『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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● ポポの死骸が怖いです / fear by image

 山道を二時間ほど歩き、南側の針葉樹林地帯と同じ程度の高さまで登ると、代わって南側に現れるのが巨大な氷の塊だ。それ単体で山であると錯覚できるほどの氷は、ハンターズギルドがこの周辺地域に“エリア3”と名前をつけた数百年ほどの間、まったく変わっていないらしい。

 そう、“エリア3”だ。

 苔しか生えない土を氷が覆い尽くした相変わらずの雪原を、凍りついた山々と氷塊が鋭く切り裂いた領域。標高にしておおよそ一〇〇メートルほど上がっており、ホットドリンクで発熱する身体にも若干の寒さを感じる。

 やがて、雪原にぽつんと佇む茶色っぽいなにかが見えてきた。雲に覆われた太陽とけぶり始めた雪で見えにくいが、二日前の探索の時にはなかったものだ。目を凝らすか双眼鏡を使うか考えて――

 ――先頭のバニィさんが手を広げ、あたしたちに見せた。

 隠れる場所はない、全員がそこに立ち止まった。

 あたしに配慮したのか、一瞬遅れて手信号が始まる。

 『前方』『五〇メートル』『クエスト目標』『狩猟準備』『集合して移動』。

 即座にバックパックを下ろし、マーキさんが大盾とランスを構え、ジュンさんがポンチョの下の鞘から太刀を抜く。

 空気が変わった。明確に。

 あたしも神経を集中させ、ボウガンのストリングをゆっくり引く。

 リムがしなる心地良い感触を味わうと同時に、反対の手で装填した弾数を確認。六発。『バズルボローカ』に装填可能な通常弾の最大数だ。

 最高装填数は、ボウガンの種類と弾薬の種類によってギルドから規定が発布されている。金属カートリッジを使用しないボウガンは発砲時の熱量が機関部に蓄積しやすく、状況によって暴発する恐れがあるからだ。

 盾を構えるマーキさんを先頭に、ハンマーの柄を撫でるバニィさんが右後ろ、左後ろをあたし、そしてしんがりに太刀を下手で構えるジュンさん。

 その陣形になって、あたしたち四人はじりじりと進み始めた。

 道程の半分ほどで、その茶色っぽいものの正体が見えてきた。

 ティガレックスではない、草食動物のポポだ。体長はおそらく七メートル前後か。微動だにしないところを見るに、おそらく死骸だろう。

「あれが、ティガレックスの痕跡……」

 呟き、自分の唇が震えているのを認識する。

 じりじり、一歩一歩、氷を踏みしめて歩く。顔に雪混じりの風がぶつかってくるが、いつ接敵するか分からない以上、ボウガンのトリガーから指は離せない。

 たった五〇メートルに、たっぷり五分はかけただろうか。

 次第にディテールを増していくポポの死骸で、正直なところ、あたしは恐怖に気を失いかけた。

 肉食の“モンスター”に捕食された生物らしく、かっさばかれた腹腔から内臓が雑に引きずり出され、半分ほどなくなった状態で凍り付いている。腿も細かなナイフを思わせる歯型で引き裂かれており、桃色の筋肉から砕けた骨が覗いて見えた。

 しかし、本当に恐怖を感じたのはそこではない。

 ポポの頭は一メートルほどの深さに穿たれた穴の中で、ほとんど完全に押し潰されていたのだ。割れた頭蓋から眼球や内容物が流れ出し、ポポの特徴である長い切歯もなんらかの力で七~八個の欠片に砕かれ、頭の中に押し込まれている。頭を覆っていた長い毛は凍った血液にまみれ、風になびきもしない。

 それが、あたしの体幹を震わせている。

「ストップ」

 バニィさんが指示し、あたしはやっと死骸から目を離すことができた。といっても見入っていたのはたぶん、五秒にも満たない時間だったろうけど。

「エリちゃんとマーキは周囲を警戒、ジュンはこいつを見てくれ。どう思う?」

「すごく、大きいわね」

「冗談じゃなくだよ」

「冗談のつもりもない。ポポの個体としては最大といっていいだろう。成長しすぎて――というより老化しすぎて、群れとして移動できなかったんだろうな。だから取り残され、餌食になった」

 そう、餌食になった。

 ティガレックスは食欲のためにポポの腹を裂いた。それは別にいい。食物連鎖とはそういうものだし、死んだ動物を蹂躙するのは適切な道具さえあれば誰にでも可能だ。あたしだって沢山の動物にそれをしてきたんだから、それがどれだけ派手で残酷であっても、恐怖はない。

 でもこの頭の破壊は、手段だ。ティガレックスが目的を満たすために力を振るった結果だ。体長七メートルの草食動物の頭を粉砕するだけの能力と、それをやってのける本能が、あたしたちが直面することになる脅威そのものなんだ。

 それに、恐怖を感じずにいられるか?

「しかし、こんな開けたところでメシか。豪胆なヤツだなあ」

「食物連鎖の頂点を自認しているんだろうな。君も張り合ってみたらどうかな」

「いやあ、オレは遠慮しておくよ……」

「ほら行くよ。寒冷期のティガは普段“エリア4”で休息を取るって情報だ。まずはそっちに向かおう」

 “エリア4”は、ここから北に行ったところの洞穴の、西半分側のことだ。ベースキャンプ出発前にジュンさんが『尋常じゃない寒さ』と言った場所だが、ティガはそんなところで寝るのだと言う。

 ちなみに寒冷期でも凍土エリアの中で比較的高めの気温を保ってるのは、南側の氷塊に開いた穴から入る“エリア2”の地下部分――“エリア5”だけだが、あそこはティガレックスのサイズでは入ることができない。

 バニィさんの合図で、あたしたちは“エリア4”へと向かって北上を開始する。

「さっきの肉、腿のところ持って帰れないか? ジューシィな肉が食べたいぜ」

「時間が経ちすぎてる。ホットドリンクでも振りかけない限り、剥ぎ取れそうにないな」

「無駄口叩いてないで。クエストを終わらせれば、タンジアで好きなだけ食べられるよ」

「あと二週間かあー」

 三人は小声で軽口を呟き合うのに、トリガーにかけたあたしの指先は震えている。

 この差はなんだ?

 念願の飛竜種に、今度こそ遭えると思っていた。

 その瞬間が近付いているかもしれないのに、あたしの心は寒気しか感じていないなんて。

 ダメだ、あたしは“上位ハンター”なんだから、軽口の一つも叩けなきゃ。

「あ、あの、そういえば――」

 ――太陽が翳った。

 いや、すぐに戻った。

 は?

「散開!」

 腹から叫んだバニィさんが、あたしの視界から鎧の橙色の軌跡を残して跳躍。

「後ろだ!」

 いつの間にか振り向いたマーキさんが、盾を構えてあたしの背後を凝視している。

 あたしは暴力的な風圧と衝撃音に翻弄され、よろめき、腰を落とす。

 身を返して見上げた先には――

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