『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』 作:fuki
「ジュンさんは、氷塊内のティガを“子供”と言いましたけど、そんなわけないんです。確かにあたしは氷の中に別個体と思われるティガの個体を見ました。でもそれが、あの討伐対象のティガと直接関係があると考えるには無理があります」
ジュンさんは答えない。
「だっておかしいじゃないですか。凍土の氷塊はギルドが成立してから数百年の間、あそこにあったんでしょう? ならどうして今生きているティガの子供が入ってるんです?」
マーキさんは片手を上に向けて、肩まであげた。
ジュンさんはやはり動かない。手応えのない感触に苛立ちがうずく。
「そもそもあの氷は何万年もかけて徐々に作られたものって言われてるのに、どうして“落ちそうな姿勢”のティガが入れるんですか! 倒れた姿勢だったのが縦に捻じ曲がったとでもいうんです? あそこに生息しているベリオの餌食にならなかったのはどうしてです?」
バニィさんは俯き、あちらを向いてしまう。
「なにも分かってないんです! なのに! もうティガの討伐に入るなんて無茶苦茶ですよ!」
「それが君が、“もう”ではなく“まだ”と言った理由か」
ジュンさんが首を軽く傾げて言う。
「ジュンさんだって見たなら気付いたはずです。どうしてギルドに報告したんですか!」
「報告は調査クエストの基本だ。その結果をギルドがどう判断して、クエストの状況を更新するか否かは、私の与り知るところじゃない」
「光通信で、しかも観測船経由で、ギルドと今みたいな細かなやりとりができるわけないじゃないですか! “自然と人間の共存”を目指すギルドなら、あんな情報で討伐なんて判断しませんよ! 『アシラ一家のお引っ越し』を例に出すまでもないです!」
バニィさんはわずかに顔を上げ、マーキさんは苦笑して顎ヒゲをこすり、ジュンさんは鼻で笑った。
「厳密に言えば、観測船に乗っているギルドの命を受けた人間が、判断を下したんだ。今こちらに向かっていて、最終的な判断は明日の朝、この臨時キャンプで決まる。しかしいずれにしても、討伐の許可が下りたことは事実だ」
押しても、押し返してこない。半身を引かれて受け流される感触。
あたしは荒くなった息を整えて、ジュンさんを睨みつける。
「謎が残ってるのに調査中断で討伐しろって言われて、ジュンさんは納得できるんですか」
「謎の有無を判断するのは私じゃない。さっきも言ったな。私たち“ハンター”のすべきことは、受注したクエストをこなすことだと。重要なのはギルドの指示で、私や君の納得は問題じゃない」
「ああもう、そうじゃないんです! ギルドは不完全な情報で討伐を判断してるって言ってるんですよ! “ギルドの知らないティガの行動原理”を調査しにきたのに、それが分からないままじゃ、ティガを討伐する意味なんてありません! 無益な殺生そのものです!」
「もう一度言う。私は必要な情報は全てギルドに提示した。そしてギルドは調査の終了を判断し、討伐を許可した」
「どうして……!」
なんで噛み合わない。
話が伝わってない。
どうどうめぐりだ。
ジュンさんもそう思ったのか、鼻息を微かに漏らして、あたしを見る。
「全てにおいて自分の納得を優先させたいのなら、他者に関わる仕事には向いてない。ベースキャンプに戻って待機するか、狩り場から離脱しろ」
心底耳を疑った。
それは事実上、『お前の言うことはもう聞かない』と断言されたのと同じだからだ。
今は、あたしの言い分を聞いてくれる番じゃなかったのか?
あたしの疑問に答えてくれる番じゃ……なかったのか?
