なんと更新一ヶ月ぶりです、失踪したわけではありません。たぶん。
さてさて今回は、霧の街での再会です。
回し役は式、お伴に二人のアリス。
出迎えるのは、一応ゲスト扱いのエレナさん。あと一人、オリジナル鯖も。だいぶ近現代英霊ですが、とあるからくりの下に墜ちてきた訳です。
それでは、暫くお時間頂ければ、と。
(ダブルアリス、描写キツイです、結構分かりやすくしたけど……)
霧の街、ロンドン。
とは言っても、まあ年がら年中霧だらけというわけでは決してなく。一年を通して穏やかな涼しさを感じさせてくれるその街は、一部の英霊達には非常に好評だった。
そしてこの着物の少女、両儀式もまた、このゆったりとした空気がなんだか身体に馴染む様子。
カルデアの喧騒から少しばかり離れたこの地で、彼女はゆらりとその足を運ぶ。
テムズ川を渡る橋の上、私は柵によりかかりながら、ふぅ、と。
なんとなく吐息を漏らした。すると……
「式お姉ちゃんどうしたの?」「 昨夜は良く眠れたかしら?」
そう言って私の顔を覗き込むのは、白黒少女たち。アリスとありすだ。ちょっとだけ背が高くて白いのはありす、そして黒いのがアリス、と覚えたが、相変わらず良く似ている。双子とかでは比較にならないくらい。
そんな二人の言葉を、
「そんなんじゃないよ。心配いらない」
と、その可愛い頭を撫でつつ返してやる。
ああ、でもまあ疲れてるのは確かか? 休みだからって自室でゴロゴロしてたのがいけなかったか……
動かないとしっかり身体は鈍っていくし、だからって訳じゃないが出掛けようとしたらこの有り様さ。
「むぅー!子供扱いしちゃイヤだよ!わたしもアリスも、もうちゃんとした英霊なんだから!」
「でも、撫でられるの好きだろ?」
「むぅ……それもそうだけど……」
「式は何だかんだ優しいから、好きだわ」
「はいはい」
お前たちに厳しくするヤツなんてあの場所にはいないよ。カルデアはお人好しの集まりだからな、後は……
この二人、死の線が限りなく薄い。
元は本だって聞いたけど、勿論それにだって死はある。そういう人じゃない現象の死、それは、忘れ去られること。
別に他人が死のうがどうってことはない、と思ってはいたが。そもそも私がそれを引きずってたことに今さら気がついた。悪いな
……まあ、あれだ。なんとなくこの二人は気に入った、だから面倒をみてやる。他の誰が忘れたとしても、私だけは頭の隅っこにおいておこうと。
「それでさ、そのエレナっての?そいつ何処に住んでるか知ってるのか?」
「知らない!」
「けどやっぱりまた会いたいの、そうしたいなって」
「あれから帰ったら、マスターいなくなったりして色々大変だったし……会いに行く時間も取れなかったし……」
ああ、そういう時期だったか。あのマスターの死ぬ死ぬ詐欺もあそこから始まったんだった。
こんな所にも弊害出てるぜマスター、おかげさまで私がこの子らと若干打ち解けることになったわけでもあるけど。
「それじゃあアンデルセンはどうした?そもそもアイツが約束したんじゃないのか?」
「アンデルセンは……また部屋にこもっちゃったの、不用意に外に出るのは危険だー!とか言って」
「相変わらず引きこもりかあの作家サマは」
//
ペンがカッカッと文を創る。
「へっくし!」
「なに、アンデルセン風邪でもひいたの? アタシにも移るかなぁ?」
「はっ!貴様のような化け物が病になど臥せるものかよ! それに昔から言うだろう、馬鹿は風邪を引かんとなヴァカめ!」
「あー!バカって言った方がバカなんだよ!」
「ええいうるさい!頭の悪い言い回しばかり覚えやがって! 少しは俺の書いた物語でも読んでいろ!へっ……くし!」
「んーー……えいっ」
「や、やめろ抱きつくな暑苦しい!」
「あはは、あったかいでしょ、風邪は温かくしてれば治るってー」
「……全く無駄なことばかり知っているな化け物め」
「えへへ……あと、英霊は別に風邪なんかひかないってのも教えて貰ったよ」
「ならさっさと離れろ。どうせ何処ぞの誰かが噂してるだけだ」
「イヤだよっ、だってくっついてたいんだもん」
「はぁ……馬鹿につける薬は無いか。もういい好きにしていろ」
「うん!好きにしてる!」
//
あれ、なんだかイラッときたぞ?
