「ステインー!」
久々の類葉町。
出迎えたのは鼻声になっているタガネだった。
「……何があった?」
「キサゲがー、キサゲがー!」
それ以外の言葉が出ず、わんわんと泣くタガネを抱き上げてステインはキサゲの元へと向かう。
「ステイン!タガネを甘やかすなと何回言えばわかる!」
「キサゲのバーカ!!」
「タガネ!」
ああ、またか。とステインは呆れてため息を吐いた。
「──で、今度は何があった?」
タガネはステインから離れようとしない、椅子に座っているにも関わらず、ピッタリと張り付いている。
「……タガネと組手をやっていたんだが……タガネが私を殴れないとか言い出してだな……!」
「キサゲ、殴れるわけない!
ひさしぶりに、組手してくれるって、言ったのに……!」
キサゲとタガネが親子関係になり、共に暮らし始めてから2年ほど。少し大きくなったタガネは、少々放任が過ぎるキサゲとしばしばこうして言い合うことが多くなった。
「…ハァ……落ち着け、お前たち」
「落ち着けるか!この町で生きていくには必要なことだ!」
「キサゲ殴るの、必要ない」
キサゲの言い分に、タガネは反論する。
「そうやって反論するんだったら、ちゃんとこっちを見ろ!」
「やだー!」
ステインはまたため息を吐く。ここにあのインプラントがいなくてよかった。いたらおそらくこの場はこれ以上に収拾のつかないことになっていただろう。
「とにかく、ステインはタガネをあまり甘やさないでくれ」
「普段ほぼ好き勝手にやらせているのに、今更何を言っている」
「……………そんなことより、私は夕食を作る!」
「そんなことって……もごモが」
「そんなことって、キサゲが言い出したんじゃん」と言いかけたタガネの口は、ステインに塞がれた。
キサゲは痛いところをステインに突かれたためか、いそいそと台所へと向かう。
「ステイン、いつまで、こっちにいられるの?」
「しばらくはここにいるつもりだが…どうかしたのか?」
「俺ね、もうちょっとステインと、一緒にいたいなーって。ステインがいたらね、このあたり、いやなこと少なくなるし……」
嫌なこと。それはおそらくこの町で起きる犯罪のことだろう。
ステインは現在、この町の抑制力のような存在になっている。どこからかステインが来たことを聞き、おとなしくしている輩が多いのだ。
キサゲも抑制力の1つとしてこの町に存在しているが、無個性の彼女には、その効果は薄かった。
「ステイン!見て!今日ね、おりがみで、ツル作れるようになった!」
「良かったな」
タガネはステインの膝の上に座ると、ポケットの中からクシャクシャになった折り鶴を見せる。自慢するタガネの頭を撫でてやると、タガネは嬉しそうに笑った。
「あとね、インプラントがね、キサゲに殺されかけてた!」
あの男も学習しないな。とステインは頭を抱えそうになる。
しかしステインのその手はタガネを抱えているため、それはできなかった。幸せそうに小さな身体でステインに微笑みかけるタガネを、離そうとは思えなかった。
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「たすけて!たすけて!!」
必死に叫んでいた。
しかし誰も助けてはくれなかったあの日々──…。
「痛い!やめてよ!」
「畜生、あの野郎っ俺が何をしたって言うんだ!?」
タガネの髪を引っ張る男は、ブツブツと呟くだけでタガネを見ようともしない。
この町で身寄りのない子供は、大人の身勝手で消えていく。それが常だ。それまでもタガネは大人の身勝手をその身で一身に受けてきた。いつも上手く切り抜けてきたタガネだったが、今回はそうもいかなさそうだ。
この男どうやらプロのヒーローのようで、なかなか力が強く子供のタガネが抵抗できるはずもない。おそらく男がタガネにしたいことは、八つ当たりか何かなのだろう。
そこに、タガネは別のプロヒーローを見つける。彼はよくタガネと話していたヒーロー、エッジマンだ。
「た、助けて!!」
よく自分に語った武勇伝のように、自分を助けて欲しかった。タガネの声に気が付いたエッジマンは、タガネの方を見ると……何事もなかったかのように顔を逸らし、歩き出す。
見捨てられた。
その事実がタガネの頭を打った。
──多分、俺はここで死ぬんだろう……でも、でもまだ……!
