「タガネ!ご飯」
「後で」
タガネは小学5年生になっていた。
小学5年生、この頃からタガネの反抗期は始まったのであった。
「後でって、それ昨日も言っていなかったか?」
「後で食べるから、ほっといて!」
タガネはそう言いながら自身の部屋の扉を思い切り閉める。その様子を見て、キサゲはため息を吐く。
「タガネ、昨日のご飯食べてないだろ?ゴミ箱見たらわかるんだからな。そんなんじゃあ身体が持たないぞ?」
「うるさい、キサゲなんか消えちゃえ!」
「タガネ、お腹空いたら出てきなよ」
「………」
シンと静かになる家。いつもは2人の会話で賑やかなはずだった。あの日のことと、それからタガネの反抗期が2人の関係を歪にさせていた。
リビングに戻ったキサゲは頭を抱える。
自分は、母親としてちゃんと役割を果たせているんだろうか。
──私って、本当にダメだ……。
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「お前、キサゲの所のガキだろ」
「………」
タガネとキサゲの家は、小学校から歩いてだいぶ遠い場所にある。そんな長い長い通学路をタガネは歩いていた。
「キサゲの息子」というだけで、よくタガネは絡まれることが多い。この町の抑制力のうちの1つ、それがキサゲだがある1部の人間からするとキサゲは目に余る存在、無個性なため自分たちよりも下の存在と思われている。
──ステインとインプラントには絶対関わらないくせに、キサゲにはこうだもんな、ここの奴らって……。
自分よりも劣っている存在、そう思っているからこそ彼らにとってキサゲは目に余る存在だった。そこで彼らが目に付けたのは、タガネだ。
「おい、無視かよ。キサゲはアイサツもろくに教えてねぇのか?」
「………」
タガネはいつものことだと、男の前を通り過ぎる。
「まあ、それも仕方ねぇよな。キサゲは無個性だからな、個性の使い方もろくに教えられないような女だからなあ!」
「キサゲが無個性なのは、挨拶と関係ないだろ?あと、個性の使い方は、ステインに教えてもらってる!」
──あ、しまった……。
露骨な男の挑発に乗ってしまった……これは、このまま無視して通り過ぎるのが困難になってくる。男はしてやったりとばかりにニヤリと笑う。
「まあ、とにかくあの女は目障りなんだ。ついてきてくれるよな」
気が付くとタガネは男たちに囲まれていた。
キサゲはその頃、外へ出かけていた。
「キャベツ高すぎないか?」
「仕方ないだろう?最近港の方で船が沈んだせいで他の船が入ってこないんだ」
「……確か、そうだったな…ここは山に囲まれているから外へ出るのも一苦労だしな……」
「まあ、ここらで八百屋はうちしかない、だから買うしかないだろう!」
「だからって、キャベツひと玉五百円は高すぎるだろ!?」
キサゲは八百屋の女店主とモメに揉めていた。
この2人の値切り対決はご近所では有名な、この町では珍しいいかにも平和な戦いだったが、本人たちからすれば死活問題である。
「キサゲ!頼むわよ、うちも野菜安く買いたいからさ!」
「なっ!キサゲに便乗して安く買う気だなそうはさせるか!これ以上値を下げると、うちの生活が!」
「アンタはうちより裕福だろうが!しかも一人暮らし!」
キサゲと女店主の戦いはさらにヒートアップしていく。近所のおばちゃんたちの声援を受け奮闘するキサゲ。
「おーい、キサゲー!」
「後にしな!」
キサゲと女店主、おばちゃんたちに紛れてやって来たのはホームレスの男だ。幼い頃のタガネがついつい優しくしてしまうから、家の近くによく出没するようになった。男に話しかけられたが、キサゲはそれを突っぱねる。
「いや、タガネのことなんだが」
「タガネがどうかしたのか?」
キサゲは、タガネと言う言葉が男の口から出てきた途端、女店主との激しい攻防を一旦中止する。キサゲの今1番大切なものは、タガネ。それをこの場にいた全員は知っていた。だから先程まで騒がしかったその場は静かになった。
「いや、俺の見間違いだったら良かったんだけどよ…」
「さっさと言いなよ」
男はおずおずと話し出す。
「タガネの奴、なんか港の方によくいるチンピラに絡まれてたぞ」
「はあ?」
「そ、そんな怖い顔すんなよ……」
キサゲの周りの空気は冷えきっていくのがわかる。
「俺だって、タガネを助けようとはしたんだぞ?でも俺なんかが行ったところで……」
男が言い終わらないうちに、キサゲは走り出す。
港のチンピラ。最近では麻薬などにも手を染め始めたと耳にしている。そんな奴らに絡まれたなら…おそらくは自分に対しての嫌がらせか何かなのだろう。
「無事でいてくれ、タガネ!」
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タガネが連れてこられた場所は、港の倉庫だった。
10数人の男たちが、キサゲが来るのを今か今かと待ち望んでいた。
「キサゲに勝とうとか、無理じゃないの?」
タガネはキサゲの強さを充分理解していた。確かにキサゲは無個性だ、しかしそれはキサゲの努力によってカバーされている。この間も、個性を持って暴れていた
「うるせぇ糞ガキ!あんな無個性女、これだけの人数がいればすぐに殺せるんだよ!わかってんのか!?」
「つば飛ばさないでよ、きたない」
ロープで縛られているタガネのすぐ近くにいる男が、そう怒鳴る、しかしタガネはどこ吹く風である。
「おい、あの女殺した後このガキどうする?」
そんなタガネの様子にイラついていた男へ、別の男が話しかける。
「そうだな、こいつ結構綺麗な顔してるし、どっかの変態にでも売ればそれなりの金になるだろ」
男はタガネの顔を見てそう言う。この町にはそうやって売られていく子供も多い。大体が海外へ売られていくことが多いようだ。現在、オールマイトが現れるまでは国内でもそういった子供の売り買いは頻繁に行われていたようだが、それも今ではかなりおとなしくなったそうだ。それに加え、新たな町の抑制力たち……それが現れてから更にそれができにくくなった。だからだろう、この男たちがキサゲを殺そうと躍起になっているのは。
「……お腹空いた」
もう日が暮れている。いつもなら夕食の時間帯だろうか。最近キサゲの作った夕食は全く食べていなかった。何故食べようとしなかったのかはわからない。でも、何となく食べたくなかった……なのに関わらず、こういう時にタガネの腹は空腹を訴えてくる。
──キサゲ、怒ってるかな?俺のこと、本当はもうどうでもいいんじゃないのかな?俺、最近生意気だったし、嫌われてても仕方ないよね。でも、それでもいいから、助けて………キサゲ。
タガネが思い出すのは7年前のあの事件、人を初めて殺したあの時だった。キサゲが助けに来なければ、自分でなんとかしなければならない。それはもしかすると、また人を殺すことになるかもしれない決断だ。
──……………まぁ、コイツらなら、死んでもいいよね。
──だってコイツらも人殺してるし。
──ただのチンピラ。自分の鬱憤晴らすことができればいいだけ。
──そんな奴ら、死んだ方がいいよね。
──そんな信念の欠片もない奴らだしね。
タガネは口を三日月のように歪め、男たちを見た。
──あれ?俺、今一瞬寝てた?
しかしそれは一瞬。そのうちに、タガネの顔は歪んだ笑みが消え去り、いつものタガネに戻っていた。
あと二三話でオリジン編が終わります。