世界の始まるその日まで   作:スノウレッツ

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ネロ祭エキシビションマッチに頭を抱えています、スノウレッツです。
ちょっと更新が遅れたっていうかサボってたっていうか……
とりあえず投稿。
マシュvs赤須とかいったけど、実際はちょっと変わりました。

今回は赤須の修行話。
対戦カードは中国武術vs???
ようやくこの間主人公回りの設定が出来ました。
これで、この赤須九波がどういう人間なのかっていうのを書くことができます。

それでは、暫く?





第20話 [昔とった杵柄というやつ]

 

 

 その空間は、ただ空虚であった。

 カルデアの居住階層から五、六階層下部に存在する、だだっ広い白い箱庭。

 トレーニングルームと銘打たれたその部屋は、主にマシュが指南役からのお題をこなす──要は訓練に使ったり、またサーヴァント同士で腕試しや試合をするのによく使われていた。

 

 本来、人類史の観測が役目であるカルデアに何故このような場所が設計されたかは不明だが、ロマンに言わせればスタッフ達の運動不足を懸念して、空いたスペースがこれにあてられたらしい。

 発案者には是非とも感謝の意を込めたいところだ。シュミレーションイメージでは満足しない者も多いからな。

 

 そして基本的にカルデアの英霊ならば、自由に使用を許可されているフリースペースでもある。が、余りに強力な個体には既にレッドカードが突きつけられている。

 

 例えばカルナ、ラーマコンビ。

 はっきり言って全力の二人がぶつかった場合カルデアごと壊れるはめになる。よって二人はカルデア内で武器の携行は禁止、という御触れが発布された。

 幸いなことに、両者共に聞き分けが良い、話の分かる人間であったのであっさり快諾してくれた。

 代わりにアメリカの大地が削れたり、冬木に新たに谷が出来たりしている。

 

 あとまあ聖剣使いには、宝具の開帳を遠慮して貰っている。同じく崩壊の危機にあるからだ。

 箱庭の天井まで三十メートルほどあるが、その白天の中に一つ、裂けているように修繕の痕がある。

 ──エクスカリバー、カラドボルグ、クラレントは是非とも敵だけに向けて撃って頂きたい。

 

 話がずれた。

 

 ……え? ああ、大丈夫だよリリィ。キミだけは思う存分修練に励んでね? 問題は付き添いの二人だからね? こら、自慢気に笑みを浮かべないオルタ。

 

 ……いい加減本文に入ろう。

 

 今、白い箱庭には何も見えなかった。

 しかし。

 気配も何も、所作音、呼吸の吐息すら素人目には判別出来ないが、確かに打撃戦が繰り広げられているようだ。

 

「──ッ」

 

 撃ち込みの小気味良い音が一つ弾ける。

 片方が、一つ拳撃を受けた。らしい。

 

 よくよく眼を凝らせば、何かが舞っているのが分かるような分からないような。

 

 ──両者共に『圏境』を用いた戦闘とはこう言うものだ。大気に身を融かし、一切の気配を消す。

 

 互いにそれを用いている、故に見えない。

 そして、より武に長けている攻め側は攻撃に移ろうが大してその効力が消えること無く。

 現時点で以て修練中の身である受け側は、『圏境』を保持したまま攻撃に移ることが難しい。

 

 今、受け側がやろうとしていることは、攻め側の放つ一瞬の気を感じ、迫る拳に即時反応するという、ある意味人間離れした所作である。

 だが、そんな付け焼き刃に等しい真似事では、その剛拳の持ち主──李書文には敵うまい。

 

「──ふーッ……なかなか、きっついねぇ……!」

 

 我々には見えないが、赤須はひらりと赤い装束──本来は孫悟空を模しているらしいが、今は只の修行着である──を身体に添わせるようにはためかし。

 互いに『圏境』を解かないままに、赤須は肺に残っていた空気を一旦破棄し、今一度酸素を取り込み直す。

 

