日向が来なくなってどれくらい経っただろうか。ふとそう思い、カレンダーを見てみるとまだ一週間とちょっとしか経っていなかった。しかし不思議と気持ちは一か月は経っただろうと感じていたのだ。おかしなものだ。
ユイはまた、孤独を感じるような生活に戻った。しかしそれが本来ユイがする生活だ。日向がいたのは夢だと思った方がいい。あの賑やかさに慣れてしまっては、生きていけない。現にユイは今、以前よりも寂しいと思っている。
毎朝、もしかしたら、と思って部屋のドアを見つめることが多くなった。お昼を食べると、朝は寝坊し、もしかしたら昼から姿を現すのでは、とまたドアを見つめる。日が暮れるとようやく諦めがつく。が、明日は来るかな、なんて儚い思いを抱いてしまう。
“あたしを助けて偽善者ぶりたいんですか”
わかっている、先輩がそんなことするはずがないって。先輩は本当に優しくて、みんな平等に接してくれる。なのに、一番ひどい言葉で傷つけた。
ごめんね、先輩。
そう謝ることすらできない今の状況が苦しい。そして、今まで自分たちがどんなに脆い付き合いだったのか痛いほどわかった。日向が来なくては会うことができない。今まで日向がユイに会いに来ていたから毎日会うことができたんだ。どうして当たり前なことみたいに思っていたんだろう。
「ユイ?入るわよ」
「あっ、お母さん」
やっと仕事がもらえた部屋のドアが開き、母が顔を出した。
以前は日向がそこから現れていたが、今ではドアを開ける作業をするのは母だけになっている。
「何、どうしたの?」
「大した用じゃないけどね、お母さん少しこれ渡しに行こうかと思って。ユイも行く?」
そう言ってタッパーを見せた。中にはお母さんが得意で、ユイが好物のシフォンケーキが入っている。おすそ分け、といったところだろうか。
誰に?
「おすそ分け?」
「そう。日向くんにでもって」
どきん、と胸が鳴った。日向の名前を耳にするなんて久しぶりだ。
そういえば母は日向が急に来なくなったことをどう思っているんだろうか。あれだけ毎日毎日顔を見せていたのに、急に来なくなったら不思議に思わないだろうか。喧嘩したのか、もしくは────色恋沙汰で気まずい、とか思ってないだろうか。
「日向君ね、最近来なくなったじゃない」
ユイの心を見透かしたかのように言ったのでまた胸が、どきりとした。
「うん」
「実はねー」
「...え?」
母が告げ終わり、再度どうする?と聞いてきたので、ユイは首を縦に振り、意思表示をした。
傷つけた、気まずい、会うのが怖い。そう考えている場合ではなかった。
***
うわ、意外と綺麗に片づけられている。
日向の部屋に入り、そう思った。母はリビングに向かい、ユイは日向がいるであろう部屋の前まで来た。こんこん、とノックをしてみるもの、返事はない。やや躊躇ったが、深呼吸をしてドアノブに触れる。そこで鍵がかかっていないことに気づいた。
いいのかな、ユイ入っちゃうよ?
きぃ、とゆっくりドアノブを回した。
「ひなっち先輩...?」
ひょこ、と顔を出すが、やはり日向からの返事はない。いないのか、と思ったが、ベッドから寝息が微かに聞こえた。どうやら寝ているようだ。
思い切って部屋に車椅子を踏み込んでみると、そこは居間とは大違いで散らかっていた。紙類や空のコンビニ弁当が散乱している。おおかた、ここにずっと引きこもっていた違いない。
ブー、とスマホのバイブ音が鳴った。その振動で日向の手に握られていたスマホが手から滑り落ち、思わず「わぁっ」と大声を出してしまった。
ええっと、このままじゃ危ないから...スマホ、机の上におかなきゃ。
しかしユイは車椅子に乗っている。故に床に落ちてしまったスマホすら拾うことができない。こんなことでさえ、自分は皆と違うんだ、と感じてしまうのだ。
近くにあったA4のノートと壁を使って何とか掬い上げた。その拍子にボタンを押してしまったようで、ロック画面になる。
「あれ、音無先生からのLINE?」
二人って本当に友達なんだ。なんて会話してるんだろう。
チラッと送られてきたメッセージを見る。
“残念ながら、今のところ治療法はないな。でも必ず良くしてみせるさ”
それだけの短いメッセージ。ロック画面でも充分見ることができた。
音無先生が、医者がそう言っている。ということは医療関係のこと。それって?
ユイは日向を見た。母からは風邪だ、と聞いたが、実は風邪じゃなかったら?もしかしたら、もともと持病があって、風邪でこじらせていたら?だから、身体が不自由なユイのそばにずっといたんじゃ?
