『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
あたしが“乙”ったことだし、ここで改めて“アイルー”について、“クエスト失敗”について、そしてアイルーとヒトとハンターズギルドとクエストの歴史について記述しようか。完全な余談だから、知っている人は読み飛ばしても構いません。
冒頭にほんの少し書いたとおり、“アイルー”とは二足歩行に進化したネコの一系統で、私たちヒトと同じかそれ以上の生息範囲を有する“獣人種”だ。大多数のアイルーは自然の中で独自の文化を育んでいるが、ヒトの文化の一翼を担う個体も一〇パーセントほど存在する。あたしたちが“ヒト”ではなく“人間”という言葉を使う時、無条件で彼らを含めているほど、ヒトの世界に密接に関係しているのだ。
そしてアイルーとヒトの文化が交差する大半は、あたしたち“ハンター”絡みだ。彼らは“ハンター”が必要とする道具を仕入れて店を開き、鍛冶屋で武具を鍛え、料理を作るどころか食材まで栽培し、あまつさえ腕を磨いて自ら“モンスター”に立ち向かってしまう幅の広いポテンシャルを持っている。
この事情は、のちに“モンスターハンター”となるヒトたちが“モンスター”の討伐を試みた際に、目的を同じとしたアイルーと共闘したことから、両者の関係が始まった事情が大きいらしい。
そして“ハンター”以外にも大きく開かれたものの一つが、輸送サービス“ネコタクシー”、略して“ネコタク”だ。
都市と港、港と村、村と狩り場を繋ぐ街道は、商売道具や交易品を持って移動するには過酷すぎる。悪路の存在もそうだし、突発的な脅威――“モンスター”、空腹、遭難、山賊、悪天候なども存在するからだ。
そんな時、道の草むらや、雪の下や、岩の陰に向かって彼らの名を呼ぶと、手押し車やガーグァ荷車を携えたアイルーがやってきて、目的地まで連れて行ってくれる。移動距離に応じてお金はかかるものの、緊急手段としての重要度も高いからだ。ハンターズギルドが正式に組織して以降、街道の安全性が三〇パーセント向上したという研究結果もある。
そして本題だが……このネコタクは、クエスト中の狩場内でも利用可能なのだ。
“モンスター”の攻撃を避けきれずに命の危険がある時や、マヒや毒を食らって絶命の危機にある時に彼らの名前を呼べば、即座にベースキャンプに連れ帰ってくれる。声も出せないほど追い詰められているとアイルーが判断すれば、独断でネコタクを出すこともある。
こちらの功績もやはり大きく、クエストにおける“ハンター死亡率”という概念を事実上消滅させ、年間何人もの“ネコタクアイルー”上位者が表彰台に登ってマタタビ三箇月分をゲットしている。
しかしいいことばかりじゃない。“ハンター”がネコタクを常用し始めると――
いざとなればアイルーが助けてくれる。多少役者が不足してるけど強い“モンスター”に挑んでみよう。この程度の能力があればなんとかなるでしょ。
――そんな認識が蔓延し始めたのだ。
“ハンター”の質の低下による、暗黒時代の始まりだ。
“モンスター”がきちんと討伐される確率が落ちていき、沢山の村落が破壊された。都市に“モンスター”が流入して、放棄された例も多い。遺跡平原や渓流に残された廃墟は、この時期に放棄されたものだと言われている。
また、一撃死の危険がある近接武器を避ける人が増え、ボウガンや弓などの遠距離武器が主流となった。その結果、何種類かの武器の技術継承が途切れてしまい、たとえばいくつかあった“斧”の類は、現在はギルドが許可する武器から消え去っている。
アイルーは当然そんな堕落したヒトのために狩り場に飛び込むのをイヤがり、一転してハンター死亡率が急上昇、ヒトとアイルーはお互いに不信感を募らせ、一触即発の状況に陥っていた。
もっとも実質的には、一方的にヒトが不利であることは明白だった。アイルーは現状の自然でも生存が可能だが、ヒトはそうじゃないからだ。
その状況を正しく認識していたハンターズギルドが提案し、紆余曲折の末に成立したクエスト失敗の基準が、“三乙”だ。
能力不足が要因にせよ、「どうせアイルーが助けてくれる」と気楽に構えているにせよ、ネコタクを何度も呼んで狩り場から欠け“落ち”る人材は、そのクエストをこなすには相応しくない。でも一度のミスで失敗と断じてしまうのも、ネコタクのメリットが生かし切れない。なら――
『三回ネコタクを使った場合、クエスト失敗と見なす』
――ギルドはそう定量的に判断することにしたのだ。
当初“三オチ”と呼ばれていたその概念は、現在までの間で何度か変わってきて、現在は主に“三乙”“乙る”“一乙した”などと呼ばれている。
もっとも、決死の覚悟でネコタクを出しているアイルーの感情はこれでも収まりきらず、ギルドは一番手っ取り早いカードが切ることになる。お金だ。
今までは一律距離に応じた報酬しか得られなかったネコタクは、クエスト中の狩り場内利用に限り、クエストの成功報酬の三分の一を得られることになった。
つまり、一度のネコタクでクエストを成功させれば、三分の二はハンターに、三分の一はネコタクアイルーに配分される計算になる。
この取り決めにより、危険な場所、危険な“モンスター”であるほど報酬が増加することになり、アイルーの機嫌も概ね元通りになった。やはり定量的な評価が決め手であると言える。
なお、“三乙”でクエストが失敗した場合、アイルーには報酬が全額支払われることになる。成否にかかわらず身銭を切る理屈にギルドは揉めたが、最終的にはハンターを“上位”や“下位”と格付けすることで合意したらしい。
更にふわっとしていた狩り場のエリアが厳密に定義し直され、ネコタクの利用可能な範囲が確立し、よりきめ細かに“ハンター”をフォローできるようになった。あたしが“エリア外”で意識を失った時、ネコタクがやってこなかった理由はこれだった。
そんなこんなでヒトとアイルーの関係が修復され、ハンターズギルドが管理する“ハンター”やクエストが整理されたのは、もう一世紀近く前の話だ。以来幾度かの規約改定やマイナーチェンジはあったものの、基本的には変わりない。現在では歴史的事実をきちんと認識している人間の方が少ないくらいの安定期なのだった。
なお余談の余談として、最後までヒトを信じられなかった一部のアイルーが“人間”から訣別し、その痕跡が“メラルー”と呼ばれる敵対性アイルー種族に残されていることは付記しておこう。
まあそういうわけで。
あたしはジュンさんに締め落とされ、ネコタクを利用して臨時キャンプに運ばれた。
即ち“一乙”。
ネコタクを使ってもいい回数は、後二回だ。