『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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6.凍土・エリア2
● お散歩しましょう / what is a enigma


 真っ二つになった≪自主規制≫をじゅるじゅる吸うマーキさんから大きく距離をとり――というかもう二度と近付きたくない――、あたしはバニィさんと一緒に“秘境”から“エリア2”の雪原に戻る林の丘を登っていた。

 時刻は二〇時に近いはず。たいまつはつけているが、針葉樹の影と月の隠された空で、なにもかもが黒の中に溶け込んでいる。

 ちなみに三本目のホットドリンクはついさっき飲んで、日付が変わる直前までは効果時間が続くはずだ。

「大変だったね、エリちゃん」

 歩きながらバニィさんがねぎらってくれるのは、もちろんティガレックスの動向だ。

「いえ、その、あたしたちに被害があったわけじゃないですし。ギルドの人の掃除は大変そうですけどね」

「ボクらもできる範囲で片付けておこう。それで、他にはなにかあった?」

「うーん、なにかを探しているようにも見えたんですが、キョロキョロしてるだけにも見えて」

「あそこにいたのは何時間くらい?」

「あたしたちがついて二〇分くらい経ってから、皆さんがくるまでですから……一時間以上は“エリア1”でウロウロしてましたね」

「そっか……」

「あ、でも気になることが一つ」

「ん?」

「食い散らかしたガウシカの死骸ですけど、ティガ、あれを食べてはいなかったです」

「ほんと?」

 バニィさんの顔がこちらを向いたのを感じる。

「はい。あたしたちと戦ってずいぶんスタミナ消費したと思うんですけど、ティガってそんなに燃費いいんです?」

「いや、ボクが資料で読んだ限り、暴食レベルの食べっぷりらしいけど」

「マーキさんみたいに?」

「うん……ってちょっと」

 バニィさんの手があたしの肩をつついたので、

「ごめんなさい!」

 と笑いながら小さく謝る。

「でも、うん。それは奇妙だ。ティガは凍土のような寒冷地帯に生息する“モンスター”じゃないし、瞬発性を重視した肉質だから、エネルギーを溜め込んでおける脂肪が少ないはずなんだ」

「つまり、使ったらすぐに食べなきゃいけないんですよね」

「そう。現に戦闘中の“モンスターハンター”から背を向けて、ポポを食べに行ったって報告も多いそうだよ」

「まるでマーキさんですね」

「だな、あいつも狩り中にいきなり携帯食料を焼きだして――ってだから!」

 バニィさんが笑いながらあたしの背中を軽く叩いた。気付けばもう、二人の距離は五〇センチもない。

 ふと顔を上げると、揺れる炎で彫りの深さが映えたバニィさんが、妙に精悍に見えて、あたしはなんとなく気恥ずかしくなってしまった。がっしりした体格に纏う橙色の甲殻は、たいまつの照り返しで燃えるように光っていて、普段のドMでいじられキャラなおっちゃんの雰囲気はどこにもない。

 そんなことを考えると、あたしは急にドキドキしてきて、話を続けられなくなってしまう。これがマーキさんが言ってた『ギャップ萌え』ってヤツかなのかな?

 でもじゃあ、あたしの顔はどんな風に見えてるんだろう。“紅彩鳥”の赤い羽根は複雑な影をあたし自身に落としているけど、顔は自分じゃ見られない。変な風に見られてなきゃいいけど。こんな時にあたしが美形だったらなあ。

 ……ああクソ、“美少女ハンター(笑)”だと? マーキさんのヤツ! 好きであんなタイトルになったわけじゃないんだぞ! サインをもらいに来た子供に『おばちゃんハンターじゃん!』って言われたり、資料を見せてくれた古生物書士隊のイケメンに『あっ』って察される気持ちを考えたことあんのか!

 なんとなく幻想的な雰囲気の中、イライラがつのってきた顔に無駄に力を入れて、踏みしめる雪の音を聞きながら黙って歩く。

 ああダメだ、喋らなきゃ喋らないだけ喋りにくくなるぞ。なんか話題を探すんだ、えっと、えっと――

「――バニィさん、その装備って、“風牙竜”――ベリオロスの亜種のですよね。なにか、こう、ポリシーとかあるんです?」

 うん、いい質問だ。さっきのマーキさんとの会話が枕になってて、不自然じゃない。

「ポリシー? そりゃかっこいいからに決まってるでしょ!」

 えっ?

