朝起きて、始めて少年の目に入ったのは赤いマフラーだった。
「キサゲ!マフラー!サンタさん来た!!」
「おお、良かったじゃあないか」
「うん!」
少年は赤いマフラーを巻き付ける。
自分の姿が気になるようで、少年はくるくると回りながらその姿を見ようとする。
「似合う?」
しかし、それでは全身を見ることはできない。
少年は目の前のその人に、聞いてみることにした。
「すっごく似合ってるよ。ステインみたいだ」
「本当に!?」
少年がはしゃいでいると、玄関の扉が開く音がする。
「ステインー!見て見て!サンタさん来た!」
「……そうか……ハァ、良かったな」
「うん!」
少年は扉から入ってきた彼に抱きついた。
少年は本当は知っていた。
この世の中に、サンタさんなんて者は存在しないことを。目の前の彼が、お揃いが欲しいとただをこねた自分のために、このマフラーをくれたのだと、少年は知っていた。
「これ、ずっとこのマフラーしか使わない!」
「ずっと?」
「うん!だってね、キサゲ……俺、このマフラーが、これからもずっと大切だから!」
少年は嬉しかった。
ただただ、嬉しかった。
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「じゃあ、早速だけど……鍛錬、付き合ってよ」
鏨はそう言ってワイヤーを取り出す。
ワイヤーの擦れる音が、路地裏に響く。それにステインも応え、携帯していた刃物を右手に持つ。
鏨の目的はこの保須市からステインを遠ざけることだ。
しかし、ステインに正直勝てる気はしない。一対一ならなおのことだ。その証拠に、今こうして押され始めている。鏨は何とか耐えていたが、ついにワイヤーを手放してしまう。鏨はすぐに後退し、ステインとの距離を取った。
──ワイヤー、もう一本使うか……──っ!?
鏨は腰に付けていたワイヤーが無いことに気が付いた。
「なっ!?」
「探しているのは…これか?」
「しまった……」
ステインの手には、鏨のワイヤーが握られていた。
鏨は苦い顔をして、さらに後退する。
「正直、ステインと接近戦、したくない……個性も使いたくない」
鏨は懐からナイフを取り出す。
「お互い様だタガネ。お前に血を流させると、後々面倒なことになる」
ステインの個性・【凝血】は相手の血を舐めることで、動きを制限する個性。鏨の個性・【
「……それで?何の真似だ」
「いきなり攻撃したこと?
とりあえず、ステインを、保須から遠ざけたい」
「何のために?」
「
その鏨の言葉に、ステインは目を細めた。
「友達……?」
「うん、できた……いっぱい。キサゲにも、報告した。えっと、クラスの子と、あと隣のクラスの子。今、すごく楽しい」
「……そうか」
「うん」
「だが、ハァ……それで
鏨はそのステインの威圧を全身に受ける。
久しぶりに受けたこの感覚に、鏨は思わず唾を飲んだ。
「何年、個性を使わなかった?」
「……ちょうど、ステインと会わなくなってから……中学に入って、三年は使わなかった……て言うか、使えなかった」
鏨は少し俯きながら答える。
「……更生中学だったか?」
「よく知ってるね」
更生中学校、そこは前科持ちの子供たちが集められる学校だ。ステインは、更生中学校が個性をまったく使わせない教育を行っていることを思い出す。
「インプラントからだ」
「俺、あの人嫌いだ」
鏨は少しイラついた様子で、ナイフを構える。
「……でも、俺の個性が劣化してるの、なんでわかったの?」
「意地でも、俺に個性を見せたくないようだったからな……」
「…そっか」
鏨は意を決してステインに切りかかる。
彼に近づくということは、彼の全身に携帯している刃物で切りつけられる可能性もあるが、それでも鏨には恐怖心はなかった。
あるのはただ──…守りたいという、その思いだけ……。
「考え事か。余裕だな、タガネ」
「痛──っ」
しかし、鏨のそれは阻まれる。
強烈な足払いを受け、鏨はその場に倒れ込んだ。すぐに立ち上がろうとするが、ステインはそれを許さない。
聞きなれた何が擦れる音がする。
──ワイヤー……!
それは鏨が奪われたワイヤーの音だ。
気が付くと、鏨はワイヤーで手足を縛られ地面に突っ伏し、動けなくなっていた。
「とりあえずは、ここでおとなしくしていろ……」
「相変わらず強すぎ……キサゲの技できるとか、聞いてないよ……」
「言わなかったからな、ハァ。
油断をするなと、何度言えばわかる……」
「わかった、わかったから……とりあえずほっぺた突くのやめてよ、いつもやめてって言ってるのに……」
そこで二人の耳に、こちらへ向かう足音が聞こえてきた。二人はハッとそちらに視線を向ける。
「……誰か来たね」
「………」
ステインは鏨をそのままにし、足音が聞こえた先へ向かう。
「……行くの?
「本物に至らない、贋作だったらな……」
「…………俺の友達さ、殺さなくても話せばきっと、わかってくれるって言ってた。人は、変われるって……」
ステインは鏨に目線をやる。
ああ、真っ直ぐな目だ。昔と変わらない。しかし、真っ直ぐである鏨のその目は、少し迷いがあるように見られる。
「……人の本質はそうやすやすと変わらない。お前も知っているはずだ。それでも尚、そう言うか……」
「……わからない。正直、まだ心の底では、人が怖い……信用できない……でも、もし本当にそうなら、キサゲの
「タガネ!」
それは、迷い。
それは、困惑。
それは、好奇心。
それは、純粋さ。
それは、優しさ。
そのすべてが、鏨を変えようとしている。
人はそう変わらない。そう言ったばかりなのに今、目の前の弟子は変わっていこうとしている。
ステインにとって、とても悪い方向に………それだけはダメだ。鏨は
鏨はステインの声に黙り込む。それを見て、ステインは先を進んだ。
ステインの背中が見えなくなった後、鏨は呟く。
「もし、本当にそうなら、キサゲの、
その声は、情けないほど震えていた。
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「ねぇ、キサゲは何か欲しいもの、無いの?」
「んー?そうだな……誰も悲しまない傷つかない…そんな世の中、かな?」
「キサゲ、いっつもそれ言ってる。けど、俺がステインみたいに強くなったら、そんな世の中すぐだよ」
「ハハハ……頼もしいね…」
キサゲと呼ばれたその人は、鏨を撫でる。
「タガネ、誰も悲しまない傷つかないっていことは、つまり私たちが、誰も殺さなくていいようになることだ。理解できるか?」
「?
そのために、ステインたちが戦ってるんでしょ?」
「……鏨、お前はまだ幼い。
ゆっくりと、考えることだ。いいな」
鏨はイマイチ理解ができなかったが、それでもコクンと頷いた。「本当にわかってんのか?」とキサゲは乱暴に鏨の頬を突く。
「やめてよ!なんで、ステインもインプラントも、俺のほっぺたつつくの!?」
「んー、このマシュマロほっぺめ」
鏨は逃げようとするが、すぐにキサゲが取り出したワイヤーでぐるぐる巻きにされる。
「修行が足りんよ!少年!」
「助けてー!!」
鏨、ステイン、インプラント、キサゲは、花いちもんめでインプラントだけをボッチにし、そのまま砂をかけ合うくらいには仲がいいです。