──『次は、君だ』──
その姿を、鏨はただじっと見つめるだけだった。
出久たちに救けれた鏨は、ビルに映る大型テレビを見上げていた。
鏨にとって、オールマイトは幼い頃からの憧れで、あの頃縋っていた存在だった。
オール・フォー・ワンと戦うオールマイトを、鏨は見ていた。その姿が今までのオールマイトとは変わり果てた姿になっても目をそらさなかった。それが、何もできない自分がオールマイトにできる、ただ一つのことだと感じたからだ。
いつも背伸びをして、小さなテレビを目を輝かせながら間近で見ていた。
今は拳を握りしめて、大きなテレビを呆然としながら遠くから眺めるだけ。
──俺は、弱い。本当に弱い。あんなに憧れてたオールマイトに、何もできない。見ているだけ……本当に、何も変わらない。
護られる自分が、居心地が良くて、それでも不満があって。だから今まで必死だったのに。今もこうしているだけだ。
しかし、俯くことは許されない。それが必死に人々を護る、オールマイトにできる敬意だ。
──オールマイトっ
──ステイン…俺、どうしよう。どうしたらいいんだろう。
だが鏨は混乱していた。決して崩れることのない絶対的ヒーローが、あんな姿になってしまうなんて、一瞬でも思わなかった。
「地飛沫?」
「………」
オール・フォー・ワンとの戦闘を終えたことを見届けた出久たちはここから立ち去ろうとするが、鏨はまだ、画面を見たまま動かない。そんな鏨に轟は声を掛ける。
鏨の顔はよく見えない。しかしその口元は嫌でも目に入った。
──ステイン…ステイン……っ
「地飛沫!」
「!?
と、轟…くん?」
「……お前、大丈夫か?」
振り返った鏨の顔は真っ青だ。
「……うん、でも…」
「…ショックなのはわかる。でも、ここでその名前はダメだ」
「ごめん…でも、でも俺」
『次は、君だ』
それはテレビから聞こえた声。
テレビを見ると、オールマイトが指を差して立っている。
「オールマイト……」
平和の象徴、その最後であろう勇姿を見て鏨は悔しげに呟いた。
───────────────────────
「なんで入院なんか……」
「地飛沫、自分の体よく見てみろ」
警察に保護された鏨は、今度は病院のベッドの上に座っている。
「相澤先生、退院したいです」
「却下」
「あー!暇ー!」
「うるせぇ!黙ってろ!!」
「おはよー、爆豪くん」
一応、検査を受けるために2人は入院することになった。
様子を見に来た相澤や、見舞いに来た爆豪の両親、林子やクラスメイトたちと挨拶を終え、誰もいなくなった病室で鏨は折り鶴を折る。
「爆豪くんも折る?」
「折らねぇよ」
鏨はまた新しい紙を使い3個目の鶴を折る。
「おい」
「どうしたの?爆豪くん」
鏨は手を止めて爆豪を見た。爆豪はこちらをじっと見ている。
「……お前、
間
その一瞬の間を置くと、鏨はカタカタと人形のように震えだし、頭を抱え下を向く。その様子に驚く爆豪だが、数秒もすればそれも止まる。
「何人……というのはちょっと間違いだねー」
「!?」
顔を上げた鏨は、爆豪に笑いかける。
「お前……誰だ?」
「んー?俺はただの鏨の
「そーだなー。何人…いやいや、それでも彼らは地飛沫鏨という人間だからねー」
「ちなみに、何人いると思ったー?」
「……いつものアイツと、もう2人くらい」
「おおー。かなり見てるなー。
鏨には俺を入れて3つの
ソレはどこからかスケッチブックを取り出して来た。
「いつもの鏨は、喜ぶことが大好きそれ以外には無頓着。後は…
怒りっぽくて面倒くさがり、自分の信念貫き通す!鏨。
ナヨナヨしくてメンタル超弱い、いつも哀しんでる鏨。
楽観的で、記憶力がよくて性格良くて、愛嬌のある俺!で鏨は構成されてますー!」
スケッチブックに色んな自分を書き込んでいく彼は、いつもの鏨よりも字が綺麗だった。本当に、別人のようだ。
「……お前の中に4人いることはわかった。で、お前はなんだ?」
「え、さっき説明……」
「なんで他の3人より違う箇所が多い?
