世界の始まるその日まで   作:スノウレッツ

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おけあのすのしずかぜ、と読みます。
意味は字の通り。

ああ、六章で燃え尽きました……
でも、今は置いときます、後書きに長々と綴るんで。

今回は、主人公とアタランテと、二人の王が主役です。不死の設定が少しと、競争。

だいぶ粗が強いです。ちょっと六章とニコ生のダメージが私を襲っています。

長さはいつも通り、それでは暫しお時間を。



第16話 [オケアノスの穏風]

 

 

 風が豊かに吹いている。

 

 草原に転がって、自然を身体に感じて過ごす。風の音なんて聴こえる筈もないが、草花がなびく音は耳に届く。さわさわと、潮風が島に流れる。

 

 ここはオケアノスの名も無き孤島、まあ直に名が付けられることになるが、それはもう少し後のこと。

 

 

 ”三蔵の幻録”の終結から、”鬼ヶ島”へ路が開放されることになる日まで、のとある一日。

 

 赤須は、なんとなく刹那的に、つまりは思いつきだが、風に当たりたくなったのだ。

 蒼天は晴れ晴れ愉快、特にこの島は優秀である。

 

 ダビデが島の一部を開拓し、小さめの牧場を開いて羊飼いをやっているこの島は、以前から魚を調達したり、木の実、香辛料、つまり動植物を少しばかし頂戴している島であるが、如何せん名がなくて若干不便だ。逆に言えばそこ以外はあまりにも自然に溢れた良き環境であるのだが。

 

 アレからわりと直ぐに普段の生活に戻ったものの、何故か天竺までの道程に悟空のパチモンとして呼ばれ、まあ其なりに楽しく過ごしていたのだが。

 

 疲れも溜まっていた、たまにはこうやって何もしないのもいいだろう。手を大きく広げて空を仰ぎ見る。天をゆく鳥みたいな何かは、明らかにでかすぎる影を私の身体に写し通る。

 

「ふぁぁーーー」

 

 どうしようもなくあくびが出た。昼飯食ってきたから、昼寝の時間である。あ、タマモ連れてくりゃ良かったか?

 あー、まあ余計疲れるから今回はスルーです。ゴメンなキャット、今度一緒に昼寝しよう。

 

 少しずつ、意識を手離していく。あの時とは違う、穏やかに自然に融けていく。

 

 平和に身を委ね、私は眠気に負けてやった。

 

 

_____________________

 

 

 

────────?

 

 

 

──────なに?

 

 

 

────────ふぅん?

 

 

 

──────へぇ、なるほど。

 

 

 

─────それで、あと四つは?

 

 

 

─────────────え、使えない?

 

 

 

────私じゃ無理? あ、そう。

 

 

 

────────ハハハハハハ!

 

 

 

────そうか、でも確かに三つで十分だ。

 

 

 

──────人には(あま)った力だしね。

 

 

 

─────ああ、覚悟しとけよ?

 

 

 

──私をこんなにした責任とってくれなくちゃ。

 

 

────え、直にもっかい来る?マジで?

 

 

 

─────そう、だな……でも。

 

 

 

────アンタの代わり、やれるだけやるよ。

 

 

 

───この星の最後、見届けてやろうじゃない。

 

 

 

──────はははははは!

 

 

 

_____________________

 

 

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  //

 

 

 ………………………んぅ。

 

 うん………………? 何か、夢をみてたような……なんだろう?

 いや、何か、ちょっとだけ何かを感じた。

 だから起きたのか、うーん?

 とりあえず目を覚まさないと。とやっ!

 

//

 

 

「…………んゃ……あ? 」

 起きた。空はまだ明るいし、陽も全然頭の上を少しだけ通過した辺り。

 いつも通り一時間半ほどか。それくらい経つと勝手に目覚める、習慣だからね。

 

「……スゥ……んぅ…………………」

 

 寝息の聴こえる方、右腕の方に首を傾けると、

「アタランテ? ……なんで添い寝してんの?」

 

「ん………ますたー?」

 腕を枕にされてた。寝ぼけた声と共に目を開く。結果、間近に彼女と見つめあうことになり。

 

 その翡翠のような透き通る眼は、引き込まれそうな、不思議な魅力を覚える。

 

 無意識に彼女の獅子耳を撫でてしまう、柔らかくもしなやかな毛並みを指の先に感じる。

 

「ふぁぅ………んぁ……ま、ますたぁ……やぁ…」

 

 甘い声で鳴くなよ、もっとしたくなるじゃないか。

 …………昔は耳に触るだけで怒られたってのに、ずいぶん蕩けるようになったなぁ、ええ?

