目を開いた時に目の前にあったのは、桃色の髪と緑の瞳をした少女の顔だった。
日本……いや、世界的に見ても恐らく有り得ないであろう髪色から、コスプレだと思ったのは仕方ないだろう。
『ーーー? ーーーーー?』
少女の口から出た言葉は、世界を旅した俺でも聞いたことのない言葉だった。とは言っても旅した国はほんの数ヶ国、まだまだ知らない言語が沢山あるので単なる知識不足なだけかも知れないが。
問題は……俺が“今”いる場所が“先ほど”いた場所とは違うということ。と言っても気付いたのはほんの数秒前だが。
記憶を振り返るに、俺は山道を歩いていたはず。そこで運悪く地震が起き、足場が崩れ、山から落下したところまでは覚えている。
俺が今いる場所は……簡単に言うならば岩場。山は見えるが、あそこから落下したと考えるにはあまりに遠い距離。というか、今見ている景色は最後に見た景色とは違い過ぎる。そもそも俺が歩いていたのは人の手で馴らされた山道であり、周囲に岩場なぞなかったハズなのだ。
更には目の前の少女。カツラかと思ったが、この桃色の髪はどうやら地毛のようだ。服装を見ればどこかの令嬢に見えるが、とても山道を歩くような格好ではない……と言うのは白い長袖と黒いTシャツが一体化したような服に青いGパンを履いている俺も同じなので人のことは言えないが。
一番の問題点は……彼女が身の丈ほどの“大剣”を担いでいることだろう。思いっきり銃刀法違反なんだが……そもそもどこで手に入れたんだか。
『ーー~……』
「ん?」
「ーーー?」
不意に、少女から声をかけられた。しかし、その言葉を理解することは出来ない。
予想としては、心配そうな表情をしていることから安否の確認……と言ったところか? 流石に確信は出来ないが……。
ともかく、返事くらいはしないと失礼か。そう思った俺は、伝わるか分からない言葉を返した。
「ああ、大丈夫だ。特に怪我はない」
「さて、と」
私はここ、“ルバーブ連山”で行っていた仕事を終わらせて自分達の拠点である船へと戻るところだった。
仕事とは、村から移住する人達の妨げとならないようにこの連山に住む魔物を可能な限り倒すこと。幸いにも魔物はそれほど強くなく、私一人でも充分な仕事だった。
「……? 何だろう?」
そんな時、何となく見上げた空に一筋の流星が流れた。とは言っても今は昼間、流れ星が流れるにはまだまだ早い時間。
船が私を迎えに来るまで、まだ時間がある。疑問に思った私は、その流星を追いかけることにした。
「何……光……?」
追いかけた私が着いた場所は、ルバーブ連山の頂上。そこには、先ほど見た流星らしき光が浮いていた。
近付いて見てみれば、驚くことに光の中に人がいた。人が光を放っている、と言うよりも光が人を包んでいるように見える。
その光はゆっくりと降りてきて……強く発光した次の瞬間には既に光はなく、光の中にいた人だけが横たわっていた。
「誰だろうこの人……」
男の人で、年の頃は大体20歳くらいだろうか。服装はあまり見ないものを着ている。髪は茶髪で、首の後ろで纏めて腰くらいまでの長さ。空から降ってきたこともあり、不思議な人というのが正直な第一印象。
でも、私にとって一番不思議だったのは……この人が武器を持っていないことだった。
魔物が出る場所で、彼は何も持っていない。格闘家かもしれないけれど、小手や手甲の類も見当たらない。それらしい荷物もないようだし……もしかしたら、何らかの魔法を使って直接この場所まで来たのかもしれない。それなら、武器も何もないことも分かる。
そんなことを考えていると、彼が目を覚ました。
「大丈夫? 怪我はない?」
そう声をかけて見るけれど、彼は不思議そうな顔をするだけで答えてはくれなかった。何だか私の髪や顔を見ているみたいだけど、すぐに考え込んでしまった。
「気が付いて良かった。空から降りて来たんだもん。すっごく驚いたよ!」
そう心境を語って見ても、返事は愚か反応すら返してくれない。少し不満に思ったけれど、よくよく考えて見れば彼は杖も持っていない。魔法を使う触媒もないのに空を飛ぶなんて、そんなこと出来るのかな?
「あの~……大丈夫?」
ひょっとして、彼は何か事故に巻き込まれてこの場所に来たんじゃないか? そう思った私は、改めて彼に問う。そして、ようやく彼は反応してくれた。
少しつり目がちで鋭さを持つ目は、少し怖いと思った。だけど、そこにある茶色の瞳は男性らしい力強さを感じさせた。
『ーー、ーーーー。ーーーーーーー』
彼の口から出てきたのは、聞いたことのない言葉。私の言葉に対して返事をしてくれたんだと思うけれど、私には彼が何を言ったのか全く分からなかった。
もしかしたら、彼も私の言葉を分かっていないのかもしれない。最初に不思議そうにしてたのは……言葉が通じていなかったからかな?