……まあいいか、とりあえず歩こう。
「仕方ない、行くぞ。とりあえず公園……ハイドパークにでも向かうか」
「そうね、この間もお外で出会ったのだから、きっとお散歩好きなんだと思うわ!」
「いや、多分変人なだけだろうさ、わざわざお前たちみたいなのに声かけるくらいだからな」
「ひっどーい!エレナおねーちゃんは、とてもちゃんとしてるわ!……たぶん」
「たぶん、とアリスに言わせるくらいには変人だったわ。あの人はきっと英霊にまで登り詰めるでしょうね」と、ありすは小さく笑う。
そりゃそうだろう、聞いた話が誇張無しならよほどの強者だそのエレナってのは。明らかに異能持ちの人外だからな、普通の人間なら手から光線は出せない。眼から色々出てた奴とは戦ったことあるけど。
「それじゃあ、ほら!」
「ん?……ああ」
私に伸びてきた手をとる。只でさえ緩い繋がりを少しでもちゃんとしたものにするため……というには当たり前過ぎることでもあるか。
「だったら私はこっちかしらね?」
左手に、ありすの小さい手をおさめる。
「両手に花だな」
「えへへー!」
「よし。ゆっくり行くか」
──はーい!
ん。そうだな……誰かと歩くなんて久しぶりかもな。
ましてや子供の世話なんて……いや、わりとあったかもしれない。
そんな、適当なことを浮かべつつ。
霧の街の景色に溶けるように三人で歩いていった。
あんなことがあったからか、ロンドンには人が少ない。逆に言うなら、残ってるような面子は足の先から頭の天辺までおかしい奴らだけだ。
まあそんなことは気にせず、とりあえずの目的地ハイドパークへと少しずつ近づいていく。
ふと、アリスに声をかけられた。
「そういえば式おねーちゃん、眼鏡、貰ってなかった?」
ありすも続く。
「そうね、マスターから貰ってたの見たわ、かけないの?」
「え? あー……うーん………」
まあ確かにマスターから眼鏡を貰った。
正確には魔眼殺しだが。
どうにも生死がはっきりしないアイツに、気持ちが悪いって言ったのが全ての始まりだった。
嫌われたと思ったのか、それ以来ちょっとよそよそしく対応されるようになって、私も少しどうしようか悩んでいた。
別に、いつもと同じように、死ぬ前と同じように接しようとしたら、あっさり心に傷がついちゃって。
器は万象を超越したモノだっていうのに、中身は普通の人間だったんだ。
その
気持ち悪いと。
同族嫌悪みたいなものだろうか、そういう訳じゃないとは思うんだけど。
そして、それから一週間くらい経って、急に、
──眼鏡!これ着ければ多分普通に見えるよ!
って。
眼鏡はキライなんだ、って、そう返したんだけど。
── 一回、一回だけでいいから!
お前は何処の詐欺師だよ、……わかったわかった、仕方ないって折れた。
戦闘に向かないし、眼が隠れるし。何よりアイツと同じってのが我慢ならない。
でも、まあ、コイツの気持ちを少しは汲んでやろうか、と。
渡された、ケースに入ったソレをくるりと取り出す……うげ、まんまじゃないか。
嫌々ながら、細身のフレームをゆっくり耳にかけた。軽い、掛け心地は、うん。
大して悪いモノじゃない。
──どう? ちゃんと見える、かな?
急かすな急かすな。
くいと前を向いた。向いた、筈だった。
……ッ!
──いやー、ダヴィンチちゃんに無理言って作ってもらった甲斐があるかなー
声は、する、気配も、ある。
でも、いない。
眼鏡を境にして、貴女はばっさり消えていた。
──ん? どうしたの式、驚いたような顔して。
い、いや、何でもない。と、私はさっとソレを外してしまった。
貴女はさっきまでと同じように、生死が曖昧なまま、ぐちゃぐちゃと死に塗り潰されたようになったり、瞬きのうちに微塵も死が見えなくなったり。
……いいよ、こんなもの無くたって。
──え?