 

 いやぁもうこれは襲ってくれと言っているようなものでしょうが。据え膳どうこうとかはこの際関係ない!

 

「………とやっ!」

 ぐるん。

「ひゃぅ!……ま、マスター………? 」

 

 ぐるんと押し倒した。そのまま彼女を組伏せ………

 

 ほら、ぐぃーーん、と私は宙に上がった。あれ?

 

「すとっぷですよマスター。そこから先はもうちょっと見えないところでやってください」

 

 宙から鎖が伸び、私の体をクレーンのように吊り上げる。のろのろと回転し、その鎖の持ち主と挨拶を。

 

「おっとギル君こんにちは。おお、なんだい私の逢瀬を邪魔しようってかこのやろう?」

 ぐるぐる宙にぶら下がったまま凄んでも滑稽極まりない。鎖がねじれ、今一度元に戻ろうとする。

 

「天の鎖で遊ばないで下さいよマスター」

「いや、だってつり上げたのギルだし……」

 

 ちっこいけど私なんかより全然人間ができてるこの子はギルガメッシュ。の子供時代、らしい。

 実はカルデア内でも上位三指に入るくらいの実力者。最近の、欲望を抑えきれない私のストッパーでもあります、毎度お世話になっております。

 

 宙ぶらりんになりつつ、目の前の彼女に言葉をかける。

「んー、どうやらお預けらしいアタランテ。でも私諦めないから!」

「……そ、そうか? ……それでは競争でもするか?」

 

 ……ああ、そいやそうだった。徒競走に勝てば、彼女を娶れるんだった。勝てば、だけど。

 

「ところでギル君、そろそろ落としてくれないかな?」

「降ろしてじゃなくて落としてくれなんですね……分かりましたよ、どうぞ」

 

 鎖が揺さぶられ、草原に投げられる。

 ガサッとくるくる、受け身を取りつつ起き上がり……

 

「ふはーー! 良く寝たし、身体動かしたくなってきたな! アタランテ、走ろうか?」

 私は彼女に告白した、貴女が欲しいと。

 

「……いいのか?私は速いぞ?」

 

「ははは!ギリシャ最速の脚、見せてもらおうかな!」

 一足先に走り出した。ああ……

 

 私は草原を駆ける、風を感じて。ああ、こんなことをしたのはずいぶん昔の事だ。こんな馬鹿みたいに走ったのは久しぶりだ。

 何もかもかなぐり捨てて走ることだけに集中できる。ランナーズハイとはまさしく、である。

 

「待て、マスター!」

 アタランテも私を追いかけ……って速いな!

 私の十歩を、彼女は一歩で駆け抜けるようだ。その走りは、彼女が風を生み出す程に。

 

 こういうのも、悪くないよな。停滞した時が産み出した平和、存分に、謳歌させてくれ。

 

 …………私みたいなのにでも、それくらいの権利はあるだろう?

 

//

 

「────やぁ、ウルクの王よ。なんだい、君もここに休息をとりに来たのかい?」

 

 主を見送り、草原に佇む英雄王に、今は只の羊飼いが話しかける。

 

「やめてくださいよダビデさん。僕もあなたと同じように、王という責務を忘れて過ごしている……いちサーヴァントに過ぎませんから」

 

 片や人類最古の英雄王、片や聖域(エルサレム)を統治した偉大なる王。

 だが、ギルガメッシュの言うように、彼らは今は一介の英霊に過ぎず、しかしそれぞれの生を謳歌している自由人である。

 

「はっは、君は謙虚だなぁ、僕は遠慮なんて全くしないけどね!」

「あなたはもっと慈悲を覚えた方がいいと思いますよ? ……ああ、それもあなたの持ち味でもあると思いますけどね」

 