『圏境』に魔術は通用しない。

 何時何処から飛んでくるか分からない大砲に、全身の神経を総動員させて構え、あまつさえ飛び交うそれを受け流しているのだ。

 身体も、精神も、今にも擦りきれそうな程に限界稼働させている。

 

呵々(カカ)! 佳く(かわ)すな、良い動きだ。ところで予てより感じておったのだが……」

 

 書文は笑っていた。姿は見えないが、声色は実に愉快そうだ。好敵手にあったと言うよりは、まるで弟子の成長を見守る師匠のような雰囲気。

 ……本気で弟子を殺しにかかる師匠がいるかどうかはこの際放っておく。

 

「マスターよ。お主、以前より武を練っておったな?」

 

 この人間は死なない。それだけは知っていたが、死への恐怖が無く、死にながら修練が出来るという点を除いても、赤須九波という人物は急速に八極拳の教えを吸収していった。

 それについて、書文は疑問を叩きつける。

 

「はは、昔、ちょっとね。でも我流のてきとーな喧嘩術だよ。やっぱりちゃんと教わっておきたくてさ」

「──ふむ、まあ良い。主の命だ、儂とて無下には出来ん」

 

 いや、良くはないだろう。たかが少女の編み出した我流武術が、中国四千年の歴史、その集大成の一つに喩え小指だろうが引っ掛かる訳がない。

 ……明らかにこのマスターは、自らについて何かを隠している。と、そう瞬間に書文は悟ったがそれよりも。

 目の前に存在する、未だ見たことの無い異形の相手に対し、心躍り、しかし落胆を隠せずにいた。

 

「……しかし難儀よ、それでは身隠れ程度にしか使えまい」

 

 赤須の『圏境』、その余りにも使い勝手の悪い──つまり攻撃に移れない、殺気を放てず、本当にただ透明になり、気配を消すだけの劣化品。

 

「いいの、無駄な戦闘は避けたいんだ。だったら目隠しも重要でしょ?」

「ううむ……ま、儂の流儀とは異なるが、それがお主の意向と在らば何も言うまい」

「ありがと。……よし、それじゃあ……」

 

 束の間の談笑を止め、少し弛んだ気配を、再び天地に融かす。

 そして、感情すら消した声が空間を通して書文の耳に伝わる。

 

「────次は、掴むよ」

 

 もう、受けているだけではいられないと。

 攻めに回れないのならば、迫り来るその攻めを止めてやろうと。

 挑戦とも挑発ともとれる、その煽りに対し、書文は愉快そうに気を巡らす。

 

「……ハッ!()れるか!ふふ、良いだろう。

 では、全身全霊の崩撃を貴様に贈ってやる……ッ!」

 

 書文は眼を閉じ、再び呼吸を整える。

 そしてそのまま"気"の流れを読んだ。

 

『圏境』が発動している場合、その姿は視認できない。大気に身を同化させることによる透明化は、恐らく人類が持つことが出来るあらゆる隠密技能の中で最高の効果を持っている。

 如何なる術を用いようが、外からそれを暴くことなぞ出来はしまい。

 勿論、赤須から書文の姿は見ることが出来なかった。しかし、それは赤須にとって大した問題ではない。何故ならば、攻撃の瞬間は知覚出来るからだ。

 何処から撃たれるか、何処を撃たれるか。

 それだけ情報が得られればいい、そういう刹那的な反応の鍛練……と、後からならば幾らでも理由がやってくるが、今はそんなことを考えてなどいられない。

 ただ、一つ。

 迫る拳を止める、それだけに集中しなくてはならない。中途半端な心持ちでは崩撃で身体がバラバラになるだろう。

 

 赤須は動かない。動けない。

 "待ち"とは、その名の通り。待たねば、敗ける。

 出来ることと言えば、息を整えながら受けの体勢をつくることのみ。

 

