「やあやあやあやあ!死柄木くん!」
「なんだ、あんたか」
死柄木は双眼鏡から目を離し、その声の方向へ視線を向けると、そこにいたのはインプラントと角付きの少女だった。
インプラントであることに気が付くと、死柄木はそのまま顔をそらす。
「おいおい、年長者には労われよ。礼儀だよ。
そんなことより、楽しいことになってるね……」
「……見えてんのか?」
死柄木は双眼鏡を使っているが、インプラントは何も道具は使っていないのに関わらず、その目は目的の物を捉えているようだ。
「んー?一応ね、ふんふんなるほど……
一瞬、死柄木の背中に言いようのない何かが這う。
隣を盗み見た死柄木は、インプラントの顔を見てしまった。笑顔とも真顔とも見れるその顔は、いつもの違い糸のような目がハッキリと開いていた。だが、その顔には1つ掛けたものがあった。
──目が無い……?
空洞。
インプラントの目は、そこだけ絵の具で塗り潰したように真っ黒で何も無い。死柄木が見ていることに気が付いたインプラントは、死柄木に笑いかけ、いつもの糸目に直る。
「何も聞かない方が、キミのためだ。
安心しなよ、見えてるから」
インプラントはそう言うと、また目的の物を見つめる。
「地飛沫、ワイヤーあるか?」
「ごめん、本当に
「いや、縛るには問題ないだろ」
鏨は轟の質問に、対して遠慮がちにそっとロープを取り出す。
「地飛沫くん、本当に何でも持ってるな」
「普段その薄いヒーローコスチュームの何処にナイフとか隠してるの……?」
轟は鏨からロープを取ろうとすると、鏨は「あ」と声を上げる。
「どうした?地飛沫」
「轟くん今はあんまり近づかないほうがいいよ」
「なんでだ?」
「最後のワイヤー、下手したら肌が切れるから」
その一言で、出久と飯田はゾッとした。
下手をしたら味方の攻撃で怪我をしていたのだから、無理もない。
「ちょっと待ってね、ワイヤー切るから」
そう言うと、鏨はナイフで3人には目視できていないワイヤーを切り始めた。しかしあの様子だと鏨もワイヤーは見えていないようだ。
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「轟くん、やはり俺が引く」
「おまえ腕グチャグチャだろう」
どちらがステインを引くかで話し合う轟と飯田。
「悪かった…プロの俺が完全に足でまといだった」
「いえ…一対一でヒーロー殺しの個性だと、もう仕方ないと思います…強過ぎる…」
4人に謝るネイティブとそれに答える出久。
鏨はそんな会話を全員の1番後ろから聞きながら、ずっとステインを見ていた。
──ステイン……ステインまでいなくなったら、俺、どうすればいいの?
情けないが、鏨はステインやキサゲが心の拠り所だった。
この人がいれば大丈夫。自分の味方だ。自分のことを大事にしてくれる人。
『安全基地』、本来ならば、児童が母親やそれに順する者など愛着対象との間に見られる関係だが、鏨にとってステインとキサゲがそれだった。後ろに2人がいるから、遠くまで来れた。怖くなったら、後ろにいる2人を振り向いて見た。それで安心できた。
ステインとキサゲは親のような存在だった。
「地飛沫くん?」
「なんでもないよ、緑谷くん」
不安そうにしていた鏨に声を掛けた出久だったが、当の本人にそう言われてしまったら、追及できない。出久は「そっか」と言い、また前を向いた。
「む!?んなっ…」
その時、鏨たちが歩いている道の反対側から声が聞こえてくる。
「何故おまえがここに!!!」
「グラントリノ!!!」
出久の知り合いらしい。
「座ってろっつったろ!!!」
「グラントリノ!!」
「緑谷くん!?」
グラントリノと出久に呼ばれた老人は、出久の顔面に蹴りを入れる。そんな様子に、鏨は思わず叫んだ。
「まァ…よぅわからんが、とりあえず無事なら良かった」
「グラントリノ…………」
出久はグラントリノに「ごめんなさい」と謝る。
どうやら、この2人の関係は悪いものではないようだと、鏨はホッとする。
「細道…ここか!?」
全員が再び声のする方をみると、そこには数人のプロヒーローたちが集まっていた。
「エンデヴァーさんから応援要請承った、んだが…」
「子ども…!?」
「ひどい怪我だ、救急車呼べ!!」
