『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
がくん、と腕が引っこ抜けそうな衝撃と共に吹き飛んだ。
「諦めなかったな」
「え?」
顔を上げると、ジュンさんがあたしの腕を掴んでいる。ポンチョは固定されているのか、お腹の辺りでふわふわと風に揺れている。
掴んで……虚空を逆さまになって……浮いている?
「ど、どうして」
「どうして? 弟子を見捨てる師匠がいると思ってるのか?」
いや、浮いてるよね?
「いや、あの、天使がジュンさんじゃ、天国も大変そうだな、なんて」
「落とされたいのか?」
「じょ、冗談です! 冗談ですよ!」
「早くしてくれー!」
マーキさんの声だ。少し頭をずらすと――
「ああ、なるほど」
――マーキさんがジュンさんの太刀のストラップを掴み、ジュンさんはその状態で宙吊りになっているのだ。
いや、でも雪が積もった崖の淵はもう少し上だ。更に首を動かすと――
「はや、早く! 早く登ってきて!」
――四つ叉のランスを、バニィさんと持主のマーキさんの両方が掴んでいた。そのバニィさんは顔を真っ赤にして雪原から身を則り出し、ぷるぷる震えている。
つまり、バニィさん、マーキさん、ジュンさん、あたしの順番で、崖にぶら下がっているのだ。恐らくはハンマーが重石となって、絶妙な体勢を維持しているのだろう。
「お、おお、なんか奇跡的なバランスですね」
「いやホントちょっとホント限界!」
「エリ、早く上がれ。こればっかりはドMなどと言っていられない」
「は、はい!」
あたしはジュンさんの身体に掴まり、ポンチョを破かないように彼女の≪自主規制≫な≪自主規制≫を≪自主規制≫しながら、なんとかマーキさんへと到達する。
「急げよ! 姐さんも!」
「分かってる。マーキ、目を閉じていろ。開けたら君の≪自主規制≫を切り落とすからな」
「お、おう……」
脚をモジモジさせるマーキさんは、細かな鱗の鎧を着ているので、とっかかりが難しい。あたしが四苦八苦しながら登っていると、くるんと回転したジュンさんもマーキさんを伝って登ってくる。なんか、冷静に考えるとすごい絵面だな、これ。
「バニィさん! ありがとうございます! もう少しですよ!」
「も、もう、もう少し……って、あと何秒……?」
マーキさんの腕からランスに取りつき、顔が紫になり始めたバニィさんまで二メートルといったところで――
「あっ」
――ずるっとその位置が下がった。
「おいどうなってんだ!? バニィどうした!」
上の見えないマーキさんが叫ぶ。
バニィさんの身体がスライドした。そりゃそうだ、いくらハンマーの重量を使っているといっても、大人三人が動き回ればバランスも失われる。
「バニィさん頑張って、もうちょっとです! あたしが上についたら手伝いますから!」
「あっ……あっ……ああ……」
脂汗を流して眼球が飛び出さんばかりに目を見開いたバニィさんが、歯を鳴らしながら唇を引き攣らせた。
「ごめん、無理かも……」
「おおおいおい! もうちょっと頑張れよ!」
「あたしが登り切ったら手伝いますから、耐えてください!」
「バニィ、今なら裸エプロンにしたことを謝るぞ」
「「は?」」
「ちょ! さらっとなに言っちゃってんの!? 手放されたいの!?」
「この秘密をあの世に持っていかれたくないなら、耐えろ」
「耐えろじゃないでしょおおおおふごぉ!?」
バニィさんの奇声と共に――崖から大人の大きさほどもある爪が飛び出してきた。更に、星の光を遮って、にゅうっと出てきたのは、ティガの顎。
なにが起ったんだ?
現象的には、ティガがバニィさんを手で押さえている……ように見える。それも、爪で傷をつけないように、掌の柔らかい部分で。
「喜べバニィ。手助けしてくれるようだぞ」
「え、え、なに? 誰押さえてるの! ありがたいけど誰!?」
バニィさんはなにが起っているのか分からないようだが、とんでもないものが背中にあることは認識してるらしい。
「お、おお!? マジか!」
「なにがマジなの!?」
「マーキ、目を開けたな」
「開けてないです。ないですよ姐さん」
騒ぐ二人を余所に、あたしは慎重にランスを伝って、先ほどとは違う理由で脂汗を流すバニィさんに辿り着くと、少し迷った末に、爪に飛びついた。
ティガの行動が本当にあたしたちを助けるものなら、爪に刺激を受けたとしてもどかさないだろう。逆に、ただの捕食行動なら、それを邪魔したあたしは振り払われ、三人も落ちるだろう。
はたして、ティガは動かなかった。
爪に乗って、その腕を伝って雪原におりても、ティガはあたしに一瞥をくれるでもなく、遠くを見ていた。
あたしもそちらに目を向ける。
「うわあ……」
もはや言葉にならなかった。
揺らめくオーロラを反射し、星と月の明かりをたたえていた一面の氷は、その九九パーセント以上が消失してしまった。ギルドが狩り場として許可していた氷塊も消失し、実質“エリア6”は雪原でしかなくなっていた。
氷点下数十度だったはずの一帯は、氷を失ったせいか落ち着いた気温になり、遙か下方に広がる凍っていない海には、砕けた氷塊が漂っている。ベースキャンプの前を流れている川も、たぶん、氷から解放されたのだろう。
解放……か。
「子供のこと、考えてるの?」
理解されるはずなんてないと思いながらも、そう問いかける。
あたしたちの行動は、“ティガの子供を解放した”と受け取られた? だから助けてくれたの?
その問いにも答えはない。
やっぱり、行動から“解釈”するしかないんだ。
たぶん、お互いに。
「ふう」
鋭く息を吐いて、ジュンさんが雪原に降り立った。
「サンキュー! 首のところ、刺して悪かったな!」
青色の縞が走る橙色の腕を叩きながら、マーキさんも戻ってくる。
「終わったな」
「そうですね」
「最後までギリギリだったけどなあ」
ジュンさんはティガを見上げ、そして、切り立った山脈の間から見える冷たい海を眺める。
「これでいい。だがまたいつこのような謎が起るか分からない。その時のために私たち“ハンター”は腕を磨く以外にも、知恵をつけ、心を鍛えなければならないんだ。“自然と人間の共存”を目指す、ハンターズギルドの一員としてな」
「ジュン、ねえ、締めに入る前に、助けて欲しいんだけど……」
「なんだ、いいところだったのに」
「ティガ、もういいよ。あたしたち助かったから。バニィさんを離して」
あたしとマーキさんがバニィさんを押さえると、ティガは低い呻り声を上げながら、そっと腕を離した。
「ホントにティガだったの!? 踏むならもうちょっといいところ踏んでよ!」
「うわっ、なんですかその意味深な発言。“いいところ”って……」
「ティガにさえ踏み方の指示を出すとは、もはや言葉もないな」
「マジでドMってレベルじゃねーぞおい」
「いやいやいや、なんでそうなっちゃうの! てかみんな、本気で引いてない!? やめてよ最後までこういう扱いー!」
あたしたちは笑い、バニィさんも半泣きながらも笑みを浮かべる。
ふと見ると、ティガは両脚で立ち上がった姿勢になって、ゆっくりと山脈の方を向かっていた。
「行っちゃうの!?」
思わず呼びかけてしまう。
だがティガは両手を一度地面に叩き付けると、巻き上がる雪煙の中を跳躍。
あたしたちに一瞥をくれることもなく、そのまま夜の凍土へと消えていった。