「オレが見えるならそれでいい。オマエが何を気にすることなんて無い、今まで通りでいいよ」
確か、そんな事を自然と口走っていたような気がする。実にこっ恥ずかしい。
でも、見えないよりは、見えていた方がいい。そう思ったんだ、何故かは分からない。
「式は、あのマスターの事が好きなのね」
「……キライだよ。あんな胡散臭いのは、迂闊に相手をしたら呑み込まれそうだ」
「同じことよ。好きも、嫌いも。想い想われ恋い焦がれ、甘いの反対は苦いじゃない。マスターはそれが好きなの、混ざったカフェオレはもうもう元には戻らない、掻き消えるまで永遠を共に過ごしていたい……」
少しだけ考えるように、間が空いた、とは言ってもほんの数秒だが。
「あの人はまるで神様なのに、望めばそう出来るはずなのに、それをやらずに独りで生きてる」
「違うわありす、神様だって独りは悲しいけど、それより、一緒にいることが恐いのよ 」
「……別れが辛くなるから?」
「うーん、よくわからないの。 一緒にいたいけれど、それを嫌がっているような……」
二人の話を聞きながら、その違和感を考えてみた。
アレは、人じゃない、けれど神でもない。
怨霊や、幻影や、ましてや妖精精霊の類いでもない。今まで、自分の世界の中には居なかった何か。
あんなもの、会ったことなんて……
「…………いや」
「うん? どうしたのおねーちゃん?」
「いた、ああ……そう言えばそうか、似ている、か」
あのマスターと近しい存在に、会ったこともあるし、戦ったこともある。
──『
理解の範疇を越えたから、まともには視れない。世界の外から接続していた、アレと同じだ、内側からは外側を覗けない。
でも、あのマスターは精一杯こっちに出向こうとしてる。
自分のことじゃなくて、他人のことしか考えてない馬鹿だ。
誰かと一緒にいたいけど不用意に自分の領域へ引き摺りたくないとか、そんな理由で悩んでるんだろう。
ほんと、自分勝手に矛盾してるやつだ。
「一人で勝手に納得してないで、私たちにも教えてよ!」
「ふふ、どうせ解らないよ、オレだって解らないからさ」
「…………」
「むー、ねぇありすも……ありす?」
「……え? ああ、そう、そうね。
でもいいじゃない、マスターはマスターでしょう?私たちがこうしていられるのも、偏えにマスターのおかげ、でもあるじゃない?」
「そうかなー……なんだか、納得しきれないような……」
「ま、深く考えるのは止めとけ、帰ったら直接聞けばいいだろ」
「うーん、それも、そうかしら! ええ、やっぱりお茶会しながらゆっくり喋るのがいいわ!」
「それも良いわね、今度は誰を呼びましょう?」
歩きながら、なんてことはない会話を繰り返す。二人の他愛ない会話に私は適当に相づちを打つだけ、という訳にもいかず、求められれば口を挟む。
紅茶、紅茶ね……あんまりそっちは手を出していなかったような、あれ、何だかいい覚えがないような……?
「──式、ついたんじゃないかしら」
「うん? ああ、わりと近かったな」
「昔はたまーに来たけど……まだ本がさまよってるのかしら?」
「まあ魔本くらいならオレでもなんとかなるよ、んじゃ行ってみるか」
ハイドパーク、ロンドンに八つある王立公園の一つ。伝わるか分からんが、如何にも外国の公園って感じだ。
広大な土地をぐるりと緑が繁る、いわゆる都市型公園の体裁を成している。
世界初の万国博覧会が開かれたっていうのでも有名だろうか。今から三十年前には『水晶宮』が此処に鎮座していたと考えると、少しは惜しい気もしないではない。
そして、正門はこれでもかと大仰な造りだ。
確か、元はバッキンガム宮殿の正門としてデザインされたらしいから、それも当たり前かも知れないが。
すたすたと門をくぐる。
とっくの昔に管理者は死んでるだろう、けれど何故か公園は廃れず、その形を保っている。
──けれど。
今から思えば、そこで、領域に足を踏み入れたのだろう。不用心だった……と言われれば言い返せない。
何しろそんなことが待っているだなんて分かる筈もない。
スッと、右足が門をくぐり終え、公園の敷地に着いた瞬間──
「──ッ!」
「──ひゃっ?」
「……!」
此方の視界には何も見えない。
何処からかは分からない、一瞬だけ、そう。
一瞥したように、何かが此方を伺った。
思わず、頭を臨戦体勢に切り替える。
「アリス! 用心しろ、千里眼か何かで見られた!
