夏の夕暮れを越えて、アカツキノスイヘイセンヘ   作:あおい安室

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夏の夕暮れの近づく頃、私はある英雄を思い出した。


夏の夕暮れを越えて、アカツキノスイヘイセンヘ

夏の夕暮れ

 

傷ついた私をやさしく迎えてくれたのは

 

一羽の海鳥、『艦娘』だった

 

―回収されたボイスレコーダーより―

 

 

ざぁ、ざぁと。波の音が聞こえる。

海を漂い続けて久しい私にとってはもはや聞きなれてしまった。

私の体には重厚な装備、『艤装』が物言わぬ鉄くずとなった今でも付いている。

まだかすかに機能が生きているため、私は沈むことなく仰向けで海を漂っている。

これを外せばすぐにでも『艦娘』という一種の戦闘兵器である私は海の底に沈み、『深海棲艦』という私たちの敵である化け物になるのかもしれない。

 

それでも構わない、と私は思う。私はもう疲れてしまった。この海を孤独に漂い続けることに。

ただ………それが出来たらどれだけいいことか。『艤装』は戦闘時のトラブルを防ぐため取り付けが固い。

私だけでは到底外せない。基地に帰るか物理的に破壊しないと外せるはずもない。

動けるほどの体力も燃料もなく、ただ孤独に生きる、いや、生かされる。

仲間を逃すため囮になったものの、敵が追撃を中途半端なところで止めて大破した私を沈めることなく去っていったからだ。

 

ああ、早く私を終わらせてくれないだろうか。

寂しくて仕方がないんだ、今の私は。

そんなことしか考えられなくなっていた頃。

私は夏の夕暮れに、一つの海鳥と出会った。

 

 

「………?」

 

目を覚ますとなんだか海鳥が騒がしかった。

まるで飛行機か何かが近づいてきたかのように。

好都合だと思った。艦娘の空母の飛ばす艦載機なら、私は救助される。

逆に深海棲艦の艦載機でも私は攻撃されて沈められる。

どちらにせよ、孤独に海を漂っているだけの生活は終わる。

しかし、その期待はどちらも裏切られた。私の上を過ぎ去ろうとした時、その姿を見た。

その飛行機は………大きかった。私達の使う物とは比べ物にならない、人を載せて飛ぶサイズ。

 

ただし、その外見はグロテスクだ。

 

人間の脳に機械を差し込んでいるようなデザイン。

深海棲艦かと思ったが、あの脳は深海棲艦というには赤すぎる。深海棲艦は基本的に黒いのだ。

しかもあの機械。全くといってもいいほど見覚えがない。

何だ、あれは?

 

『………アナタハナニモノダ』

 

突然頭の中に声が響く。一瞬頭に痛みがはしる。

目の前には私の上を過ぎ去ろうとしたあの飛行機が戻ってきていた。

あれが語りかけてきたのだろうか?

脳の隙間からのぞかせている巨大な青い水晶体のような目で私を興味深そうに見ている気がする。

なんとなく………だか。

 

しかし、私もあの飛行機と同じことを考えていた。あなたは何者だ。

声を長い間出さなかったせいで私はしゃがれた声で尋ねることしかできなかった。

 

『………ワタシカ。ワタシハ………ナモナキバイド、ダ。スキニヨベ』

 

「バイド………?バイドとは、一体?」

 

『イヤ、シラナイノナラソレデイイ。バイドニツイテオシエルナラ………ジンルイノツクリダシタオワリナキアクム、ダ』

 

アクム、と言う彼女………声がどことなく女性だった………の言葉に私は引っかかりを感じた。

アクムという言葉には確かに憎悪の心を感じた。だがしかし。彼女は自分のことをそのアクムのバイドという存在であると言ったのだ。

自らに対して憎悪を抱いている?どういうことだ?

