『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

1 / 80
0.凍土・エリア6
◇ The O'rder is still stands


 西の方の地域に、“死亡フラグ”という言葉があるそうだ。

 “ハンター”が拠点を立つ時に、自分が如何に幸福かをアピールしたり、危険がないことを強調して気楽な態度をとっていたりすると、大体その目標を達成できずに拠点に放り出される、といった意味のジンクスだ。そちらの“ハンター”では割りと有名な話のようで、わざとそれらしいことを言って“フラグを立て”たるヤツもいるんだとか。

 でもまあ、そんなのはジンクスでもなんでもないだろ? “ハンター”の仕事は基本的に危険極まりなく、浮き足だったヤツや油断したヤツは簡単に負ける。堅実に情報を集め、着実に経験を積み、確実に頭を使ったヤツが勝つ。

 単純な話じゃないか。

 該当の“モンスター”を討伐した経験があり、ハンターズギルドの情報を仕入れられるだけ仕入れ、調査クエストという目的にあわせて“鋼鎚竜”の全身防具を着こんだオレが勝つ。

 一〇分前までオレは、そう思っていた。

「任せるよネコさん!」

 チームメイトを乗せた荷車を、ネコ型獣人のアイルーが洞穴の方へと大急ぎで押していく。

 五分前に力尽きて、だけど逃げようにも逃げられなかった仲間が、もう一人の“ハンター”に付き添われて運ばれていく。

 オレにはそれを見送る余裕もなく、一言投げることしかできなかった。

 狩り場に足を踏み入れた瞬間、背後から襲われた。

 大剣を盾代わりにあいつら二人を援護していたオレだけが、積雪と月光と“星の囁き”に満たされたこの“エリア6”に、気付けば取り残されていた。

 ただ一人、青黒く光る防具の方々を凹ませたオレだけが。

「これはオレ、ついてるのかついてないのか、どっちなんだろね」

 “鋼鎚竜”の甲殻で作られたフルフェイスヘルメットのスリットごしに、一瞬だけそいつが見えた。

 橙地に青の縞模様が描かれた鱗と甲殻で身体を覆う、走ることを選んで飛ぶことを諦めた“飛竜種”――“轟竜”ティガレックスが。

 輝く月明かりに晒されるのをイヤがるように、オレの視界から逃れるように、跳躍した。

 でもオレは落ち着いている。

 オレはこの場を退却するタイミングを計るべく、ティガレックス――ティガの動きを注視する。

 彼我の距離は三〇メートル以上、この跳躍は届かない。着地を見てから落ち着いて回避すればいい。

 跳躍の衝撃が雪と土が舞い上げ、笑えるほど澄み切った夜空を点々と汚し、オレの身長と大差ない爪が吹きすさぶ風を裂き――

 ――オレは雪の上に叩き付けられた。

「! ……ウッソ!」

 でも直撃しなかった、間接的な痛みを無視して、すぐに身を起こし振り返る。

 しかしまたも、蹴立てたたれた雪埃のお陰で、そいつはオレの視界にいない。

 空中を漂う雪と土がティガの過去の位置を知らせ、でも現在は決して捉えさせない。

 ヘルメットの内側にぶつけた額から、面手拭いに血が滲んでいるのを感じる。

 大きく張り出した肩防具が根こそぎ失われ、それがなければ左腕が失われていたことに冷や汗が出る。

 指先が震えていた。

 あの距離なら届かなかったはずだ。

 ポッケ村で用心棒をしていた時に出会った個体なら、十分の間合いのはずだった。

 やはり、なにか違うのか? 雲よりも高く真冬よりも寒いこの凍土“エリア6”にいる、あいつは。

 と、荒れ狂う雪交りの土砂が、一点に収束したことに気付いた。

 その向こうに、橙と青の縞模様のアギトが見え隠れしている。

 つまり――突進だ。

 『ティガなら前の拠点で二回狩ったことあるよ。安全な狩りをすれば大丈夫だよ』

 “死亡フラグ”

 自分の発言とあの単語が、頭をよぎり、振り払う。

 大剣の切っ先を地面に突き立て、右手で柄を掴み、左腕を分厚く広い刀身の中程に添える。

 がきん、と音を立てて防具の関節がロックされ、オレは一つの“鋼鎚竜”の塊になる。

 そこに、ティガの顔面が激突した。

 大剣の切っ先とオレの両足が雪にまっすぐな線を描き、ティガがそれを覆す勢いで土を蹴散らす。

 ティガは露わになった恐怖を体現する顔面で、敵意を見せる。

 オレはそれに抗わんと、鋭角に突っ張り重量と速度に耐える。

 血も冷や汗も、ホットドリンクの熱がなければ瞬時に凍り付いてしまう、氷点下数十度の白銀の雪原で行われる、大剣を挟んだ力比べ。

 一五メートル級の肉食系高脅威大型“モンスター”と、たった一・七五メートルの“ハンター”の。

 あの二人を守った時は、耐えきった。

 でももう状況が違う。

「うわ、ヤッベ!」

 青黒い防具の肘と肩の関節が、ガタガタと震え始めた。

 肩のパーツを失ったために、左腕のロック機構が完全じゃない。

 諦めて!

 オレの至上命令は“逃げる”だから!

