ガールズ&パンツァー 山吹の場合   作:かじたろう

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出会いの話2

「今日も行くの?」

 

「うん!! もちろん!!」

 

 

 今日の全ての授業を終え、詩織はいそいそと帰る準備をしだす。

 まだ帰りの会があるというのに、詩織はいつでも行けるといった様子で、ランドセルを机の上に置いた。

 

 気持ちは分からなくもない。

 私も私で『行くの?』なんて訊きながら、当然行くものだという心構えでいた。

 

 今日も今日で曇り。

 天気予報では午後から晴れるということだが、いまだ厚い雲が空を覆っていた。

欝々とした空気から抜けられるのは、また後日になりそうだ。

 

 すると窓際の方を見れば、山吹さんが外をなにやら見ている。

たぶん空を眺めているのだが、山吹さんもこの連日の曇りを憂いているのだろうか。そもそもあの子自体が、クラスの中心光みたいな部分もあるから、あまり気にしない方が良いはと思う。

 そんなくだらないことを考えながら、机に座り時間を潰していた。

 

 今日は会議の関係で、先生が来るまで少しだけ時間がかかるらしい。

 

 早く帰りたい。ただそれだけ考えていた。

 そんな時、外からポツンという音が聞こえた。

 

 

「あっ、雨降って来た」

 

「うわー、ほんとだー」

 

 

 誰かが呟くのと同時に、みんなが外を見る。

 同じように見れば校庭の砂が少しずつ湿っていくのが見える。午後から晴れるという予報であったので、周囲から『傘持ってないよー』とか『どうしよう』という声が聞こえる。

 

 私も傘は持ってきていない。予報が大外れしている。

 それにちょうど帰るタイミングで降り始めるとは、なんてタイミングが悪いのだろうか。

 

 だけど詩織もたぶんもっていないだろうから、焦ったような顔をしているだろう。そう思い振り向いた。

 詩織の顔を見れば、予想通り少し焦ったような顔で外を見つめていた。しかしいつもの感覚とは違う、真剣な表情が混じっている。

 

 

「詩織?」

 

「…………これ、わんちゃん、大丈夫かな」

 

「あ…………」

 

 

 たしかにそうだ。

 あの子犬が入っているダンボールに屋根はない。毛布は置いてあるが雨を防ぐことはできないだろう。

 そうしている間に、雨の勢いは少しずつ増していく。校庭の砂がほとんど濡れて、雨音が外から聞こえはじめる。

 詩織はあわあわと周りを見ながら、落ち着かないようにしている。

 

 

「はやく行かないと……」

 

「詩織……気持ちは分かるけど、少し落ち着いて」

 

「う、うん……」

 

「先生が来れば、すぐ帰れるから」

 

 

 詩織はこういうときに迷わず走りだすタイプだ。

 しかしまだ帰りの会は終えていない。こういうときだからこそ、一度落ち着くべきだと詩織に諭さなければ。

 落ち着くことでまた視点が広がり、新たな手が見つかることもある。それをきちんと詩織に伝えれば、きっと分かってくれる。

 

 

「詩織―――」

 

「―――紅葉ちゃん、ごめん!! 先行くね!! 先生には言っておいて!!」

 

「え」

 

 

 駄目だった。

 

言う前に詩織はランドセルを持って教室を飛び出してしまう。

 詩織がどうするか分かっていたのに止められなかった。クラスの皆も詩織が出て行った方を何かあったのかと見ている。

 おそらくあの焦り方だと、詩織は傘を持っていない。

 

 不味い事態になった。

 

 だが行ってしまったからには仕方がない。私だけでも帰りの会を受けて、急いで追いかけなければ。いや、傘を持っていない私が追いかけたところでどうなるのだろうか。

 

 窓の外を見れば先ほどよりも激しく雨が降りつけている。

 

 

「詩織…………」

 

 

 そこでようやく先生が教室に入ってきて、帰りの会が始まった。

 

 

 

 

 六

 

 

 

 

 全員で立ち上がり『さようなら』と合わせて言う。

 外を見れば雨はまだ降り続けている。

 

 私はどうするべきだろうか。この雨の中、傘も持たずに外へ出れば当然ずぶぬれになってしまう。おそらく詩織はもうずぶぬれになっているだろう。

 ひとまず教室を出て、下駄箱のある玄関まで向かう。

 

 やっぱり雨は強い。

 傘を持っていない私が詩織を追ったところで、どうにもならない。

 

 

「…………」

 

 

 でも、やっぱり、友達は置いていけない。

 私が居ないと詩織はだめだから、それよりも友人を置いておくのは私の感性が許さない。

 

 上履きから靴へ履き替える。

 その時、後方から誰かの声が聞こえた。

 

 気にする余裕があった訳でもないのに、その声は聞こえた。

 

 

「ちょっと待って」

 

「……?」

 

 

 決して大きな声ではないのに、スッと辺りへ通る声だった。

 思わず立ち止まってしまう。それから誰へ向けられたものかと左右を見渡すが、周りにはだれも居ない。

 それから振り返ると、こちらへ真っ直ぐな視線を向ける青い瞳の少女が居た。

 

 

「あの、天ヶ瀬さん」

 

 

 そこに居たのは山吹さんだった。彼女は確かに私の名前を呼んでいる。

 

 なんだかこの寂れた学校に彼女の姿は似合わないというか、場違いな感じを受けた。それは私の気が動転しているからそう見えているのか、彼女の纏う雰囲気がそう見せているのかは分からない。