 

『………シンジルカドウカハワカラナイガ………ワタシハ、ヒトダッタ。セントウキヲカリ、バイドヲウツ、ヘイシダッタ』

 

「ヒト………?そうか。それなら私も似たような物だ。私は艦娘。深海棲艦という化け物を倒す兵士だ」

 

この時、本当ならば私は自分の名前を語ればよかった。

しかし、自分の名前の記憶が長く漂っていた性か風化していて、思い出せなかった。

 

『ソウカ。アナタモイワユルドウギョウシャカ………ワタシハモテルチカラノスベテヲカケテタタカイツヅケタ。ダガ………キガツクト、ワタシハバイドニナッテイタ』

 

「………あなたは元々ヒトだった。自らの討つべき敵と戦っているうちに、いつの間にか自分もその討つべき敵になっていた………」

 

『ソノトオリダ………ソレデモワタシハ。カエリタカッタ。ワタシノウマレタコキョウ、チキュウニ………』

 

ダガ、ダメダッタ。

彼女の言葉から伝わる悲しみが強さを増す。

 

『ミオボエノアルナカマハ、ワタシニジュウヲムケル。ワタシヲコロソウトシテクル………ワタシハタダ、カエリタカッタダケナノニ。ダレモ、ワタシヲヤサシクムカエイレテハクレナイ………』

 

彼女の言葉を聞き、私の脳裏に一つの光景が浮かんだ。

最後に私が基地である鎮守府を出撃する際に、深海棲艦の襲撃があった。

たった一隻だった。

それを討伐するために私達は全力を尽くした。とどめは、私がした。

だが………なぜ一隻だったのだろうか。それが頭の中でひっかかっていた。

だが、彼女の言葉を聞いて私は納得した。

 

私の討った深海棲艦はやはり、艦娘のなれのはてだったのだ。

 

自らが敵になったことに気づいていたのか、気づいていなかったのか。

そのどちらでもいい。ただ、彼女は鎮守府に帰ろうとしていただけだったのかもしれない。

目の前にいるバイドの様に。

 

『………ナア、アナタハ、ドウシテ。ワタシニジュウヲムケナイ?ソレニ、ドウシテウミヲタダヨッテイル?』

 

「簡単なことだ………私はもう、戦うことができるほどの力もない。艦娘は海を移動するのが基本なのだが、このボロボロになった体では、海を漂い続けることしか出来ないのだ………」

 

『ボロボロニナッタカラダ………カ』

 

「私もあなたと似たようなものだ。帰りたい場所があっても帰ることはできない。いつか、死ぬときまで永遠に、一人佇んでいく………あなたもきっとそうだろう?」

 

そこまで言って、私はまた、新たな光景を思い出す。かつて、私が軍艦だったころの記憶だ。

既にボロボロになった体を、熱い光が焼き尽くす。それでも、私は生かされる。

そして、何時か、一人になって………静かに、沈んでいく。冷たい海の底へ………

 

『アア………ソウダナ。ワタシモ、オマエモ………ヒトリ、ダ』

 

彼女が言葉を返す。それには諦めのようなものが感じられた。

その諦めのような心に、同情した………いや、私は欲を出してしまったのだ。

 

「………ただ、あなたが望むのなら、ここにいればいい」

 

………お願いだから、ここにいてくれ。

 

『エ………?』

 

「少なくとも、どちらかが死ぬまで、お互いの孤独を埋めることくらいは出来る」

 

………ただ一人、そっと孤独に消えたくはない。

 

「あなたも、寂しくは死にたくはないだろう?」

 

………私は怖いんだ、寂しく消えることが。

 

『………アナタハ、ヤサシイナ。ソシテワタシトオナジク………コドクダ。ヒトリニナルコトヲ、オソレテイル』

 

彼女が私の問いかけに言葉を返す。

 

「………ああ、そうなのかもしれないな」

 

『コンナ、ケダモノニナッテシマッタワタシノコトデスラ、イトシクカンジルクライニ………』

 

「………いけないことか?」

 

『アア。ワタシハ、バイドナンダ………ホカノナニカトソバニイルコトハ、ホカノナニカヲ、ワタシハ、バイドニシテシマウ』

 

彼女は再び、悲しみを背負った声で私に伝える。

 

『ソレハ、ドンナコトヨリモユルサレナイ。ソレハ、ワタシノヨクシッテイルコトナンダ………』

 