 対して書文には、赤須の位置を把握できる技能があった。いや、技能というかこの場合はどれだけ鋭敏な感覚を持っているかということか。

 確かに、『圏境』は英霊が持つスキルの中でも最強の部類に入るモノだ。

 余りにも完璧な隠密、それ故に、非常に微細な弱点がある。

 

「──ふむ、そこか」

 

 眼を閉じたまま、書文は呟いた。

 

 余りにも自然に過ぎる。そのことは、逆に不自然であってしまうという違和感を世界に写す。

 静かに、滑らかに気功が流れている地点。

 完全な業、しかしある他方から視ると浮き出る不完全な解れ。

 静寂の中にあからさまな無が在れば、否が応でも神経が気づいてしまう。

 無論、そこまでの感覚に到達した者でなくては、そう思考することすら出来ないだろうが。

 

 二人の間には多少の距離が開いていた。

 凡そ三間程(約6m)か、けして互いの間合いではない。けれど、書文はいたって気にも留めず、八極拳独特の動き──震脚を踏み、発勁を起動する。

 

「……全身全勁、陽気を巡らす。

 ゆくぞ、努々(ゆめゆめ)壊れるな──!」

 

 一つ。二つ。三つ。

 流れるような動作で地を踏む毎に、立ち込める気が空間を圧殺していく。

 書文は『圏境』を解き、一切の無駄など無いままに、全身に勁力を籠めていく。

 

 四つ。五つ。

 身に纏う朱の装束が揺らめき、構えが完成した。

 八極拳、その基本にして至高の拳技。

 与えられた名を沖捶(ちゅうすい)

 腰に構え、体を横に向け、片手によって放たれる単純明快な突き技。

 たかが基本と侮るな。生涯を越えて鍛え上げ、遂に極みへ達したその突きは、今や大砲のそれに匹敵する。

 

「我が八極に二の打ち要らず───」

 

 一際強く踏み込む。

 地を這う衝撃は、無限に思える白き空間を疾走し、あまつさえ反響してくるほどだ。

 

 その脚は瞬くままに一息つかず間合いを詰めた。

 活歩(かつほ)──人の域を超越した、瞬間移動に等しき魔人の歩行。

 見えざる相手を確実に捉え、ただ純粋に、(あぎと)と化した拳を撃ち込む。

 

「───ハァッ!!」

 

 瞬間。

 拳がコンマ数秒、本当にただ一瞬止まった。

 

「──っ……停まれぇ!」

「否! その程度では止まらんッ!!」

 

 赤須は凶器の塊のような書文の拳を掴んだ。

 と同時に、『圏境』が破壊される。

 剛拳は止まらない。全てを殺さんと、眼前の標的に牙を突き立てるまでは。

 細い彼女の右手はまるで、割り箸がひしゃげるように崩れていく。しかし痛みは無い。

 悲しいかな、血管から鮮血を吹き出すことを忘れている程の一瞬。

 痛みを感じる暇すらないのだ。

 

「ぐっ──ならさッ!」

「……!」

 

 赤須はくるりと身体の軸をずらし、受けた力と地からの勁、そして高速の遠心力を変換し、がら空きの半身を目掛け自らの身を打ち出す。

 振り切った右手は肘から朱色の尾を引いて飛び散った。

 

靠撃(こうげき)かっ……だが!」

 

 靠撃、つまり身当て、体当たりのこと。

 有名なものでは鉄山靠があるだろう。

 点ではなく、面による打撃。その衝撃から、内外ともに破壊することすら可能であり、至近距離で有効となる八極拳の大技の一つである。

 

 それに対し、書文はすぐさまに対応した。

 

「な──! 投げ、まであるのか………ッ!!」

「応ッ!八極の間合いに死角なしッ!!

