気を付けて行ってきてください。
「キミ、タガネくんだよね」
「……?」
その日、学校帰りのタガネに話しかけてきたのは1人の男だった。
「……なに?」
「そんな顔しないでくれよ、僕はキサゲの友人だ」
そう言われたが、タガネは男を睨みつけるのをやめない。自分でも、顔がどんどん歪んでいっていることがわかる。
「何の用?」
「ああ、そうだね。タガネくん、キサゲが倒れたそうだ」
タガネは男の言葉を信じなかった。こんなにすぐわかってしまうような嘘は、久しぶりだとタガネは思った。だからこそタガネは男に背を向け家へ帰ろうとする。
「酷いな……なにも言わずに行くなんて……」
嫌な感じがする、とタガネは男の声を無視して歩を進める。
家に帰れば、キサゲがいる。この男が付いてきたとしても、キサゲがいればタガネはそれで安心だと思っていた。
足早に歩いて行くと、後ろの男がいないことに気が付いた。ホッと胸をなでおろし、下を向いたタガネはあることに気が付く。
──あれ?俺の影ってこんなに大きかったっけ?
影はどんどん大きくなると、そのままスッポリとタガネを包み込む。
タガネの視界は真っ黒に塗り潰された。
何かが入ってくる。
誰かが入ってくる。
怖い。
痛い。
辛い。
いろんな感情が入ってくる。
いろんな世界が入ってくる。
楽しい。
嬉しい。
面白い。
ダメだ。ダメ。
流されちゃダメ。
逃げないと。
何から?
………………………
───────────────────────
「いやいや、僕はそこまで卑怯じゃあないさ。欲しい物は僕自身でなんとかする。
けろりとした顔で、インプラントはそう言ってのけた。
「ステイン、落ち着きなよ。あんたがインプラントを殺しても、タガネがインプラントの個性の支配下に置かれたことに、変わりない……」
キサゲはインプラントを睨みつけながら、ステインを制止する。
「そーだよ、もう手遅れさ。
それに、僕はこういう生死を分ける場面で嘘はつかない」
「
キサゲの制止も虚しく、ステインとインプラントの睨み合いは終わらない。
「いやね、いつも死ぬ瞬間は怖いからさー。こんなところで死にたくはないなー、と。
まぁ、あれだ。僕はこの『ヒーロー飽和社会』を壊したいと思っている。そのためにはヒーローに守ってもらうよりも
その目は本気だった。
昔からそうだ。躓いたステインとキサゲの前に現れ、自分たちを
インプラントはステインに1枚の紙を差し出す。ステインはため息を吐くとインプラントから手を離し、インプラントから差し出された紙を取り、部屋を出て行った。
「……あんたのその個性、本当にタチが悪い」
「そうかい?」
「……タガネは、どうなる?」
「そーうだな。残念だけど、ステインが
キサゲは目を閉じる。この男にとって、人間とは一体なんなのだろう。人の人生を平気でめちゃくちゃにするような、そんな彼にとって人間など取るに足らない存在なのだろうか。
「ステインに、私怨で殺しをして欲しくないんだね」
「……当たり前だ。それは、ステインの思想根本を否定しているようなものだ」
「そうかな?
ステインは、キミのためにも
「何?」
インプラントはそう言うとニッコリ笑いながら部屋を後にする。
「ごめんなさい、タガネ……」
1人残されたキサゲはこの場にいないタガネに謝った。インプラントに気に入られ、
──チャンスだ。これは僕にとって大きなチャンスだ。
暗い道をインプラントは歩く。
──僕は確かにタガネが欲しかった。でも
──うん、これはいい
──僕が欲しいのは一人の英雄とその他大勢の生贄のみ…
──でもタガネは
──
──ああ、楽しみだ。
「さぁ
キミは、どんな顔をして終を遂げるんだろうね──?
───────────────────────
ステインは、タガネの部屋へやって来ていた。
タガネは道端で倒れているのをキサゲに発見され、その後キサゲたちの家へやって来たインプラントにより、タガネが置かれている状況を把握したそうだ。ステインに知らされた時、類葉町の近くにいたからすぐに来れた。しかし、ステインがここへ来た時に目に入ったのは、熱に魘されているタガネの姿だった。インプラントの話ではこれは拒絶反応であり、2、3日すれば身体が受け入れるそうだ。
「ステイン……?」
寝ているタガネを起こさないよう近寄ったつもりだったが、タガネは薄らと目を開けた。まだ熱が引かず苦しそうだ。
「調子はどうだ?」
「えーとね、ステイン、きてくれたから、ダイジョブ」
「大丈夫には見えないが……」
タガネはステインがそばにいることに安堵し、笑顔を浮かべる。そんなタガネの額に手のひらを置く。
「ステインの手、冷たい」
「お前が熱いからだろう……喉は乾いていないか?」
「んー……ちょっと」
そう答えたタガネのために、キサゲが用意していたのであろう吸い飲みを口元へ持って行く。タガネはパクリと吸い飲みの飲み口を口の中へ入れゆっくりであるが、水を飲み始める。
「へへ…」
「タガネ?」
飲み口から口を離したタガネは、笑う。
「あのね、俺、今ステインがいてくれて、すごく、嬉しいよ……」
熱に侵されているはずのタガネはとても嬉しそうであった。キサゲからは、タガネにも自分の置かれている状況の説明をしたそうだ。それでもタガネにとっては、そこにステインがいることの方が重要らしい。
「あのね、個性ね、五分使えるようになったよ」
「五分……前の三分より随分使えるようになったな」
「うん、ステインに会った時は三秒だったから、俺強くなったよね」
そうだな、とステインはタガネに言ってやる。確かにタガネは出会った頃よりも格段に強くなった。個性の使い方も、身体の使い方も、当初に比べれば天と地ほどの差がある。そんなタガネの成長に、誇らしさと同時に寂しさを感じていた。タガネは「なんで?どうして?」と疑問をすぐにぶつけてくる好奇心の塊で、その疑問に丁寧に答えてやれば、どんなに時間が掛かっても最後には必ず理解する。それもタガネを大きく成長させた要因だろう。しかし、タガネがそれを発揮できるのは………。
「そろそろ俺は行く」
「え、もう行っちゃうの?」
背を向けるステインに、タガネは焦る。行って欲しくない、今はまだ一緒にいて欲しい。不安で仕方がないタガネは、起き上がろうとするが、それをステインに止められる。
「今は寝ておけ。無理はあまりするな」
「でも……俺、怖くて…」
タガネはステインの手を握る。
「何かいるの、俺の中に何かがいる。俺が俺じゃなくなりそうで……怖い」
タガネの手に力が入る。
不安は人を弱くする。タガネも例外ではないようだ。好奇心の塊であっても、恐ろしい未知には触れたくないと感じているのだろう。
「ねえ、今だけでいいから、いてよ……ここにいてよ、ステイン」
「……ああ、いてやる」
ステインがそう言ってやると、タガネは安心したように目を閉じた。
この出来事は、タガネの人生を大きく変えるキッカケになることは、まだ誰も予測出来ていなかった。
インプラントの個性、なんとなくわかっている人が多そうだなぁ…とか思いながらさらにヒントを出してみるスタイル。