多分、いや確実に
「え、え?」
虎の尾でも踏んだのか、かなりヤバい、私の勘が警告を大音量であげている。
──相当に、危険な何かが、いる。
式は瞬間的にそう感じたが、ありすは違ったらしい。
目を軽くつむり、式に声をかける。
「──いや、多分大丈夫」
「……どういうことだ?」
彼女は遠くを見るように、森へと視線を送ったあと、私の方を見て言った。
「うん……たぶん、知り合い」
な、なに?
「さっきからちょっとだけ気配は感じてたんだけど…… でも、行ってみましょう。彼に見られて殺されなかったってことは、本当に視ただけだと思うの」
「もしかしてありすのお友達?」
「ええ……仲間、かしらね」
ありすの、仲間……
ということは、なるほど。
──未来から、また誰かがやって来たのか。
アリスとありすは変わらず足を進めるが、私は少しばかり警戒を強めながら二人を守るように歩いた。
何故なら、辺りに、良くは見えないが、本が何冊も死んでいたから。
銃か何かで、一撃の下に葬り去られていた様子だ。
私はそれを二人から遮るように歩いていった。
//
舗装された道の通りに、ゆっくりと森林の中を進む。
ありすは、気配を感じることが出来るらしく、たまにその発信源へと進行を導く。
私にも気配は察知出来る、出来るが、余りにも曖昧な気配しか分からない。
アサシンの気配遮断とはまた違ったスキルを持っているらしい、そもそも気配を探られている段階で暗殺者としては失格だろうが。
「……ねぇ、もしかして、あの人かしら?」
アリスが見つけたらしい。
私もすぐに分かった、この公園には相応しくない明らかな異常。
そいつは、横長の結構なサイズのベンチに横たわっていた。
白いコート……じゃない、ギリースーツだ。
雪のように白いそれが全身を覆い、手袋や靴も白、頭もフードが被っていて顔つきすら伺えない。
そして何より……
「──ッ! 何だ、アレは? 死んでるんじゃないのか?」
「貴女にはそう見えるでしょうね、彼はそういうモノらしいから」
全身を死が蠢いている。
白い装束なのに真っ黒だ、回りにも死が滲み出ている。無機物の死は見えづらい筈だが、アレの周りははっきりと見える。
「はっ、マスターみたいなのが何人もいてたまるか、何なんだアイツは……」
「行きましょう? どうしてこんなところにいるのか、問い詰めなくちゃいけないわ」
「なに? 予定にあったわけじゃないのか?」
「ええ。元々、時空を越えるってことだったのは私とハスとジャバだけだったから……」
用心しながら近づく。けれど、向こうに敵対の意思は見られない。というか、死んだように動かない。
ぐでっと、ベンチに身を横たえ、言っちゃあ悪いが、酔って潰れた花見客だ。
「……寝てるのかしら?」
「いや、起きてる筈よ、そうでなくちゃあこの人は視れないもの」
側まで来て分かったが、結構背丈が小さい。
私もそこまで背が高い訳じゃないが、たぶん私よりも低い。
けれど、近くに寄るほど此れから臭う、人殺しの香りが。
「コイツ……オレと同じ、いや、少しだけ違う、か?」
「……ちょっと、ねぇシユナ。なんでこんなとこにいるのかしら?」
シユナと呼ばれたそれは、ようやく反応した。
「────あ、ああ……? 誰だ……エレ、ナ……?」
声は男性のものだった、だが、随分とかすれている。
「……? エレナさんと知り合いなの?」
「──いや、いや、違いない。なん、だ……ありす、か……!」
「なんでアンタ、そんなに消耗してんだ……」
「……何やら、大勢で、押し掛けられている、らしい……な」
三人しかいないんだが。眼が見えてないのか?
すると、一つ、腹の音が鳴る。
────ぐぅ~~
「……お腹が空いてるの?」
「は、はは……面目ない…… 」
その時、風がちらりとフードの中を覗かせた。
「──ひゃっ!?」
「なんだ……骸骨、か?」
白い、骨。一瞬だけそれが見えた。
「ああ……ねぇシユナ、フードの中を見せて貰ってもいいかしら?」
「構わん、が……飯、めしを……」
ふるふると震えながら食料を要求する姿はもう乞食にしか見えないが、だらりとベンチから垂れ下がっているそれは骨張った何かだ。
コイツ、スケルトンの親戚か?
