『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
「グッハ! 疲れた!」
「お疲れ様です」
息を抜いて腰を下ろしたマーキさんの前に、あたしも倒れ込む。
「緊張したあ。今さら膝がガクガクし始めましたよ……」
「“名誉ハンター”の割りに、ちゃんと動けたじゃんか」
「“名誉”は余計です! あたしは本番に強いだけなんですよ!」
「いや、いきなり腰抜かしてたじゃん」
「あれは立ち上がるのに時間がかかっただけです!」
「あーへいへい、腹減ったなあ! ちょっとメシにしようぜ?」
「ちょっと、話聞いてください!」
言いつつもあたしはメモ帳を取り出し、今の展開をまとめる。
しかしまあなんだ、なんだかんだ切り抜けられてよかった。初遭遇でいきなり戦意喪失でピンチとか、ありえないよね。ピンチや挫折は二戦目三戦目辺りにとっておかないと、小説の構成が滅茶苦茶になっちゃうもんね。あ、いや、無理矢理ピンチを演出するつもりはないけどさ。
「あ、そうそう、三箇月分ですからね、ポポの肉」
「その前にオレが助けただろお?」
「あれはポポのタン一箇月分くらいです」
「じゃあそれで相殺だ」
「どうして?」
「『オレの一箇月分は、エリちゃんの三箇月分に匹敵する』とか言いたいんだろ。お疲れ様」
やってきたバニィさんが代弁する。
「さすがバニィ、分かってるじゃん」
マーキさんは顎ヒゲを撫でながら笑った。
「お疲れ様です。で、ダメですからね、そういうズルは」
「ゆるみすぎだ」
冷たい声が響き、あたしはメモを閉じてピシッと背筋を伸ばした。ボウガンを肩にかけるストラップが食い込む。
ジュンさんはそんな弟子を睨みつけている。
「ナイスコンビネーション、と言われると思ったか? 全く確実性のない戦い方だぞ。どの手も一歩間違えれば即死級だ」
ああ、師匠モードだ。
「そもそも、いざティガを前にして戦闘不能とはどういうことだ? そんな生半可な覚悟で来てたのか君は」
「ご、ごめんなさい」
「まあ落ち着いてよジュン。エリちゃんは飛竜種に遭うのも初めてなんだし、そんなに強く言わなくても」
「誰だって最初は初めてだ」
ジュンさんはあたしを睨んだまま、バニィさんのフォローを叩き落とす。ポンチョから伸びる腕と指は、あたしを射抜いて視線さえ動かさせてくれない。
「そもそもどうして最初に逃げたりしたんだ。突発的な戦闘開始とはいえ、理想的なポジションだったんだぞ? ギルドが準備した事前情報と戦闘レクチャーを忘れたのか?」
「そ、それは、その……。動転してたっていうか……」
「ティガの姿にか? それも情報は展開されていたし、そもそも私の描いたイラストも見ていただろう」
「そうなんですけど、やっぱり実物は全然違ったっていうか……」
「すねてんだよな、姐さん? いや、分かるよ、うん」
「なんだと?」
マーキさんは訳知り顔で頷いている。
「自分の活躍をエリちゃんに見てもらえなかったから、不満なんだろ? エリちゃんが見てなきゃ、どんなすごい戦闘だって小説にはしてもらえないもんな」
ええ? と思うあたしの前で、ジュンさんの目がすうっと細くなる。
「君はそのために、わざとあんな際どい攻めをしていたのか?」
「いやいや、オレのは素だよ。いつも綱渡りじゃん、“ハンター”なんて家業はさ」
しれっと眉を上げるマーキさんに、バニィさんも溜息を漏らし、ジュンさんは『こいつの言うことは聞くな』と首を振る。
「ミエコの言葉を思い出せ。『先人の知恵はアドリブに勝る』だ」
ずるい、姉の言葉を出されたら、あたしは頷くしかないじゃん。まあ反論の余地はないけど。
「マーキ、あの咆哮は盾でガードし切れたのか?」
バニィさんがマーキさんに問う。
「ん、まあまあだな」
「突進はどう?」
「試してないけど、あの腕の感じならやってやれそうだぜ」
「じゃあエリちゃん、次の戦闘はレクチャーどおりにね。マーキの一〇メートルくらい後から射撃するように。ティガとマーキを結んだ直線上には立たないこと。ティガの攻撃を分散させるためだよ。マーキが突進を御し切れなかった時は、左右に避けるんだよ」
「はい。でも安心してください、マヒダケはもう少しありますし、閃光玉はあと三つもあるんですから」
「それは確実じゃない。基本に忠実に動けと言っただろう」
またもジュンさんがぴしゃりと言う。
「同じ攻撃を何度も食らうモンスターはいない。それが通用するのはあと一度だけと覚えろ、いいな」
「は、はい」
「これもミエコの言葉だ。『安全は安心を産み、安心は油断を産む』。頭に入れておけ」
渋々感が顔に出ないように注意しながら頷く。分かってるんだって。ねえ。
「一応おさらいしておこうか。マーキは正面からティガを牽制しつつエリちゃんの盾になる。エリちゃんは基本的には頭を撃ちながら、チャンスがあったら貫通弾で背中も通して狙って」
マーキさんが「おうよー」と言い、あたしも頷く。
「そしてボクとジュンは、君らから見てティガの左後ろと右後ろに位置して攻撃する。通称、えっと、“T・レックス”フォーメーションだね」
何故どもった。その名前、恥ずかしいの?
