「おはよー」
「ゲ、インプラント」
この家で暮らし始めてから3年と少し。朝起きたタガネの顔は、いつもより酷いことになっていた。
「まったく、人の顔見てその反応はないと思うよ?」
「インプラントになら仕方ないと思うぞ」
キサゲから受け取った朝食のパンを食べながら、タガネはインプラントを睨みつける。キサゲはインプラントと話しているが、タガネはその会話に入る気はないようだ。
「まあ、いいんだけどさ」
「ごちそうさまでした!」
タガネはそう言うと、自分の部屋へ帰った。
「……また酷い怪我してたね」
「ああ、最近まで森でサバイバルしてたから」
「あの子学校ちゃんと行ってるのかな?」
「あんな場所、行かなくても人生なんとかなる」
キサゲの言い分に、インプラントは苦笑する。
タガネはインプラントのことが嫌いなようで、キサゲやステインのようには懐いてくれなかった。それでも、インプラントはタガネのことを可愛がっていた。
「お前の可愛がり方はタガネにとってトラウマだろう。何故気が付かない?」
「嫌がる顔が可愛くて、ついね」
そんなこと言っているから、未だに懐いてもらえないんだ。とキサゲは思う。しかし同時に懐かなくて良かったとも思っていた。正直この男、味方ではあるが油断できない。何を企んでいるのかさっぱりなのだ。せいぜい、そこに至るまでの道は違うが、目標は自分たちと同じだということくらいしかこの男のことはわからない。
「まあ、ここに来たのはキミに協力して欲しくてさ」
「……何故?」
「僕ひとりじゃちょっと難しい」
珍しく真剣なインプラントに、キサゲは理由を聞く。
「僕だけで行ってもいいんだけどさ。相手さんが盛大にパーティするとか……で、どうせならキサゲには僕の恋人役に……イタタタタっ」
キサゲはインプラントの話に呆れて彼の耳を思いっきり引っ張る。
「まったく、お前は何を言っているんだ!?」
「言葉の通りさ!照れてる顔も可愛いぜ!」
「これが、照れている顔に見えるのか!?
そんなことは、いつものお前が連れている取り巻きを連れて行けばいいだろう?」
これ以上話すことはないと、キサゲは立ち上がり中身のなくなったコップにコーヒーを入れる。
「それでもいいけどさ。ほら、こういうのは好きな女性と行きたいってもんだろ?」
「年齢を未だに明かそうとしないお前とは、行きたくないね」
「何言ってんだ、僕は十……」
「十八とか言ったら殺すぞ」
「……いやいや、あながち嘘でもないんだよ?」
そう言うインプラントを、キサゲは胡散臭そうに見る。
確かに、インプラントの
だがキサゲは知っている。この男と会ったとき、どう見ても20代後半の、今とは全くの別人の姿をしていたことを……だからインプラントの年齢は詳しくはわからない。自分たちより年上なのか、それとも年下なのか……。
──本当に、謎が多すぎて信用性に欠ける。
「……インプラント、帰った?」
夕方頃になってタガネは部屋の中から出てきた。
「ああ、帰ったよ」
夕焼けで家の中が赤く染まる。
キサゲの言葉に安堵したタガネは、キサゲの方へ駆け寄る。
「キサゲ、インプラントに、何もされてない?」
「されてないよ」
「インプラントに、ひどいこと、されてない?」
「されてないよ」
「じゃあ良かった!」
タガネは満面の笑みでそう言う。そんなタガネをキサゲはそっと抱きしめる。
「……キサゲ?どうしたの?」
「何でもないよ、タガネ」
「?」
タガネはキサゲのいきなりの行動に驚くが、タガネも戸惑いながらそっとキサゲを抱きしめる。
「ありがとう、タガネ」
「どう、いたしまして?」
──暖かい……。
それだけで、キサゲの心は落ち着いた。
腹の立つことが多いタガネとの関係だが、やはりこの子は私の息子なんだ。とキサゲは思いながらタガネを強く抱きしめる。
──「キミは、本当に甘い考えしかしないな」──
インプラントの帰り際にそう言われた。
甘い考えなんだろうか……私はただ、この社会が正しい道を進んで欲しいと思っている。いつか粛清するのではなく、言葉で分かり合って行けたらとそう考えている。
「キサゲー、痛いよ!」
「あ、すまない。大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
ただ今は、この日々が続けばいい。
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キサゲの家の前、人通りの少ない道の真ん中でタガネとキサゲは組手をしていた。キサゲは片腕を使っていないようで左の腕を背中に付けている。
「ふぎゃっ」
「この程度で倒れるな」
「ワイヤーなしって、言ったのに…」
「予想外のことが起きるのが戦いだ。甘いこと言うな」
「はーい」
──本当は、ちょっと負けそうだったから使ってしまった…素直に褒められない、不甲斐ない母ちゃんですまない……!
