世界の始まるその日まで   作:スノウレッツ

25 / 26

Vanishing desire→消えてゆく願い


第22話 [Vanishing desire]

 

 

 その日、突然の終わりがやって来た。

 

 いったい何が起こったのか、その時は理解出来なかった。

 ただごとではない何かが起きて、それに自分が巻き込まれた、ということは何となく判ったが、それ以上頭は回らなかった。

 

 ───ふと。

 

 目の前に、誰かが見えて。

 

 その時、あなたを見た途端、私の中から声がしたのだ。

 若い男の声だ。

 酷く、達観してしまったような、声。

 

 

『今すぐにアレを斃さなくてはならない。

 その為に、私は貴女に託す』

 

 

 ───何を言っているのか、私には判らなかった。頭が理解することを放棄していた。

 

 

『どうした、剣を取ってくれ。

 貴女がその剣を振るわぬと言うのならば、私がそれをやらねばならない。

 大丈夫だ、案ずることはない。世界の全てが貴女の味方なのだから』

 

 

 ───そう、簡潔に。

 

 ───世界はそんな簡単なことで崩れ去る。

 

 

『アレを葬らなければ、世界は救われない。

 邪悪の塊たる、あの怪物を世界から断絶せねばならない』

 

 男は淡々と続けた。

 しかし、私にとってはどうでもよかった。

 どうでも、よかったのだ。

 

 私は、そこで意識を手放した。

 けれど、何時まで経っても私は私のままで、何処にもいくことが無かった。

 苦しかった。

 憤っていた。

 諦めていた。

 

 でも。

 

 ──気づけば、私の手は貴女に握られていた。

 

 そして、告げたのだ。

 女の声だ。既に、耳はその機能を為していない筈だったが、その声だけは、確かに聞き取れた。

 最初に響いた言葉は、あまりにも。

 

「ありがとう、これで世界は救われる───」

 

 安堵に、満ちていて────

 

 

 //

 

 

 黒い人形は訊ねる。

 

『気分はどうだい?』

 

 優しい声、何時ものような。

 私の身を案じる、貴女の、ような。

 

「────」

 

 その姿は消えてしまった。

 貴女は消えてしまった。

 けれど──

 

『ふむ? ああ、喋ることを封じられたか。

 私としても有難い、実に……実に残酷な配慮だ』

 

 兜の隙間から、見える貴女は……

 とても、哀しそうで。

 

「────」

 

 声が出ない。

 叫びたい、叫びたいのに。

 

『──では、始めよう』

 

 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 叫びたい、のに。

 

「────!」

 

 動いてしまう。

 この手に握られた剣は、あの人を消し去らんと。

 背中を押される、世界全ての意識を以て。

 只一つの、命を刈り取れと。

 

 両者、共に神域の絶技を持つもの。

 純白の騎士は紛れもなく、世界で最も偉大な騎士という名に相応しい。

 然し、相対する黒い人形もまた、とある戦場にて、全ての武器において最も優秀であると謳われた。

 

 その五兵(ごひょう)も今は無い。

 

 詠唱を始める。

 その身に封じ込めた、悪を開放せんと。

 

『段階を踏んでいる余裕はないな……

 竜生九子(りゅうせいきゅうし)不成竜(りゅうならず)。東方より武神が来たる。

 喰らえ──出でろ、饕餮(とうてつ)。 右腕を贄と為せ』

 

 詠唱を終えると、人形の右腕らしきものが潰れた。

 ぼたぼたと、断面から滴る黒い泥から獣が出現する。

 それは竜頭を持った羊。頭にはねじまがった角が有り。口には虎の牙が見隠れす。

 

『続いて、北方に災禍在り。

 広莫(こうばく)より風纏え──舞い降りろ、窮奇(きゅうき)

 我が左脚に成り代われ』

 

 左脚が弾け飛ぶ。

 一迅の風が吹き、それが脚を成した。

 

『仕上げだ。天仰げ、南方の凶人。

 七孔非(しちこうあら)ず、只嗤え。六翼は既に無用である。

 私の眼に写り、顕せ──渾沌(こんとん)よ』

 

 頭部、左半分が吹き飛んだ。

 そこから、六つの翼が生える。

 右半分には、三つの目玉が開く。

 形容し難き異形、およそヒトの範疇にはあり得無い。

 それはかつて、神代に存在したという悪神。

 

