『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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● bunni's tintimidation

 “エリア5”は“エリア2”の真下に当たる地下洞穴だ。最初にティガと戦った“エリア3”、バギィと戦った“エリア7”、凍土が存在する“エリア6”に繋がる、凍土の重要な中継地点である。

 明かりはたいまつかかがりの炎を使用するしかないのだが、空気の流れは絶えないとはいえ窒息の危険を考慮して、他のエリアよりも小さな炎しか許可されていない。それは“モンスター”の索敵や交戦でも同じ条件で、“ハンター”に総合的な感覚の鋭さが求められる由縁の一つでもあった。

 で、そんな暗闇の“エリア5”でなにをしているのかというと、目的の一つは見張りだ。

 “仮設キャンプ”とかっこよく言っても、実質はテント一つだけ。長期間のクエストでのみ許可される、狩り場内で休息を取ってもいいシステムだけど、結局特定の“モンスター”の住処や通り道で寝ることになるんだから、見張りは必須なのだ。場合によっては“モンスター”との戦闘もあり得るから、武器とバックパックも手の届く距離においてある。

 そしてもう一つの目的は、時間の計測だ。

 気候の穏やかなベースキャンプじゃないところでホットドリンクが切れたら、たとえテントの中でも凍死は免れない。そのために交代で時間を計測して、三~四時間おきにホットドリンクを飲むのだ。ちなみに地下では太陽も星も月も見えないから、鐘の音で時刻を確認することになる。

 そんなこんなで、午前七時にジュンさん&バニィさんコンビとチェンジして、あたし&バニィさんコンビになって、一〇分くらいかな。テントのすぐそばに置かれた小さなドラム缶のかがりを左に、お尻の下に敷いた毛皮を肩まで覆うように持ち上げて羽織り、くるまっている。

 お互いの体温を護るために、バニィさんとはぴったりと背中合せになっている。その息遣いが毛皮を通して伝わってくる。もしかしたら『エリちゃんと一緒に見張りなんてドキドキするなあ!』と思ってるかも、と期待してたけど、呼吸も心拍も平常時以下の水準。プロは違うねえ、まったく。

 光量は最小の最小だから、メモもほとんど書けない。頭の中に今日のことをプレイバックしながら、どんな風に小説として組み立てていくかをシミュレーションするしかない。

 それをあと一時間五〇分も?

 うーん、ツライ。

「んー!」

 伸びをすると、圧迫されたバニィさんが苦笑した。

「眠くなった?」

「いえ、でも暇で死にそうです。こんなにすることないなんて」

「暇じゃない方が困るよ」

「そりゃそうですけど」

 あたしたちと臨時キャンプは、“エリア5”の中央左寄りの場所に陣取っている。前述のとおり、ここは特定の“モンスター”の通り道だから、三箇所で開いている別エリアへの穴の監視は緩められない。

 ……緩められないけど、それよりも気になることがある。

 それは、あたしの背中側、バニィさんの正面。

 その洞穴の行き止まりには、アレの巣がある。あの、すべすべで柔らかい皮と、鋭い牙を持つ、≪自主規制≫の巣が。

 アレがここにこないことは保証がある。“秘境”でマーキさんが示したように、ヤツらは火が苦手なのだ。かがりやたいまつのそばにいれば、アレはあたしたちに近付いてこれない。大型“モンスター”の注意を惹く危険を冒してまで、テントのそばで炎を燃やしているのは、それよりももっと小さなアレの接近に気を配る必要を省くためだった。

 ……ああ、くそ、“秘境”の近くで触られたことを思い出しちゃったじゃないか!