「ごめんなさい、今は持ち合わせが無いの、もしかしてエレナさんを待ってたの?」
「ああ、そう……だ。 ……む、戻って、きたようだ、な……」
と、本来の目的があちらからやってきた。
少しばかり、顔が晴れない様子だったが、こちらに気づいたのか、笑顔を向けて歩いてくる。
「────って、アリスちゃん? どうしてこんなとこに……あ、そいつの関係ってヤツかしら?」
「エレナおねーちゃん! ひさしぶりだね!」
「ええ、また会えるなんて。 それに、また新顔がいるわね?」
視線を送られた。
どうにも見たことがある、この胡散臭い見た目は。ほんとに年食ってるのか?
「アンタが、エレナ?」
「そうよ、貴女は……ニホン人かしら。 まるで造り物みたいに奇麗ね」
これは驚いた。一発で殆ど見破られるなんて訳が分からないぞ、前評判通りぶっ飛んでるな。
「ふぅん? ……ああ、オレの名前は両儀式、式でいいぜ」
「リョウギ……両儀? 道教の関係者か何か?」
「ま、そこら辺はいいよ。うちのアリスが世話になったらしいな、それの礼とか色々でさ。
また会いに来たって訳なんだが……」
ちらと、エレナを視る。
またか。コイツは死の線がそもそも見えない。
英霊になる前からおかしかったのか。
「えーと、いきなりだけど……ご一緒にいかがかしら?」
エレナはそう言って、バスケットに入った山盛りの、サンドイッチ、ピタ、ミートパイ……って似たようなものばっかじゃないか。
挟みモノ大好きか。
「何か……一つ、くれ……」
「ああ、はいはい。 とりあえずこれで動きなさいな」
ゾンビのように延びた手に、エレナは一つサンドイッチを渡す。
シユナ、はゆっくりと起き上がり、もそもそとそれを食い始めた。相変わらずフードの中はあまり見えない。
「ちょっとマーケットで買いすぎちゃったみたいだからね、どうかしら、少し付き合ってくれない? 」
エレナは、少し笑いながらそう言った。
「ああ、悪くないね、お前らは?」
「断る理由も無いでしょう。ね、アリス」
「ええ! 丁度、お茶会の気分だったの!」
まあ、ちょっとばかり小腹も空いたことだ。
相伴に預からせてもらおう、かな。
四人で、間の空いたベンチに背を任せ。
端から私、アリスとありす、シユナ、とエレナ。それぞれ思い思いのものをつまんでいる。
何処から取り出したか、というかトランプ兵が紅茶やらコーヒーやらの用意までやっている。
「ところで、エレナ。 ソレと知り合いなの?」
イギリスのものにしては丁寧に仕上げられていたミートパイをひとつ平らげてから言った。
これも偏見かもしれない、認識を改めねばならないようだ。
式の問いに若干うつむくように、エレナは返す。
「まあ、ね。 ここで行き倒れてるのを助けたんだけど、どうやらちょっぴり早く来た死神だったみたいでね」
「死神?」
「何だか契約の
そう言って、左手の甲をこちらに見せる。
(……それ、令呪じゃないか?)
そう、そこには三画の刻印。
理屈は分からないが、どうやら一応こいつらは主従関係のようだ。
シユナ、は変わらずゆっくり味わうように手に持った食べ物をフードの中へ消していく。
何だか、もの凄い違和感を感じる、気がする。
昔からの同胞であるらしいありすは、呆れたように尋ねた。
「もしかしてまだ倒れるまでお腹減らして、その度に満腹になるまで料理食べてるの?」
「……む。 食える時には食べておく、それが信条でな。所詮機械のようなものだ、電池を補給しているに過ぎないだろう」
空腹にものを詰めてようやく声にも生気が戻ってきた……訳でもない。トーンは変わらないが、掠れが無くなった。
そして、その言葉を証明するように、次のものに手を伸ばす。
「ありす、シユナおじ様のこと苦手なの?」
「だって昔から、話しかけてもあまり返答がこないのだもの」
「……子供の相手は私には難しい、どうにも経験が無いものでな」
「っていうか、何でこんなとこにいるのかしら? みんなはどうしたの?」
「…………うーむ」
何だか勝手に話が進んでいくので、とりあえず一旦止めた。
「いや、悪いんだが、そもそもアンタは誰なんだ? 一応英霊なんだろう?」
「む、そうか、そうだな。挨拶も無しに失礼な事をした。 私は──」
手に持っていたピカタサンドを一気に放り込み、フードを払った。
「……!」
「がい、こつ、さん?」
そいつの頭は白い頭蓋骨だった。顎が随分と変形しており、奇妙な形をしていたが、私にはもっと気になる事がある。
「その眼、は……」
本来は眼球が座っているであろうそのがらんどうには、青い炎が円く燃えている。
それはまるで……
「ほう、同類か? 久しぶりに視るな、君のような光は」
「もしかして、眼が見えてないのか……」
「当たり前だろう、眼球が無いのだから。しかし光は視えるぞ、命の放つ光はな」
光が、見える……?