「な……なんという、邪気……! アレは、まさか……神獣、なのか……」

「四凶……! マズイなんてものじゃない、魔神柱なんて比較にならないぞ! 写し身なんかじゃない、本物の神獣だ!」

 

 空間を占める圧力に、外部は動けない。

 中世、近代の英霊には、堪えること自体が苦行と化している。

 目の前の悪魔は、存在すること自体が許されない。

 そして、それを認識することすら、神代より先の英霊には許されない。

 

「────!」

 

 刹那、白騎士は駆ける。

 走り抜ける跡には白き光が残り、影すら現れない。

 光輝く十字の剣が、黒の化身に斬りかかる。

 

 ───しかし、それは獣によって阻まれた。

 

 捻れた角が、聖剣を塞き止める。

 その獣は、とある竜の子だった。けれども。

 

 竜生九子、不成竜。

 

 聖獣として生まれながらも、最後まで竜とは成れず、悪神として暴食の限りを尽くす。

 故に、正義の名の下に征伐されることになる。

 

「く──ぁ……!」

『……! 抗うな、その意識に! 案ずるな、君は正しい善を為している!』

「そんな……わけ……! く──ッ!」

 

 饕餮は角を振り上げ、剣を払った。

 それだけで、白騎士は弾き飛ばされる。

 

「あ、あ……!! ────!」

 

 一層強く、蒼の光が兜から漏れだす。

 

「────!!」

 

 鎧が揺れた、次に気づけば。

 竜頭が落ちる。

 

 彼方の白騎士は、既に世界を置き去った。

 残像が消え失せるより疾く、饕餮は斬り伏せられる。

 連撃を繰り出す。十字の聖剣は一層の光を解き放つ。

 

『そうだ………! それで、いい!』

 

 空を舞い、風纏う左脚がその剣筋に合わさった。

 弾く、聖剣は風を捉えられない。

 

『還れ饕餮! 我が剣を成せ!』

 

 再び右手が形成される──その隙を見逃す訳もなく。

 騎士は盾を突き出す、これも神速に達した。

 残像が幾重にも発生し、只の一撃が数千の連撃を持つ。

 

『くッ!』

 

 身体を捻り、人体では不可能な動きだが、不定形のソレにはなんら問題なし。

 再び颶風(ぐふう)を重奏の連鎖にぶつける。

 

 風は消え失せた。

 たった二度目で、騎士は捉えられぬ筈のモノを破壊したのだ。

 

『ふッ……たぁッ!』

 

 左脚を代償に、右腕を回収する。

 搦め手は通用しない、故に単純な──

 

「────!」

 

 拳を、捩じ込む。

 白騎士は吹き飛ぶ、けれど。

 

 残像が、残った。

 本体は確かに彼方へ行った筈だ。

 しかし、抑止力の援護を限界まで受けるそれには物理法則なぞ通用しない。

 

 残像は霞み消える────こと無し。

 

 そこから、攻撃が再開する。

 

『……!? そんな……凄い! そこまでか!!』

 

 残像が実体となり、剣を振り上げた。

 

「────ヒカリ、ノ……ホン、リュウ……ヲ」

 

 粒子が漂う。

 輝く光が剣を包み、天へ柱を造り上げる。

 

 ───これは。

 

 ■■は、本能的に身を退いてしまった。

 右腕が盾のように変化する。

 まるで、主を助ける守護者のように。

 

 また、危機を感じたのは■■だけでは無かった。

 

「くそ、動けない! 足が地面に張り付いているようだ!」

『ははは、すまない。 自らの地位を誇示するのはあまり好きじゃないけれど、これも皇帝特権の呪縛と諦めてくれ』

 

 部外者を巻き込んでしまったことに謝罪する。

 あまりにもねじれ曲がってしまった運命だ、けれど、私以外を道連れになぞさせない。

 

「皇帝特権だって……!? そんな、君は英霊なのか!?」

『英霊……か。 私は───』

 

 ダヴィンチの問いに答えようとした、が。

 やはり、そんな時間は無いようだ。

 

「────受ケ、よ、此の、輝キ……!」

 

 もう、その英霊は表層近くにまでやって来ている。

 深い眠りにつく筈であったものを、ここまで醒まさせたのは私であり、世界。

 この世凡ての悪である私と、この世凡ての善を為した貴方は。

 けして、相容れず───

 