 白馬翻(はくばほんてい)、その身を崩せ!」

 

 しなやかに、かつ一閃、赤須の脚を払い、体幹を揺らす。

 投げ、と一言にいっても背負い投げのように分かりやすいものばかりではない。

 脚を払われるだけで全身が倒れてしまう、とそういう意味での投げ技というものもある。

 如何に体幹が強かろうとも、技を避けられた一瞬を狙われればあっさりと重心が不安定になる。

 

「ッ!」

 

 支えの為に腕を伸ばす。けれど、そもそも右腕は千切れて何処かへ消えている。

 

「───流石に、これで終われるほど諦めは良くないんでねッ!」

 

 消えた腕は再生を始めていた。

 既に骨格は出来上がる寸前、けれど筋肉を整形している暇はない。

 ならば、その骨を支えにしよう。

 何を思ったか、まだ完成していない手骨を床に支えとして突き刺す。

 ギシ、と骨が軋む音がする。

 

 同時に、軽業のようにふわりと(かかと)で蹴り上げた。

 

「ぎ……ッ! でぁっ!」

「ガッ──!?」

 

 下から蹴り上がった踵は的確に書文の顎を撃ち抜いた。三回目の返し(トリプルカウンター)には思わず仰け反る。

 ようやく発生した隙にすかさず、赤須は距離を取るため後ろに跳び去った。

 八極の間合いに死角なし、とはよくいったもので、近接はそのまま死へと繋がる。

 故に間合いが開いていれば、一瞬に過ぎないがこちらに余裕があるということだ。

 

「と──っ……いやホント、一瞬だけだね! 少しは遠慮も覚えてくれないかぁ!?」

 

 赤須が着地、体勢を整え始めたその時にはもう、書文は間合いに踏み込んでいた。

 

「呵呵呵! なあに、 遠慮などしては功夫もまともに積めんだろう!」

「この……! 笑いながらするものでもないよ!」

 

 踏み込みの勢いのままに迫り来る連撃を、体全体を使って力を少しでも受け流す。

 銃弾を寸前で傾斜に当てて反らすイメージ、しかしそれでも確実にダメージは蓄積されていく。

 

「人間、愉しければ笑うものよ!

 我が拳を真っ向から受けて立っておる者など五指に入るほどしか居るまいてぇ!!」

 

 瞬間、身を引いたかと思うと今度は肘が飛んでくる。肘撃もまた、八極拳の基本にして凶なる武器。

 潜るように迫る、人から放たれたとは決して思えないような剛撃を両腕で受ける。

 

「ぐっ──!」

「さぁさぁ!! 何時まで流せるかぁ!」

 

『強化』はもはや腕が千切れることを防ぐことにしか用いることができない。

 全開で魔力を通したのにも関わらず、両腕は綺麗に砕けた。

 形が残っていれば再生も早いという訳でもなく、また書文の技は文字通り()()()()()()()

 組成を一から見直さねば、修復には逆に時間がかかってしまう。

 

「──いい加減に、受け流すだけじゃあ芸が無いね! 少しは小細工入れさせてもらう!」

「ハハハハハ! 良く喋る屍よ!」

「ちょっ……少しはオブラートに包んで、私一応マスターだからさ!?」

「生憎だが死闘に礼節を持ち込める程、義侠に生きている訳ではないのでな! 」

 

「……全く、此れだから戦闘狂は……くっ!」

「そら、息をつく暇なぞ与えんぞ!」

 

 打撃が剛から瞬へと変わる。

 いや、威力は変わっていない。単純に速度が増したのだ。雨の如き痛撃を受ける、躱す、払う。

 啖呵の通り、息も吐かせぬ連撃の中、赤須は。

 

「ふゥ───」

 

 自ら、息を吐き捨てた。酸素を限界まで体外に排出し、ヒトとして動くことを放棄する。

 

 刹那、書文は拳を引いた。

 明らかな奇行に意味を探ったからだ。

 

「────?」

 

 体表から内勁が消えた……?

 そんな、敵前で盾を棄てるなど……!