 ダビデはわざとらしく首を傾ける。

 

「そうだねぇ……僕は君みたいに力を制限しながら戦うなんて器用なことは出来ないんだよね。ほら、不安要素は全て取り除かないと安心出来ないだろう?」

 

「それには同意ですけど。でも、あなたも全部の力を使っている訳じゃないでしょう?」

「…………その眼、厄介だなぁ。隠し事もおちおち出来ないなんて」

 軽く、嫌な殺気を放つが、まあそんなものはふりに過ぎない。

 

 ”全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)”はギルガメッシュの宝具であり、眼であり、存在である。彼はこれを通して、万物を見通す。その名にふさわしい、まさに全能の力であった。はずだが。

 

「ふふ、大丈夫ですよ、プライベートを覗くなんてことはしてませんから。……問題は、マスターさんのことなんですけど。ダビデさんは何か気づきませんでしたか?」

 

「ああ……そうだな……マスターは、明らかにおかしい。だってあんなに多くの女性に囲まれているのに、誰一人として手を出してないんだよ!? いやー僕だったらさくさくいくね、アビシャグがいないのは非常に残念だけど!」

 

 女好きもここまでくればいっそ清々しいのではないか?そんなことはないのだがね。

 

 ……この人はさっきまでのマスターを見てなかったのかな? いつ誰を襲ってもおかしくないくらい愛に餓えてるよあのマスターさん。

 

「……茶化さないで下さい、僕は話の腰を折る冗談はあまり好きじゃありませんから」

 

「おーっとそうだったね、ごめんごめん。

んーでもマスターのことかぁ……

────まあ一つ言えるのは、分からないということかな。彼女という存在のギミックを理解できないといった方がいいかい?」

 

 ダビデが出した意見に、ギルガメッシュは頷く。

 

「そう、分からないんです。僕の眼にはアレがなんなのか情報が出てこない、いや、正確には読み取れない。地上の……いや宇宙のどの規格とも全く一致しない力ですよ、あの不死の力は」

 

 彼が読み取れたのは、辛うじてその力の名前。

 

 ”■■■■■■■”、”■■■■■■■”、”■■■■■■■■■■”

 

 どれも意味のある単語にはならない。ただ、形式は地上にあわせて若干の変換を加えたらしい、少しだけ読み取れるのはそれが原因だろう。ラテン言語と似た構成を認識できる。

 

 輪、とか模倣、とか汚染……?とか。

 

 問題は、その本質を理解できないという点である。つまり、今後マスターがどうなるかが分からないのだ。

 

「死なない、なんて……そんなもの人が手にしていい力では無いはずです。死の従者ですら終焉という概念には敵わないというのに……」

 

「……君は彼女に不安を感じているのかい? 世界から取り除くべき、不安要素だと?」

 

「我々は……人理修復という大事をこれほどの少数で行っています。それこそ、我々の方が世界から見れば異端と思われてもしょうがないほどだ」

 

「ふんふん」

 

 ダビデは腕を組んで子ギルの話を聞く。

 

「…………彼女は世界に殺されたんです、なのにまだ世界に抗おうとしている。ダビデ、貴方は戦ったはずです、次元の彼方よりやって来たあの獣と 」

 

 僕自身は見ていない、だが、話に聞いただけで身体に冷たい何かが走る。そんな獣は、神代の頃にも居なかった。あの天の牡牛にですら、僕達は勇気を持って立ち向かえたというのに。

 

「それは間違いないけどね、あの獣……カルデアではデュールと言ったか。アレは凄かったよ、何せ天の火で燃えつきなかったからね!僕もしょうがなくアークを呼び出してそれに投げ込んだんだけど……」

 

 ダビデの持つ『燔祭の火焔(サクリファイス)』、『契約の箱(アーク)』共に、神から人類へと遣わされた最高位の宝具である。その権能は確かなものであるはずなのであるが。

 

「うーん、アレ、『契約の箱』が効かなかったんだよねぇ…………いや、そうだな、初めて見る反応だった、か」

「それは一体どんな?」

「うーーん、確かに死が発生したはずなんだけど…… 結局アレは死なないままに消えたんだよ」

 

「……そんなバカな? かの聖櫃の効力が及ばないものがこの世にあるはずがありません!