「もちろんそれだけじゃないよ、肌の色と自然に馴染む穏やかな暖色系の配色は隠密性を高めてくれるし、ベリオの強靭な毛を多く使ったデザインは単独での素早い装着を可能にするし、その軽量さでベリオを思わせる素早い動きと長時間の活動が可能なんだよ」

「あ、えっと……」

 語り出した。

「そんなベースの性能に加えて、どんなクエストにも対応できる拡張性の高さ! ボクはこれ一着ですべて十分だと思うね。“ハンター”の標準装備として流通しない理由が分からないくらいだよ。実際ーカリオ家の親衛隊はこの装備の色違いの、“氷牙竜”の装備を――」

「――あ、あの、分かりました、十分、そのポリシーは」

「そう? エリちゃんもこれ着てみなよ、絶対気に入るから! ベリオ亜種のクエストが発注されそうな気配があったら連絡するけどどうする?」

「そ、そうですね、考えておきます……」

 思わぬところで落とし穴に引っかかった。こんな熱くなるとは思わなかったな。てか、こっち方面の『ギャップ萌え』は残念だぞ。子供かよ。

「……子供?」

「ん、どうかした?」

 そうだ、ティガに子供がいるかどうかって話は、一般人でも“ハンター”でもよく取りざたされてた。ティガは凍土で子供を産んでしまい、移動させるには危険が大きいから、なんとかここで育てようとしてるって。

 いや、でも――

「――難しいかな、子供は……」

「はっ!? こ、子供!? なに言ってんの!? え、難しいってエリちゃん!」

「えっ?」

「そりゃ難しいよ、だって子供作るとなったらどっちかは“モンスターハンター”をやめなきゃいけないし、それに親が危険な仕事をしているのは教育上問題があるっていうか、代々ハンターのボクの家系は若くして死亡する――」

「――ティガの子供ですよ」

「えっ?」

 バニィさんは口を数秒開けた後、たいまつを自分の身体から精一杯離して顔が見えなくなってしまった。

「うん、知ってる。分かってたよ。それで子供がどうしたの?」

 えー、どうやったらその勘違いできるの? 忙しい人だなあ。

「えっと……。ティガに子供が産まれてて、それを凍土で育ててるんじゃ、って考えたんですけど――」

「――でも成体のティガでさえ、凍土での生息には適してないんだよ?」

「それは分かってますけど。もう、最後まで聞いてくださいよ」

「ごめん」

 なんだよもう、話す気なくなるじゃん。『受け答えは否定から入るな』って姉も言ってたんだぞ。

「下の方を見てたんです。ティガ。ほら、大型の“モンスター”が周囲を警戒する時って、普通自分と同じサイズの対象を見るために、大きく首を上げるじゃないですか」

「そうだね、その傾向が強いかな」

「でもさっきは、ぐっと下に首を落として見てたんです。それって小さなものを探してるのかなって、それで子供説は割りと有力なんじゃないかなって思ったんです。でもそれだと、ちょっとの食べ物も持って帰らないのは不自然ですよね」

「不自然だね。小さければ小さいほど、摂取と排泄のサイクルは短くなるんだし。でもそうか、小さなものか……」

 ティガが探す小さなもの? なんだろう。好物のいなくなった凍土で、なにも食べないで探すもの?

 でもあれは、あたしたちと戦うために身を低くした姿勢に近かった。他の“モンスターハンター”を警戒していた? それとも、あたしたちを?

 まさか。

「姐さーん! おーい!」

 呑気な声と共に、雪を踏んで走る音とたいまつの明かりが近付いてきた。

「マーキ、いくら森の中だからって賑やかすぎだよ」

 バニィさんが暗闇に声を投げると、足音は一度立ち止まると、こちらにやってきた。現れたのはもちろんマーキさんだ。

「なんかあったんです?」

「姐さんが、ペイントの匂いの方向が変わったから、調べてくるって」

「方向が? ティガが目的地を変えたってこと?」

 ジュンさんとマーキさんは、三角測量でティガの位置を探っていたのだ。

「オレの鼻だけじゃちょっと分からんなあ。東の方から匂いがするから、“エリア1”から“エリア2”の道を北上してるんだと思ってたんだけど」

 方向が変わったということは、ティガの移動スピードが変わったか、移動方向が変わったか、風向きが変わったか、などの可能性が考えられる。そして今のところ風の調子は変わっていない。