 

 彼女とはごくわずかに名前を呼んだことがあるだけで、一度だって話したことがない。同じクラスとはいえ、私と彼女では接点の作りようがないのだ。

 

 

「ごめんね、急に呼び止めちゃって」

 

「う、ううん……何?」

 

 

 どうして山吹さんは私に声をかけたのだろうか。

 だめだ。私の貧困な発想ではまるで思い当たる節がない。

 

 

「雨の中帰るつもり?」

 

「……え。そ、そうだけど……」

 

 

 彼女は平坦にこちらへ尋ねてくる。次にどんな質問をするのか、思わず身構えてしまう

 彼女はゆっくり息を吐いた。

 

 

「少し経てば雨は止むから」

 

「え?」

 

 

 ふと柔らかい表情が目に入った。

 彼女は自身のランドセルを開けると、中から何かを取り出した。

 

 

「日比谷さんを、追うんだよね?」

 

「え……う、うん」

 

「これを使って」

 

 

 差し出されたのは、花柄の折り畳み傘とタオルだった。

 大外れの天気予報とは違い、彼女は準備よくそんなものを持っていた。流石だなと思うと同時に、それは申し訳ないと思った。

 これを受け取れば、当然山吹さんはこの雨の中、傘もなく帰ることになる。

 

 

「そ、それは……」

 

「私はここで止むまで待つから」

 

 

 そう言うと彼女は茫然とする私に、傘とタオルを渡す。

 私も抵抗することなく受け取ってしまう。

 

 

「止むまでって……いつ止むかも分からないし……」

 

「大丈夫、20分もすれば止むよ」

 

「え……?」

 

「今日の雨が止めばやっと雲が晴れるからね。その時に私は帰るよ」

 

「な、なんでそんなこと分かるの……?」

 

 

 そう言うと山吹さんは少しだけ悩むような素振りをした。当たっているとも分からないのに、山吹さんが言うと真実味を帯びてしまう。

 それから冗談でも言うかのように、平然と答えた。

 

 

「それは私が戦車乗りだから、かな?」

 

 

 『それはじゃあ駄目?』と彼女はふと微笑み言う。

 よくよく思い返せば答えになっていない。しかし彼女の瞳は適当なことを言っているように見えない。だからきっと止むのだろうとも、思ってしまう。

 

 うちの近辺は田舎町であるが、戦車道では西住流という流派がある有名な場所らしい。私もあの大きな屋敷がある前の道はよく通る。だから山吹さんもその西住流の関係者なのだろうか。

 

 

「で、でも…………」

 

 

 躊躇する私に対し、山吹さんは真剣な表情になる。

 

 

「自分の道を信じて」

 

「…………」

 

「誰の意志も関係ない、自分の選択が自分の道になるから」

 

 

 

 

 七

 

 

 

 

 山吹さんから傘を受け取って、急いで詩織の向かった方へ向かう。

 彼女の言う自分の道とはどのような事を意味していたのだろうか。誰の意志も関係ないとは何を思って言ったことなのだろうか。

 

 結局、私は彼女の真剣な瞳に迫られ、断ることもできず何度もお礼を言って傘とタオルを受け取った。彼女は笑って手を振っていたが、おそらくこれでは自分の選択とは言い難い。

 

 でも山吹さんがとても優しい人だということは分かった。

 そして戦車道をやっているということも。戦車道をやっていると天気が分かるようになるようだが、一体どのようにやっているのだろうか。

 

 雨はまだ強く降り続いている。

 

 それから走っていくと、一人の少女の姿が見えた。

 詩織だ。やっぱり傘をさしていない。

 

 しかし近づいて行くと異変に気付いた。

 何故か詩織は宙を見て、ただボンヤリと立っている。

 

 

「詩織?」

 

「紅、葉ちゃん……?」

 

「ど、どうしたの……詩織?」

 

 

 詩織は涙目になりながら、耳と鼻を真っ赤にしていた。

 ひとまず詩織を傘の中に入れ、タオルを頭に掛ける。触れた肌が冷たかった。

 何があったのだろうか。そう思い詩織の顔を見ると、詩織は子犬の居るダンボールを指さした。

 

見ればそこに子犬の姿はない。どういうことだろうか。

 

 

「朝はっ……居たのに……来てみたらいなくてっ……」

 

「…………」

 

 

 中の毛布や餌もない。

 そこには濡れたダンボールだけが残っている。おそらく周りの物品がないことも考えて、誰かが連れて行ったのだろう。

 こんな人通りのない道で誰かが子犬を拾うなんて。

 

 それは不味い。

 

 見つけたから飼おうと考える人は、なかなか居ないはずだ。それよりもその誰かに見つかって、保健所に連絡され引き取られたという可能性が高い。

 冷たい感覚が脳に過る。私たちはあの子犬に情をかけた挙句、この結果で終わる。そして詩織の悲しむ表情が目に浮かぶ。

 

 

 いや、まだ。まだあきらめるべきではなくて。一週間後には殺処分。だからまずは。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。私は、何をすべきで、どんな道を選ぶのか。

 

 

 すると雨音に混じって、奥から足音が聞こえた。

 そちらの方を見ると、着物に赤い和傘を差した人が居た。あちらの方もこちらに気付くと、優しい表情をこちらに向けてくる。

 

 そして私たちの前で立ち止まった。

 

 

「もしかして、あなた方ですか?」

 

「え?」

 

「あちらにいた子犬の保護者を探していました」

 

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