それじゃ、私と逆ってことか……?
「私の名前はシモ・ハユハ。
見たままに
まあ好きなように呼んでくれ、名への執着はそれほど無いものだからな」
シモ・ハユハ。第二次世界大戦期にフィンランドとソビエトの間で勃発した冬戦争にて、その勇名を馳せることになるフィンランド国防軍に所属した軍人であり、「
言うまでもなく、この時代では生まれてすらいない。
「うむ、それで私が此処にやって来た理由だが……端的に二項言おう」
……この五人でベンチに座ってコーヒーブレイクとか、非常に奇妙な笑いが込み上げて来そうだが。だって現世の学者、他世界人、物語の役者、骸骨だぞ? 結構前からこういう状態にあったわけだけど、流石に可笑しいことに気がついた。
そしてハユハ──いや、面倒だからシユナで一律にするが──はカツカツと骨の当たる音をたてて食い続けながら、ありすにとっては重要なことを話し始める。
「──星剣が地上に辿り着いた。よって地球は敗北を喫したわけだ」
その言葉に、カップを持つありすの手が止まった。
「ッ! ……そう、やっぱりまだダメだったのね……?」
「ああ、やはり決戦兵器無しでは全くもって歯が立たん。 それで、今一度始まりに立ち返る、とは我らがマスターの言葉だ」
つまりは。
カルデアが解決しようとしている人類史の焼却だが、それを乗り越えた先の未来ですら、人類は生存に四苦八苦しているらしい。
「なんだ、お前ら負けて逃げ帰ってきたのか?」
「随分と辛辣ね、式」
エレナは苦笑しながら言う。
「ああ……ま、見てもない未来がどうなってようが知ったことじゃないからな」
ありすは一気に紅茶を煽った後、怒ったように捲し立てる。
「……うぅ、だってしょうがないじゃない! 私でも流石に思ったもの、明らかに戦力の差が歴然だったわ!
「ああ、私も大概な劣勢の戦を経験したが、たかが数百の軍勢で星々を迎え撃つなぞ無謀にも程があったな」
シユナはまるで他人事のように淡々と続け、ケバブを頬張って(?)いるが。
そんな二人の様子を見ながら、エレナはゆっくりとコーヒーを一口飲んで言った。
「はは……私一応、事の巻末を彼から聞き齧ったんだけれど、まるで神話の再現ね。 星より大きい剣が地上を叩ききったらしいわよ?」
「なんだそりゃ、何処のSFだ?」
スルトの剣じゃあるまいし。
未来の地球、世紀末過ぎるだろ。
「……でも、何かやるべきことがあるから、こっちにまでやって来たんでしょう?」
アプリコットパイのお伴に、こくこくとミルクティーを飲んでいたアリスは、一息ついてから言った。何だかんだ理解力と洞察力は人一倍優秀。
見た目と言動が子供なだけである。
「おお、そうだった。うむ、ともかく我ら
この場合の世界中に散る、というのは場所というよりは時刻のことを言っている。
そして、何のために終末から逃げたのか、その理由が語られる。
「そしてこれからが二つ目の項だ。私は伝言役として此処にやって来た。
ありす。マスターの伝言、つまりは新しき指令を一つ言い渡そう。
『──『
「……それだけ?」
ありすは顔をしかめる。しかしシユナは平然とそれだけを返す。
「それだけだが?」
「……分かるわけ無いじゃない! 情報量少な過ぎじゃないかしらそれ?」
「その辺りを探るところから始めろ、というぶん投げぶりだったぞ。 はっきり言ってソレが何なのかよく分からん。人、であることは間違いないらしいのだが……」
アルテミット・ワン……何だろう、少しと言わず思うことがあるのだが、それは『私』の記憶ではないようだ。
「っていうかさ、オレたちも一応世界の窮地に立ち向かってる訳なんだけど」
「…………む? そう、なのか? 随分と平和に見えるのだが……」
この退廃した公園を見てそんな事を言う辺り、未来の地球がどうなってるかが想起されるようだ。
「まあ色々あってだな……」
噛み砕いて、未来からの使者に我々の現状を伝えた。
人類史の焼却、それに準ずる七つの聖杯を巡る戦い。