 

 内勁とは所謂”気”と呼ばれる心的なものだ。

 体内で練った気功を体表に這わせることで、肉体を鋼の如く強化する。

 なんということはない、西洋圏でいう強化魔術に良く似ている現象である。

 

「笑止ッ!」

 

 一瞬、功を溜めることに成功した拳を、再び二の打ち要らずの拳として撃ち込む。

 しかし──それは届かない。

 

 赤須は撃たれた拳を手のひらに受けとった、すると。

 

「……何ッ!? ぐ──ッ!」

 

 不自然なほどに強く弾き返される。

 まるで攻撃を受けたのは自分であるかのような感覚が全身を圧迫し、互いの間合いが大きく開いた。

 

 仕掛人──赤須の口から血が溢れた。

「うぅ……ゴハッ、ぐぎ……はぁ、はぁ……」

 

 白い床に朱色の溜まりが出来るが、広がりはせず端から霧散するように消えていく。

 

 書文は顔をしかめ、努めて淡々と訊ねる。

「……実に面白き手妻(てづま)よ、何をしたマスター」

「はは……なに、力場を取り廻しただけだよ。

 ちょっとブランク有りすぎで分散に失敗してるけどね……ごへぇ……」

 

 現実問題、力の方向が決定されたのならば、それは基本的には一方向のみに働く。

 波と呼ばれるような拡散するものであっても、それは変わらないだろう。もし自由きままに力の向きが変わってしまったら、そもそも人間は大地を踏み締めて歩くことすら出来まい。

 

 しかし、その手のひらに触れた時、明らかに力は不自然に散らばった。

 本来は全てを書文へと返すことが出来る筈だった、が。

 このところ自分の身はサーヴァント達が守ってくれていた、護身術などを使う機会もとんと少なくなり。

 一言に纏めると、技が鈍っていた。

 一つにしきれなかった力は、自分自身のあちらこちらに分散して、外でなく内を潰す。

 

 赤須は口に込み上げた苦いそれを、再び吐き出した。

 口許を拭いながら言葉を続ける。

 

「朝飯前で良かったよ、喰ってたら間違いなく吐く」

「天地返し……いや、陰陽八卦より更に古き……これは……ま、さか」

 

 この妙技、また先ほどの息づかいから、書文は漸く合点がいった。この妙な違和感。拳と拳で撃ち合ったときに感じる、明らかな(もや)に。

 そうだ、自身が対峙しているこの者が積んだのはけして武術などではない。

 これは日本の武道とも、八極、中華の拳とも異なり、ましてや異邦の妙技などでもない。

 何故なら、それは攻めを持たない。

 何かを打倒しようとする意思が、ソレにはない。

 そう、何かを壊す為のモノでなく、只自身が高みへと昇るためのモノ。

 これはもはや全ての『武』の祖であり、数多の姿に形を変えた、遥か古来よりの極式。

 

 ──名を仙道。神仙に至るために編み出された、人を人ならざるモノへと造り変える古の神法である。

 

「──呵呵、そう、か。見えたぞ、お主の師は中々に奇っ怪な教えを授けていたようだな」

「お? へえ……アレか、拳と拳で分かりあうってやつ?」

「武術はその者の人生を現す、然れば拳が言葉を持つなど至極当然のことだろう」

「私にはちょーと遠い話だ。 何せ体の繋がりでしか心を通わせられないからさ……ってやってることは大して変わってないねこれ」

「ふむ、成る程、お主が娘らに執着しているのはそう言うことか。 多少仙術にしては異端なものであるな」

「……言っとくけど、誰にも手ぇ出してないからね?」

 

 そりゃまあ、口づけくらいは結構やってる気がしないでもないけれども。

 夜這いされたり軟禁くらったりしてるけれども。

 一線は越えてない、それも教えの一つ……だった……よう、な………

 ……あれ、思い出せない。

 そもそも私の師匠ってあの人だったっけな……

 

