適当に読んでも大丈夫です
戦車道は雨の日が日和らしい。
「ちょっと待って」
「……?」
「あの、天ヶ瀬さん」
気づけば彼女の足を引き留めていて、目を見合わせていた。
外のにわか雨が彼女の足を止めたのではなく、私が彼女を止めた。それに驚いているのは彼女だけでなく、私自身でもある。
「な、何か私に用でも……?」
彼女、天ヶ瀬紅葉さんは怯えたような表情でこちらを見てくる。
ここで井手上さんのように、優しい声で親切な言葉をかけられるほど、私は器用でない。
「雨の中帰るつもり?」
むしろ不器用と言っていいほどで、出た言葉と言えばまるで感情のないただの質問。
「……え。そ、そうだけど……」
それを受けた彼女は少しこちらから引くように、目を合わせてくる。
当然だ。私は何をしているのだろう。小さく息を吐いて、もう一度伝えたいことを考え直す。
「少し経てば雨は止むから」
一
空を見れば、どこまでも曇り空が広がっていた。
天気予報も、今日一日ずっと日差しが差すことはないと言っていた。
教室の端っこで机に突っ伏す。
天気の悪い日は好きじゃない。たとえ雨が降っていなくとも、晴れ晴れしい気分とは真逆の気分になる。
「紅葉ちゃ~んっ!!」
すると後ろからこちらを呼ぶ声がした。
振り返るといつもの見慣れた顔がそこに居た。
「どうしたの、詩織?」
「宿題やってなくてさ~……紅葉ちゃんの見せて?」
「ダメ」
「うっ……い、一生のお願いだからさ」
「ダメ」
詩織の表情が険しくなる。またこのダメ娘は。
いつも明るくて元気なのはいいが、もう私達も高学年なのだからもう少ししっかりして欲しい。
いまだに一生のお願いを頻繁に使うし、宿題はテレビを見た等の理由でやらず、よく門限を破り外で遊ぶため親に怒られる。それで本当にもうすぐ中学生になれるのだろうか。
それが日比谷詩織という娘、といえばそうなのだろうが。
勿論、悪い子ではないのは良くしっているが、良い意味でも悪い意味でも感受性が豊か過ぎ、好奇心があり余りすぎるのだ。
すると詩織が一本指を自信ありげに立てた。
「じゃ、じゃあ交換条件を提示します」
「え?」
「私ここに来る時、とってもスゴイの見つけちゃったの」
「何?」
「それを知りたければっ……!! 宿題を見せるがいい……」
「ダメ」
「あっ、うん……」
詩織は肩を落とす。
たぶん登校中に彼女が見つけるのなんて、どうせ綺麗な石か花だ。
それで今、手に何も持っていないということは、花ではない。おそらく綺麗な石がポケットに入っている。
もう少しマシな条件を提示出来なかったのだろうか。
思わず『はあ』とため息を吐き、詩織へ手招きをする。
「宿題持ってきて、私が教えるから」
「えっ!! ホントに!?」
「ホント。休み時間使えばまだ間に合うと思うから早く持ってきて」
「ありがとう!! さっすが紅葉ちゃんだね!!」
二
どんよりとした天気のまま、どんよりと一日の授業は終わった。
途中の体育でやった跳び箱も、体育館のジメジメで一番上の布が湿っていて少し気持ち悪かった。
だがあとは帰りの会を終えて帰るだけだ。
「今日、山吹さんすごかったねー」
「うん、そうだね」
「こう、ふわって感じで身体が浮いてて、あれってどうやってるんだろうね~」
ジェスチェーを交え熱演する詩織の話を聞きながら、先生の到着を待つ。
すると詩織が思い出したように手を叩く。
「あっ、そうだ!! 紅葉ちゃん、今朝私が見つけたスゴイのの正体、気にならない?」
「全然」
「そうだよね!! 宿題を教えてくれた紅葉ちゃんには、特別に教えてあげよう!! すっごく可愛いから!!」
「え……」
「じゃあ帰りの会終わったらね!!」
まるで話を聞かず、自分の席へ詩織は戻ってしまう。
ああなると詩織の勢いは止められない。これは付き添うしかなさそうだ。
しかし詩織にはもっと落ち着きをもって行動をしてほしい。
すると教室に前の扉から先生が入って来た。その後ろから続いて入って来たのは、山吹さんだった。
あの山吹さんほどとはいかなくとも、詩織には彼女を目標にするくらいの心持で居て欲しい。
山吹さんは先生と親しそうに何か言葉を交わしてから、席へ戻った。あの娘は勉強も出来てスポーツも出来て、クラスの皆だけでなく、あの様子だと先生とまで仲が良いようだ。それに日本人離れした容姿も可愛い。
