愛しビトのマクガフィン   作:床太郎

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一話

冷たく透き通った風が絶え間なく吹き抜けていく。

 

「…うう……冷えてきたなあ…」

 

思わず飛び出た言葉はシンプルに今の状況を物語っていた。未だ現れない待ち人に多少の苛立ちを覚えて、強風の元凶たる大きなビル群をキッと睨んだ。待ち人に怒りを向けると何をされるか 分かったものではないからこその行動だ。有り体に言えば八つ当たりである。

 

「塩野瞬二さんですね」

 

そんな言葉を皮切りにして、後方から穏やかな声が掛かる。

 

「CCGです。高槻先生はいらっしゃいますか?」

 

見覚えのある黒髪を掻き分けて、スーツ姿の丸眼鏡を身に付けた青年はニコリと静かに破顔した。その背後には部下らしき青年が一人、控えている。

 

「しーしーじー?」

 

明らかに惚けたように答える俺は頭の中で複雑に過去を振り返っていた。

 

(十三年、か……。とうとうきたんだな)

 

 

 

 

 

 

ーーーーエト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビルの屋上。

およそ四十階ほどだろうか。そんな高層ビルの屋上に彼女は存在した。そこにフェンスなどは無く、剥き出しの状態となって風が吹き抜ける。彼女はその角でちょこんと座り、足をぶらぶらさせながら強風によって乱れたエバーグリーンの長髪を整える。

小柄な体格からして少女と見られてしまうかもしれないが、整った容姿から覗く微笑んだ表情は達観していてそれ相応の年齢を感じさせた。

そんな彼女はさぞ愉快そうに広まった視野から覗ける景色を眺め、

 

「……さて。私のマクガフィンはどうしてるかね?」

 

一層、笑みを深めた

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

十三年前。

 

 

 

 

 

 

ーーーー忙しい!!

 

カタカタカタ。カタカタカタと不規則に、素早くキーボードを叩きながら塩野瞬二は心の中で叫んだ。

 

「あーーーー!!」

 

いや堪えきれず声を出して叫んだ。

そんな彼の奇声に周りは一瞬反応して、ああまたかといった顔で再び作業へ戻っていく。

この職場において彼の行動は日常茶飯事となっていた。最初の頃は心配されたりしたのだが、今ではそれが通常とでも言わんばかりに流される。

 

そんな周りを見向きもせず塩野はつりそうになった指を軽くさすりながら自身の仕事用机に所狭しと並べられた書類の山を観察する。

 

お、終わる気がしねー。

これを今日中に済ませろだなんて内の上司も酷なことをさせてくれるわ!!

 

斜めに四つほど離れた机で作業を進める中年の小太りハゲ上司、竹山をキッと睨む。キャリア二十年のベテランだかなんだか知らんが気に食わん!

 

そんな視線に気づいたのか竹山は此方に顔を向け、ニヒルな気持ち悪い笑みを滲ませて、

 

「なんだぁ塩野? もっと仕事増やして欲しいのかぁ?」

 

なんて宣いやがった。

 

くっ。このクソハゲめ。入社して早々に成績を高めている俺に嫉妬して次々と仕事を回してきやがる。

 

「期待の新人、塩野くんならこれくらいの仕事、すぐに出来てしまうよなぁ?」

 

ぐぬぬ。今に見てやがれデブめ。俺が出世したら真っ先に首にしてやる。

 

そう、自身の出世計画の中のこいつに赤ペンでバツ印をつける。

もう何度もつけているので、ぐちゃぐちゃである。ざまぁ。

 

なんて馬鹿な事を考えている暇ではなかった。この仕事の山をどう切り抜けるかを真剣に考えねば。

 

「おい塩野。ちょっといいか?」

 

集中もーどに移行しようとした俺に突然肩を叩かれそんな言葉を耳にした。

 

「どしたの? 沖田くん」

 

声の主は爽やか風イケメン沖田くん。少し赤味がかった茶髪で髪型がよくわからんことになっている人。なんていうのあれ。ホスト風と言えばいいのだろうか。年寄りの言に習うとあれは人間の頭では無いらしい。

 

なんか御用改めであるとか言いそう。

 

「いや俺の名前、沖合だから。そんな新撰組みたいに言わないで!?」

 

なんと沖合くんでした。

ちゃんとツッコミまでこなせるなんて、流石イケメン!