「私はそのバイドとやらになっても構わない。だから………」

 

『ソレハムリナソウダンダ………ナア、カンムス。ヒトハ、ヒトトシテシネルコトガ、サイコウノヨロコビナノダ。ワタシハ、ソウオモウ』

 

彼女は、私から視線を外し、飛行機は向きを変え、私に背を向ける。

 

「ま、待ってくれ………」

 

『ダカラ………ワタシニハ、ワタシヲヤサシクムカエテクレタ、カンムスヲ………ヒトデアラザルモノニスルコトハデキナイ』

 

「頼むから………私を、一人にしないでくれ………」

 

『………スマナイ、カンムス。モウニドトアウコトハナイダロウ………ダガコレダケハイワセテクレ………アリガトウ、ヤサシキウミドリヨ』

 

それだけ言い残して、彼女は飛び去って行った。

夏の夕暮れの沈む水平線に。

残されたのは………孤独な、私だけだった。

 

 

 

 

 

………その夜。私は夢を見た。

現実のような、夢だ。私は、海の上を漂っていた。

立ち上がると、体はすぐにでも海を駆けて行ける状態だった。そこから私はこれは夢である、と判断した。

そんな私の目の前に………宇宙服のような物を着た女性がいた。

ヘルメットで顔はよく見えない。

ただ………本能的にわかった。彼女は、飛び去っていったあのバイドだ。

 

「………何の用だ?私にはもう会うことはないんじゃなかったのか?」

 

『ソノツモリダッタ………ダガナ?アンガイハヤク、ワタシモシヌコトニナッタカラナ。ワカレノアイサツニキタ』

 

「………そうか。良かった………のか?」

 

『アア、ヨカッタサ。コレデヨウヤクアノナツノユウグレモオワル………』

 

「夏の夕暮れ………?何を言っている?」

 

彼女はそういったが、この世界は私には暗闇の夜にしか見えないのだ。

今はちょうど日が上って来たが。彼女は何を言っているのだろう………?

 

『………アア、ソウカ、ワタシノメハオカシクナッテイルノカ………ナア、カンムス。アナタニハアノタイヨウハドウミエテイル?』

 

「どう………?それはもちろん、日の出だろう?」

 

『フフ………ソウカ、ヒノデカ………』

 

彼女はそう呟くと、太陽に向かって歩き始めた。私はそれを追いかけようとした。

しかし………体は、動かなかった。

あいつが太陽に向かうということは、死後の世界に向かっているということだからか?

それなら、私も連れていってくれないだろうか………?

 

『………カンムス。イイカ?』

 

歩いていた彼女は立ち止まり、私の方を振り向く。

 

『ワタシノタタカイハモウオワッタ。ダガ、アナタノタタカイハマダオワッテハイナイ………ダカラ、ワタシハアナタヲツレテハイケナイ』

 

彼女はヘルメットを脱ぎ捨て、しまわれていた美しい髪を翻す。その顔をみて、驚愕する。

 

『ワタシニハモウイナイガ、あなたを迎えてくれる人はまだいる。例えば………あそこに』

 

とりあえず、彼女の指さした方向を確認した。その方向には………

あの時、私が逃がした仲間たちがいた。仲間たちは私達のいる場所に向かっていた。

 

『さあ、もうあなたの悪夢も終わる時だ………私の悪夢を終わらせてくれた海鳥よ。もし、あなたが私の元に来た時は、あなたのように、私はあなたを優しく迎え入れることを約束しよう』

 

「なあ、何を言っているんだ?」

 

『大丈夫だ。あなたはもう一人ではないのだから。私も、ずっとあなたを見守っていよう………すまない、もう時間が無いようだ………だが、これだけは言わせてくれ。私を優しく迎えてくれて、ありがとう、艦娘………さらばだ』

 

彼女は、日の出の作り出した暁の水平線に消えていった。私はそれを、ただ見ているだけだった………

 

 

 

 

 

