ちょっと珍しい関係だからね、あなたたち。不思議に思ってるだけよ、きっと。
妖怪 べつに、いいんだけどね。
兎 そうかあ、そんなこともあるのね。でも正直、わたしもちょっと怪しいと思ってみてたわ。あなたのこと。ごめんなさいね。
妖怪 おたがいさまだし、いいよ。(目線を下向きにそらす)
兎 もっと恐ろしいものだと思っていたけど、随分と落ち着いているし……茫洋としたところは何となく、あのひと に似ているし。
妖怪 (少し考えてから)もこう に?
兎 ええ。似てきているんじゃない?
妖怪 まずいなあ、それ。ここ、出てこうかなぁ。
兎 (苦笑)そんなこと、ばっかり言って。――でも、困っちゃったなあ。
妖怪 何が?(おもむろに兎に目線を移す)
兎 たしかに、あなたが、可愛いと思えるからよ。
外より何者かの足音が聞こえてくる。
家の中の二人、顔を上げて戸をうかがう。