『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
● 目的地に到着しました / fatal failure under aurora
ほとんど垂直に渡された縄ばしごをいくつも登り、ゆうに一時間以上は進んだだろう。岩の塊に氷の層が混じり始め、月光が穴の内部を反射して照らしきて、出口が近いことを示している。
右腕の痛みのおかげで立ち止まる気が起きず、とにかく身体を動かし続けられたのは不幸中の幸いか。スタミナの消耗は激しいけど、午後一〇時半すぎには到着できる見込みだ。
午後一〇時半すぎ――“エリア2”を出発してから三時間は経過していた。その間は山脈の洞穴の中だったので鐘楼の鐘は聞こえなかったし、誰とも連絡は取っていないけど、あたしが撃ち込んだペイント弾の匂いはこの先から漂っている。
ティガはこの先にいる。
あたしが行くんだ。
最後の縄ばしごを登り、手袋で保護しながらも冷気が染み込んだ指で氷の地面に手をかけ、身体を一気に持ち上げる。
分厚い氷が覆う地面の上に寝転がり、首だけで出口を見る。
ナイフで切開されたような形のそこには――星空にかかるオーロラが見えた。
「ついた、やっと……ははっ……はあ……」
隆起した断層が形成する鋭い山脈の東側中部に位置し、今までいたエリアとは完全に分断されている。そのため滞留していた雲は山を越えられず、“エリア6”は眩しいくらいの星光と月光に満たされているのだ。
氷を払って立ち上がり、亀裂の下端に気をつけて外に出た。小型の鐘楼に肩を預け、その光景に目を向ける。
「はあ……」
“エリア6”。
東に向かって広がる凍土、その西端に触れるエリアだが、ハンターズギルドが認可している狩り場は、三メートルほどの段差で東西に区切られた二階層の雪原がメインだ。かろうじて山を越えた雲が降らせた多少の雪が積もった部分で、岩山に囲まれた地形から凍土に生息する飛竜種が翼を休める場所にもなっている。
そして雪原の東側は一転、目も眩む高さの断崖絶壁である。標高差一〇〇〇メートル近いその広大な空間を、同程度の分厚さをもつ氷塊が埋め尽くしている。いわば“氷床”というヤツだ。氷床はその広さの割りに、雪原に接したほんの五〇メートル四方ほどしか狩り場として扱われていない。なぜかといえば、氷床は大小様々な氷塊の集合であり、いたるところにある結合部分には数メートルの段差がある上に、氷塊単位で落剥する危険性もあるからだ。“ハンター”の安全を尊重、強調するギルドの性質上、氷上での狩りは許可できないのだろう。
とはいえこの氷床を形作る氷も、やっぱり数百年近く変わってないそうだ。雪原の部分もイレギュラーな地帯なんだし、気にしなくていいと思うんだけどね。
あたしは火照りを抑えるように、冷たい風に身体を晒す。
オーロラが揺らめく星空、雲一つない澄んだ空気の中に延々と続く、月光を反射して七色に光る透明な大地。同じ“凍土”と定義されるエリアの一部なのに、ここだけまるで別世界だ。
でもまあ、なんだ。
そんな描写なんてどうでもいいくらいに、美しい。
来るまでの苦労もあるし、酸欠からくるハイもあるだろうけど、それくらい呆然としてしまう光景なのだ。
そしてその光景の中に、ティガはいた。
一秒として同じ光を反射しない氷の上に、青い縞模様が走る橙色の鱗と甲殻の存在感は、逆に異様だった。
それは雪原から距離にして二〇〇メートルほどの氷床の上で、爪を研ぐように氷の上で両腕を前後させている。
なにをしてるんだ? 氷の中になにかあるのか?
火照りが落ち着いてくると、ホットドリンクの熱を貫いて身体に食い込む寒さを感じ始める。手袋の隙間から息を吹き入れようとするけど、呼気は一瞬で凍り、音を立てて散っていってしまう。その音は“星の囁き”なんてロマンチックな名前で知られているけど、今のあたしにはそんなことを気にしてる余裕なんてない。
あたしは身震い一つで我慢して、風と視線を避けるために雪原の段差のそばに身を寄せた。双眼鏡を取り出してティガとその周辺を観察するが……。
「見えん」
氷床は一つの大きな氷塊でできてないから、斜めに見通すことはできない。かといって問題の氷塊は遠すぎて、その氷面は月光を反射するだけだ。もっと上から、垂直に見ないとダメか? あたしは雪原の上層部分にあがるべく、剥き出しで風雨にさらされた地層に手をかけ、二メートルばかりの登攀をこなす。そして再度双眼鏡を取り出す――やっぱり見えない。
「もっと近付く……?」
口の中で呟き、ティガまでの道のりを改めてチェックして、しかし首を振った。
距離はさほどでもないし、高さのずれた氷塊は隠れ場所にもなるけど、その氷塊の段差の幅が大きいのだ。垂直跳び一メートル弱のあたしでは、四メートル近い段差を取っ掛かりなく登ることはできない。“エリア7”から“エリア6”のように縄梯子があるわけでもないし。
それに氷塊の面積も狭すぎる。どれも三〇メートル四方前後だから、体長一五メートルのティガと戦うことになったら、壁際に追い詰められるか段差から落とされるかのどちらかだ。
でも、だけど、ティガは動く様子がない。
決断を迫られてるのか?。
お話の英雄なら、ここで危険に飛び込んで結果を持ち帰り、武勇伝とするんだろうけど……。
「あたしはしがないただの“ハンター”だしなあ……」
無意識に片手で毛皮の下に手を入れ、かろうじて風雨から護られている素肌の腕をさする。寒い。
そういえば今何時だ?
鐘楼を見るがまだ鳴る様子はない。出発到着時間から概算したように、午後一〇時半すぎと考えれば……ホットドリンクを飲んでおいた方がいいか。なにしろここは氷点下数十度の世界だ、ホットドリンクの効果がいつ切れてもおかしくない。
ポーチに入れ忘れていたホットドリンクを出そうと、バックパックをおろす。あと四本、一六時間分はあるはずだ。
「余裕を持つんだ、余裕を持って対策すれば、それは安全を――」
――言葉が途切れた。
凍土の地図、携帯食料、たいまつ、双眼鏡……あれ、弾薬セットと火薬はどこ? メモをまとめるノートもない。
そして……ホットドリンクも。
頭の中が真っ白になった。バックパックから掴み出したのは、“秘境”であたしが寝転がった、昼過ぎに剥いだままのガウシカの毛皮。
ああ、やってしまった。
これはマーキさんのバックパックだ。