 

それで、何しに来たの?と話の続きを促すと沖合くんは態とらしく一つ咳払いをすると申し訳なさそうに話し出した。

 

「いやさ。今持ち込みしてきてる子がいてさ。でも俺今どうしても手が離せないんだ。悪いんだけど代わりに行ってくれない?」

 

手を合わせて突き出す沖合くん。

 

やめろ。拝むな。

 

「これを見てもそんなこという?」

 

指をさすのは俺の机のお山さんたち。

 

沖合くんはより深々と頭を下げながら付け足す。

 

「頼む塩野! 先輩たちには頼めないしお前だけなんだ。俺の仕事が終わり次第、お前のも手伝うから!」

 

「晩飯代も」

 

「え?」

 

「晩飯代も!」

 

「お、おう」

 

よし決まりだな。

俺たちは固く手を取り合うと足早に各自の仕事に戻った。

当たり前ではあるが俺は持ち込みしてきた人の元へだが。

 

「あ、そういや今晩の会食の幹事、塩野だったろ? 後で場所とか教えてくれよー」

 

遠くの方でそんな声を耳にしながら。

 

やべ忘れてた。

 

 

 

*****

 

 

 

玄関近くのロビーに続く通路を歩きながら、これからのプランを考えていた。

 

やべー。これはやべーわ。

 

転生してはや二十年。これほど忙しかったことなどあっただろうか。

 

ちらっと言ったが俺は転生者だ。

テンプレの転生トラックでやられて、神様のとこ行ってそして第二の人生を歩んでいる。

 

この世界は東京喰種という世界らしい。よく知らないが、人間でありながら喰種となってしまった少年の物語だという事を事前に神様から教えられた。

そして前世と同じだった編集者という職に就いてようやくスタートを切ったところだ。

 

そんな事を言っている間に、目的の場所へと到着した。広い空間に仕切りだけ入れられた、なんちゃって個室。そこがいつも持ち込み原稿する人や本社で打ち合わせする人達に与えられた場所だ。

 

えーっと、確か。

 

予め沖合から聞いていた通りに奥から二つめの個室へと入室する。そこには借りてきた猫の如くちょこんと座る少女がいた。

 

「ごめんね、遅れて。で、持ち込みだったっけ?」

 

一つ詫びを入れて少女と対面に座る。

くりっとした目とアイビーグリーンの髪が特徴的な可愛らしい少女だと思った。

人は第一印象で8割がた決まるというが、あながちそれは間違いではないと思う。

現に俺は少女を見て”ああ、またか。”なんて思ってしまったのだから。

 

「じゃあ見せてもらうね」

 

テーブルに置かれていた分厚い紙束を指差してそう言うと、少し遅れながらも少女は返事を返してくれた。

 

「あ、はい。…お願いします」

 

鈴の音のようなソプラノ。緊張しているのか若干どもりながら答える様を見てこう言うタイプが好かれるんだろうなと世の理不尽を嘆いた。

 

多すぎだろ。軽く五百ページはあるぞこれ。それに…。

 

ちらっと横目で少女を見やる。

編集者なんていう職業をやっていて何度か目にしたことがある。中学生くらいの頃に多少、文章力の長けた少年少女が遊び半分で全く覚悟もなく、唯の自己満足で書いた物をここへ持ってくる。

設定もめちゃくちゃで本当に遊び半分だと言っているような作品を。

 

俺は目の前の少女もその内の一人だと思った。十五分ほど原稿を読んで確信する。

突然のポエティックが多すぎる。これはほんとに自己満足の作品だね。

 

