『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
● maybe I am an honorary HUNTER
「三回、罰を与える」
臨時キャンプのテントの外で、ジュンさんが低く呟く。
「言い分はあとで聞く。今は私のターンだ」
あたしはかがりに背を向けて立ち、ジュンさんはその前にいる。右奥にはバニィさんが、左奥にはマーキさんが、それぞれ自分のバックパックに添うように腰を下ろしていた。
「一つ」
ぱん、と硬い音が響き、風の流れる洞穴で左頬がじんと熱くなる。
「ホットドリンクが切れたにも関わらず、ネコタクが使えない“エリア外”へ単身突入した」
音は大きい。痛みも強い。おそらく内出血で腫れるだろう。だけど口の中は切れてないし、顎がずれそうな衝撃もない。目にも耳にも影響がない。肉体にダメージを与えることを目的としない、“罰としての痛み”だ。
「君はメモの中で何度も『“モンスターハンター”なら』『あたしがしなきゃいけないことは』と書いているな。あれは逃げだ。自分の意志で自分で決められない弱者が、自分の行動の正当化を自分以外の名前や矜持に頼っているだけだ」
あたしは痛みに耐えながら、ジュンさんの言葉に耳を傾ける。
燃える炎の光が、薄い布地を通して彼女の顔に深い陰影を刻む。
「ミスを返上する? だから敢えて危険な場所に飛び込む? それでダメだったら『無茶しやがって』と悲しまれ、成功したら『まあ大目にみてやるか』と許されると思ったのか? 甘ったれるな。“モンスターハンター”として私たちがすべきことは、ハンターズギルドから受注したクエストをこなすことだ。汚名の返上でも名誉の挽回でもないし、可能性の確度を評価せずに運に任せて突っ込むことでもない」
痛み。頬の痛みじゃない。静かだけど鋭い言葉が胸に食い込んでくる痛み。
「君は“名誉上位ハンター”と他称されることに苛立ちを感じているようだが、その評価は正しいんだ。君の実力は本物だが、経験不足からくる運頼みの判断や思考の未熟さはプロのものじゃない。読者をハラハラさせることが目的のフィクションの主人公か、成功が約束されている英雄にのみ許されるものだ。それを履き違えたことによって君は、自分自身を危険に晒した。それは罰に値する」
分かってる。苛立ってるのは図星だからだって、分かってたんだ。
でも今回の行動は決して、それを払拭するためだけのものじゃなかったはずだ。はずなのに……。
「二つ」
音、衝撃、鈍痛、のちの疼痛。
「ティガの討伐を放棄した」
「そ、それは――」
「――君の言い分は!」
あたしの肩が揺れ、バニィさんとマーキさんが立ち上がりかけた。
「あとで、と言ったはずだ。いいな」
あたしは頷く。二人の男性もおずおずと座り直す。
「今回のクエストの目的は、『ティガレックスの発見と調査、そして討伐』だ。そのうち“発見”はすでに完了。“調査”は他ならぬエリ自身が完了したな。君が書き殴ったメモは“エリア外”で私が発見し、すでに観測船経由でハンターズギルドに連携済みだ。氷塊内で発見した“ティガレックス”も私の目で確認している。私たちが追っているティガの“子供”らしき個体をな。なら、残るは“討伐”だけだ。そうだな」
言いたい。言いたいことがある。だけど、口を挟むことはできない。
「ティガが君に対してなにをしたのか、またなにをしようとしていたのかは、クエストにはなんの関係もない。しかし君はティガを殺すことを放棄するどころか私たちを制止にかかり、その結果、私はネコタクさえ使わざるを得なかったのだ。君はクエストの成否を危険に晒した。それは罰に値する」
唇を噛む。納得できるわけない。だから頷きはしない。
「三つ」
二つの痛みが苛む左頬に、それを倍化するかのような痛みが重なる。
「ボルボロスの存在を感知しつつ、その気付きをバニィとマーキに展開しなかった。これが君の最大のミスにして、すべての問題の根だ」
えっ?
