Gのレコンギスタ[外伝] アメリアン・ソルジャー 作:榊原啓悠
朝の陽光が、波に反射してキラキラと輝く。
《フライスコップ》に飛行を預けながら、カイルはそんな朝の太平洋の景色を眺めていた。
……基地司令の言った、出撃直前の言葉が蘇る。
『万が一任務に失敗すれば、キャピタル・アーミィが作戦に介入してくる。機密保持のためにも、失敗は許されない』
もちろん、失敗するつもりなどさらさら無い。
大陸間戦争でも、失敗の許されないギリギリの死線はいくつも乗り越えて来た。
だが、今度の敵は海の向こうの欧州のゴンドワン人ではなく同じアメリア人なのである。国民を守るために命を張ってきたカイルのような軍人にとって、このような内戦は憂鬱以外の何物でもなかった。
湧き上がる複雑な思いを水筒の水と一緒に喉へ流し込み、息を吐く。もうあと2時間も飛べば、目的地の基地が見えるはずだ。キャピタルの思惑とやり方に思うところがありはすれども、取り敢えずは目の前の任務をまっとうしなければならない。
何より、この作戦は奪われた《G-イシュリア》を取り戻す雪辱戦でもある。こちらの操縦傾向に合わせた特別チューンを施してくれたメカニックたちや、精神面を支えてくれたブレンへの感謝を胸に、今は与えられた仕事をまっとうする。それが、職業軍人であるカイルの誇りであり、また仲間たちの信頼への応え方であった。
『隊長、カイル隊長』
《フライスコップ》のコックピットから通信が入る。今朝顔をあわせた時の記憶を辿ると、彼が実践もロクに経験したことのない新兵だったことが思い出される。その初々しい面構えに、隊を率いる者としての責任の重さを腹の底で感じていたカイルは、彼の通信の相手をしてやることにした。
「どうした?」
『信用していいのですか、キャピタルの連中が寄越した敵基地の座標など。奴らにとっては、この作戦は失敗したほうがいいのでしょう?』
「そのための僕たちさ。モビルスーツが無人機でないのは、ミノフスキー粒子の問題とは別にもう一つある。それは、戦場では絶えず人間の判断力が必要とされるからだ」
『そ、そうではありましょうが……』
「それに、そういう背景事情を考えるのは僕たち兵隊の仕事じゃあない」
『……軍人たるもの、上官の命令は絶対。上の言うことに従っていれば良い、と?』
「乱暴に言えばそうなるな。けど、ここでアレコレ僕らが考えたって何も良くならないことだけは確かだ。むしろ、そういった雑念は判断を鈍らせる。判断が鈍れば咄嗟の対応は難しくなるから、必然的に戦死の確率は上がる。いいことなんて何もない」
『隊長は―――カイル少尉は、割り切っているのですね』
「パイロットの仕事に忠実なだけだよ。でも、その仕事は決して上官の奴隷になることじゃない」
『え?』
「真面目になりすぎちゃダメってことさ。結局一番大切にしなくちゃいけないのは自分の命。例え大統領が僕らに『死んでこい』って言ったとしても、死ぬ必要はこれっぽっちもないんだ。給料分働けばそれでいいんだよ」
『………ふふっ、楽になりました』
通信越しに、新兵の緊張がほぐれたことを感じ取る。どうやらこちらの言葉は向こうにちゃんと届いたらしい。せっかくなので、他の緊張している隊員たちにも何か話をしてやろうと無線通信のコンパネを操作し―――
「ッ!」
『なっ……!』
スピーカーから発せられる通信音声が、耳をつんざくようなノイズの彼方へ消えていく。同時にレーダーが殺され、オートで作動したエマージェンシーが《グリモア》のコックピットに鳴り響いた。
「ミノフスキー粒子が撒かれた……!」
慣れた手つきで、素早く通信を接触回線に切り替える。こうすれば、少なくとも自分の乗っている《フライスコップ》とは通信ができるはずだ。
「接触回線、聞こえるか!」
『どっ、どういうことでしょうっ! 奴らの基地にある程度近づいたから、でしょうか!?』
「違うな。警告だけでミノフスキー粒子を撒いたりはしない。敵はこちらの戦力を把握した上で、ミノフスキー粒子を撒いたんだ」
『とすると……!』
「低空から接近していた我々を捉えたとしたら―――恐らく奴らが潜むのは雲の中だ! 上昇!」
『了解!』
《グリモア》の左腕でハンドサインを出しつつ、部隊を連れて一気に上昇する。カイルの素早い対応に遅ればせながら何機かが追従していくと、そうはさせぬと言わんばかりのビームの雨が空から降り注いできた。
ビームの光と威力の程から察するに、上空に展開している敵部隊は襲撃時のそれと変わらぬ《ジャハナム》だ。となれば、航空支援ユニットであるエフラグとのセットでの運用は必須になる。同じく単独での航空戦闘ができない《グリモア》と同条件だ。
「―――そうらみろ。やっぱり思ったとおりだ!」
カイルの予測通り、雲に紛れていた《アーリー・アメリアン》の部隊は《ジャハナム》とエフラグのセットで運用されていた。目視可能なまでの高度に上昇してそれを確認したカイルはそのまま高度をとり、上から撃ち下ろし攻撃をしかけようとしていた敵部隊の頭をとった。
「格闘戦をやるんなら、高度が大事だって教本にも書いてあるでしょ!」
不意打ちをくらったとは思えない驚異的な速さで対応してきたカイルの《グリモア》にカーキカラーの《ジャハナム》たちがやや愚鈍な動作でライフルを構える。だが、そんな悠長な暇を与えてやるほどカイルは有情ではない。《フライスコップ》の上で身をかがませて被弾面積を狭めつつ、カイルは手持ちのサブマシンガンで瞬く間に一機を撃墜した。
「不意打ちに成功したからといって、安心する奴があるか!」
続けて二機、三機。
隊列を崩され、あれよあれよという間に高度を落としていくカーキの《ジャハナム》隊を一方的に撃滅していく。
相手はテロリストだ。情けはかけない。
ためらいなく四機目の《ジャハナム》に弾丸を叩き込むと、カイルはやっと追いついてきた味方部隊に残りの殲滅を任せて、もう一度上昇をかけた。
「予想が正しければ、そろそろ来るはずだが……っ!」
洋上3000メートルの高度から、望遠モニターで周囲を索敵する。やがてカイルは、太平洋の青を背にして飛行する一機のモビルスーツのシルエットを戦場の西方に捉えた。
大気圏用バックパックらしきモノを装備しているが、あの特徴的なフォルムとカラーリングは忘れろという方が無理だ。カイルは操縦桿を思わず握り締めながら、唸るように呟いた。
「見つけたぞ、《G-イシュリア》……!」