「ニドオオオオ!!」
「に、ニドキング!!」
ズズゥンという低い音を立てながら地面に倒れ伏す紫色の巨体。その巨体を見て、短パンを履いた少年は信じられないといった表情でその巨体の名前を叫んだ。
少年は、トレーナーと呼ばれる者たちの教育をする学校で一番の実力者であった。それはニドキングと呼ばれた生き物の力もあったし、その少年自身の才能もあった。学校内で負けたことはほとんどなく、先生やクラスメイト達からも将来有望だと囁かれ、本人もその気であった。
しかし、目の前の現実はそんなもの思い過ごしだったと言わんばかりの結果に終わっている。いや、少年はまだ子供であったし、自分よりも強い奴は沢山いるという現実も分かっている。敗北自体も数回あるし、その度に悔しさをバネにして実力をつけてきたのだ。
そんな少年が、人生で最も心が折れかかっている。それはなぜか。
「ニドキング……いいポケモンだ。よく鍛えられているし、トレーナーである君の指示もよかった。だが、見た目で相手を判断するのはいただけないな」
いまだ驚愕の表情を浮かべている少年に、少し離れた場所にいる青年がそう声をかける。
この青年が言った“ポケモン”とは、少年がニドキングと呼んだ生き物と……青年の前にいる小さな生き物の種族を指す名前である。
“ポケットモンスター”。縮めて“ポケモン”。その種類は500を超えており、未だに生物的にも謎が多く、まだ発見されていないポケモンも多数存在するという。中には神と称されるポケモンや伝説とされるポケモンまで存在し、一説では世界はポケモンが作ったとまで言われる。
ポケモンと人間は互いを支えあうように共存しており、その中で青年や少年のような“トレーナー”と呼ばれる存在は捕まえたポケモンを育て、絆を深め、他のトレーナーと戦わせる存在のことを言う。この戦い、通称ポケモンバトルはサッカーや野球のようにリーグが存在し、その中で最も強い者がチャンピオンとなり、“ポケモンマスター”の称号を得ることができる。トレーナーをしている者は、総じてこのポケモンマスターの称号を得るために日々努力しているのだ。
何が言いたいかというと、この青年と少年はポケモンバトルを行い、青年が勝利したということだ。
「な、なんでそんなポケモンで俺のニドキングに……」
「そんなぁ?」
「ひっ!?」
少年の言葉が青年の中の琴線に触れたらしく、青年の表情が怒りに染まる。
確かに自身の仲間が“そんなポケモン”扱いされては、そのトレーナーである青年が怒るのは自明の理である。しかし、少年が“そんなポケモン”扱いするのも、まあ仕方のないことではあった。
「おいガキ。てめえヒトサマのポケモンをそんな扱いたあどういう了見だ、あ? コラ。見た目で判断すんなつったばっかだろうが。なら俺も言わせてもらうが、こいつに負けたポケモンが“キング”って名前が付いてんのは気に入らねえ。シオンタウンの姓名判断師のとこに今すぐ行ってきて即刻名前を変えてこい。いいか?」
そこまで言って、殺気の籠った目で少年を見ながら青年は自分のポケモンを指差した。
小さくも圧倒的な存在感を醸し出している真っ赤な体。それが木材なら完璧とまで言える正方形に開いた口。その上にある長く立派な金色のひげ。極めつけは王冠を想像させる輝かしい光を放つ“背びれ”。
そう、このポケモンこそが青年のパートナーであり、少年を驚愕させ、その身よりも数倍大きなニドキングを倒し、少年に“そんなポケモン”扱いされてしまったポケモン。その名も。
「キングは一匹! このコイだ!!」
コイの中のコイ。コイの王様。コイキングである。
ここで時間を巻き戻し、青年と少年のポケモンバトルがどのようにして始まったのかを見てみよう。
しかしその前に、この物語の主人公の青年の紹介をさせていただこう。
名前はカズヒロ。赤を基調としたジャンパーに身を包み、頭には同じく赤を基調とした帽子、中肉中背で口には煙草を咥えていたりいなかったりし、主に水タイプのポケモンを扱い、たまにその手の人と間違われそうなほどに目つきが悪い。主に橋や港といった水があるところにいることが多く、こちらから話しかけないと見向きもされないこともしばしば。