「───〈騎士よ、至極なる剣であれ(ダーム・デュ・エピル)〉!!」

 

 それは、星の聖剣(エクスカリバー)とも、選定の王剣(カリバーン)とも異なり。

 ましてや太陽の剣(ガラティーン)湖の剣(アロンダイト)とも異なる、剣の貴婦人が授けた、もう一つの聖剣。

 真なる騎士のみが持つことを許された、清浄であれという呪いを受ける剣。

 

 あらゆる不浄、穢れ、畏れ。

 それら全ての悪を、断つ。

 

『ッッ……!!!』

 

 光は、空間ごと飲み込んでいく。

 不浄に冒された、■■がいる世界そのものを裂くように、箱庭が崩れていく。

 

 しかし、受けきった。

 右腕を代償に、更なる光を求めんと。

 

『饕餮……良い、働きだった。

 一足先に、(いとま)につけ──』

 

 光の柱は、天井を破り、外へとカルデアを繋げてしまう。

 無間の如き、存在しない空間が侵食を始める。

 無が、有を食い潰す。

 

「ああ!? 空間が……! 虚無に落ちる!」

「工房の! 手を取れッ! 引き摺り込まれるぞ!」

 

 黒き風穴は光すら飲む、けれど、そんなことをさせはしない。

 

『陣地作成、空白の時空よ──閉じろ』

「……! 塞がった、だと?」

 

 空間のひびを無理やり閉じさせた。

 

『大丈夫、此処を壊させはしない。

 希望を潰やすことは──させない』

 

 やっぱり……空間整形は、神座(かんざ)へ到達していなければ自滅行為だ……

 今の私じゃあ、二度目は無い。

 これ程の光……ああ、よくぞ行き着いた。

 マシュ……君には、いつも苦労をかける──

 

「──あ、ぁ……セン、パイ……」

『っ…… 全く、君は……』

 

 まだ、その意識に抗っているのか。

 強い子だ。ああ、だからこそ、その英霊に選ばれたのか。

 ……全く、世界は何時までも変わらない。

 君ならば、変えてくれる筈だ……それだけの力があれば、君はきっと全てを越える。

 

「だ、めです……こんな……こん、な………」

『違うんだ…… 君は、私を想ってはいけない。

 ────勧善であれ! 邪悪たる私を討て!』

 

 それが、私の導きだ。

 不完全なままの覚醒では変わらない。

 勧善を以て世界を味方につけろ。

 その為の私だ、世界を敵に回した愚か者が必要なんだ。

 

「どうして……いや……嫌!」

 

 本当は、君を救いたかった。

 その残酷な運命から、君を救ってあげたかった。

 でも。

 

『君は、全てを救う聖なる光と成ればいい!

 けして、けして一人なんかじゃあない!

 世界の全てが、君の味方なんだから!』

 

「だったら……どうして……!」

 

「どうしてそこに貴女は居ないのッ?

 どうして……私は貴女を救えない!?

 何故、この身は……貴女を、殺そうと……」

 

 君の慟哭を聞くたびに、私の心は酷く軋み、悲鳴を挙げてしまおうと暴れる。

 でも、堪えなければならない。

 悲恋で流す涙など、とうの昔に枯れ果ててしまったから。

 

『……いいんだ。だって私には救われる価値が無いんだから。それに此れは、私が望み、進んだ運命だ』

「───良くないです! だって……だって!」

 

 心が、壊れてしまいそうになる。

 君の叫びは、あまりにも正しくて。

 私の行いは、これ以上無いほどに残酷なものだった。

 

「──私は、そんなことを望んでないッ!!」

 

 ──そう、君はこんなことを望んでいない。

 けれど、私は望んだのだ。

 私が抑止力に消去される前に、君を未来へと後押ししなければいけないんだ。

 もう、時間が、無いんだ。

 

『……君にだけは、理解されずとも──』

 

 良い。

 君にならば、君の心にならば。

 私は、私の命を捧げよう───

 

『───今一度、終の悪神を召還しよう。

 我が心は傲狠(ごうへん)、故に信念を曲げること無く!

 我が行いは難訓(なんくん)、故に万人に否定され!

 そして我が身、我が魂、ゆうに三千の刻を数えた!

 そう、我が全ては!