「おい、こいつ…ヒーロー殺し!!?」
鏨はステインを見る。この後、ステインを引き渡さなくてはいけない。それが苦痛だった。なんとかして逃げて欲しいが…と、鏨はステインを縛っているロープに目を落とした。
「………三人とも…僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった…何も…見えなく…なってしまっていた………!」
飯田の謝罪に、鏨は頭を上げた。対象的に飯田は頭を下げている。
「…………僕もごめんね。君があそこまで思いつめてたのに、全然みえてなかったんだ。友達なのに…」
「───…!」
「えっと、俺は、そこまで怪我してないし…保須に来てから、1番一緒にいたの、俺なのに、飯田くんの役に立てなかったし…だから、謝罪はいらない」
「地飛沫くん……」
「しっかりしてくれよ、委員長だろ」
「……うん…」
4人はそこで気が緩んだ。一つの区切りのようなものが付いたからだ。
あのわずか5分から10分程度の戦いは、とても長く感じられた。
そこで、鏨の耳は翼の音をとらえた。鳥にしては大きすぎるその音を確認しようと後ろを振り向いた。
「何あれ……?」
空を飛ぶ、何か。
鏨にとって、これが
「伏せろ!!」
「
鏨はプロヒーローの声でアレが
「緑谷くん!!」
鏨はとっさに
「クソッ」
「地飛沫くん、ワイヤーはもう無いって……!」
「飯田くん、今はそれ後!」
鏨が空を見上げると、頬に脳無の血がかかる。
「わあああ!!」
──考えろ、俺!どうすればいい、どうすれば……!!
思考を巡らせていると、鏨の頬を誰かが舐めた。
「偽者が蔓延るこの社会も、
「ステイン……」
それは、ステインだった。
ステインは個性の効果で動きを封じた脳無を倒し、出久を救出してみせる。
「全ては、正しき社会の為に」
その場はステインの突然の行動に戸惑う。
「何故一カタマリでつっ立っている!!?」
再び緊張が張り詰められたその場に、新たな声が聞こえてきた。
「そっちに一人、逃げたハズだが!!?」
「エンデヴァーさん!!」
それは、轟の父であるエンデヴァーだった。
「あちらはもう!?」
「
して…あの男はまさかの…」
「エンデヴァー…」
ステインは出久から手を離すとエンデヴァーを睨みつける。
「
出久はそのステインに言いようのない恐怖を感じる。出久だけでない、この場の誰もがそう感じているはずだ。ただ1人を除いて。
「正さねば───…誰かが…地に染まらねば…!"
ステインはそう言うと、歩を進めようとする。
「来い、来てみろ贋物ども
俺を殺していいのは、
気圧される。この場の誰もが気圧された
これがステインだ。やっぱりステインは、凄い人なんだ。
こんな状況で笑っている彼が狂ったかもしれないと思われても仕方ないが、その場で鏨を見ている者はいなかった。全員がステインを見て動けないでいた………。
ヒーロー殺し、ステインだけが確かに相手に立ち向かっていた。
「こいつ…気を、失ってる…」
かくしてヒーロー殺しは捕まることになる。
それが、始まりであることは誰もが気付かないだろう。
「帰ろ」
インプラントは死柄木の一言で顔を上げる。
「満足いく結果は得られましたか?死柄木弔」
「バァカ。そりゃ明日次第だ」
黒霧の個性で消えた死柄木を見てインプラントはクスリと笑う。
「インプラント、貴方はいいので?」
「ありがとうね、黒霧くん。でも僕は僕なりに帰るから、いいよ」
黒霧は一向にこちらへ来ないインプラントと角付きの少女を疑問に思い声を掛ける。
しかし本人にそう言われては素直に聞くしかない。
──そういえば、彼は何故ここに来れたのだろうか……あの少女の個性?
インプラント、いったい彼の個性は……。
「そっか、うんうん……タガネが昔と
「でもあの子自分は変わったとか言ってたわ」
「変わらないよ。あの子が変わるわけがない。
三年前まで刷り込みに近いもので教育されてきたあの子が、そう簡単に変われるはずがないんだよ。それは、キミも同じだろう?
「そうね、そうかもしれないわね」
「何かキッカケがあれば、タガネはすぐに目を覚ますさ」
インプラントは角付きの少女改めアンダーテイカーと共にその場から姿を消した。
そろそろ、ステイン編が終わってしまう……!