アイツは字が汚くて、言葉によく詰まって、自分のことを話す時、目をよく逸らす」
恐らく、はじめて会った鏨は怒りっぽい部分が出ていたのだろう。それはすぐにわかった。哀しんでばかりの鏨はよく見ないとわからなかった。しかし、この鏨は今まで見たことが無かった。
「んー、例えばここにドロップの缶がある」
彼は引き出しの中からドロップの缶を取り出した。
「4つがこの中にある訳だね。缶は鏨の身体だとでも思ってくれよー。で4つの飴はそれぞれ味が違ってる。けど、形は同じなんだ。1つ以外は全く同じなんだけどねー」
「つまり、もう全く別物ってことか?」
「んー?どうかなー?」
ニコニコ笑ってこちらの考えを楽しんでいる鏨を見て、爆豪は個性で手のひらから爆発を起こす。
「あ、はい…説明するよー。
確かに別物だね。3人の鏨は、それぞれ3人に性格が分かれてることなんて気がついてないしー。コロコロ性格変わってても、本人が気付いてない理由がこれねー」
冷や汗をかきながら、鏨は説明する。自分は鏨であって鏨で無いものだと言う。
「俺も俺ができたその理由が、よく分からない。でも中から1人の人生、しかもかなり面白い、が見れるなんて最高だもんなーって感じだから退屈はしないけど……」
「いい趣味してんじゃねぇか」
話している間、ずっと笑わない。怒鳴らない爆豪を見て鏨は苦笑する。
「どういたしまして。
でも、俺ってほぼ表に出れるようにはできてないから……もうちょっと眠いかな……」
うつらうつらとした鏨はそのままベッドに寝転がる。
「俺は、ちょっと寝るよー…いつもの鏨が起きたら、よろしくー」
「あ、おい!」
寝息を立てながら鏨は眠る。
「ッチ…めんどくせぇ」
爆豪は思った以上にめんどくさい鏨に戸惑うことしかできなかった。
───────────────────────
「お兄ちゃん、どうかした?」
他のクラスメイトよりも遅くに見舞いに来ていた出久はそんな2人の話を、病室の外から聞いてしまった。入院中であろう子どもに話しかけられなければ現実に戻ってこれなかっただろう。
「う、うん…大丈夫だよ」
「お兄ちゃん、顔色悪いよ。こっち、ソファあるから!」
「え!?」
出久は子どもにグイグイと引っ張られる。
「『静かにしておいた方がいいぜ。あの2人にきづかれたくはないだろ?』」
「インプラント……っ!」
声が子どもの声と、別の声と混じって聞こえてくる。この現象に出久は身に覚えがあった。あの日、自分たちと行動した時と同じなのだ。
「『まあ、座りなよ。安心しろ何もしないって』」
「………」
出久はインプラントから少し離れた場所に座る。
「どうして、ここに?」
「『タガネが心配だったからに決まってるだろ?』」
「あの時、死んだんじゃ……」
あの時、オール・フォー・ワンに身体を貫かれ、自爆したはずだと、出久は言う。その質問にもインプラントはニコニコして答えた。
「『僕は死なないよ』
『他にも、質問あるんじゃない?僕は結構キミのこと気に入ってるからね、何でも質問しなよ。何でも答えてあげる』」
出久はインプラントの笑みを見て冷や汗をかく。死柄木弔と話した時とはまた違うプレッシャーを感じたからだ。
「なん、でも……あ、あなたの個性と言ったら、答えてくれるんですか?」
答えてくれるはずがない。
そう思っていた。このインプラントの調子を崩し、逃げる隙を伺うつもりだった。
「『いいよ』」
「え?」
「『どーせ、言っても対処できないしね。
ま、そのためにはある科学者の話をしないとね』」
とある科学者の物語〜。
出久は気が付くとクレヨンで子どもが描いたような風景の中にいた。
むかし むかし あるところ に。
姿が見えないのに、インプラントの声が聞こえる。
ひとりの 科学者が いました。
科学者 は 最近いろんな子どもに出る 超能力 個性について 研究していました。
科学者は 全世界から いろんな 子どもを集めて 実験を繰り返しました。
その中には 自分の息子も いました。
息子の個性は 【感情共有】 いろんな人の 心を見る 繋ぐ とても平和的な個性です。
科学者は 息子と いろんな 人たちとの感情を繋ぎました。
しかし 繋いだ人の個性を 息子が使えるように なったのです。
その中には 【改善】 と呼ばれる個性がありました。
【改善】は いろんな個性を 改善していきます。
しかし それは追いつきません 【改善】は 自分を改善しました。
その結果 【改善】は 【改悪】になったのです。
【改悪】は 【感情共有】を 【改悪】して新たな個性に してしまいました。【水操作】を 違うものに 【改悪】しました。
いろんな個性を 【改悪】しました。
こうして 【感情共有】を【改悪】して できた個性は 【コンプロマイズ】 でした。
視界が開ける。
座っていた場所に戻ってきたのだ。
「『僕の個性、【コンプロマイズ】は人を乗っ取り操作する、自分にする個性さ』『
出久は隣にいる子どもを見た。
口が三日月のようになり、こちらをじっと見る子どもが目に映る。
「『発動条件は極めて簡単』『僕が頭を触る』『たったそれだけ。
「……それが、地飛沫くん……?」
「『正解』」
【コンプロマイズ】いったいどれだけのインプラントがいるんだろう。頭に触る。もし、自分の親が、恋人がインプラントなら……それだけで、その人はインプラントになる……きりがない。一人捕まえても、根本的な解決にはならない。
「『……さて、僕はそろそろ帰るよ!
じゃあね、デクくん!僕はキミのファンなんだ!いいヒーローになっておくれよ!できるなら英雄になってくれ!これから楽しみだ!』」
「え!?ちょ、ちょっと!?」
「『次の質問は次に会ったときにね!頑張ってね』
あれ?ここどこ?」
インプラントがいなくなったのだろう、残されたのは放心状態の出久と不思議そうにしている子どもだけだった。
ちょっと駆け足でしたが、インプラントの個性発覚しました。
コンプロマイズはIT用語にすると危殆化を意味します。