「どうしたの?」

「なにがですか!」

 びくっとバニィさんの背中が揺れる。

「お、怒ってる?」

 ああ、いや、落ち着け。落ち着くんだ。

「いえ、大丈夫ですよ、全然」

「なんか急にドキドキし始めたから、体調でも悪いのかと思ってさ」

「大丈夫です。ちょっと思い出しイライラですから」

「器用なことしてるね……」

 なんだこのやりとり、まるであたしが変な人みたいじゃないか。

 あたしは息を抜き、“エリア5”を眺める。

 土壌は床から壁から天井まで、凍った土でできていて、スパイクがない靴でも走り回れる環境だ。ただし、洞穴の奥に進めば進むほど、アレの巣を構成する粘液や、砕けた卵塊の欠片が転がっていたりするので、割りと気が抜けない。

 あたしの真正面は西側に当たり、“エリア3”に通じる穴が、右手には“エリア7”への穴が、それぞれ開いている。東側を向くバニィさんの左前には“エリア6”への高い亀裂に通じる穴がある。三つの穴の淵は直径三メートルばかりで、かがりで橙色に切り取られているが、穴自体は無そのものだ。

 ……ああ、クソ、ここから繋がるエリアには、一つ一つ、よからぬ記憶とジュンさんの説教が結びついてるじゃないか。

 …………。

 大馬鹿者か。

 上位ランクではあるけど、やっぱり下位クエストをこなしてなきゃいけないのかな。以前ならここで、『いやダメだ、“名誉”だってあたしは上位ハンターなんだから、早くその域に達さないと!』って思ったんだけど……。

 どうすればいいんだろう。

 迷う状況じゃないって分かってるんだけど、どうしても考えてしまう。

 吐き出す息も力弱く、ホットドリンクが産み出した熱は冷たい風につれていかれ、あたしたちの周りを複雑に払っていく。寒くはないけど、あたしの気持ちもあいまって、寒々しい雰囲気を感じてしまう。

 こんな風に迷っちゃうから、ジュンさんも本当のことを教えてくれないのかな。

 ジュンさんは、あたしのことどう思ってるんだろう。

 あの“飴と鞭”じゃ、ほんとの気持ちなんて分からないよ。

 ……ああ、鬱屈してる。

 緩く、深く、長く、溜息が漏れる。

「大丈夫?」

「あ、その、ごめんなさい。割りとダメです」

 誤魔化したって見破られるから、と正直に伝えたら、含み笑いをされてしまった。

「そういう正直なところ、好きだよ」

 どきん、と心臓が跳ね上がる。

 いや違う違う、今のは人間的にって意味だ、落ち着け、耳を熱くしてる場合じゃない。

 もう、この前の“子供”発言もそうだけど、変なところで無防備っていうか、他人の視点を意識しないんだよなあ、この人。だからいじられるんだよ。

「納得、できてないんだね」

「もちろんです。だってハンターズギルドが、『お墓参りにきてた』なんて理由で、ティガの討伐を許可するなんて思えないんです。絶対になにか別の事情があるはずなのに、ジュンさんはそれを隠してます」