………………っ!……まさか」

 

「うん。多分、君の想像は正しいね。マスターが死なないのと、あの獣が関連していることは明確だったけど………… いやー、まさかマスターがアレに侵食されてるなんてね。いや、もしくはあちらから力を寄越したのかな?」

 

 ダビデは言った。その何かも分からない獣と、彼女が同化していると。

 

「……気づいていたんですか? 貴方には全てが見えていると?」

「ははは、そんなはずは無いよ。ただ、アレと対峙した感覚と、マスターと向き合った時の感覚がほとんど同じだなって思っていただけさ」

 

 それは、かの獣と対峙した者にのみ植え付けられた感覚。確かな異常であるのにも関わらず、まるであたかも最初から世界に存在していたかのような違和感。何も感じない、いつもと同じだ、という違和感。

 

「だったら……マスターは、どうして変わらないんです? 確かに死ななくなったらしい、それはまだ理解出来ます。でも、其れほどまでに身体が変質しているというのに精神の表層も深層も全く変わらない。まるで何もなかったかのように、存在にヒビが見えない。あんな……まるで違和感の塊だ。あんな人に出会ったのは初めてです。僕は、それが頼もしくも恐ろしい。アレは、神なんかよりよっぽど破綻している存在です……」

 

 ギルガメッシュの吐露する見解、それは、理解できない、という異常が導いた疑惑。

 神、とはまた違った超越物に対する畏れ。

 知らない、という恐怖。

 

「はは、そんなことは昔からじゃなかったかい?」

「そんな、召喚された日……マスターと初めて会った時はあんな風ではありませんでした! もっと平凡で、無垢な、只の少女でした…… 」

「そう、僕もそういう印象を受けた。けどね、人間っていうのは分からないものだ。いいかい? 人は変わっていくもの、彼女も変わっていっているんだよ 」

「それは……それは心意気とか、知識認識の話です! 僕が言いたいのは彼女自身がどうして自らの命について何も感じていないのか、ということですよ!」

 

 彼女は、死なないということを自覚しながら、それに対する喜びも怖れもましてや落胆など一切を気にしていない。おかしいのだ、そんな……自らの業と向き合わないなんてことは。

 

 今まで人類の歴史上に、愚かにも不死を名乗った人物は数える程だがいた。しかし彼らはみな、自らに終わりが存在しないことに恐怖し、自壊したのだ。

 

 普通なら心に何かしら変化があるはずである。

 

 しかし、彼女にはそれすら見えない。

 ……もし、意図的に感じようとしていないのなら、それはもはや生物の精神では到底不可能な領域に達している。

 諦観では足りない、自我崩壊は当たり前、存在ごと消失しても良いほどの恐怖。

 

 その異常性を述べた、つもりだったが。

 

 

 目の前の男は楽天的な態度を崩さずこう言ってのける。

 

「ああ、それはさ。ただ君が、彼女についてわかっていないだけなんだと思うよ 」

 

「な……」

 

 ダビデは"人"として、一つの意見を述べる。

 

「まあ見守るだけじゃなくて、たまには会話をしてあげたらどうかな、その眼に頼らないで、彼女と向き合ってみればいいんじゃないか?

知りたいのなら、欲すればいい。理解したいのなら、寄り添ってやればいい。人間っていうのは根底では単純な生き物なんだから」

 

 ……!

 そう、そうか。僕は今まで"これ"を無意識のうちに使っていた。

 制限しようにもしきれない莫大な力。これを通せば、何もかも見透かした状態で他人と接し、対立し、和解し……

 

 気がつけば、本来の対話なんて忘れてしまったのかもしれない。普通の、人としての……

 

 

───かつて神に選ばれ、天からの大権を得た最古の王は、悠久の都にて、それはそれは優れた治世を行ったという。

 

 ……しかし、彼は人としてあまりに格が高すぎた。全てを識るあまり、自ら、他物を知ろうとすることをしなかった。唯一といっていい例外が居たことにはいたのだが、それも遂には彼に気づかせなかった。

 

 