……というのが青年とは全く、微塵も関係ないその辺にいそうな釣り人のおっさんの紹介である。なんかゲームにいた気がする。この紹介をまじめに見てくれた人は時には肩の力を抜いてみるといいよ。
「おい、そこの少年」
「ん? 俺のこと?」
「ああ。君はトレーナーかい?」
「そうだよ。ひょっとしてお兄さんも?」
「ああ、そうさ。そんなわけで、トレーナー同士の目線があったら……わかるよな?」
「もちろん!」
「「バトルだ!」」
さて、次は本当に青年の紹介をしようと思う。青年の名前はアンバーと言い、年は19。特徴として名前と同じ琥珀色の瞳と首までの長さの髪を持ち、身長は180となかなかに高身長。服装は至ってシンプルであり、細かい説明は面倒なので省略。顔の造形は美形と言って差し支えないだろう。
さてはていきなり始まったポケモンバトル。場所はお月見山と呼ばれる山の中。トレーナー同士の視線が交わった時、それは時間と場所を問わずにバトル開始の合図となるのだ。
「行け、ニドキング!」
「ニドオオオオ!!」
少年が出したのは冒頭で敗北することが確定してしまっているニドキング。とげとげしく毒々しいその体から出る威圧感は、気の小さいポケモンなら逃げ出すこと間違いなしだ。
「さあ行くぜ、コイ! コイキング!」
そしてアンバーが出したのは、コイの中のコイ、コイの王様、コイキング。名前の通り、コイのようなポケモンである。その姿を見て、少年は思わず笑いそうになったが必死にこらえる。当然、相手のポケモンを見て笑うのは失礼だからだ。なかなか出来た少年である。
しかし、ここは先ほども言った通りお月見山の中。近くに水辺などないこの場所で魚のようなポケモンを出せば、そのポケモンはどうなるか?
「ココココココココ!」
ぴちぴちと、それはもう活きの良さそうにぴちぴちと跳ねるコイキング。まさに浜辺に打ち上げられた魚の如く。まな板のコイとは今のような状況を指すに違いない。
しかし、少年が笑いそうになったのはこれだけが理由ではない。何を隠そうこのコイキング……全ポケモンの中でワースト1、2を争う最弱のポケモンなのだ。
覚える技は今行っている“はねる”と基本技とも言える“たいあたり”、生命力があればある程威力の上がる“じたばた”の三つだけ。他には何も覚えない。タイプの相性が悪いポケモン……ゴーストタイプと戦うことになれば負けるしかない。“わるあがき”という技を使えばダメージは与えられるが、その技が使えるのは本当に最後の最後だ。
「こ、コイキングで俺のニドキングに勝つつもり?」
「言いたいことは分かるが、まずはこのコイキングを手に入れた経緯を聞け。笑えなくなるぜ?」
「え?」
まさか、実はこのコイキングは見た目に反して強いのか? という想像が少年の頭に広がる。世の中には弱いとされるポケモンでリーグを勝ち抜いた者だっているのだ。見た目や常識で最弱とされるコイキングの中には異常に強い種がいるのかもしれない。アンバーが目の前のコイキングを手に入れた環境によっては、本当に自身のニドキングよりも強いのではないか。
なかなか頭も回り、考え方も柔らかい少年は笑いそうだった自身を戒め、アンバーの声に耳を傾ける。そして、アンバーは話し始めた。
「話せば長くなるが……それはついさっきの出来事だ……この山の手前のポケモンセンターで変なおっさんから500円で買った」
「安い上に話が短い!?」
「因みに5分前の出来事だ」
「本当についさっきの出来事!?」
「さあ話は終わった。コイキング! お前の力を見せてやれ! “はねる”だ!」
「ココココ!!」
ぴちぴち、ぴちぴち、ぴちぴちぴちぴち。
「……」
「……」
「……」
「ココココ!!」
し か し な に も お こ ら な い 。
「ニドキング“メガトンパンチ”」
「ニドオオオオ!!」
「ココココー!!」
「ああっ! コイキング!」
跳ねまくるコイキングにいらついたのか、無表情で命令を下す少年。その命令を忠実に実行したニドキングは自らの拳と地面でコイキングを挟むかのように上からメガトンなパンチを繰り出した。
無論まな板の上のコイが何かできるはずもなく、コイキングは見事に直撃し、アンバーの前まで飛んできた。一撃で瀕死寸前まで体力が削られたようで、ぴちぴちではなくぴくぴくしている。