 押し負ける直前に関節の固定を解除し、オレは太い腕の間から腹の下に抜けた。

 疲労の溜まった両肩に舌打ちをして身体を起こし、雪まみれのまま振り返る。

 ティガは再度、オレに迫る。

 相手のスタミナは切れることを知らないらしい。

 オレはもう空っぽだ。いつ“戦闘不能”と判断されてもおかしくない。

「クッ……!」

 『討伐してはならない』

 『対象の目的を探るまでは』

 ギルドはオレたちに、そう注文した。

 オレたちのチームはまだ、その目的を探ってない。

 でも、じゃあオレは今、どうすればいい?

 不意打ちを食らって仲間を失い、その退避の援護を終え、自分の撤退もままならないままターゲットに殺されかけてるオレは?

 “死亡フラグ”

 その単語が頭をよぎる。

「プロポーズ断られたんなら……フラグは立たなかったと思ったんだけど……!」

 どっしりと腰を落とし、大剣を中段に構える。

 一〇キロ超の重量を左腕にかけ、右手を柄に添える。

 師匠はオレに、『狩り場の中では、つねに武器を振るえるようにしろ』と言った。

 『スタミナも体力も道具も、なにもなくても、狩り場にいるなら牙は失うな』と。

 オレの牙を見せてあげよう。

 お前を殺せる牙を。

 スリットの向こうで、だん、と大地を殴りつける音がし、縞模様の影が中空を舞う。

 オレが大剣を掲げると同時に、鋭く分厚い刃を橙色がかった爪が掴む。

 ティガの落下は急角度だ。オレが関節を固定しようとしまいと、このまま地面に押し潰すつもりだろう。

 それは分かってる。だから今度はロックしていない。

 自分の位置をティガの胴と腕の間に逸らし、切っ先側を真下に押されるまま両脚を軸に回転、爪と刃が散らす火花を無視して強引に引っこ抜く。

 全身に信じられない荷重がかかり、関節一つ一つが軋み、それでも武器は落とさない。

 押し込まれた力を回転に転じ、大剣を大きく上に持ち上げ、切っ先を天頂に向けたところで掲げる。

 そして、オレの真後ろに着地して雪をまき散らすティガが、振り返るタイミングに合わせ――

「ウオオオオアアアア!!」

 ――雄叫びと共に振り下ろした。

 ぶぞ、と鈍い感触。

 ジャストミートの感触。

 大剣はティガの顔面スレスレを通過し、その下の雪を土まで裂いていた。

「……どう?」

 オレはティガに笑いかける。

 ティガはオレと大剣を見比べる。

 そして――首を引いた。

 飛ぶことを忘れた腕を、一歩、一歩と引いて、オレから距離をとると、ティガは方向転換して歩き出す。

 突き立った大剣がなければ立つこともできない、オレを残して。

 ほらね。

 オレの牙は、鋭そうだったでしょ?

 牙を突き立てられた獣は死に物狂いになるけど、牙を見せつけられた獣は逃げるしかない。

 ボロボロに刃の欠けた大剣は、どういう威力を持って、自分をどう負傷させる予定だったのか、ティガは判断したのだ。

 やがて大剣がぐらりと揺れ、オレは前のめりに雪の上に倒れ込んだ。

 とりあえず生き延びられた、みたい……。

 “死亡フラグ”とやらは、立ってなかったようだ。

 今回は、まだ。

 次はどうか分からないけど、ギルドの目的を達成した上で、今度は万全の準備で臨ませてもらうよ。

 クエストはまだ、二週間も続くんだから。

 瞼を閉じて、オレをベースキャンプへと運んでくれる荷車がくるのを待ち――

 ――咆哮が聞こえてきた。

 瞼を開けると、雪に半分ふさがれた視界の先に、氷床が見えた。

 ギルドが狩猟許可エリアとして規定する凍土“エリア6”の、外側。

 雪原の向こう、極圏まで続くと言われる氷床。

 大小様々動物の死骸から、鉱石や太古の遺物まで、あらゆるものを飲み込んで、整然と死んだ大地。

 ティガはそこにいた。

 月と星屑とオーロラに満たされて煌めく永久凍土の世界に。

 なにしてるの?

 心中の問いに答えるように、咆哮が轟く。

 翼膜を張って腕を伸ばし、夜空に向けたアギトを限界まで開いた、ティガが見える。

 空間を歪ませるようにも見えたその声は、オレの意識が遠ざかるまで、長く長く続いた。

 

   *

 

 これが、“The O'rder”ことオルディールくんが、あたしに語ってくれた一部始終だ。

 彼はこの後、レスキューアイルーの荷車でベースキャンプまで戻り、チームメイトの回復と武具の整備に一晩かけたのち、対象の調査を再開したが、再びまみえることはなかったそうだ。

 ハンターズギルド内部では、オルディールくんはその功績によって――ティガレックスを発見し、その目的地に目算を付けたことで評価されている。どちらかというとあまりパッとしなかった経歴を払拭するように、活躍の機会が増えたそうだ。

 でも、彼が再戦を望んだティガは、彼の人生に一瞬だけ姿を見せ、そして永遠に姿を消してしまった。

 まあ、大体そんなもんだよね。

 こんなご時世、自分の因縁に自分で決着を付けられる人なんて、“ハンター”でさえ滅多にいない。

 あたしだって、あたしの父母を殺した“モンスター”も、あたしの姉を殺した“モンスター”も、自分で討伐するどころかこの目に捉えることさえできなかったんだから。

 だから……。

 今回のクエストで得た因縁に、自分自身で決着を付けることができたあたしは、物語の主人公となり得たあたしはある意味では、世間的な評価の通り、幸運な“美少女ハンター”なんだと思う。

 でも、どうなんだろうね。

 あたしが本当に幸運だったのかは、この本を最後まで読んで、判断して欲しいところなんだよね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。