十
心臓が直接叩かれているのかと思うほど、重圧のある音が身体に響く。
車の滑るように聞こえるゴムタイヤの音ではない。硬質な金属の衝突音が地面を進むごとに聞こえるのだ。その度にがたがたとした振動が直接内部に伝わって、身体をぐらぐらと揺らす。
「二人とも大丈夫?」
ふと山吹さんがこちらを向いて言う。
山吹さんが座っている場所が、操縦席らしい。よく分からないが三つのレバーを操作してこの戦車を動かしている。私は装填手という人が座る、この戦車の弾を込める人が座る席に居る。そして詩織は一番上の車長席という場所に居る。
「大丈夫だよ!! すっごい迫力だね!!」
「う、うん。すごいね」
詩織はそうはしゃぎながら、戦車内を見回している。
外から見た時は、無骨で物々しくとても人を運ぶために用意された代物とは思えなかった。いや実際、人を運ぶための代物ではないのだが。
それから乗るのにも一苦労で、山吹さんは慣れた様子でひょいひょいと登るが、私は山吹さんの手を借りなければ上に登れなかっただろう。
「山吹さん!! この席に立って周りを見るんだよね?」
「うん。何かあったら私に言ってね?」
詩織は立ち上がり、入って来た丸い穴から外に顔を出す。
しかし乗ってみれば意外に、快適とは無縁だが乗るのに悪い気はしない。今まで、たまに外で走っているのを見たことがある程度で、乗りたいと思ったことは一度もなかった。
だがこの爽快感は胸を打つ。
『うわー!!』と頭上から叫ぶような声が聞こえた。やっぱり。だけどたぶん私が同じようにあそこから顔を出しても、声は出さないとして興奮は抑えきれないだろうけど。
ジャングルジムジム程ある高さの鉄塊が、それなりの早さで動いているのだ。それもいつも歩いているあぜ道を、通学路を、力強く走っている。
「大丈夫かな……」
詩織のことが少し心配になる。
ここへ乗る前にヘッドセットを渡されたのは、きちんと戦車を動かす役目を果たすためだろう。すでに役目を忘れていそうな詩織の様子が不安になる。
しかし山吹さんが何も言わないから、大丈夫なのだろう。
「それと天ヶ瀬さん、日比谷さん……私、二人に謝らないといけないことがあって」
「え?」
今度はこちらを向かず、前を見ながら山吹さんは呟くように言った。聞こえたのはヘッドセットからだ。
しかし私も言われたことに思い当たる節はなく、素っ頓狂な声が出てしまう。山吹さんに謝られるようなことはない。むしろ私達がお礼を言うべきで、傘を貸してもらい、井手上さんに助けて貰い、こうして戦車で自宅まで送ってもらっている。
山吹さんはそのままの声量で言う。
「今日の帰りの会の前、二人とも話してたよね。その話、私も盗み聞きしてたの」
「……そうだったの?」
あの時、山吹さんは空を眺めて、それから席へ戻っていた覚えがある。
盗み聞きをしているようにはまるで見えなかったが。
「今日の朝、あそこから日比谷さんの声と子犬の声がして……それを他の先輩に話した時、誰も信じてくれなくて。私もそれで聞き間違いだと思っちゃったから……」
「そうなんだ……」
それであの時、井手上さんが信じていなかったことを詫びたのだろう。
井手上さんの話では、てっきり子犬だけの声を聞いたと思っていたが、詩織もそこに居たらしい。
詩織は早朝、子犬へ会いに行っているという話は聞いていたが、その時の声を今日山吹さんは聞いたのだろう。
「でも今日の放課後の二人の表情を見て、話を聴いて、聞き間違いじゃないって分かった。その頃には日比谷さんは教室に居なくて、帰りの会も始まる直前だったけど……」
「あー……」
「だから、二つ謝らせて」
そう山吹さんは言った。
詩織も通信で会話は聞こえているはずだが、珍しく何も喋らない。
「二人の会話を盗み聞きしたこと。それと自分を信じられなくて、子犬と日比谷さんをもっと早く見つけてあげられなかったこと」
「そ、そんな……謝ることじゃないよ」
「でも、一度謝らせて。ごめんなさい」
山吹さんは前を見ながらも、ハッキリと謝った。
しかし謝られることではない。たしかに早朝の時点で、詩織に山吹さんが声を掛けていれば、子犬はもっと早く保護されていたのかも。そして詩織が雨の中走りだすこともなかったのかも。
「でも――――」
「――――違うよ!!!」
大きな声が戦車内に響く。
いつからそこにいたのか、詩織は私の隣の席に座っていた。私の言葉を遮り、山吹さんへ力強く言う。
「私は山吹さんに感謝してる。あなたがいなければどうなってたか分からないもん」
その通りだ。
そもそも彼女が居なければ何も解決しなかった。井手上さんもあそこに来ていなかった。子犬すら見つかっていなかった。
「だからそれに良いも悪いもないよ。ありがとう!! 山吹さん」
声は大きいが、こうして素直にお礼が言えるのはやっぱり詩織のすごいところだと思う。
山吹さんはそれに柔らかい表情を浮かべる。井手上さんのように。
「日比谷さんは優しいね」
それにどんな感情や過去が籠められているのか分からないが。どこか切ない表情を一瞬だけ見せたような気がした。
彼女は彼女なりに考える部分があるのだろう。すると詩織は更に突拍子もないことを言った。
「きっと運命なんだよ」
「……運命?」
山吹さんが不思議そうな表情をする。
「きっとこうして私達が出会ったのは運命だったんだよ!! 私が子犬に出会って、紅葉ちゃんに相談して、雨に濡れて!! それで山吹さん助けられて!! 」
「……元から決まっていたってこと?」
「そう!! だからこうして三人で戦車に乗っていることは、ずっとずっと前から決まってたことだったの!!」
詩織が好きな考え方だ。突拍子もなく、現実感もないといえばそうだが。何も考えがないよりはずっとマシ。
物事の大筋は運命で手繰り寄せられている。恋人も親友も成功も、みな運命で元から出会うと決まっているのだ。
山吹さんはふと何かを納得したように頷いた。
「そうだね。きっと偶然なんかじゃないのかも」
馬鹿らしいと一蹴りされてもいい言葉を前に、山吹さんは微笑んだ。
それは彼女の優しさか、それとも何か別に理由があるのか。
「うん!! だから今度は私達が山吹さんに何かお返しをしないといけないね」
「それも運命だから?」
「勿論!!」