「具合の良いことに、マスターはなかなかの寂しがりやだからね。共に居るだけで色々なことが知れるだろうさ……ああ、もちろん襲われる覚悟はしていった方がいいよ!彼女は実に僕と同じような臭いがするからね!」

 

「……流石に、貴方と同格は言い過ぎです。もしそんなに酷かったら、今頃カルデアは崩壊してますよ 」

「うわっ、辛辣だなぁ、僕は自分の好きなように生きていただけだっていうのに。ほら、君やマスターと同じだろう?」

 

「僕もマスターも節度を持ってやってるんですよ! 全く、貴方にも見倣ってほしいです!」

 全く、まったくだ。

 

 …………………まったく、この人は………

 

 

「ああ、君なら直ぐにどうとでもなるだろう。何せ、人類最古の英雄王ギルガメッシュの最も理知的な人格だからね、君でどうしようもなかったらそれはつまり誰にもどうこう出来ないと、そう思うよ」

 

「……マスターは、僕の友人にたりうるのでしょうか。僕の全てを教え、また彼女について全てを分かりあえる関係になれると?」

 

「それより先は、僕の管轄じゃあない。君が自らの目で、耳で、頭で確かめ、決断すればいい。ああ、結論が出たのなら是非ともまた人生相談にのってあげよう、僕は話を聞くだけだけどね 」

 

 なんと、これは人生相談だったらしい。まあ確かにこの男、一介の人間が経験するにはあまりにも波乱万丈な人生を積んでいるとは思うが。

 

「ふふ、ありがとうございます。けれど、まさかそう言って他の人からお金をとったりとかしてませんよね?」

 

「なるほど!それはいい考えだね!…………冗談だよ、そんなに睨まないでおくれ」

 

「あなたも放っておくと勝手に進んでいってしまうタイプの性格ですからね。マスターの負担をちょっとでも減らしておかないと 」

 

「うーん困ったなぁ、君が側に居るとなると窮屈な生活になってしまいそうだ…… あ、そうだ。それならちょっと牧場を手伝ってくれないかな? 若き騎士王もたまにやってくるんだけど少しばかり人手が足りなくてね」

 

 この人は……転んでも只では起きないどころか転ばないのに只で起きないじゃないか。

 

「はあ…… 分かりましたよ、ええ。僕もたまにはそういう庶民的なことをやってみたかったんです」

「ははは、やっぱり統治って相当大変な役職だよねぇ」

 

 …………まるで他人事のように話すなこの人。ああ、でもこんな感じだったから王として選ばれたのか……?

 

───この、何もかも異なる二人の王は、それなりに分かりあい、それなりに信頼しあう、妙な関係になっていくのです、全く数奇な運命でございます。

 

 

 …………そのきっかけとなる、二人がとある奇妙な聖杯戦争に巻き込まれ、これまた珍妙な聖杯を持って帰ってくることになる事件があるのですが、それはまた、別のお話。

 

 

//

 

 

───走る、ただ走る。

 

 後ろから、彼女の走る風を感じる。

 ふと、振り返って、止まってみた。

 

「───うわっ」

 

 走っていたアタランテを受け止める。

 きちんと身体は後ろに体重移動しながら、衝撃を逃がしつつ。書文から教わった体術の一だ。まあこんな使い方は想定されてないと思うけど。

 

 ……受けの技、雲のように力を受け流す。サーヴァント相手でも通用する私の守りだ。血ヘド吐くほど書文の技を受けたからな、もう物理で怖いものはないよ。

 

 

 さっきと逆、私が下で彼女に覆い被されている。

「…………はは、速いなアタランテは。全力で走ったつもりなのに直ぐ追い付かれちゃった」

 

「……まったく、危ないだろう。急に止まるんじゃない 」

「ごめんごめん、でもなんとなく抱き締めたくなったんだよ 」

「っ……! マスター、どうしてそんなに貴女の目は真っ直ぐなんだ? ……ああ、まるで───」

 

「……メレアグロスのようだって?」

 

 アタランテは、少しだけ驚いたように瞬きする。

 

「知っているのか? 彼のことを」

「実際に会った訳じゃない、けど神話を紐解けば少しでもわかることはあるよ」

 