 久遠の果てより、正義に捧ぐと決めている──!』

 

 堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ。

 

 それは自分自身に言い聞かせた、呪言の詠唱。

 私という馬鹿者を産み出してくれた母上への感謝と、私を愛してくれたあの姉妹への懺悔と、私を信頼してくれた唯一の友人への手向け。

 それと、忘れちゃいけない───

 

『───来たれ!

 汝、永劫の闘いに身を投じる者!

 汝、不屈を以て善を産み出すもの!

 汝、世界を護らんが為!』

 

 

 ───アンタ、なんで俺なんかに構うんだ?

 ───だって君、強いんでしょう?

 ───何処の嬢ちゃんか知らねぇが、失せな。

 此処はアンタみたいなのが来る場所じゃねえよ。

 ───君を登用したいんだ。宮に来ないかい?

 ───ハァ!? てめぇ馬鹿じゃねぇのか!?

 ───アハハ、馬鹿じゃなかったらそんなこと言わないよ。

 ───てめぇ……何もんだ?

 ───私? 私は───

 

 

『───善に仇なす悪となれ!』

 

 

 ───アンタよ……いいのか、天辺放ってこんな所までやって来て?

 ───だって君に会いたかったんだよ。

 ───はあ…… 何となくだが、てめぇがあんな所にいる訳が判ったような気がするぜ……

 ───一年に一回しか会いに来れないんだから……死なないでね?

 ───はっ、俺を誰だと思ってる? 〈傲狠〉にして〈難訓〉だぜ? アンタを殺すまでは死ねねぇな!

 ───アハハ、それは頼もしいね。ああ、きっと、君は死ねない。

 ───言ってろ! いいか、アンタも勝手に死ぬなよな!

 

 

『我が名の下、導きに馳せ参じるは──』

 

 

 ──ごめんね……こんな所までついてきてもらっちゃってさ。

 ──構いやしねぇよ。この命、三千年前からずっとアンタのもんだからな。此処までくりゃ、行き着くとこまで行こうぜ、主。

 

 

『──檮杌(とうごつ)!!』

 

 自身の身体に残った、最後の欠片を解放する。

 人形の姿が変貌していく、ここに来て初めて、ヒトの形を為す。

 崩れていた肢体は虎のそれに補完され、頭部からは精悍な二対の角が生える。

 その獣神はかつて四神白虎の如く白毛を蓄えていたが、今はそれも漆黒に墜ちた。

 

「──! い、嫌! 嫌! 動かないで!」

 

 そして、その悪神の顕現により、聖光の白騎士は再び力を開放する。

 右手は盾を投げ捨て、新たな宝具を精製していく。

 

「あ、ああ───」

 

 それは黒い魔剣。

 かの騎士の揺るがぬ信念を表す、粛正の剣。

 

 白い兜から、強く、蒼の光が輝いた。

 

 世界の意志を背に受けて、双剣の白騎士は地を踏み蹴る。

 その身は人を通りすぎ、瞬く間に天へと辿り着く。

 

『───』

 

 ■■は、目を瞑り、軽く笑みを浮かべた。

 それは目の前にいなければ判らないほど小さな笑みだったが、マシュには判ってしまった。

 その小さな笑みには、安堵と諦め、悲哀と、怖れ。

 

 もう、止まれない。

 

 獣は、左腕を盾のように構える。

 白き聖剣は、いとも容易く、それを斬り伏せた。がら空きになった懐を、今度は右の手のひらを向けるようにして守る。

 

「──! いやあぁぁあああ!!」

 

 絶叫と共に、黒い魔剣を突き立てる。

 揺らいだ心に、白き鎧、二振りの剣に亀裂が走る。

 

 剣は、手を貫き、胴を抉り抜く。

 正義の名の下に悪が討たれたのだ。

 

『が……ハッ……見事、届いた』

 

 正義の呪縛を受けた鎧は砕ける。

 身を貫いた剣も消え、支えを無くした身体が力無くだらりとマシュに寄りかかる。

 

「あ、ああ………センパイッ!!」

 

『……泣かない、で……? 可愛い顔が、見えなくなっちゃう……から、さ』

 

 辛うじて残った右手、泣きじゃくる彼女の頭を撫でてやる。

 (したた)る血が彼女の頬を伝ったのを見て、少しばかり罪悪感が(よぎ)った。

 