………その後の話をしよう。

私は気が付くと自分の所属していた基地………横須賀鎮守府のドックで修理を受けていた。

目覚めた時、私は大勢の仲間たちに、「おかえり」と言われた。

 

………彼女は、それすらも言ってもらえなかったのだ。そう思うと一層心に染みた。

 

しかしどうして私はここにいるのだろう。どうして助かったのだろう。

それを尋ねると、仲間たちは異口同音にこう答えてくれた。

 

「鎮守府に現れた化け物を追撃していると、あなたがいた」

 

それを聞いて、私はすぐに聞き返した。

その化け物は人間の脳に機械を差し込んでいるようなデザインの戦闘機じゃないのか?と。

仲間たちは頷いた。そしてこういった。あの化け物はもう倒した、と。私は泣き崩れてしまった。

 

彼女は、私を助けるために命を犠牲にしたのだ。

私の見ていた夢は彼女も見ていた景色だったのかもしれなかった。

彼女のあんな外見では言葉も聞いてもらえるはずがない。

だから。私の仲間たちにとって、敵として立ちはだかり、私の元まで仲間たちを引きつけた。

仲間たちに動けない私を救助させるために。

どうして、彼女はそこまでしてくれたのだろうか………?

 

その答えは、ある一つの仮説から少しだけ、わかった。

 

 

 

「やあ………久しぶり、といえばいいのかな?すまないな。こんなことしかしてやれなくて」

 

鎮守府内にあるとある倉庫。許可をもらって入ったそこには機械や、残骸が置かれていた。

それは、仲間たちが倒した彼女の………いわば、遺体でもあった。

謎の存在であるがゆえに、回収されていたのだ。

それは私の要望によって機体に残されていたデータからなんとか修復し、彼女がヒトであった頃の外見を取り戻していた。

しかし、エンジン部分の破損が激しく、もう二度と飛び立つことはできないらしい。

 

「あなたのお陰で私は命を取り留めることができた。だが………どうしても、あなたが私を助けてくれた理由がわからなかった。それを私の仲間があなたの遺体から仮説してくれたんだ。それを一応伝えたくて、ここに来たんだ………」

 

私はそう言って仲間の言ってくれたことを再び言う。それを自らでも確認するために、彼女が被っていたとされる、回収されたヘルメットを確認した。

 

「あなたの乗っていた戦闘機は、どうも地球で作られたものらしい。だが、技術的に私のいる地球では製作不可能なのだ。では、どこからあなたはやってきたのか?その答えは、あなたが元々いたのは私のいる地球とは違う地球、いわゆるパラレルワールドということだ。では、どうしてあなたはここへやってきたのか?その答えもある………私も耳を疑ったよ。あなたは………」

 

回収されたヘルメットの首元。そこにはパイロット、つまり彼女の名前が記されていた。

それは………

 

「あなたは、平行世界の私、地球連合軍所属『ナガト』少尉だったのだな」

 

それは、私、長門型戦艦一番艦『長門』と同じ名前だったのだ。

それに、夢の中で、ヘルメットをとった彼女は私と同じ外見だった。

 

「おそらく、お互いの孤独な心が引き合った結果あなたがこの地球に来たのではないか………と言っていたな。ははは、なんだかロマンチックな話だな?」

 

もちろん、彼女はここにいるわけではない。それでも、聞いてくれている気がした。

 

「ただ、私はあなたが平行世界の私であろうとなかろうとどちらでもいい。あなたに出会えてよかった。あなたのお陰で、私はもう一人じゃない。あなたに出会えたことを、私は誇りに思う………そろそろ行ってくる。ありがとう………英雄」

 

長門型戦艦一番艦『長門』は、そう言って倉庫を去った。

彼女の心にはもう寂しさは無かった。彼女のそばには、英雄がいてくれるのだから。

いつまでも、どこまでも。

 

 




横須賀鎮守府のとある倉庫には、別の地球からやってきた地球連合軍所属『ナガト』少尉の駆った戦闘機がある。
美しい赤と青と白のトリコロールのカラーリング。そして前方につきだしたラウンドキャノピー。
『R-9A』は、静かに眠っている。
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