「ごめんなさい。私、あなたの言葉が分からないの」
『ー? ー~、ーーーーーーーーーー』
どこか納得したように頷く彼。どうやら私が言葉が分からないことは通じたみたい。
言葉は通じないけれど意志の疎通は出来るようなので、私は試しに持っていた大剣で地面を削るようにして文字を書いてみる。書いたのは、私自身の名前。
「私はカノンノ。カノンノ・グラスバレー。あなたは?」
空から降ってきた、言葉も通じない不思議なあなた。あなたの名前はなんですか?
少女が地面に書いた……というか大剣で削った文字を見てみる。が、言葉同様に理解することは出来ない。
しかし、単語だけを聞き取ることはできた。
“カノン”……それがどのような意味になるのか分からない。大砲か何かだろうか? しかし、単語が聞き取れたからといってそれが俺が知るものとは限らない。知ってる単語が出たとしても意味が違うかもしれないし、もしかしたら単語ですらないのかもしれない。
「カノン?」
『!? ーー! ーーカノンー!』
どうやら通じたらしいく、なぜだか少女は嬉しそうな表情を浮かべた。自らを指差しながらもう一度カノンと言ったということは、この単語は彼女の名前なのだろうか。
もしそうだとするならば、彼女だけ自己紹介をしたこととなる。ならば、俺も自己紹介するのが道理だろう。
俺は彼女の持つ大剣を指差し、次いで岩の地面を指差す。どうやら意味は伝わったようで、少女は笑顔で大剣を渡してくれた。手に持った大剣は見た目ほど重くはないが、微かに血のにおいすらする。刃も潰していないようだし、オモチャということはないだろう。
それらを丸ごとスルーし、俺は日本語で自分の名前を岩の地面に書く。案の定というべきか少女は分からなかったようでコテン、と可愛らしく首を傾げた。
「これは、俺の名前だ。俺の名前は……」
『ーー ーー』
正直、私は彼がなんて言ったのか分からなかった。それでも、ハッキリと聞こえた言葉もあったんだ。
― キ キョウ ―
多分、これは一つの単語じゃない。だけど、聞き取れたのはこれだけ。書かれた文字も分からないし……でも、それはきっと彼も同じこと。
彼は私の名前を呼んでくれた。ちょっと足りないけど、それでも私の名前を。
だから、私も聞こえた名前で呼ぶ。いつかちゃんと自己紹介出来たら……そんな思いを込めて。
「キキョウ」
『ー~、キキョウーーーーー、ーキョウーーーー……』
苦笑しながら頭をかく彼。きっと私が言った名前が間違っていて、そのことを訂正してるんだと思う。
だけど、今は訂正してあげない。なんて、少し意地悪してみる。あなただって私の名前を間違えてるんだよ? それに、本当にキキョウ以外分からなかったんだ。だから……。
「キキョウ」
『……ーーーーー、カノン』
本当の自己紹介が出来るまで、“カノン”と“キキョウ”が私達の名前。
キキョウ、彼女はそう言った。俺の名字と名前がごっちゃになっているそれは、恐らく彼女が聞き取れた言葉なんだろう。
「……わかったよ、カノン」
まぁ俺も彼女の名前を間違えているようだし、仕方ない。あだ名みたいなものだと思えばいいさ。
さて、そろそろカノンにはここがどこなのかを聞きたいんだが……言葉が通じないのではそれも出来ない。身振り手振りでは限界があるし、それだけで俺の現状を知らせることは流石に不可能。
どうしたものか……と考えていると、カノンがこちらをジッと見ていることに気付いた。
「カノン? どうかしたか?」
『ーー、キキョウ。ーーーーーーーーーーー?』
うん、俺の名前を呼んだこと以外は何を言ってるのかさっぱり分からん。言葉が通じないのは本当に不便だ。