「君、何歳?」

 

「十四…です」

 

原稿を閉じて少女と向き直り、ゆっくりと言葉を発する。

 

「うーん。文章力はあるけどーーー」

 

次々と今読んだ中での修正点を指摘していく。

転生前の人生を合わせると十分なキャリアがありそしてそこそこ有能。そう自身でも自負している。

キャリアがあるということはある程度正解に近い答えを経験と照らし合わせることによって導き出すことができる。だがそれは逆に言ってしまえば、道を一つにしてしまっているという事に他ならない。

経験があるからこそ視野を狭め、そして日々の慌ただしさがそれをさらに上昇させる。

 

故に気付けなかった。

 

小さな才能が埋まっていたことに。

 

「これ俺の名刺ね。また何かあったら連絡してね」

 

「え、今読まないんですか?」

 

「いや、こんな量すぐ読めるわけないじゃん。ごめんね。今、人生最大級でやばいの」

 

「でもまだ十五分しか…」

 

「いやほんと勘弁してください。俺にとったら十五分で人生が変われるの。今日の夜ゆっくりこの原稿見るから今はマジ勘弁」

 

泣きながら頼む俺に同情したのかはわからないが少女はわかりましたと一言呟いてから此処を後にした。

 

去り際に一度振り向いた少女の瞳が少し気になったが致し方なし。さあ。俺のゴッドフィンガーを唸らせに行くとしようかね。

 

そして塩野瞬二(20)は職場という名の戦場に飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

「お、おわった」

 

もう指一本たりとも動けん。

そんな言葉とともに机にダイブした頃には日は暮れ、あたりは暗くなっていた。

 

「おつかれさま」

 

同じ様に俺の仕事を手伝い疲れたはずの沖合は多少の汗を滲ませるだけでいつもの爽やかな顔をしながら弔いの言葉をくれた。

 

これがイケメンパワーだとでもいうのか。到底太刀打ちできない。

 

沖合は自身で入れてきたコーヒーを飲みながら時計と俺を交互に見ると、

 

「そういえば会食はどうしたんだい? もう八時回ってるけど」

 

なんて話し始めた。

 

「一応セッティングだけはして遅れていくって伝えてある」

 

「さすが! …ん? この原稿どうしたの?」

 

「おぬしが押し付けた中学生が持ってきた原稿」

 

「さ、さようで。…ちょっと見ていい?」

 

「どーぞ」

 

そこからは暫くの沈黙が続いた。ペラペラと紙をめくる音だけが響く。

 

そろそろ行かないと。そう思い、腰を上げようとした時、横で静かだった沖合が俺の腕を掴んだ。

 

「なあ。もしかしてこの中学生、返しちゃった?」

 

「え、うん」

 

その答えがわかっていたかの様に沖合は頭を抱えた。どうしたんだ?と聞いてみると静かに原稿を手渡された。

 

見てみろということだろうか。

 

頭に疑問符をつけながらも言われた通りに読んでみる。

 

数十分後、俺は雷に打たれたかの様に固まった。

 

最初多分に含まれたポエティックを批判したのだが、それがまさかの伏線で全てのどんでん返しが後半では巻き起こっていた。疑問を持たせることこそが策略だったのだ。

 

「これを先輩たちが見たら、特に竹山さんとかに知れたら確実に怒鳴られるな。お前は札束を便所に捨てた様なもんだ!!って」

 

横からそんな言葉をかけられるがもう頭に入っていなかった。

 

今の俺の思考には完全なるプランが出来あがろうとしていた。

大物作家を生み出せば出世間違いなし!!

 

そんなフレーズが頭をよぎる。

 

さっと立ち上がり、高らかに宣言した。

 

「明日、いや今日中にあの子を見つけ出す!!」

 

 

そして小声で付け足す。

 

 

 

「だから誰にも言わないでね沖田くん!」

 

 

「いや沖合だから…」

 

 

 

深々と吐かれた溜息をBGMに駆け出していった。

 

 

 

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