私は所詮、中途参加者だが、関わったからには最後まで付き合う義理がある。
カルデアにいる英霊達とは若干違った立場だからこそ、客観的に情況を語れるものだ。
「──ほう…… 魔術王による人類史の破却、か。 それは由々しき事態だが……」
シユナはようやく食を止め、虚空を見つめているように顔を前に向けた。表情が無いのでさっぱり感情は分からない、機械の如く言葉を発する。
「うむ、それではそうだな。 君たちの向かった先で、我らが同胞に会うかもしれん。事情を話せば、快く力になってくれるだろう」
「なんだ……随分と軽く言ってくれるじゃないか」
本当に世界の終わりを経験したのかと疑う程に、シユナは冷静だった。そのまま淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「人類に敗北は無いさ、希望を持って前を向く者が一人でもいればな」
「ふふふ、『誰かの都合で勝手に地球を滅ぼされてたまるか』……ね?」
「ああ、あのマスターも強靭なる鋼の精神をお持ちだ、一度の瓦解では全くもってへこたれんよ」
アリスは、何となくそんな事を言いそうな誰か、が頭に浮かんだ。曖昧な記憶、いや、英霊の場合は記録か。
「ありす、その人って……」
「ええ、そうね。アリスも会ったことがあるわ……記憶に無くても、魂に想いが刻まれている、でしょう?」
「また、会えるのかしら……?」
「生きていれば、或いは。それは君たち次第だ」
骸骨が言うか、と思ったが、見た目は大した判断材料にならないことも思い出した。
「……シユナ。貴方、それだけ言うためにここまで来たの?」
ありすは、まじまじと表情の無い彼を見た。
「ああ、私など結局は銃を扱うことしか出来ん男だからな。大して歴史の回遊で以て役立つ訳でもない。ならば大人しく主の到着を待つことにしたわけだ」
「それで私が宿り木になったと……はは、マハトマも愉快な運命を寄越してくれたものだわ」
「まあ死神に見いられたものと笑って流せ。何、雑用くらいならば十全にこなせるぞ?」
恐らく笑っているのだろうが、案の定分からない。
「だから骸骨を家の中になんて上げられないって……あ、いや……うーん」
確かに骸骨が街を徘徊してたら騒動に直結することは目に見えて明らかだろうが。
エレナは首をひねって何か、を考えている。
「というか当初の目的ってエレナの家に行くってことじゃなかったか?」
「あ、そう言えばそうだったわ! ね、エレナおねーちゃん、今からお邪魔しても良いかしら?」
「あー……そう、そうね。私からそう言ったのだもの、きちんと約束は果たすべきよね……」
さっきの問答から、エレナは苦しむかのように首をひねる。どうやら、何か招待には良くない事情があるようだ。
すると、立ち上がってメモ帳をとりだし、さらさらと何かを書いて、アリスに渡した。
「これって……?」
「えっとね……今はちょーっといざこざがあって、家にお呼び出来ないのよね……
でも、たぶん次の機会には大丈夫。それ、私が住んでる家の住所と電話番号だから、これからは都合を聞いてからいらっしゃい?」
「わあ! えへへ、ありがとう!」
自身の中で何かが晴れたのか、スッキリした顔でくるりと踵を返す。
「──よし! それじゃあ行くわよシユナ! 早速だけどきっちり用心棒として働いて貰おうじゃない?」
「む。ああ、了解した。護衛は私の専売特許のようなものだ、存分に使い倒せよ」
「善は急げ、悪は延べよって東洋でも言うもの、多少強引にでも事態を収めなくちゃ。じゃあね貴女達! 今度はもうちょっとゆっくり話したいものね!」
と言い残し、神秘をその身に宿した学者と骸骨となっても己を忘れない軍人は嵐のように去っていった。
果たして、骸骨のスナイパーを用いて、どんな事態をどうやって収拾に漕ぎ着けさせるか、甚だ疑問であるが、賑やかだったティータイムは一つ、落ち着きを取り戻した。
「……あー、どうする? オレたちも帰るか?」