カノンは俺に意味が通じていないとわかったのか、しょんぼりと肩を落とした。仕方ないとはいえ、なかなか心にクるものがある。
しかし、この状況を打破する方法は思いつかない。生憎と俺の所持品はポケットに入っている財布にハンカチのみ。荷物は山道から落ちたせいなのか見当たらない。
絵でも描ければ……とも考えたが俺に絵心はないし、そもそも紙やシャーペンのような道具もない。カノンも持ち合わせていないだろう。
『っ! キキョウ!』
さて、どうしたものか。そう考えた時、いきなりカノンに手を引っ張られた。いきなりなんだ……と暢気に考えた瞬間に聞こえてきたのは、ドゴォッ!!という破砕音。わけもわからないまま後ろを振り返ってみれば、ほんの少し前に俺がいた地面が砕けていた。
そしてその場所にいる一羽の巨大な……鷹だろうか? 恐らく、というか現状から考えて地面を砕いたのはこの鷹っぽい生き物なんだろう。少なくとも、俺はこんなでかい鷹は見たことがないので“鷹”だと断定できない。そもそも岩の地面を砕くってどんな生き物だ。
そんなことを考えていると、俺と鷹の間にカノンが入ってきた。その手にあるのは、先ほどの大剣。カノンはそれをゆっくりと両手で握り締め、目の前にいるであろう鷹に向けた。
『ーーーーーキキョウ。----、------!!』
突然キキョウに襲い掛かってきたのは、巨大な鳥の魔物“ガルーダ”。咄嗟に彼の手を引いたことでその攻撃は彼に当たることはなかったけれど、決して脆くないはずの岩の地面を砕いたあの一撃が彼に当たっていたらと思うとぞっとする。
混乱しているのか、それとも放心しているのか分からないけど、キキョウはガルーダから視線を外さずに微動だにしない。私は大剣“オータムリリィ”を握り締め、キキョウの前に立つ。ガルーダは決して強くはないけれど、その速さと鋭い爪は充分に脅威で武器も防具もないキキョウでは当たれば一溜まりもない。
「大丈夫だよキキョウ。あなたは、私が守るから!!」
「クアアアッ!!」
ガルーダが咆哮を上げ、私に向かって突撃してくる。避けるのは簡単だけど、そうしたらキキョウに当たっちゃう。カウンターを狙うには……私にとってガルーダは速過ぎる。だからここは大剣を地面に突き刺して刃の腹を前に向けることで盾にする。
「クアッ!」
「くうっ!」
ガツン、という鈍い音とその音以上に重い衝撃が私の両腕に伝わる。岩を砕く一撃なんだから重いのは覚悟してたけれど、やっぱり直接受けるのでは違う。
「やあ!」
腕の痺れを我慢しつつ、地面から引き抜いた大剣を下から上へと斬り上げる。だけどガルーダはすぐさま上昇することで私の攻撃をかわしていた。接近戦主体の私では、ガルーダのような飛行型の魔物に一撃当てることは難しい。魔法を使えば話は別だけど、詠唱中は無防備になってしまうので一人ではとても狙えない。簡単な仕事で皆も忙しいからと一人でこの仕事を受けてしまったことを、少しだけ後悔する。
船が来るまでまだ少しかかるだろうし、増援は見込めないかな。いっそのこと、キキョウと一緒に逃げてしまおうか……駄目だ、人間の足でガルーダから逃げ切るのは、とてもじゃないけど出来ない。
「クアアア!!」
「っ!」
少し考え込んでいると、またガルーダが突撃してきた。少し反応が遅れてしまったけれど、防御は間に合う。そう判断した私は、さっきと同じように地面に大剣を突き刺した。地道に防御、反撃を繰り返せばいつかは……そう思っていたけれど、ガルーダは大剣にぶつかる直前に急上昇して、また急降下をした……キキョウに向かって。
「キキョウ!!」
急いで大剣を引き抜く。けれど、そうしてる間にもうガルーダとキキョウの距離はもう、ほとんどなくなっていた。
駄目、間に合わない!