「セン、パイ……? どうして、身体が、薄れていって……」

『そりゃあ……身を貫かれたら……死んじゃうかなぁ……』

 

 既に、私の身体は崩壊を始めていた。

 当たり前だ、そうでなくては、この戦いの全てが無駄になる。

 

「何で……どうして……っ! センパイは、不死身だったんじゃあ……!」

『はは……世界から奪った力だ……

 人に対しては絶対でも、世界を相手にする場合は機能するものじゃない……』

 

 あの襲撃者に殺害されたとき、奴の体の一部を埋め込まれたのが幸いした。

 かなり時間がかかってしまったが、権能を改竄して、私の身体に適応することが出来た。

 お陰で、私が表層に出ることになってしまったが。

 そして、私が表層に出るということは、抑止力の発現がより大きくなるということ。

 あれ以上私が世界に居ては、カルデア全体に対して抑止力の修正が入ってしまう。

 

 ───仕方なかった。

 

『そう、か。 ようやく、か。

 騙していてゴメン。私さ、幽霊なんだ。

 役割があってね。 それを果たしたから、消えなくちゃならない』

「───! いやッ、いやぁ!! どうして!? 判りません! 貴女は……! どう、してッ……」

 

 ───仕方、なかったんだ。

 

『元々……私は居なかったんだよ。 あの日、惨状に巻き込まれ、生き残ったのは君一人だった。

 君を助けようと……とある青年は……君に、手を差し伸べていたが……』

「それ、は……」

『でも……ダメだった。青年は、瓦礫に押し潰された……』

 

 もう、私は。

 君を見捨てることなんて、出来なかった。

 

『それでも、君は生きていた……だから、君だけでも助けようと、したんだ……』

「──っ……もう、もう、いいです……! どうすればいいですか!? センパイを、助けるには……っ!」

 

 視線を合わせられる。

 彼女は、諦めてなどいなかった。

 まだ、私が世界に繋ぎ止められるだろうと。

 その目には、未だ確かな光があった。

 ああ、それこそ不撓不屈の精神だ。

 世界を救う正義に相応しい、高潔で、輝ける意志。

 

 それに比べて、なんて体たらくだよ、私。

 自分から、手を差し伸べておいて……

 自分勝手に、それを絶った。

 

『ふふ……でもね……私は、君も、助けられなかったんだよ』

「え──」

『……君が前へと進むのに、私は何時までも邪魔になる。 全て、忘れてくれ』

 

 その上、自分のことを無かったようにさせようとしている。

 最低、だな……

 何が、君子だ……私は、こんなにも、エゴに侵されているじゃあないか……

 

「──!! や、やだ…… 嫌ッ……!」

 

 一際、強く、抱き締められる。

 もう、私に出来ることなんて、君の頭を優しく撫でてやるくらいしか出来ないや。

 

 ああ─────

 

『ただ一つ……心残りが有るならば……

 君を……救う事が、出来、な───』

 

 言葉は、最後まで紡がれることなく。

 まるで英霊のように、其れは光となって霧散した。

 両腕に抱き締めていた、暖かな感触が消え失せ、両のそれは空を掴んだ。

 

「あ、ああ…………あ、あああああああああ!!」

 

 彼女は慟哭する。

 喉が、壊れてしまいそうになる。

 涙が枯れてしまいそうになる。

 心が、裂けてしまいそうになる。

 

 

 

 彼女は恐怖する。

 あれほどに大切な者を目の前で失っておきながら、心が死んでしまわないことに。

 

 彼女が絶望に身を落として仕舞いそうになると、何者かわからぬが、揺らぐ心を固定してしまう。

 

 それが正義という呪縛であることに、彼女は気づくことなく、あまりの狂気に精神がシャットダウンを始める。

 

 

 

 ───! ────!!