そんな仲間の無残な姿を見てアンバーは思わずコイキングに走り寄り……。
「休んでんじゃねええええ!!」
「コッ!?」
「ええええッ!?」
情け容赦なく蹴り飛ばした。思わず少年もびっくりである。
「ニドッ!」
「ああ! ニドキング!」
しかも蹴り飛ばされたコイキングはニドキングの腹に激突し、そのニドキングは腹を押さえて蹲っている。堅そうな体のニドキングが蹲るとは、アンバーはどれだけ強く蹴ったというのか。尚、蹴り飛ばされたコイキングは跳ね返ってアンバーの下に戻ってきている。相変わらずぴくぴくそしているが。
そのコイキングを、アンバーは優しく、まるで聖母の如く慈しむかのように抱き上げた。
「ナイス“たいあたり”だコイキング」
「違うよ!? むしろ“すてみタックル”だよ!?」
「あれほど素晴らしく威力の高い“たいあたり”を俺は見たことがない。お前は俺にとって最高の相棒だよ。今のお前は天使にすら見えるよ。むしろ神だよ。いや、王だよ王」
「自作自演とも言える今の出来事でどんだけ高評価!? コイキングからしたらあんたは最低の悪魔だよ!! ていうか神から王ってランク下がってるし!!」
「さあコイキング、あの蹲ってるニドキングにとどめを刺してやれ。“じたばた”だ!」
少年のツッコミには耳も貸さずに情け容赦なくコイキングに命令を下すアンバー。その指示を聞いて少年もツッコんでばかりはいられないと自身の相棒に目を向ける。が、そこにはどう考えても動けそうにないほど紫色の顔がニドクインの如く真っ青になった相棒しかいない。
マズイ、やられる。そう思った少年がアンバーと地面に下ろされたコイキングに目を向ける。
「コ……コ……」
「……」
「……」
そこには、どう考えても瀕死にしか見えない一匹のコイがいた。
「真面目にやれぇ!!」
「コッ!?」
「やめてあげなよ!?」
アンバーはコイキングの尾びれを掴んでたたきつけた! 少年は注意した! しかし相手にされない!
その時、少年は思った。早く終わらせてあのコイキングを休ませてあげようと。幸いにもニドキングは動ける程度には回復したようであるし、相手のコイキングはほぼ瀕死、というかオーバーキル気味なので威力の低いわざで倒せるだろう。
コイキング、強く生きろ。少年は心の中でそう呟き、静かに涙した。
「ニドキング! “メガトンパンチ”!」
「ニド!!」
ほぼ瀕死のポケモンに対してこのわざを選ぶあたり、少年も大概である。
そしてニドキングは命令を実行に移すために瀕死のコイキングに向かって走り寄り……。
「コイキング!!」
「コ……ッ!」
「
「ココココー!!」
なんかものすごい伸びたコイキングのひげによって撃退された。
「ニドオオオオ!?」
「ええええええええっっ!?」
少年の前まで吹き飛ばされ、目を回して気絶しているニドキング。この一瞬で起きた出来事が理解できないのか、少年はあんぐりと口をあけていた。飛び出すなら目も飛び出していそうだ。
そんな少年たちに向かってアンバーが一言。
「夏はやっぱり、腋毛真拳」
「コ!」
「ひげだったよ!? それから今は春だよ!?」
「というバトルだったな」
「バトルの内容はあってるのに冒頭との繋がりがない!?」
「つーわけで少年。これからは見た目で判断するんじゃねえぞ」
「うん、そうする……じゃなくて! 最後の何!? あんなわざ見たことも聞いたこともないよ!?」
「俺だってねえよ!! あんま調子に乗ってると活け造りにすんぞ!!」
「逆切れ!? しかもなんでそのチョイス!?」
こうして、アンバーとコイキングのポケモンマスターへの道は始まった。それは長く辛い、苦難も困難もある道のりだろう。しかし、アンバーは行く。己と相棒を信じ、愚直なまでに突き進んでいくのだ。
頑張れアンバー! 負けるなコイキング! 500円の魂を引っ提げて、目指すはポケモンマスター!
さあ! 右手の人差し指を伸ばし、天高く掲げて叫べ!
キングは一匹! このコイだ!!
「尚、ここまで頑張ってツッコミをしてくれた少年の出番はこれ以降ない」
「!?」
ギャグに挑戦してみました。いかがでしたでしょうか?