 だからティガの動向を確認するために、ジュンさんは動いたんだろう。道でティガの痕跡を見るには、林から抜けるしかない。

「確かに匂いの周期は延びてるから離れていってるね。でも速度は今までのティガからすると遅くない? 寄り道してるのかな」

「いや、それにしちゃスピードが一定すぎるぜ。獲物でも見つけたとか?」

「獲物を狩るんだったら、暴れてるんじゃないです?」

「そりゃそっか。あー、ちょっと空から調べてくれよバニィ。自分の観測船くらい持ってるんだろ?」

「あるけど、そんな資本勝負の狩りなんて、ギルドが許可しないよ! ボクの家がスポンサーのロックラックでだって、特別扱いされないんだから!」

「え、個人で観測船持ってるんです……? ウッソ……」

「ど、どうしてそこで引いちゃってるのかな、エリちゃん……」

「まあまあほらほら、くだらねえこと言ってないで、ティガのこと考えようぜ!」

「君が最初に言い出したんでしょ!」

「メシじゃないとしたら、なんだろうなあ。のんびりしてるってことは、食後の散歩か?」

「食後って、ティガは食事してないですよ、てか食事から離れて――」

 ……ん? 前進してるけど、のんびり?

「――あ、山登りしてるんじゃないです?」

 “エリア2”全域と、“エリア1”とを繋ぐ道の東側は、高い山脈で区切られている。ティガはその山を登っているんじゃないか?

 あたしが呟くと、バニィさんとマーキさんは『それだ!』と声を上げた。

「さすがエリちゃん! 伊達に小説を書いてないね!」

「え? え、なんか意味分からないんですけど」

「さすが“名誉ハンター”って言ってんだよ!」

「だから“名誉”じゃないです!」

 ひとしきり騒いだ後、ふう、とバニィさんが息を吐く。

「“エリア2”に向かわず、山越えをしているとなると……“エリア6”か」

 今日の調査で初めて口に出されたその単語と共に、あたしたちはアイコンタクトを受け取る。

 “エリア6”。この“エリア2”の東側を区切る山脈の向こうから始まる広大な永久凍土の南西部で、ハンターズギルドが狩り場として唯一許可しているのほんの一部分だ。当然その環境の過酷さは、この雪原の比ではない。

 でも今バニィさんが考えたのは、そんなことではないだろう。

 その“エリア6”がまさに、前任チームがティガの不可解な動作を目撃した“洞穴を抜けた永久凍土”なのだ。

 ティガがそこに向かったのなら、あたしたちも急いで追いかけなければならない。バニィさんもそう考えたか、歩調を心なしか速めている。

 と、そんな最中に彼は立ち止まった。

「うわっと、おい、どうした?」

 その後ろでたいまつをぶつけそうになったマーキさんが声を上げ、一歩先んじたあたしも振り返る。

「火を消して」

「おいおい、まだ“エリア2”は先だぜ? いいじゃんもうちょっと、ドスサミィんだよ」

「そうですよ。そんなこと言ってるとケチバニィさんになっちゃいますよ」

「なにその鳥竜種のモンスターみたいな名前! そうじゃなくて! てかなんかエリちゃん、マーキと仲良くなってない!?」

 言いながらもバニィさんは、たいまつの先端に蓋をしてしまった。

「まあね、オレとエリちゃんの仲だからな! な、エリちゃーん!」

「その≪自主規制≫で臭い口、近付けないでもらえますか」

「うわあ、氷点下だぜエリちゃん……」

 あたしたちも目を閉じてたいまつを消す。

 そっと瞼を開くと、闇に慣れない目が周囲を黒に染め上げるも、すぐに夜空が切り取る輪郭が見えてくる。

 バニィさんはあたしたちの目が使えるようになったのを手信号で確認すると、ジュンさんを気にせず前進を指示した。

 ほどなくして違和感を覚える。マーキさんも同様らしく、しきりに首を傾げている。

 五分ほど歩いてようやく、ほんの微かな異臭に気付く。酸味を帯びた匂い……?

 あたしはマーキさんに疑問を訴えようとすると、彼は『オレじゃない!』と言いたそうに手で口を抑えて首を振るので、あたしが『そうじゃないです』と首を振り、北――進行方向に指を向けると、彼もやっぱり不思議そうに首を振った。

 “エリア2”に到達する直前に気付いた。

 この匂いは――

「ブナハブラの匂いだな!?」

 ――えっ?

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