 カルデアには数々の人類史についての情報が収蔵されている、英霊に関しては特に。

 まあ、英霊召喚システムなんて突飛なモノを造ってあるのだ、それの知識を蓄えておくのは必然だろうが。

 

 ああ、メレアグロスとは、ギリシャ神話に於いて英雄船団アルゴナイタイに所属し、かの魔猪カリュドンを討伐した張本人である。

 

 …………そして、アタランテが求婚に対して否定的になってしまうようになるきっかけの悲劇を招いた男でもあった。

 

「ああ……私はあんなに一途なんかじゃないね、それは……耐えられない」

「……そうだな、汝は些か女色に過ぎる。そんなことでは嫌いになってしまうぞ?」

 

 うげ、最近キャットにばかりかまけてるのがバレてるよ。

 

「はは、それは困ったなぁ……でも、ってことはまだ脈はあると思っていいのかな?」

 

 すると、急にグッと顔を近づけられる。

「……もしお前を嫌っていたのなら、これほどの距離を許すなどあり得んだろう……?」

 

 頬を緩く染め、件の引き込まれそうな翠の眼で見つめられた……ああ、ダメだこれ。

 

───でも、まだ。まだ踏み込んではいけない。せっかく彼女が枷である試練を課してくれるのだ。

 

「なら……だったら、貴女の縛りに則って勝負を仕掛けさせてもらおうかな?」

 

「それは……」

 彼女は、一瞬だけ気を張ったが直ぐに立ち上がり、私の布告に答えてくれる。

 

「……良いだろう、このアタランテ、挑まれた勝負は必ず受けて立つ!」

 

 私も起き上がり、彼女と目線を合わせ……

 

「ん。ありがとう、それじゃどうやって勝敗を決めるか……… あ、あれでいいや。あの木、あれがゴールで、先にあの木に触れた方の勝ちってことで。どう?」

 

 指差した先には、一本の木。うん、なんの変哲もない、普通の木。草原から森林への境界に立つ木である。

 

「ああ、それでいい。それでは私はマスターの二倍の距離を走ろう。それくらいのハンデは昔からつけていた、いいか?」

「構わないっていうか、同じ条件で私がアタランテに勝てるわきゃないでしょうが 」

「ふっ、いいのか? 勝負の前からそんなに弱気で」

 

 そも、純粋な走りじゃにんげ……まだ人間の枠に入ってる私がサーヴァントであるアタランテに敵う道理が存在しない。

 

 搦め手上等、先輩であるヒッポメテスは他山の石としてやろうじゃない。

 

……まだ見つめられている、なんだ?

 

「…………ほら、これをやる」

 

 差し出された手のひら、その上には林檎。

 

「……ありがとう、遠慮なく貰うよ」

 

 黄金の林檎は重要なアイテムだ。ただ、相手からの塩をそのまま受けるほど私はプライド棄ててない、これまた滑稽である。

 

 ……バクバクと食ってやった。林檎を。私が。

 

 

「な───!? ちょ、ちょっと待て!何故食う!?」

「……あー? 勝負前の腹ごしらえだよ、ちょうど小腹が空いてたんだ。ありがとうねアタランテ」

 

「───────」

 

 絶句しておられる、ははは。

 

「──────もう知らんっ!」

 

 あ、行ってしまったよ。物凄いスピードで。

 

 アタランテはきっちり私と終着との距離の二倍、いや三倍ほどの距離に止まった。

 私と終着である木との距離はざっと150mくらいか。まあ、これくらいの距離だと彼女には数秒だろう。

 

 ならば、私は────────

 

 

 

//

 

 

 

 両者共に異なるスタートライン、その位置に立った。

 

 合図を出さねば。

 

 私は手を挙げ、横に振り…………落とした、その瞬間に走り出す。

 

 脚に強化魔術は限界ギリギリまでかける、これは当たり前。

 これでも脚の速さは向こうが100ならこちらは20にいくかいかないかレベルだ。

 

 有難いことに脚が崩れるのに再生がきっかり追い付いている。が、それでも、背後から迫る疾風はどんどんこちらに近づいてくる。

 

//

 

 既にこちらは半分ほど、あちらは私のもうすぐ後ろ。

 

 瞬間、先ほどと同じく、体を空中でひねりつつ振り向く。

 

 刹那、視線を交わす。

 

(………! はっ、私に同じ手は通用しないぞ!)