 ちらりと記憶を思い返す。

 私の師匠は、小さかったけど可愛らしい、けれども中身は悪魔のようだった──

 結構おぼろげだが、しっかりと顔は思い出せる。ていうか姉だった。

 なんで忘れてたんだろうか。

 うーんと頭をひねっても、ある程度から先が見えなかった。

 

 ふっ、と書文は軽く笑うと構えを一旦解き、穏やかに私を見る。

 

「なに、他人の嗜好にとやかく言うことなどせんよ。途は違えど、互いに艱難(かんなん)の路をを突き進んできたらしい、ならば敬意を表して向かわねばならんな」

 

 ふと我に返り、互いの間合いを確認する。

 有難い事に回復の暇が出来たようだ。

 いくら死なないと言ってもぐしゃぐしゃの腕は実に気持ちの悪いもの。

 しかし──

 

「なんか地味に勘違いされてる気がしてならないけど……ま、いいか」

「お主の其れは、今は未完成なのだろう?

 けれどもそれはまさに天仙の技、触れることすら許さぬ拒絶の術よ。

 ……然れば返しきれぬほどの烈撃を見舞いするまで!」

 

 ──嵐の前の静けさであった。

 構え……というか初動が急激に変わる。

 今までは腰を横に構え、正中線を隠すと同時に震脚を踏むことを重視したものであったが、今は違う。

 体は正面を向き、脚を前後に、手は虎の如く開いている。

 

「な、確実に殺しに来てる!?」

「呵呵! 殺しても死なぬとは、良き弟子にあるとは思っていたがな! そも異なる門派の徒であるのならば話は別よ! ()してや我ら八極の徒からすれば先祖のようなもの、好敵手としてこれ以上のものは在るまい!」

 

 一際深く踏み込む。

 溢れる気が、書文の周囲に隠しきれない覇気を漂わせる。

 空気ごと塗り替えられるようだ、ある意味で静拳であった流れは、完全に動、荒ぶる気迫へと変わった。

 

「あー……そっか、そういうことか……

 うん、わかった。そっちがその気ならこっちも死なばもろともだ。

 ──天妖の教えを……今、ひと度」

 

 ふぅ、と天を仰ぎ息を吐く。

 長く、長く、そして吸い直すことをせず、代わりに全身の魔術回路を励起させた。

 完全に人の肉体であったなら、そんなことをした瞬間に全身が焼ききれるだろうが、今や赤須は不死の屍に等しきもの。

 

 それに幼少の頃よりやっていたことだ、今さら気絶して生死の縁を彷徨うことにもなるまい。

 

「仙道──極致開門」

 

 目を開く。

 今、私が向き合うべきは。

 

 据わった目で、しかと対向の武人を見つめる。

 目と目が合う、瞬間────

 

「──ッ? これ、は……!」

 

 消えた。二人以外の全てが、だが。

 上下左右、何もかもが存在しない、白いペンキをぶちまけたかのような空間。

 地面すら存在しない、しかし足には確かに何かを踏み締めている感覚がある。

 

「儂の気を呑んだか……!」

「はは、そんな大それたものじゃないよ」

「……ここまでの虚無が大それたものじゃないわけ無かろうが! ここは、いったい……」

 

 自らの心象風景に招きこんだ、とでも言おうか。

 別にホームに招いた訳ではない、互いの技量以外の全てが遮断されているだけ。

 その技量の差を抜きにするなら、この世で最も平等な空間だ、ここは。

 

「いや、本当にそんなものじゃあない。

 ここは……本来は誰かと心を通わせる為のもの。互い以外の全てを排除した、二千年という月日の中で編み出された究極の対話空間だよ」

 

 そう、そして本来はこんな長距離で使うようなものでもない。ほんとの使い方は……

 ……まあ、いいだろう。

 

