『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
――ティガレックスは飛竜種に分類されるが、前肢は走行のための強靭な筋肉と爪を有する“腕”として進化しており、翼膜は発達した第四指と背中の痕跡器官として残されただけで、滑空程度にしか使えない。そのため長距離を移動する際には“飛ぶ”というより“跳ぶ”ことになるため、跳躍の方向から外れるようなルートを通れば逃走も可能らしい。その辺りの情報は、ハンターズギルドの文献の写しで穴が開くほど読んだ。
でも、ああ、そんな事前情報がなんだというんだろう。
体長一五メートル近いその巨躯が、氷を易々とえぐった巨大な爪が、ムチのようにしなやかに地を打ち、先端に鋭く長い棘を尻尾が、あたしを逃がしてくれるとでもいうのか?
それはまだあたしに背を向けていて、大きく前傾した姿勢ゆえに顔も見えてない状態なのに、もう身体を地面に縫い付けられた気分なんだぞ?
スケールが違う。
これが飛竜種?
いや、“ティガ”なのか?
大きさじゃない、あたしが今まで出遭った“モンスター”が持っていなかった威圧感がある。
同程度のサイズだった“水獣”ロアルドロスには感じなかった、“凄味”が。
クソ、『飛竜種を狩りたいだ』なんて笑わせるぞ。
「エリちゃん、一旦退いて体勢を立て直すんだ!」
ティガの向こうでバニィさんが叫んでいる。
「“エリア4”への通路へ逃げて、ティガを観察して――」
「――そんな状況じゃあねえぞ!」
顔を上げると、盾を構えたマーキさんがティガを覆い隠して立っている。
「立てエリちゃん! レクチャー受けたんだろ!? 今さら腰抜かしてる場合かよ!」
盾に隠れて叫びかけてくるが、あたしは指先を振るわせたまま、立ち上がることもできない。
「こんなのはザコだ! 図体がでかくて大食いなだけでザコだ! オレらにとっちゃこいつは生肉でしかねえ! そうだろ生肉!」
「ちょっと、マーキさん!」
マーキさんはあろうことか、もうティガに言葉を投げ始めた。
その声を聞いたか、ティガが首を持ち上げて、わずかにこちらに傾ける。
それ単体が小型の肉食動物ほどもある頭が見える。
その半分を引き裂くように開いた口が、嘲るように歪む。
悪寒が走り、指先が震えた。
一瞥でこれなのか。
「ざ、ザコったって、マーキさんは――」
『――戦ったことあるんでしょ?』と口に出る前に、目に入ってしまった。
ティガの右奥に転がっている、さっきあたしをおののかせたポポの死骸が。
頭を氷の中に押し込まれて、血の塊になった頭と、意図せず見せることになった首の切断面が。
――あたしもあんな風になるの?
マーキさんが顔だけで振り向き、あたしの視線の先を追う。
「そこにいたってああなるだけだぞ! お前はこいつに食われたいのか! 食いたいのか! どっちだ!」
「ど、どっちって、別にこんなの食べたくないですよ!」
「でも食われたくもないだろ!」
そ、そりゃそうだけど!
「お前はこの程度で腰抜かすマジもんの“名誉ハンター”なのかよ!」
“名誉”?
あたしが今までこなしてきた“ハンター”稼業は、“名誉”の威を借っていたか?
……違う。そんなつもり、ない。
初めて中脅威肉食動物の“大猪”ドスファンゴに出遭った時のことを思い出せ。
あいつだって、村の大人を跳ね飛ばして一生残る怪我を負わせたり、その牙で何人も死なせたりしてたじゃないか。
出遭ってしまった以上、本質的にはファンゴもティガも、大きな角を生やしたさっきのガウシカだって同じだ。
ミスすれば死ぬ。
あたしはそれをミスせずこなしてきた。
“名誉ハンター”なんてレッテルで、自分を下に置いちゃダメだ。
なしくずし的でも棚ボタ的でも“名誉”でも、あたしは既に“モンスターハンター”、その上位。
姉のおまじないを思い出せ。
『恐怖を否定するな。勇気は恐怖からしか産まれない』
飛竜種を倒して、かっこ悪い自分のギルドカードにピリオドを打って、“名誉”を返上するんだろ。
憧れのハンターに近付くんだろ!
「……あたしを“名誉ハンター”と呼ばないでください」
「なら証明しろ! こいつを食ってみせやがれ!」
もう震えてない。
ボウガンの通常弾を再度確認。
思考を瞬間的に言葉で処理し、その一つ一つで自分を支える。
前傾姿勢だったティガが、さっと身体を起こした。
隠れていた首筋が再度露出した。チャンスだ。
ボウガンを小脇に、マーキさんの横へと躍り出る。
「あ、ちょ待てやめろエリちゃん!」
「やらせてください!」
先制攻撃はもらった!
「耳をふさげ!」
「えっ――」
――視界がたわみ、直後、あたしの全ての感覚が消失した。