 

(うん、そんなことはとっくに承知してる)

 

 

 人が英霊に敵うはずはない。

 彼らは英雄であり、生前から超人の類いだ。

 纏う覇気から精神の熟達まで何もかも、人などとは規格が合わない。

 

 それは、この状況でも変わらない筈だった。

 身体能力、技量の練度、経験の差、どれも赤須がアタランテに敵うことは有り得ない。

 

 

 …………ただ。

 

 ただ一つ、赤須がサーヴァント、いや、この世の全てに勝る点が存在する。

 

 それは、思考、つまり脳から伝達し、各器官の神経に指令が行き届き、行動が発生するまでの時間。

 

───すなわち、反応速度である。

 

 

(───マスター!私は貴女が好きだ!この感情に間違いなどない!だからこそ、この勝負は絶対に一切の手抜きなどしない!)

 

(───ああ、良いねその眼。本気の眼だ。私はその眼に惹き付けられたんだよ。だったら…… )

 

 

 赤須九波というモノは、既に脳で考えることからは逸脱していた。魂が思考し、それがタイムラグ無しに、ダイレクトに行動に反映される。

 

 通常、本能だろうが感情であろうが、思考と行動にはコンマ何秒のズレが生じる。これは鍛練によって短縮できる時間であり、中国武術はこれを最も追求している武術の一である。

 

 当たり前だが、これはサーヴァントにあっても変わらない。

 唯一、直感スキルによる回避は、無意識下の身体すら反応させる非常識なモノであるが、これがもっとも赤須の状態に近い。

 

 つまり、例えるならば常時直感が発動しており、しかもそれが初期値という出鱈目な存在、それが赤須九波という異形なのである。

 

 

(行くぞ……!)

 

 アタランテは地を踏み込む、その脚は、かの理想の郷を越えていく、それはギリシャ最速と謳われた、人の肉体が発生出来る速度の最高到達点。

 

 

───それこそ、『アルカディア越え』である。

 

 

(これで!この一足にて疾り抜く!! )

 

 空気抵抗などもはや意味を為さない、全開で駆ける彼女の通った跡には次元の揺らぎすら発生する。

 

(───────それだ、それを待ってた。今こそ、私の搦め手、そして書文からの盗み手を………!)

 

_____________

________

 

 

 これら一瞬の出来事、しかし二人の勝敗を分けた一瞬である。

 

 アタランテが踏み込み、その脚を駆けたとき、もはや眼前には何も見えなかった。

 全てを、振り切った。

 

 

(…………マスター、やはり……いや!終着点まで振り替えることなど無い! 駆けろ、吾が身よ!)

 

 

 終着点である、木に接触するまであと一秒をきる。

 

 この時、赤須は何処にも見えなかった。だが。

 

「────マスター!悪いが此度は私の勝ちだ! これで────!」

 

 手を、伸ばす。これで終わり。

 

 …………だが、しかし。

 

 

「─────いや、私の勝ちだよアタランテ」

 

「───!?」

 

 

 何も無かった筈だった。アタランテの前には。

 

 しかし何故か、そこには既に、赤須が居座り。

 

 アタランテよりも速く、ゴールへ辿り着いた。

 

「……………おっと! はは、どうだい?」

 

 赤須は、アタランテを受け止める。先ほどと同じく、付け焼き刃の受身にて、力を大地に受け流す。

 

 驚きを隠せない彼女は、私に問いただす。

「………な、なぜだ?どうして……?」

 

「うーん、まあカラクリは大したことないよ、だってアタランテに運んでもらってただけだし」

 

「なん、だと?」

 

「圏境は知ってる?書文の十八番。アレをパクったんだ。それでアタランテに掴まってここでそれを解いた 」

 

 赤須は人でなくなった時に───の内の三つを受け継いだのだが、まあ彼女は気づいていない。

 

圏境もまた、実物を見て、工程をアタマに思い描き、何度も実践する。一般的な努力で他者の能力を真似出来る……そういう意味では劣化模倣(デッドコピー)の能力を持ったと言えなくもない。