視線は交わしているはずなのに、ジュンさんはあたしを見てくれてない。
俯く。
決して近い距離なんて言えないけどいつも一緒にいてくれた、物理的にはたった二メートルの距離しかないジュンさんなのに。
あたしも同じだ。
今はジュンさんが、見えない。
「ん? おい、姐さん」
沈黙を破ったのはマーキさんだった。
「誰か来たみたいだぜ。観測船のヤツじゃねえか?」
風と炎の音と、マーキさんが顎ヒゲをこする音に混じって、遠く、からからからと凍った土を台車が踏みしめる音がする。
「その人は朝に来るって話だよね。明日の分の支給品を運んできたアイルーじゃないかな」
「だろうな。バニィ、出迎えてくれるか。もてなす必要はない。マーキも運ぶのを手伝ってくれ」
「ええー。オレ疲れんのヤダよ。バニィ頼むよ」
「なに言ってるの、ほら行くよ」
「ちょ、ちょっとおい! てかなんで仕切ってんだよ姐さん! お前も手伝えよぉー!」
「私は後から行く。エリはテントで待機だ。見張りの時間に声をかけるまで休め」
マーキさんが引きずられて、バニィさんたちは“エリア3”への穴へと歩いていく。たいまつの明かりが曲がり角を曲がり、見えなくなると、音も静かになった。
あたしは数秒そのまま立っていたが、やがて四人が雑魚寝できる程度のテントに向かい――
――ポンチョの感触が背中に触れていると気付いたのは、首に両腕を巻きつけられた後。
さっき、ジュンさんに締め落とされたのと同じ。
息を止める。
……いや、違う。
「『成功の八〇パーセントは他人のおかげと思え、失敗の八〇パーセントは自分のせいと思え』」
あたしの肩は、もっと柔らかく抱きしめられている。
「正直に言うとな。君を“一乙”させた時、私はこのクエストのリタイアを決意していた」
耳元に吐息が吹きかかる。
傷付いた右腕を、さすられている。
「君がハンターになって四年か。故意であれ過失であれ、親友の忘れ形見を傷付けるようなどとは一切考えなかった。だがあの時、君を行動不能にするしかないと判断した時、私は師匠としての未熟さを痛感したよ。私は君の性質を分かっているつもりで、まるで分かっていなかったんだと。君をここに連れてくるべきではなかったんだと」
私の……性質?
「だがすぐに、それも逃げだと気付いた。君という弟子から逃げる行為でしかないと。そして一度でも逃げれば、師匠のレッテルは私から剥がれ落ちるだろうと」
レッテル……。
「私たちはティガを殺す。それは決定で、そのことで私を恨むのは構わない。訣別して他の誰かに師事するのもいい。だが、なぜこうする必要があったのかは、必ず話す。いや、いずれくるその時には話さざるを得ないだろう。だから頼む、その時まで……“ハンター”であり続けてくれ」
するり、と腕が解け、ジュンさんの気配がなくなる。
あたしは……テントの出入口のテープを剥がし、身を屈めて滑り込み、すぐにピッと締めた。
鋭い空気の音が、フィルタがかかったようにぼやける。
「……はあぁ」
止めていた息が漏れて、身体が弛緩した。
一時忘れていた痛みが左頬に甦る。
冷やすつもりはない。頬は腫れるだろうけど、少なくともその間は忘れない。
ジュンさんの痕跡はない。離れていく足音は聞こえないし、あたしの首の回りにも毛の一本も残されてない。
『成功の八〇パーセントは他人のおかげと思え、失敗の八〇パーセントは自分のせいと思え』
師匠の声で再生される、姉の言葉。
自尊心は肥やさない、問題を無関係とは思わない、そういう言葉。
バニィさんとマーキさんは、なにも言わなかった。
それは、あたしが悪いから怒られるのは当然って思ってるからじゃない。
多分、バニィさんもマーキさんも、それぞれが『自分が八〇パーセント悪い』と思っているんだ。でもあそこで『いやボクが』『いやオレが』と言い出したら、師匠から弟子への訓戒の焦点がぼけてしまう。あたしが『なんだ、自分はそんな悪くないじゃん』って軽く考えかねないと思っているのかもしれない。
説教は、問題で産まれたストレスを怒鳴り散らして発散するのが目的じゃない。問題解決のため、あるいは再発防止のためで、その達成には全員が今以上のストレスを得なきゃならない。
みんな我慢してたんだ。あたしのために。
ジュンさんも、あたし以上に責任を感じて、辛い思いをしてるに違いない。
ああ、もう。
そんなこと考えたら、あたしが全部悪いって思っちゃうじゃないか。
でもそうじゃない。
ジュンさんたちの教えを学ぶのなら、それは切り分けなきゃいけないんだ。
でも、でもさ。
あたしだって納得したいんだ。
ジュンさんとギルドが知っている情報があるなら、教えてほしいんだ。
納得すれば、いくらだって力になれるのに。
頭を軽く振り、寝る準備をする。
とはいえ狩り場に存在する臨時キャンプでインナーになることはできない。一メートル程度の高さの中でポーチとバックパックの中身をチェックしてから、左端の毛布に寝そべり、ガウシカの毛皮を半身にかける。
愛読書を取りだそうかと思ったけど、今は暗いし我慢、明日のご飯時にしよう。
瞼を閉じると、かがりの明かりで揺れる橙色が、一瞬で遠ざかる。
溜まっていた疲れがのしかかってくるように、自由が利かなくなる。
ジュンさんに抱かれた感触が蘇る。誰かに包まれる感触が。
あたしにはなにができる? あたしにしかできないことって、なんだ?
思考だけが一瞬クリアになり、そして消えていく。