 書文は、あり得ないという風に驚きを隠せない。

「対話だと……? そんなはずは在るまい、仙道とは孤高にして孤独の修道だ。 そこに自分以外の誰かが入る余地など……」

「ああ、だからさ。 人間ってのは一人じゃ決して生きられない、その不完全を埋めるためにかつて在る者は仙人を目指した。その修行こそ仙道、唯一人、神と同域へ到達せんとする行い。

 ──だけどね、私の先祖はそれが耐えられなかったんだ」

 

 此処にいれば分かる。

 これがどれだけ仙道として異端なものなのか。

 

「独りでは余りにも寂しくて、辛くて。

 結局、愛する者を巻き込んだ」

 

 そんな先祖がいたせいで、いつの間にか自分もこんな体になってたわけだ。

 別に、迷惑してるわけでもないけど。

 

絡繰(からくり)だらけの陰陽一身、それが私の受け継いだ仙術、目指したのは二つで一つの醜い天仙。

 それも今じゃどうしようもない、そもそも片割れになれる人間がいないしね」

「…………そうか。 しかし儂はお主と拳を交わそうとしているのだ、言葉を交わす為にここにいるわけではないぞ」

 

 ごもっともだ。私もこの試合を流す気はない。

 

「まあ本来は、だからね。 ここは外界の一切を遮断した空間、他の何にも気を向けることはない、ただ純粋に全身全霊を以て拳を放てる……

 私が用意できる最高の舞台だ、ここは」

 

 彼は私の言葉を一通り聞き、ふと、尋ねた。

 

「……何故、武を求める?」

 

 それを皮切りに、互いに掛け合う。

 

「……守りたいからかな」

「何をだ?」

「私以外の全てを」

「────ふっ」

「無理かな?」

「ただ一人では出来まい」

「そっか……じゃあせめて隣にいる人だけでも絶対に守ってやりたいんだ」

 

「守る為に殺しをするか」

「昔からこういう性分でさ、此れだけはしょうがない」

「そうか……そうか。ふふ、自然と口が緩むな、殺し合いの最中とは思えん程に穏やかでいられる」

「別に殺し合いしてる訳じゃないよ?」

「それだけ冷たい殺気を放っておいて何をいうか」

「殺気? う、ん……?

 …………ああ、だんだん思い出してきた──」

 

 私は、誰かを守る為に修行をしたんだ。

 大切なものを失いたくなかったから、代わりに他の命を奪うことを覚えた。

 問題は……そうだ、誰だった……?

 

 私は、誰を守りたかったんだろう……?

 

「……技って使わないと忘れるみたい。

  勘を取り戻すのを手伝ってくれる?」

 

 仙術(これ)を練り直せば、思い出せるかな……

 

 私の提案に、書文は再び嬉々と低く笑った。

「──呵呵! つまり果たし合いであろう!

 拳は拳を以ち、脚は脚を以ち、武は武を以て更なる境地へと昇華するものだ!

 構えろ主、全開の我が奥義を以て、貴様の奥義を開放させてやろうッ!」

 

「あはは……なんだかなぁ……いいな、いいや。

 懐かしいやこの感じ」

 

 訳がわからない。

 でも、確かに記憶の探索(サルページ)は進んでいる。

 だったら……ちょっと付き合ってもらおう。

 

 だらりと、前傾に構える。

 右手を相手から隠すように、体の影へと持っていく。

 そう、こんな感じだ。

 ここからどう動けば良いか、体が勝手に教えてくれる。

 

 視線の先、書文は震脚を踏む。

 言いようもない獣の恐怖が私にまで届いた。

 

「六大八招が一を数える……!