もはや生まれた世界が違うとしか表現しようがない。クラスの端で慎ましく生きる私とは真反対にいる子だ。
「はーい。それじゃあ帰りの会始めるよー」
そして先生の号令で帰りの会は始まった。
三
「ヘイ!! わんちゃん!! 暇なら私達と遊ばない?」
「…………」
今どき、こんなことがあるのも、ここが田舎であるからだろうか。
詩織が妙な手振りで誘っているのは、ダンボールの中にいる子犬だった。ダンボールには『引き取ってください』と油性ペンで書かれている。
道の端の端、普段人通りのほとんどない、舗装はされていないが獣道ともいえない道路。たぶん普段から綺麗な花や石を探しているような人しか通らず、見つけられない場所にそのダンボールと子犬は居た。
「うわっ、うわっ、すごい元気だねー」
「……………」
子犬はまだ元気そうで、詩織の差し出した手をへっへっと忙しなくペロペロ舐めている。
端っこには少量のエサも添えられており、飼い主の最後の優しさが伺える。
「ね? すごい可愛いでしょ?」
「うん。でも……」
「でも?」
「どうするの?」
「………………え」
「………………」
当然、見つけてしまったからには簡単に見捨てられない。それが責任である。
当人の詩織といえば、眉根を寄せて難しそうな表情をした。まさか何も考えていなかったのだろうか。
「…………紅葉ちゃん」
「無理かな」
「だよねー……。だからって私も無理だし……」
詩織は過去に何度も生き物を捕まえたりしては、家に持ってきて母親から怒られている。詩織の母曰く詩織が何かの面倒を見られるとは思えないらしい。なら可愛そうだから飼わない方がいいと。
私も全く同意見だ。
そして私の家も、ペット禁止のマンションだから犬を飼うことはできない。
「こういうのって……どうすればいいのかな?」
「たしか、引き取り先が見つからないと、保健所で殺処分されちゃうとか……」
「え…………そうなの?」
「たぶん……私もテレビで見ただけだから」
「それは……嫌だね……」
「…………うん」
ふと子犬と目が合ってしまう。
元気そうに尻尾を振る姿を見て、これで情を移すなという方が無理だ。
すると詩織は立ち上がり、思い切ったように言う。
「まずは!! 私が家から毛布とかごはん持ってくるから!! 誰かにどうすればいいか訊いてみよう!!」
「う、うん。それが一番だと思う」
詩織にしてはまともな発想だった。
たまにある行動的な一面は私ももっと見習うべきだ。今回ばかりは詩織の意見が正しいだろう。
四
ここ最近、ずっと曇り空が続いて、ジメジメとした空気が辺りを満たしている。
そして私と詩織の間でもあの問題はまだ解決できていなかった。むしろ悪化の一途を辿っている。
「どうしよっか……」
「…………」
詩織はまた難しそうな表情をした。
私もあの時、あの子犬に情が沸いてしまったものだから、このままの状況は正直心苦しい。
しかしあの後、担任の先生や両親にどうすればいいか訊いてみても、あまりいい答えが返ってこなかった。
誰に訊いても、謝られるか公的な機関に届けた方が良いと言われる。だがそのような機関に届けて、飼い主が見つかるパターンは稀だ。見つからなければ勿論殺処分。
詩織も飼い主を捜そうと奔走しているが、実は結ばれない。
それからもっと悪いことに。
「それに昨日、お母さんに冷蔵庫漁ってるのばれちゃってさ……」
「え……」
「うーん……不味いなあ、もうご飯ももってけなさそうだし……」
詩織は親に犬を飼ってくれるように毎日頼んでいる。
もちろん毎日断られている。飼ってくれるまでは友達の家に犬を預けており、許可してくれるまで詩織は諦めないらしい。という設定で毎日母に頼み込んでいる。
実際は預かってくれる人などおらず、子犬には申し訳ないが毛布とごはんを置いて、あの場所にずっと居て貰っている。
きっとあそこに居ても、偶然飼い主が見つかることはないだろう。田舎でも更に人通りのないあの道で、誰かが子犬を見つけるとも思えない。
「あー!! 誰か優しい人が来ないかなー」
「そうなるのが一番だけど……」
どんよりとした天気と同じく、私達の間にもどんよりとした空気が流れた。
次回は早めに投稿します