 

 また、言うまでもなく、書文本人には敵う筈もない。

 

 ……ただ。少しだけ、力の使い方を変えているのだが。

 

 

「…………ははは、出鱈目だな、相変わらず。

一体何処の誰が、速い方に掴まって先に躍り出るなどという阿呆をやらかすんだ……?」

 

 呆れられた、ような、けれど笑っている。

 

「私の脚じゃどう転んでもアタランテに敵わないからね。だから同じ領域に立たせてもらったよ…………ああ、卑怯な手だけど私の勝ちだ、不服かい?」

 

 まあ黄金の林檎を使わなかっただけで、これもまた正々堂々からかけ離れた手段である。

 

「…………いや。いや、情けをかけるな。マスターの勝ちだ。……勝たれてしまったな 」

 

 悔しさはあるだろうか、しかしその笑顔には明らかに喜びが見えた。

 納得はしてくれたみたいだ。

 

「うん、貴女の枷は乗り越えてやったよ」

「…………マスター、私が、欲しいのか?」

 

 それが私の目的であり、私の欲だ。死の淵に置いてきてしまった何かを埋めたい、そんなただの自分の欲の為だ。

 

「…………そう、だね。これから……いや、これからも私と共に来てくれるかい?」

「それは……今までと変わらんじゃないか? 」

「そんな事もないさ、ああ、決して 」

 

 何となくじゃない、確かに。心が繋がったような感覚がある、それだけで今は満足だ。

 

「…………かーっ! 久しぶりに走ったら疲れたよ…… もうちょっとこのまま休んでいっていいかな?」

 

 木にもたれかかりつつ、彼女に尋ねた。

 

「……構わないさ、私はいつまでも汝と共にあるからな」

 そう、いつもの眼差しで返される。

 

 

 それは、実に幸せなことだな。ああ、実に。

 

 今日も一日が過ぎる、身体は疲れたが、心は鎮やかだ。突然のことだったが、実に僥倖。

 

 ……あ、そうだ。

 

 

─────ところで、何で私と添い寝してたの?

 

─────そ、そばに居たかったから……

 

 

 ……ああ、はい。これからはいくらでも側に居てください。それで、空っぽになった私の心を埋めてくれ。……私のアタランテ。

 

 

 ……顔が熱いな。ああ、私はなんて───

 

 

 

 




猫って、新しい猫を飼うと、昔からの猫は拗ねるらしいですよ。いや、特に何がってわけじゃないです。

……書いてて思ったんですけど、これも一種の転生物なんですかね?とりあえず主人公の能力三つですが、まとめると不死、模倣、汚染(?)になります。
書文先生との修行話もいつか書きたいです。

次回はモードとオルタのお話。だいぶオリジナル入ります。六章のおかげでより幸せにしてやりたくなりました。



以下、長々と愚痴。興味無ければブラウザバックだ!



いやー、六章良かったですね。ホント。
ネタバレはあまりしませんが、人の命の重要性も説いていたシナリオでした。

…………そこ。そこです。赤須、不死じゃん、人じゃないじゃん。展開変わっちゃうじゃん。

うわああああああ

ってなりました。どうしよう。ってことで、まだ先ですがこちらの3章は、キャメロットを若干改変したものにするかもしれません。うちの円卓vs獅子王円卓とか。
いろいろ妄想が尽きません。ラスト戦終わったときに泣きそうになったくらいの素晴らしいシナリオでした。

でも、だいぶ悲しい。鳥さんじゃないけど。
なので、だいぶヒロイックに展開を弄りたいんです。あの悲哀も大好きですが、少しと言わず心が痛かった。

三蔵ちゃんとか、ニトクリスとか。

…………まあ、でもまだまだ追い付けそうに無いですけど。ニコ生も大爆笑しながら見てました。そんなんありかよ……って二時間でした。

これから、まだまだ書きたいものも沢山です。FGOは本当に素晴らしいコンテンツであります。

あ、途中で出てきた”奇妙な聖杯戦争”もいつか別に書きます。ダビデ&子ギルが奇妙な英霊共と相対す。

とりあえずここら辺にしときましょう。さあ、次話書かなくちゃ……
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