「逃げて!キキョウー!!」
急に戦い始めたカノンとでかい鷹。なんの演劇だ、なんてボケることはもう出来なかった。
記憶の前後で違う景色は、まだ落下前と後ということで納得できた。だが、カノンの持つ大剣や山と現在位置の距離、見たことないようなデカイ鷹、砕けた地面、そして目の前の戦い……こんなモノを見せられては、さすがの俺でも理解できる。
ここは、俺がいた世界とは違う。
結論としてはおかしいかも知れないが、そう考えたほうが自然なので仕方がない。なんつーファンタジーな……と思うが、不思議と衝撃も動揺も少ない。感覚が麻痺してるだけかもしれないが。
『キキョウ!!』
そんなことを考えていると、切羽詰まったかのようなカノンの声が聞こえた。その方向に視線を向けてみれば……俺に迫ってくるデカイ鷹。やっぱでけえなあ、なんて思いつつ今まで座っていた体勢から片膝をつく体勢にし、突撃してくる鷹に備える。
『ーーー!キキョウー!!』
ああ、流石に今のは分かった。逃げて……そう言ったに違いない。だが……自分よりも年下であるカノンが戦っているにもかかわらず、俺が逃げるというのは情けない。
それに、少ないとはいえ世界を旅してきた俺は、これくらいのトラブルは慣れているのだ。それにこの鷹は……。
「クアアアッ!!」
「思った以上に……遅い!!」
「グエアッ!?」
『ーっ!?』
迫る鷹に合わせ、俺が繰り出すのは右手を振り上げるアッパー。上手いこと当たったそれは、鷹を上空へと殴り飛ばした。が、鷹はすぐに体勢を整えつつ上空から俺たちを見下ろす。どこか苦しそうなのは気のせいではないだろう。
俺は立ち上がり、鷹へと視線を送る。恐らく今の俺は、さぞかし獰猛な笑みを浮かべているに違いない。この感覚はそう、飢えた熊に襲われ、その熊と殴り合いの末倒したときのものや内戦している国に入った瞬間に襲い掛かってきた軍人と殴り合って勝った時と似ている。
早い話、俺はバトルジャンキーだった。
「来いよ。焼き鳥にして食ってやる」
そう言って、俺は鷹に分かるはずのない挑発をした。
キキョウは死んじゃう。そう思った次の瞬間には、ドスッという音とともにガルーダが空に回転しながら飛んでいき、キキョウが右腕を振り上げていた。それはつまり、キキョウがガルーダを殴ったということ。しかも威力が高かったらしく、空にいるガルーダは苦しそうな顔をしている。
私はキキョウは武器も持っていないような村の人かと思っていたけど……それは間違いだったみたい。
『ーーー。ーーーーーーーーーーー』
キキョウは空にいるガルーダに向かって右腕を伸ばし、指をくいくいと数回曲げる。なんて言ったのか分からないけれど、それは明らかに挑発だった。その顔に浮かぶ、獰猛な笑み。一瞬、キキョウなのか疑ってしまった。だけど、その表情は……とても彼に合っていた。
「クアアアアアアアア!!グアッ!?」
先ほどよりも大きい咆哮を上げ、ガルーダは私ではなくキキョウに向かって突撃する。同時にキキョウはガルーダに向かって飛び上がり……ガルーダの顔を回し蹴りで蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたガルーダは地面に強く叩きつけられ……その上から落ちてきたキキョウに踏みつけられていた。うわあ、痛そう……思わず同情してしまった私は悪くないと思う。ていうかキキョウって強いんだ……。私に出来なかったカウンターをあっさりやってのけ、ガルーダの突撃に合わせて蹴り落とした姿から見るに、彼は私よりも強い。
それでもガルーダを倒すには至っていないみたいで、踏みつけられているガルーダがバサバサと翼を動かしている。それに驚いたのか、キキョウはガルーダから足を退けてしまい、ガルーダは逃げるように飛び去ってしまった。
『ーー、-----』
そんなガルーダをみながら、キキョウは驚いたような声を上げた。相変わらず何を言っているのか、私にはわからないけれど。
本当にキキョウは不思議な人だ。光に包まれながら空から降ってきて。私の言葉が通じなくて、彼の言葉も聴いたことのないもので。武器も防具もないから戦えないと思ったら私よりも強くて……すごく、かっこよかった。
「おお、タフだねえ」
俺は逃げていった鷹を見ながら呟く。結構強く蹴って踏みつけたんだが、よろよろと不安定ながら飛んでいった鷹。常識外の頑丈さは、やはり俺の元いた世界では考えづらい。どうやって世界を移動したかは分からないが、まあなるようになるだろう。
もともと行き当たりばったりな旅をしていたんだし、俺一人世界を移動した位で誰かが気づくはずも知るはずもない。それを思うと少し悲しくなるが、まあ仕方ないと割り切れる。
『キキョウ! ---------!!』
今は、なぜだか興奮しているカノンをどうにかするとしようか。そんで、彼女にどこかに連れて行ってもらうとしよう。世界が違うなら言葉も、文明も違う。ましてや異世界なんて前人未踏の地だ、さっきの鷹みたいな生き物も沢山いるだろうし、未知としか言いようのないものだって沢山あるはずだ。
ああ、想像するだけで楽しくなってきた。俺をこの世界に連れてきた存在には感謝してもしきれないかもしれない。俺はその存在に感謝しつつ、カノンの興奮を鎮める努力をするのだった。
それは、いずれ世界を救うこととなる青年と、“自由”の名を持つ一つのギルドの者たちのお話。
そのお話がどのような結果を迎えるのか……それはまだ、誰も知らない。
最近Vitaでマイソロ3をダウンロードしたので衝動的に書きましたw
いかがでしたでしょうか?