思わず顔を上げると、ジュンさんはあたしを正面から見据えた。
「いいか、君がボルボロスの存在を二人に伝えていれば、ブナハブラの掃討は始まらなかった。ブナハを掃討しなければ、ボルボロスは現れなかったし、ブナハの存在からボルボロを予期した私が山脈の“秘境”に隠れて援護する必要もなかった。そしてボルボロが現れなければチームは分断されず、現れたとしても私が合流していれば二人二人で動けたのだから、エリがバックパックを取り違えていてもホットドリンクが切れて倒れることはなかった。チームが分断されなければ、私たち三人が合流するための時間も、単独行動後に行方不明になった君を探す時間も不要だった。君がティガに捕縛されることもなかった。相関関係は不明瞭だが、おそらく君が私たちを制することもなかったのだろう。分かるか? フェイズが進むごとに問題が大きく多くなっていることが」
早口だが丁寧な論理展開に、私は頷くしかない。
そういう“流れ”では考えていなかった。いつも目の前の問題を解決するために、今どう無理できるかを考えていた気がする。
「小さな問題に目を瞑ることは、より大きな問題を産むだけなのだと認識しろ。ミエコも言っていたはずだ、『今日の一つの先送りが、明日には一〇に、明後日には一〇〇になって返ってくる』と。君は小さな問題の存在を忘れ、大きくなった問題に頭がいっぱいになり、冷静な判断力を失ったんだよ。その結果自分とクエストの行方のみならず、あたしたち全員さえも危険に晒した。それは罰に値する」
顔が真っ赤になる。
恥じゃない。たぶん、自分への怒りで。
あの時点で自分に呆れるしかなかったあたしなのに、それをひっくるめてどうしようもない思考に囚われていたんだ。
「そして最後の最後、君がホットをなくして進むべき道を考えていた時、私は“エリア7”にいたんだ。君がバギィと戦った場所にな」
「えっ?」
今度は声が出た。
「当然だろう? あの時点で私たち三人にとってもっとも優先順位の高いことは、ホットがあろうがなかろうが、エリ、君と合流することだ。だから私は二人にボルボロの相手を任せ、“秘境”経由で“エリア7”の入り口へと向かったんだよ。だから君がホットを失った時点で調査を諦め、私と合流することを考えていれば、できたんだ、合流は」
「でも、じゃああたし、あの時――」
「――だが君はあの時、自分が死ぬことを考えた。死んでも結果を残し、私たちにそれを伝えなければならないと。クソ食らえだ」
最後の一言は、低い、小さな声だった。でもそれはなにより、ジュンさんの感情を表していた。
「総括しようか。君は経験不足から自分の判断に自信が持てず、マーキの言葉に従う道を選んだ。それで発生した問題について、自分が責任を受け持たなければならないと勘違いし、死を覚悟して猪突猛進した結果、問題を不必要に広げたんだ。分かるか? 君は“名誉上位ハンター”そのものなんだよ。高い能力と乏しい経験に“上位”という見合わないレッテルを貼られて右往左往するクセに、一方では自分を過大評価して英雄的行動に走る、半人前の中でもっともタチの悪い大馬鹿者だ!」
洞穴に音が反響して、消えていく。
大きなアクションはなかった。
ジュンさんは自分の中の怒りをすべて言葉に乗せて、あたしにぶつけたから。
バニィさんもマーキさんもなにも言わない。身じろぎもしない。
あたしが悪いと思ってるから、怒られるのは当然と思ってるのか?
ジュンさんの言い分が正しいと?
テントの薄い布をわずかに揺らす冷たい風と、はぜる炎だけが、音として存在している。
誰もなにも言わない。
もう、あたしが頼れる人はいないんだろう。
「あたしの言い分を聞いてください」
「ああ」
ジュンさんは短く頷く。
「一番目と三番目の問題は、そのとおりです。あたしの考えが足りなかったことで発生したミスでした。ごめんなさい」
深々と頭を下げ、でも鋭く頭を上げる。
「二番目には異議があります。あのティガの謎はなに一つ解けていません。調査は完了してないんですよ」