「攻撃に特化した前脚より、背中や後脚の方が柔らかくて攻撃が安定するからね。ティガが旋回し始めたら、フォーメーションを維持しつつ同じ方向に移動。原則、マーキ以外はティガの真正面に立たないこと」
「二週間前の復習だな」
ジュンさんが冷たい目であたしを見てくる。ごめんなさい、あの状況じゃ逃げるので頭がいっぱいでした……。
「でもさっきの突進、かなりすさまじかったですよね。突進でティガが大きく移動しちゃったりしたら、どうするんです?」
「フォーメーションを組み直すまでは、各々なんとかするしかないね。基本だけど、ティガとの距離がある時点で大きく左右に移動して避けるしかない。さっきはしなかったけど尻尾の攻撃も確認されてるから、欲張らないできちんと回避すること」
大丈夫なんだろうか。あたしはマーキさんと一緒だから心強いけど、太刀のジュンさんもハンマーのバニィさんも、突進をガードできる得物じゃない。
そんなあたしの心配を感じたか、ジュンさんが口を開いた。
「私たちの武器にもそれぞれ立ち回り方がある。あいつの動きは概ね見切っているしな」
ん、さらっとすごいこと言ったぞ。
「ボクもなんとかなると思う。ティガは動きは速いけど直線的で規則正しい。基本から外れたとしても、真正面から対応する方法はあるさ」
「てことは、振り下ろされる腕と身体の隙間に転がり込んで避けるってことか。そのギリギリを追求する姿勢、まさにドM」
「いや追求しないから! てかね、あのね、今真面目な話してるの!」
「違うぞマーキ、何度突進ではね飛ばされようとも『もっと強く! もっと激しく!』と求め続けるのがバニィだ。痛みは性的快感で和らげる」
「おお、さすがドM」
「うむ、ドM」
「いやだからドMにしないでよ! 快感も覚えないから! ちゃんと戦うから!」
「冗談はさておき、これからどうするよ」
「冗談言ってたのは君たちでしょ!」
とは言うものの、バニィさんは視線を東の方へ向ける。
「もちろん追跡だ。そのためにペイントボールも塗ったんだからね」
鼻に意識を集中すれば、冷たい乾いた風の匂いに混じって、かすかに柑橘系の果物の匂いがする。匂いと色で動物の追跡を可能とするペイントボールの匂いだ。さっきの破裂音は、ティガに投げつけたそれが割れる音だったらしい。
「それもそうだけど、あのポポ、気にならねえ?」
「なにが?」
「内臓を見たろ? わざと食べ残してるみたいじゃん。腹が減ってるんだから、またここに戻ってくるんじゃないか?」
確かに、さっきのティガは大分スタミナを減らしていた。戻ってくることも十分に考えられる。
バニィさんはすぐに「いや」と首を振った。
「ペイントを塗ったんだから、今は素直にそれを追おう。手を広げたために目の前の動きを見失うのは本末転倒だ。餌を食べに戻るならそれで構わない」
「オッケー分かった」
「ただ……」
とバニィさんは太陽を見る。もうすっかり西に傾いており、午後四時頃と見て取れた。
「時間も時間だ。ジュンとボクは“エリア5”で臨時キャンプの設営に入る。マーキとエリちゃんはティガを追ってくれ。後で合流するから」
「オッケイ」
と親指を立てるマーキさんに、あたしは目を向け、次いでバニィさんを見る。
「ん、不安?」
「い、いえ、そういうわけじゃないんです! マーキさんなら、その、えっと――」
「――かっこいいし?」
「へ?」
「頼りになるし?」
「マーキ。次に口を開いたら、顎ごとヒゲを剃り落とすぞ」
ジュンさんの暖かくも冷たくもない口調に、コクコクと頷くマーキさん。
「うーん、なんて言うんでしょうか、その……」
何故だろう。戦う前の恐怖感も、戦っていた時の高揚感も、すっかり引いてしまった。今の気分は……なんなんだろう。不思議なアンニュイささえ感じている。
言葉を紡げないあたしが不安を口に出せないと思ったか、バニィさんは口元をゆるませる。
「大丈夫だよ。最初は尚早かと思ったけど、さっきの立ち回りを見る限り、エリちゃんは問題なくティガと戦える。まあマーキ共々、もうちょっと安全側にマージンをとっておいてくれると、ボクとしても安心なんだけどね」
「オレたちがせっかくハラハラさせてるんだから、喜んでくれよド・エ・ム・バアアァァニィィ」
「だからボクが真面目な話を――」
と二人がじゃれあい始める脇で、ジュンさんがあたしの肩を撫でてきた。
「ともあれだ。一戦交えて分かってだろう? ティガレックスは確かに凶暴な“モンスター”だが、血も肉もない神の化身というわけじゃない。さっきだって、君らに警戒心を抱き、命の危険を覚えて逃げ出す道を選んだじゃないか」
そこまでいうと、彼女は鼻で笑い、不健康じゃない紫色の唇を歪めて笑う。
「“絶対強者”と言われているのも結局、人間の恐怖心が投射された結果に過ぎない。君も恐怖を克服したなら、ヤツに勝てる。そうだろう?」
そうなの……だろうか。
はっきり頷く自信が持てなくて、あたしは一瞬目を俯かせたものの、笑って小首を傾げるだけだった。
「じゃあ少し早いけど、解散前にホットドリンクを飲んでおこうか」
とバニィさんが言った。戦闘中は頭に血が上って時間経過がよく分からなくなるが、少なくとも午後四時の鐘まだ鳴っていない。しかし早め早めの対策が安全を産むのだと、あたしは“ハンター”稼業の中で学んでいた。
もっとも、姉の言葉じゃないけど、この安全が油断を産まないようにしないとね。
あたしたちはポーチからビンを取り出す。
「いい? じゃあクエストの前途を祝して、かんぱーい!」
……出発前の檄はどこにいったんだ?