「ううん、せっかく来たのだもの……もうちょっと……ふぁあ……あれ?」
アリスは一つ小さなあくびをした。色々あったって程何かあったわけじゃないが、歩き詰めで子供身には疲れたのかもしれない。
「ふふ、それじゃあもう少しだけ此処に居ましょうか。静かで長閑な場所だもの、時を忘れるのも一興だわ」
「えへ……眠いんだから……寝ても、良いよね……」
くてんと、ありすに身体を預ける。
程なく、可愛らしい寝息が聞こえるようになった。
とりあえず、もう暫く付き合うことになりそうだ、燃料を少しばかり補給しよう。
「……そこのスペード、珈琲一杯注いでくれ。 なるべく濃いめに」
近くのトランプ兵に注文をつけると、せかせかと危なっかしい所作でコーヒーを用意してくれる。
若干はらはらしながらそれを眺め、何となく呟いた。
「……知らないところで知らない間に世界って壊れていくものだな」
言葉にした感覚は無かったのだが、どうやら聞こえていたらしい。
「だから、こそ…… 」
「ん? なんだありす?」
互いに、口が緩い。ありすは、何でもないようにはぐらかす。
「……え、いや……あ、コーヒー、出来てるわ」
「……ふーん? ま、いいか」
ありがとさん、と式はコーヒーを受け取った。
一方、ありすは、式の言葉に物思いを耽っていた。
世界は、あまりにも広すぎる。
私は、あまりにも小さすぎる。
個は全を救えない、全はそもそも個を救おうとしない。
そう、だからこそ。
隣の、満足そうな顔で寝息をたてている、自らの半身に等しき想い人。
今は、その身の温もりを感じられるだけで良い。
手の届く範囲しか、
──そう、だ。私は。
もう二度と、あなたを──
『「会う」コマンドにエレナが追加されました』
元ネタはパワポケだ、ランダムイベ二つで電話番号まで回収出来る彼女なんてあんまいないけどね。
ぶっちゃけ、今回の話は世界観説明で終わった感が否めない。まあでも、これで脈絡なくオリ鯖が特異点先に出現するようになりました。
今のところ、世界に散ったのは、カルデアにいるありす達三人とシユナを除いた十七人の英霊+マスター。
多分どこかで出てきます。
あとは……
ああ、そうですね。
アリス→ありす、は純粋な幼い愛ですけど、
ありす→アリス、は結構重めな愛、という扱いです。
もしかしたら主人公らしいのかも知れません。
次回……次回は、ですね。
マシュvs赤須でも書きますかね。大丈夫、峰打ちの練習です!
あ、恒例かどうかは知りませんが、シユナのステータスを一部。
真名:シモ・ハユハ
性別:男性
クラス:ガンナー
マスター:エレナ・ブラヴァツキー
地域:フィンランド
出典:史実
属性:秩序・善
カテゴリ:人
身長・体重:152cm/51kg
パラメータ
筋力 C/耐久 B/敏捷 B
魔力 -/幸運 B++/宝具 A+
保有スキル
:直死の魔眼(虚) A
ミハエル・ロア・バルダムヨォンの魔眼を参照。
:射撃 A+++
:骸被る死神 EX
クラススキル
:単独行動 EX
:認識遮断 A++
:階梯十三位・死神 該当無し
宝具
『白の揺らぎが彼方を殺す』
ヴェラヤ・スミャルチ
ランク EX 種別 対界宝具
レンジ ∞ 最大捕捉 一つ
『銀世界の奇跡』
コッラー・イフォン
ランク A+ 種別 対軍宝具
レンジ ~300 最大捕捉 4000人
結構分かりやすいキャラ。
寡黙ではあるけれども、人間性が無いわけじゃない。
機械みたいだけれども、人間性が無いわけじゃない。
史実でも、わりと外身は冷たそう、けれど心の内は確かに熱が宿っています。
こういうクールキャラ、好きです。
あ、最後に。
エレナの家のいざこざなんですが、簡単に言うと同居人の女性が夜な夜な複数の男性と関係を持っていたことに激怒したせいで、機嫌が良くなかったりしていたわけです。
シユナを連れて何をしたかはご想像にお任せ。
……その同居人は、後に名誉毀損でエレナ相手に訴訟を起こしたりするんですが、それはまた別のお話。