 見よ、これが我が絶招なりや──

 ()くぞ! 猛虎硬爬山!!」

 

 絶招、八極最大の奥義が迫り来る。

 けして受けてはいけない、受けたが最後、五体満足ではいられない。

 凶拳李と恐れられた、八極拳士李書文、至極の奥義である。

 

 ならば。

 体が、微かな記憶から最適解を拾ってきた。

 

(あけび)流仙術漆式……天地掌廻、死にて禍つはかくの()つ──」

 

 内丹を練る。全身に力は入れない。

 発勁は直撃の瞬間だけでいい。

 

「導出四凶──檮杌(とうごつ)!」

 

 この修練──いや、もはや途中から普通に闘っている二人だが、始めの立ち会いからは何ら変わらない。

 書文はひたすらに連撃を繰り出し続け、

 赤須はそれをひたすら捌き続ける。

 そして一先ずそれも此れこの撃ち合いにて終結。

 

 二人の間合いが瞬間的に削れていき、虚無の空間が歪み崩れる。

 そして────

 

 

 

「やっほー九波ちゃんここにいるかーい!?」

 

「何!?」

「へ? ────あてぁっ!」

 

 びたーん!とおもいっきりずっこけた。

 意図しなかった来客は、虚無を楽々乗り越えてあっけらかんとやって来る。

 

「……………」

「……………」

 

 ようやくクライマックス、というところにやって来たとんでもない横槍に、二人は呆然とする。

 赤須はもはや起き上がろうともしなかった。

 

「あ、あれー? お邪魔だったかなー?」

 

 声だけで分かる。

 茶目っ気たっぷりなその声の持ち主は。

 

「ダヴィンチちゃん……タイミング、計ろう?」

「おい、マスター。外界全てを遮断した空間なのではなかったのか」

「万全ならいざ知らず……私どれだけ書文の打撃くらったと思ってるの……簡単に瓦解するわあんなもん!」

 

 私はうつ伏せのままに叫ぶ。

 しょうがないでしょ精神力の消費おかしいんだから。あんな広範囲展開なんて想定してないんです!

 

「あのー……九波ちゃーん……?

 こっち向いてー?」

「ちょっと今は起きあがる気になれないです」

 

 気が抜けたら一気に軋みがきた。

 今日は一日中寝ていよう……

 

「うわーん! 折角頑張って徹夜したのにー!」

 

 しかし、書文は気づいた。気づいてしまった。

 

「……む? おい、工房の主よ。それはなんだ?」

「……! そう、そう! よくぞ聞いてくれた!

 マスター! 漸く出来たんだ!」

 

「えー……何がー?」

「ふっふっふ……! 見よ、これが天才の芸術品というものさ! というか見て、お願い!」

 

 しゃらん、と背後で音がした。

 

「うに~……ん?」

 

 ぐるんと気だるげに身を返す。

 視界に入ったのは、ぎらりと眩しい白銀の。

 

「──日本刀?」

 

 ニコニコと笑うダヴィンチちゃんの手に、それは握られていた。

 そう、まさに芸術品と銘打つに相応しき代物。

 

 そこには白金の刃輝く、(まった)き刀があった──

 

 

 

 





固有結界を息するように破ってくるダヴィンチちゃんおかしい。
とまあ、久しぶりに続き物です。
モン○ン的な作製をした刀登場。
まあそこら辺は次話で詳しく。

そして仙道vs八極拳、知識はネットからしか拾ってきてません。
たぶん詳しい人がみたらおかしい描写だらけかもしれませんが、ちょっと目をつむっていただければ……

そして赤須の仙道、妛流仙術というオリジナルの何か。
ちなみに最後の技を切らずに書くと、
妛流仙術漆式天地掌廻導出四凶檮杌というアホみたいな表記になります。元ネタが中国になると漢字オンパレードで結構厨二心はくすぐられるものがありますよ!

ちなみに歴史考証的に言うなら、日本にやって来た徐福一行の中から発生した~~とかそういう設定です。

あ、あと「妛」←これ幽霊文字です。
実際は無い漢字ですのであしからず。

伏線回収しつつ、ばら蒔き直すという回でした。
それでは次話「仙道vs騎士道」
お楽しみに?

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