 

 

 

 誰かが、私を呼んでいる。けれど、もう心が動かない。

 薄れ行く意識の端に、只一つ思い出す。

 

 あの日、あの地獄にあって、貴女は。

 

 貴女は、ひどく安堵した声で。

 涙を、流しているように。

 私には、見えたのだ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 //

 

 

 

 

 

 

「────これで、良かったのかな……」

 

 

 

 

 

 

 //

 

 

「良かったんじゃねえか?」

「世界は、在るべき姿に戻った」

「正義の光を残したままに」

「なのに、どうして貴女はそんなに悲しい顔をしているの?」

 

 

 //

 

 

「それは………」

 

 

 //

 

 

「ま、ようやく死ねたんだからよ。少し休もうや」

「少し生きすぎましたかね」

「大丈夫だよ。それくらいの暇は、天帝もきっと許してくれるさ」

「じゃあ、何処か旅行に行こうよ!」

 

 

 

 //

 

 

 

「───いや。その前に、謝りに行こう」

 

 

 

 //

 

 

「誰にだ?」

 

 

 //

 

「あっちで待ってる二人にさ」

 

 //

 

「ぜってぇ怒られるぞ?」

 

 //

 

 

「でも、行かなくちゃ」

 

 

 //

 

「絶交されるかもよ?」

 

 //

 

「……それは、嫌だな……」

 

 //

 

「今さっきオマエがそれをやったんだけどな」

 

 //

 

「拒絶って苦しいな…… 泣きそうになる」

 

 //

 

「泣いてるじゃんかよ」

 

 //

 

「……ああ、そうか」

 

 //

 

 

「これが、未練か─────」

 

 

 //

 

「オマエは、何時まで経っても馬鹿野郎のまんまだな」

 

 //

 

「うるさい。 ……じゃあ、行こうか」

「了解」

「はー、あいつらに会うのやだなー」

「もしかしたら忘れられているかも知れません」

「そんなわけないでしょ、いくらなんでも……」

「世の中に絶対はねえと思い知ったばかりだろうが」

「…………あぅ」

「別にいいだろ、また後で会いに行けばいい。

 そんとき忘れられてたらてめぇは其れまでの存在だったんだよ」

「そっか……さよなら、カルデア。

 ああ、出来ることなら──」

 

 

 //

 

 

 ────次は、平和な世界で逢いたいな……

 

 

 //

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────。

 

 ─────?

 

 誰かが、呼んでいる。

 

「───様」

 

 私の名前を、呼んでいた。

 

「旦那様、朝です。 起きてくださいまし」

「ん──っ……ふわぁ……? ……!?」

 

 その娘は私に跨がって、今にもくっついてしまいそうなほど、密着していた。

 

「わーーっ!? 起きます! 起きますからどいて下さい清姫さーんっ! 」

「やっ……つれない方。 御召し物お手伝い致しましょう?」

「いいですー! いいですから廊下で待ってて下さぁい!」

 

 そう、勢いよく両手で遮った。

 すると、むにゅ、と。

 

「ひゃんっ」

「へ?」

 

 柔らかな感触が、手のひらを伝って脳へと届く。

 

「ぁ……起き抜けから、積極的なますたぁ……」

 

 慌てて手を引いた。

 けれど、今のであちらのスイッチが入ってしまった。

 

「わっ! ごめんな、さ──きゃっ」

「それほどに求めておられるのならば、私は何時でも……今直ぐにでも……」

 

 覆い被される。手を背に回され、深く、密着するように。

 

「あ───」

 

 その時。

 何か、妙な感覚が背骨を走った。

 

「…………旦那様? 泣いて、おられるのですか?」

 

 泣いていたのだ。

 悲しいわけではない。悲しいことなど起こっていない筈だ。

 

「す、すいません…… あれ、なんで……?」

「何か、悪い夢でも?」

 

 そうだ、悲しい夢を見ていたかもしれない。

 頭が悲しんでいるわけじゃない、心が軋んで泣いているのだ。

 

「───ごめん、なさい…… もう少し、このまま……」

 

 涙は、暫く止まってくれない。

 誰かを抱き締めて、抱き締められて。

 私は……なんて、愚かなんだろう。

 

「ぅ────ぁ────」

 

 夢か。

 あれは夢だったか。

 

 

 ───私の名前は■■って言うんだけどさ。

 

 

 否。

 夢なんかじゃない。

 

 

 ───教えて、貴女の名前は?