タガネは足に絡まり、転けた原因になったワイヤーを解いていく。タガネはスポンジが水を吸うように、様々なことを吸収していった。片腕のキサゲとなら、もう互角に戦えるほどになった。ステインには未だに敵わないようで、いつも悔し泣きをしているようだが。
「ねー、キサゲ」
「どうした?」
「俺も、ワイヤー使ってみたい」
キサゲをジッと見つめるタガネは、ただの興味でそう言ったのではないとわかった。本気で
「いいけど……これはなかなかに危ないぞ」
「うん!キサゲが教えてくれるから、大丈夫!」
──これは、ステインの気持ちがよくわかる……。
満面の笑みを向け、こちらに絶大な信用を向けるタガネ。それが可愛くて仕方がない。
ただ、甘やかすのは自分の役目ではないと、キサゲは緩みそうになる頬を引き締める。
「ようし、次にステインが来るまでに教え込んでやろう!」
「やったー!」
「でも必然的に厳しくなるからな」
「えー…?」
キサゲの宣言にタガネはバンザイをして喜びを表現するが、その次の一言で手を下げる。
「ステインが次いつ来るかわからないんだ、急ピッチでしあげてやるからな!」
「キサゲー」
「どうした、タガネ?」
「ステイン来た!」
タガネが指を差した方向を見ると、まだ小さいがステインがこちらへ向かって来ているのがわかった。
タガネはそのステインに手を振る。ステインも、こちらに気が付いたようで、彼もこちらに手を振る。
「タガネ、ワイヤーのことはステインに言うなよ、完成した時にビックリさせるんだ」
「うん、わかった」
キサゲは小声でタガネに囁くと、タガネはキサゲの耳元で返事をする。
「久しぶりだな」
「うん!久しぶり、ステイン!」
タガネはステインの方へ走り出し、そのまましがみつこうとするが、その前にステインが避ける。勢い余ったタガネは地面にダイブすることになった。
「──〜!!」
「俺が悪かった、だからそう怒るな」
「おこる!」
ステインはおそらくタガネがどこまで成長したかを見たかったのだろうが、単純なタガネにそれは意味の無いことだったようだ。タガネはすぐに立ち上がると、ステインをポカポカと叩く。(ステインは痛くも痒くもないようだ)
「ふふっ」
「何か、おかしいことでもあったか?キサゲ」
「ああ、いや……なんでも……」
──なんか、本当に子煩悩な父親みたいになってきたなーって思ったんだが……。
「ステインも来たことだし今日の組手終了!家の中に入ろうか」
「はーい。あ、ステイン!さっきのこと許して欲しかったら、キャッチナイフ(キャッチボール的なもの)して!」
「わかった。キサゲ、いいな?」
「ご飯食べてからだぞ。あと外でやれ」
タガネはステインの手を掴むとグイグイと引っ張る。遊んで欲しくて仕方ないようだ。これでもタガネはこの間、ステインとの鍛錬でキサゲとやっている時以上にコテンパンにやられているのだが、それでもケロッとしているのが、タガネのすごいところである。
「今日のご飯当てるね!」
「お、当てれるもんなら当ててみな」
「カレー!」
「……何故わかったし……」
タガネはキサゲに向かって誇らしげに笑った。
インプラントが、インプラントが勝手に話し出すから止めるのに苦労します。