『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
あたしたちは焚き火の周りに腰を下ろしている。
マーキさんは『まずい』と大人気の携帯食料のパッケージをもてあそび、あたしは愛読書の『アシラ一家のお引っ越し』の絵本を横目に捲りながら、腰のポーチから硬化させた墨を取り出して、昨日の狩り中に書いた討伐記録の整理や、今の記録をノートに連ねている。
「でも、まだ二週間なんですね、あたしたちがここに来てから」
「そっか、まだ半分かー」
「先月の“ハンター”から引継いだのが、もう半年くらい前みたいですよね」
「そりゃ言いすぎじゃね?」
「やっぱり?」
とは言うけど、本当に長く感じる。ターゲットの存在確度の高い普段の狩りと違って、今回はティガを発見するところも含めて探索の割合が大きいことと、氷に閉ざされた地域を長時間調査することの負担が大きいのだと思える。
実際、開始数日のあたしの記録を見ても、『ベースキャンプに帰らず、丸一日凍土を調査し続けるのが、こんなに大変だと思わなかった』と何度も書いてあるのだ。
「でもあれもこれも、ティガレックスを討伐するためって思えば、頑張れますよね」
「前任の四人もそう思って一箇月頑張ったんだろうなあ。そいつらにとっちゃ無駄足だったわけだけど」
う。
「しっかし、ティガを討伐なり捕獲なりできれば、オレの評価はウナギ登りだろうけどさ。個人的にはどっちでもいいんだよなあ」
「どうしてです?」
「あんまり美味そうじゃないじゃん?」
「えっ?」
「ほら、動きが素早くて短期戦が得意なヤツってさ、大体肉もストイックでガッチガチに硬いじゃん? オレはジューシィなのが好きなんだよ。ジュウウゥゥスイィなのが」
「ええぇぇ……」
「ベリオがターゲットだったらなあ。あいつの肉は美味かったなあ」
マーキさんが、そんな態度でいいんだろうか。ポッケという雪山の村落出身で、今回の四人のメンバー中で唯一ティガレックス討伐経験がある人なのに……。
マーキさんは一人でさっさと携帯食料を開けて、謎の香辛料漬け燻製肉を鉄串に突き刺した。
「そういえば最近ウナギ食べてないな。タンジアの港とユクモ村の宿場街のは一通り味見したし、ロックラックのは砂っぽいし……エリちゃん、美味いウナギが食えるところ知らない?」
「いや、関係ないですよね、その話」
「腹減っちゃってさあー」
「今食べようとしてるじゃないですか」
マーキさんは顎ヒゲを手でゾリゾリ撫でながら、肉を焚き火にかける。スパイスとハーブが炙られる匂いを嗅ぎ、染み出してくる肉汁を見ると、あたしのお腹も減ってきた。
「エリちゃんも食えば?」
「もうすぐみんな帰ってくるんですから、一緒に食べましょうよ」
「その時はもう一食食べればいいじゃん」
「もう! それで食料がなくなっちゃうんでしょう!」
全体的に“暖簾に腕押し”な会話に思わず力が入るが、マーキさんは笑いながら肉を一かじり、「まずい」と顔をゆるませた。
もう一度溜息をついて、あたしは焚き火越しに支給品の山を眺める。
つまりハンターズギルドは、「ティガは凍土にはいない」と判断したってこと? だから支給品の量を減らしたの?
ちらちらと振り出した雪が、あたしの着ている極彩色の羽根に当たって、その部分を暗い色に落としていく。もう一年は着ている、“紅彩鳥”クルペッコ亜種の羽根を織り上げて作られた、赤をベースとした服に。曇天なのは見上げなくても分かる。今週は天候が悪くなるとの通達がきているから、数日の間に、いや今日にも吹雪に見舞われる可能性がある。
そうしたらどうなる? 今日の午後からの探索は中止になるかもしれない。数日間調査が行えないかもしれない。するとなんの結果ももたらさないあたしたちのチームへの支給品はまた減らされ、メンバーの士気は下がり、結果、なんとなく残りの二週間が消費される可能性もあるんじゃ――
「ネガティブだな」
――思わぬ声に両肩が跳ねた。
いつの間にか背後に佇んでいたテンマン・ジュンさんが、あたしのノートを――そこに書かれたあたしの述懐を眺めていた。
「い、いつ戻ってきたんですか!?」
「ついさっきだよ」
心臓がすっぽ抜けるほどの驚きだった。ジュンさんに覗かれていたことよりも、彼女の口があたしの耳から二センチもない距離にあり、その腕があたしの首に巻き付いていたことの方が衝撃だった。
「君の小説は悪いとは思わないが、内に内に沈んでいくテンションはどうも性にあわない。だからこの前の連載は打ち切りになったんじゃないのか?」
あたしはノートを隠す動作と心臓の鼓動を押さえつける動作を同時に行いつつ、ジュンさんの顔を見上げる。
「か、書き途中のものを見るのはマナー違反ですよ!」
「君だって私の絵を見るだろう?」
「だって、ジュンさんは隠してないじゃないですか!」
「君も隠してない」
「いるって知ってたら隠してますよう!」
「そんなことより!」
と彼女はあたしの膝の上に置いてあった絵本を取り上げる。
「読むか書くか、どっちかにしろ。突然『凍土にアオアシラが出現した』などと書き始めたら、その本は没収するぞ」
「混ぜませんよ! その辺はちゃんと弁えてますから!」
「そうか?」
絵本を奪い返して胸で抱くと、彼女もまた、鼻で笑いながら大タルに腰を下ろす。
そうすると、ジュンさんは急にそこにいるのかいないのか、不明瞭な存在になってしまう。その効果は彼女が着ている、“迅竜”と呼ばれる飛竜種の毛で作られた、ポンチョのせいだ。ギリースーツとも言うらしい。頭の天辺から脛までを覆う、漆黒ではないが真冬の夜空のように冷たい藍色と、風のように細かな衣擦れの音は、高い遮蔽性と遮音性を有している。いや、見せてくれなくていいんだけど。
そのポンチョからはみ出しているのは、やはり“迅竜”の毛と鱗でできた防具をまとった前腕と脛、それに顔の一部だけ。ジュンさんとはあたしが“ハンター”になった頃からチームを組んでいるけど、ポンチョの下がどうなっているのかは絶対に教えてくれない。教えてくれない理由も教えてくれない。何日も寝起きを共にした今回のクエストでは、何度か覗き見ようと思ったこともあったけど、ガードが堅くて見られていない。クソう。
「あ、打ち切りの件はですね、『月刊 狩りに生きる』の読者の皆さんが、辛抱強くないだけですもん! 最後まで読めば明るく終わったんですもん!」
「それは、登場人物の一人である私も分かってはいるがね。読者はそんなことは分からないんだよ。鬱屈した精神状態を書き連ねられても、読む方は面倒くさいだけだ」
「そんなこと言われても、心理描写は小説の醍醐味なんですから……」
「なら君がもっているその絵本はどうだ? 心理描写もあるが、ちゃんとほのぼのと和やかに展開して、ハッピーエンドを迎えるじゃないか。真実だけが伝えるべきことじゃないぞ」
「むふう……!」