路地裏に連れてこられたタガネは、男を突き飛ばす。自分の髪が千切れることなどお構い無しだ。髪など、自分の命に比べれば……!
「──っこの糞ガキ!何しやがる!!」
タガネは男に見つからないよう、子供が1人通れるであろう隙間に入り込む。
運良くタガネが隠れていたところを見ていなかったようで、ゴミ箱や木箱などを壊していく音が聞こえてくる。こちらに近づいてくる。奥になるごとに隙間は細くなっているため、これ以上奥へ行けない……タガネは祈るように目を瞑る。
──助けて、誰か!!
何度叫んだかわからない言葉。タガネ自身、自分を助けてくれる存在なんていないとわかっている。わかっていたが、こう思ってしまうのだ。誰かが、助けてくれればと……。
「あのガキ…どこ行きやがった!殺してやる!楽な殺し方はしねぇぞ……畜生、ヒーローになれば楽できると思ってたのに……アイツのせいで何もかもが……っ」
──助けて、ヒーロー!!
タガネがそう祈った時だった。
「な、何だお前は!?」
男の叫び声がしたと思ったら、倒れる音。あの男がゴミ箱などを倒した音ではない。おそるおそる目を開くと、タガネの目に入ったのは赤い液体。
──……血のニオイ……。
男の声も何かを壊す音も聞こえなくなった。隙間から出てきたタガネは、目を見開き路地裏に倒れ込む男の存在に気が付いた。その前で、足音が聞こえる。顔を上げると、こちらに背を向けた彼が血に濡れた刃物を背中の鞘にしまうところだった。彼はタガネの存在に気が付かず、路地裏を後にしようとする。
「ま、待って!行かないで!!」
タガネは、自分を救ってくれた
彼は心底驚いた顔を、タガネに向ける。
これが、タガネとステインの出会いだ。
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ステインに救われたタガネは、ステインの言うことが全てだと言わんばかりに、ステインの言うことをよく聞いた。
それは、父親が世界で一番偉くて、強い存在だと思っている子供のようだった。
「タガネー、ご飯できたから持っていってくれ」
「はーい!」
折り紙を中断し、ステインに床に下ろしてもらったタガネは、この家で自分の役割である食器並べをするために台所へ向かう。
──普段は嫌がるくせにな……。
どうやらタガネは、ステインに良いところを見せたいようだ。そんなタガネを見て、キサゲはクスリと笑う。いつもは2、3回言わないと動かないタガネが、積極的に動くのがとても微笑ましかった。
しかし、前はもっと酷かった。ステイン以外は誰も信用していないためか、いつも部屋の端に座って何もしない。何かを言っても、反応は無いに等しかった。そのくせ自分自身のやりたいことを主張したがる。正直めんどくさかった。初めてタガネから話しかけてくれ、キサゲが作った料理を「美味しい」と言ってくれた時は自然と涙が出るほど嬉しかった。母親として認めてくれた、それだけでキサゲはタガネを引き取って良かったと感じていた。
「ステイン!今日ね、ハンバーグ!」
──まるで、家族みたいだ。
暖かいそれを、キサゲは大切にしたいと思うと同時に虚しかった。
──家族、それを持つには……私の手は、血で汚れ過ぎている……。
「牛肉高かったから、豆腐入れてるぞ」
「えー…!」
「贅沢言うな!ただでさえあのボッタクリ肉屋、最近値上げし始めたんだからな……!」
でも、自分だって人並みの幸せが欲しい。そう思っても、願っても、撥は当たらないはずだ。
「俺、ステインの隣!」
「ステイン、このクッションその椅子に置いてあげてくれ」
「これか?」
「そうそう。タガネは小さいから、それがないとテーブルに届かないんだよ」
「俺、ちっちゃくない!」
──ああ、幸せだ。
タガネは身内に我が儘。ステインはタガネに過保護。キサゲは基本放任主義。インプラントは構いすぎて嫌われている。