 

 

 私を救ってくれた、貴女の声も。

 私に差し伸べられた、貴女の手も。

 私を抱き締めていた、貴女の体も。

 私を突き放した、貴女の心も。

 

 

 ああ──私の、名前は───

 

 

 絶対に、否定させない。

 これが胡蝶の夢路であったととしてもだ。

 

 

 私は、マシュ・キリエライト。

 この地獄のような世界にあって、世界の命運を握った一人。

 私の心に刻まれた、名前も知らぬアナタを救う為。

 

 私は──貴女の為だけに、世界を駆ける。

 そう、私は、決めたのだ。

 あれは(たち)の悪い夢なんかじゃない。

 もし、世界の誰もが、貴女を棄てたとしても。

 

 今度こそ、私は──

 

 

 

 ────貴女を、救ってみせる。

 

 

 //

 

 

「───一体、何が起きてるんだ……?」

 

 管制室、メインモニターに写し出されたそれは、ロマニ・アーキマンにとっては難儀なものだった。

 

「歪みは、未だ残ったまま……っていうか、多分これは、此方の問題だと思うな、ロマニ」

 

 そう、冷静に言ってのけるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

「何か知っているのかい?」

「…………」

 

 彼女は沈黙する。

 しかし、少し考えた後、口を開いた。

 

「いや、これはどうでもいい。問題は目の前にしか存在しないからね」

「……? いや、まあ確かにその通りだ。

 こんな急に、特異点クラスの反応が四つも増えるなんて……」

「第六、第七特異点への接続はどうなってる?」

「駄目だ、それどころか、第二特異点にすら接続出来ない! あそこはもう安定していた筈なのに……」

 

 第六特異点へのレイシフト計画を寸前にしてこの異常の連鎖だ。

 あまりにも不自然だが、起きてしまったことはしょうがない、ひとつひとつ解決するしか、彼らには手段がない。

 

「新たな反応は全部で七つか…… でも、そのうち二つはあまりにも微弱な反応だ。それは後回しで良いんじゃない?」

「そんな簡単には優先順位を付けられない、けど……今は、そうだな。やはり、第六特異点への接続を優先しなきゃならない」

「此処に来て、爆弾処理をやらされるはめになるなんてね」

 

 はは、と乾いた笑いを溢すダヴィンチ。

 けれど、ロマンは堅い顔を崩さない。

 

「……参った、笑い事じゃない。

 今、ローマには小次郎君がいる」

「何だって? コロッセオか?」

「カルデアの食料供給線を断たれるのは非常にまずい、何とかして彼を引き上げなくては……」

「やれやれ、今日は一日中モニターから離れられないな」

 

 そう言って、彼女はロマンの隣に腰を落ち着ける。

 

「手伝ってくれるのかい?」

「いや、君の話し相手にでもなっててあげようかなって」

「……はは。どんな気の回し方なんだか……」

「さて、と。ミスターサムライはどうなってるかな……?」

 

 

 

 //

 

 

 その時。

 闘技場では、二人の武人が立ち会っていた。

 

 観客は満員御礼、闘技場に突如として現れた超新星と、彼方より伝説を刻んだ風雅の剣士が試合をするというのだ。

 これを見守らずして如何とす、ローマはかつてないほどの盛況を見せ。

 

 大歓声の中心、隆々たる大男、高らかに声を挙げる。

 

「───如何にもッ、よいよい、オレの名を謳え無辜の民たちよ!

 そう、我が名はヒコノイサセリ!」

 

 愉快そうに、男は名乗る。

 その男、実にロッカーなオールバック。

 知り合いがいつの間にか染まっていた、明らかにゴールデンな影響を受けに受け。

 

「──いや! 今、ここで名乗るのならば!

 我は四道将軍、吉備津彦尊桃太郎(キビツヒコノミコトモモタロウ)!」

 

 しかしまあ、中身は簡単には変わらずに。

 

「立てぃ、同郷の建部(たけるべ)よッ!! 題目は未だ終わらぬッ」

 

 自身に与えられた役を、今は外れて余興に勤しむ。

 

「否───何もかも、已然として始まってすらおらんぞォッ!!」

 

 そう、何もかも。

 始まりに、辿り着いてすらいない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 

「おうとも。飛燕斬りの戯れ……此なる妙技、とくとご覧あれ────」

 

 サムライ、ゆらりと立ち上がり───

 

 

 その者、名を佐々木某、雅な眼光爛々(らんらん)と。

 

 

 今再び、羅馬(ろうま)の歴史に侍の伝説が築かれる──

 

 

 

 

 




完全に本家から分岐したと同時に区切り。
主人公をマシュに引き継ぎ、■■は何処かへ去った。

時系列的には五章~六章まで。

次回はキャラマテリアル三次更新。
さーてさっさと終わりに向けて書き綴りましょうかね……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。