Gのレコンギスタ[外伝] アメリアン・ソルジャー 作:榊原啓悠
「はぁ……」
眠ることもパイロットの仕事……ではあるのだが、眠れないのではどうしようもない。
疲れているはずなのに、とてもそんな気分にはなれなかった。
「まずいよなぁ、明日は出撃なのに……」
北太平洋上の《アーリー・アメリアン》基地に仕掛ける攻撃隊の隊長に選ばれたカイルであったが、彼にはどうにもぬぐい去れない胸騒ぎがあったのだ。
「キャピタル・アーミィは……ジェイ少佐は、取り敢えず今回の攻撃隊への参加を控えた。それって、要求としては中途半端すぎるだろう」
《G-セルフ》のデータが欲しくてわざわざ情報を持ってきたというのに、肝心の作戦に参加できないのでは対価として《G-セルフ》のデータを得ることは難しい。アメリア軍単独で本作戦を遂行することは絶対にできないと確信していなければ、彼らの行動は不自然だ。
「この場合、無理をしてでも作戦に参加して《G-イシュリア》奪還の功績を主張して目的のデータをアメリア軍に対価として要求しなくっちゃ意味がない。キャピタル・アーミィなんて連中がアメリア軍のために無償で働いてくれるわけがないんだから」
テキサスの月を仰ぎ、言い知れぬ不安を口にする。明日の作戦参加メンバーたちも、不安な気持ちを抱えていた。隊長の立場でなんとか彼らを寝かしつけはしたものの、カイル自身こうやって深夜徘徊をするくらいには落ち着いてはいられなかった。
「……お前を連れてきた目的が、タダの威嚇なわけがないんだ……。そうだよな、キャピタルのモビルスーツ」
寄宿舎から始まった深夜の散歩……そのゴールに設定した基地発着陸上で、カイルは誰に語るでもなく口を開いた。彼の眼前には、キャピタル・アーミィが持ち込んできたエフラグと、漆黒のモビルスーツが静かにパイロットたちを待っている。この散歩の目的は、このキャピタルのモビルスーツを近くから見物することでもあった。
「例の《カットシー》とは随分と形状が違うな……?」
エフラグの積載量ギリギリのサイズの、大型モビルスーツ。大型の飛行用ブースターをマウントしていることから察するに、白兵戦よりも高速戦闘を狙った設計である。だが、装備しているのは大陸間戦争で現在主流とされているビームライフルではなく、旧式の実体弾ライフル。仮想的にアメリアやゴンドワンを想定するキャピタル・アーミィの兵器としては、あまりにもちぐはくだ。
「―――私のエルフに、何か?」
顎に手をやり眼前の機体を見物していたカイルの背後から、突如声が聞こえた。若い女の声だ。この基地では珍しいその声に振り返ると、カイルは目を見開いた。
「………!」
背後にいたのは、キャピタル・アーミィの女兵士だった。ショートカットにした黒髪や小柄な体躯は、軍人というよりも少女のそれである。だが、カイルの注目は少女兵士の風貌ではなく、彼女が構える拳銃に向けられていた。
「わ、悪かった。勝手にきみのモビルスーツを見物したりして……」
「………《エルフ》です。《エルフ・ブラック》」
「え?」
「その子の名前……」
「あぁ」
「一応機密ですから、これ以上のスパイ活動はご遠慮願います」
「……そりゃあ、まぁそうか」
銃口を突きつけられたまま、促されるままに《エルフ・ブラック》から距離をとる。どうやらキャピタル・アーミィも、アメリアに対して友好的な感情を持ってはいないらしい。しかし、こうして銃で言うことを聞かされるのは少なからずムッとくるものがある。カイルは少女兵士に、ささやかな復讐をすることにした。
「別にスパイのつもりじゃなかったんだ。僕、モビルスーツが好きでさ」
「ジェイ少佐の命令ですので」
「きみ名前は? 歳はいくつ?」
「………はい?」
「別にいいだろう? 作戦に参加しないとはいえ、きみたちが来てくれなければ僕らは泣き寝入りだったかもしれない。これを機に親睦を深めたいんだ」
「私の名前なんて、知っても何もなりませんが」
「いいじゃないか。僕はカイル=ガウェイン。歳は28で、階級は少尉」
「……モルテ=ポルテ………少尉」
こちらを訝しみつつ名前を口にするモルテだが、カイルはその顔が見られただけでも充分だった。あちらのペースを乱してやれただけでも、このささやかな復讐は大成功なのである。
「そうかモルテさんっていうのかぁ。よろしく……」
「近づいたら撃ちます」
「うっ」
握手しようと一歩前に出たとたん、降りていた銃口が再びこちらに向けられる。カイルはモルテのかたくなな姿勢に閉口し、じりじりと後ずさった。
「何度も言うようだけど、僕はコイツをスパイしようとかそういうんじゃない。ただ、本当にモビルスーツが好きなだけなんだよ」
これは嘘ではない。そもそもアメリア軍に入隊したのも、好きなモビルスーツを操縦することができる唯一の仕事だったからだ。大陸間戦争に参加して軍のトップガンになったのも、働きを認められて最新鋭機を受領されたのも、その最新鋭機をテロリストに横取りされたのも、全ては副産物である。
「………よく分かりません」
「好きなものを間近で見たいっていうのは、おかしいことじゃないはずだ」
「………」
一瞬の沈黙を置いて、モルテは銃口を下げた。ほっと一息をついて、カイルもにっと微笑む。しかしモルテは微笑み返すこともなく、傍らの《エルフ・ブラック》に視線を向けた。
「この子は、私と同じなんです。歪で、その存在さえ許されなかった失敗作……」
「きみと同じ……? ひょっとしてきみ、クンタラ?」
宇宙世紀の末期。著しい環境破壊で飢餓状態に陥った人類が作り出した、“被食人階級人種”。それがクンタラだ。既にその役目を終えているクンタラ制度ではあるが、彼らの子孫は未だに人種差別のそしりを受けている。
「この子は人を載せるには激しすぎる。だからクンタラの私が選ばれました」
「それって……人体実験じゃないか!」
「私に自由はありません」
月光に黒光りする《エルフ・ブラック》に寄り添いながら、モルテは目を閉じて静かにつぶやく。歩み寄ろうとするカイルだが、しかしその歩みを遮る者が現れた。ジェイ=ハミルトンだ。
「この機体はキャピタル・アーミィの失敗作だ。しかし処分するより有効活用すべきということで、こうして余剰部品と武装を持たされ、クンタラのパイロットを積んでいる。……これでいいかな? モビルスーツ好きのカイル少尉」
「キャピタルは、クンタラなど部品程度にしか考えていないのですか!」
「彼女はそれを望んでいた。人間としてではなく、兵器の構成部品としての自分を」
「そんな、馬鹿な……!」
「彼女にはそれが必要なんだ。……ではな、カイル少尉」
氷のように冷たい視線でカイルを一瞥すると、ジェイは回れ右をしてモルテのもとへ向かった。これ以上話すことはないということらしい。ジェイがモルテと唇を重ねるのを視界の端に捉えつつ、カイルも回れ右をして寝床へ帰っていった。
ジェイのイメージC.V.は中田譲治さんです。