ぐるぐると良からぬことが頭を駆け巡る。じゃあ、部屋に錯乱しているこの紙はーーー診断書?
慌てて机の上に放り出されている紙類を掴む。しかしそれはパソコンから印刷したもののようだ。つらつらと難しい漢字ばかり並んでいる。だがユイはその言葉がわかる。学校に行っているわけでもないのに、その言葉が読めるのだ。
だって、これはーーー
「ん...音無...?」
「音無先生じゃなくてすいません」
「んじゃ...って、ユイ!?」
「あたしじゃ何か問題がありますか」
ユイの顔を見て、日向は飛び起きた。その顔はどこか焦りを感じるような感じだった。実際、ユイに見られたらまずかったのだろう。何がと言われれば、資料が、だ。
そしてその資料がユイの手元にあるのを見、深くため息をつかれた。
「何でここにいんだよ?」
「お母さんが、先輩にってシフォンケーキを渡しに行くって言ったから、ついでです」
「ああ...さんきゅな」
それだけ告げると日向は押し黙ってしまった。もともと寝起きでまだ覚醒していないのかもしれないが、視線はユイの手元にある紙に向いているので、紡ぐ言葉を探しているのかもしれない。それは日向のみぞ知る、だ。
「...風邪、だったんですか」
こらえかねたユイがそう問う。すると日向は頭を掻きながら首を縦に振った。そしてまた沈黙。
前まで何の会話をしていたのか思い出せない。どうして言葉がスラスラ出てこないのだろう。
そういえば似たような曲名もあったな、とぼんやり考えていると、日向の口が動いた。
「ユイ。何つーか...それ、見たんだよな?」
今度はユイが首を縦に振る番だ。そのユイの仕草を見て日向は、ふーっと深く息を吐き捨てた。そして頭を掻く。
「先輩、どういうことか説明してもらえませんか」
「あーあ、フライングか」
ダセェな、と自嘲気味に笑いながら、日向はベッドにあぐらをかきユイを真っ直ぐ捉えた。
「────ユイの事、俺何も知らなかったから。まずは病気のことについて調べて、そっから音無づてに治療方法聞いたりしてたんだよ。まさか本人にこんな形でバレるなんてなあ」
「...何で、そこまでするの?」
「何でって...そりゃあユイには笑ってて欲しいからだろ。何か俺にもできる事ってねぇのかなって探したはいいんだけど...俺、結構アホだからさー、活字がダメなんだろうな、もう難しい言葉ばっかで頭痛くなって知恵熱出してさー。大変だったんだぜ」
「...ばか」
ユイがポツリと呟くと、んだとぉ!?と日向は声を荒らげてみるも、以前のような活気はなかった。目の下にクマもあることから、きっとろくに寝てはないだろう。
こんなやつれるまで、何してるの。ユイ、あんなに酷いこと言ったのに。何で先輩はこんなに優しいの?
「...ユイ」
ユイの胸がいっぱいになり、目頭が熱くなってきた時。日向がユイの名前を呼んだ。
「...はい」
「んな悲しそうな顔すんなよ」
「だって...!ユイ、先輩に酷いこと言っちゃったもん!思ってもないこと沢山言って、傷つけたんだもん!...嫌われて、当然だよ」
「あー、そうだったっけ?」
「ふぇ?」
日向が明るい声を出し、とぼけたような仕草を見せる。そして、ニカッと笑った。
「俺、あほだからもう覚えてねぇわ」
「っ、先輩の、あほ!」
「んはは、最っ高の褒め言葉だ」
そこで、ユイの中の何かが切れた。
「ちょ、おい、ユイ!?」
「っ、先輩のっばかぁー!!!」
わあわあ子供みたいに泣きじゃくるユイ。そんなユイを前にオロオロし始める日向。そして突然騒がしくなった事から、ユイの母が慌てて駆けつけた。
「すいません、すいません!」と日向はユイの母に頭を下げる。どうやらユイを泣かせた事に対して罪悪感を抱いているようだ。
ひとしきり泣いた後、日向はユイをベッドの近くまで連れてきて、頭を撫でた。「あほでごめんな」「なかなか会いに行けなくてごめんな」と謝りながら。
────こんな優しくて素敵な人、どこ探したって先輩しかいないよ。
ねえ、先輩。もう止められないよ。好きが溢れちゃうよ。
でも、またユイが子供だからって事で思ってもない事を口にして傷つけたくはないよ。だからね、もう少し大人になったら、この気持ち伝えてもいいですか。
お久しぶりです。最近LiSAの活躍をテレビでよくやるので、Angel Beats!懐かしいなあ、って気持ちでガルデモをまた聴くようになり、キャラコメ聴いたり漫画読んだりしてます。
少しずつお話を進めていきたいと思っておりますので、どうかお付き合いください...。