 バニィさんが頷いたのが、背中越しに伝わる。

「あたしたちは確かに師弟関係ですけど、同じ“ハンター”って意味じゃ同等のはずです。……つもりでした。なのに、あたし、のけものにされてるみたいで……」

 バニィさんは数秒黙ってから、かすかに音を立てて息を吐いた。

「伝えるべき、なんだろうね」

「え? なにをです?」

「エリちゃんは二つ、間違えてる」

「二つ……ですか?」

「一つはジュンのこと。あの人だけが握っている情報はあるかもしれないけど、少なくとも、彼女は全体像は掴んでない」

「だ、だってギルドがティガ討伐を許可するくらいの情報を報告してるんですよ? その分の情報はきっと――」

「――ギルドに報告したのはボクだよ」

「えっ?」

「厳密に言えばジュンから話を聞いたボクが、観測船に光通信で報告を送ったんだ。マーキは君を探して走り回ってたしね」

「え、あ、じゃあ、どういうことなんです?」

 つまりかけた言葉をなんとかひねり出して問う。

「どうもこうも、僕らは『氷の中に別個体のティガを見つけた』と報告し、観測船は『ティガの討伐を許可する』と指示した。起こったことはそれだけなんだよ」

 ああ、無意識のうちに、ジュンさん一人が報告したんだと思ってた。だからジュンさんもギルドも、もっと情報を持っているんだって。

「ん? でもその時がきたら話すって、ジュンさん、あたしにも言ってたんですけど」

「それはしょうがないよ。師匠として『文句は言わずについてこい』と“鞭”を出した手前、“飴”が『よく分からないこともあるけどよろしく頼む』とは言いにくいでしょ」

 それは……考えてもみなかった。

 でも、そうだ。ジュンさん本人も言ってたじゃないか、“師匠のレッテル”って。

 “師匠”としての立場というか、威厳というか、そういうものを守るために、あたしにウソを吐いたんだろうか。

「で、でもじゃあジュンさんが正しいとしても、今度はギルドが変ですよ! ジュンさんとバニィさんがそれしか情報を渡してないなら、今度はギルドがそんな理由でティガの討伐にゴーサインを出したんですから!」

「声のトーンを抑えてね」

 バニィさんはあたしの顔の横に手を伸ばして、手信号で『静粛に』を示した。

「それがもう一つだよ。ギルドが求めているのは、温暖期の凍土にティガがやってきた真の理由じゃないってこと。ギルドが指示したのは、あのティガを討伐する理由を見つけること。そして討伐すること。それだけなんだ」

 今度こそ、言葉が出なかった。

「正しくは、出資者がギルドに指示したのは、なんだろうけどね。出発する前、父に釘を刺されたから」

 出発って、クエストの? 開始時点から……なにが決まってたって?

「だから、ボクらの残り仕事は、明日の朝にくる観測船の人たちにきちんと報告をして、そしてティガを討伐することだけなんだよ。ジュンが言ったとおりね」

 言っている意味がよく分からない。

「あの、あたしたちの目的は、ティガの行動を予測、管理するために、今回の個体を調査することですよね? そして調査が終わったら、ティガを討伐する。そのためにこんな大掛かりな調査クエストを立ち上げて、一〇〇人近い“ハンター”を投入したんですよね? なのに、ギルドはティガを討伐したいだけ? その理由が欲しいだけ? なら最初から普通に討伐すればいいじゃないですか!」

「落ち着いて」

 落ち着いていられるか? こんな、前提条件をひっくり返されるようなこと聞かされて、落ち着いていられるか? 小説にはどう書けばいいんだよ!?

 でも自制心は働かせなきゃならない。“ハンター”として狩り場にいる以上は。

「納得できません」

 声を揺らし、呟く。

「おかしいですよ。変ですよ。あれだけ煽っておいて、大々的に『調査する』ってアピールして、それで理由は必要ないって。あのティガの行動原理はどうなるんですか。謎を解かなきゃ、同じようなティガが現れるたびに手当たり次第討伐しなきゃいけないじゃないですか。いつもは増えすぎた“モンスター”を間引くとか、街道の安全を確保するために捕獲するとか、そういう理由があるのに、どうして今回は『臭いものには蓋をしろ』って言うんですか」

 頭に血が登ってるのがありありと分かる。

 こめかみと右腕の傷で、脈拍の早さを感じる。

 両手にかいた汗がひどい。

 胸にこみ上げてくるものを抑えるので、言葉が上ずるのを抑えるので精一杯だ。

「そんなのハンターズギルドが――“自然と人間の共存”が目的のハンターズギルドがやることじゃないです。あたしが憧れた、“ハンター”のやるべきことじゃない」

 ここで言っても意味はないのかもしれない。

 バニィさんに言ってもしょうがないことなんだと思う。

 だけど言うしかなかった。

 我慢できない。

 納得なんて、できるわけない。

 ややあって、

「やっぱりエリちゃんは、小説家なんだね」

 明後日の方向の単語が飛んできて、あたしは呆気にとられる。

「自分が生きる物語に一貫性を持たせるために、与えられた謎はすべて解き明かしたいと思ってる。そのためならどんな事情も、たぶん自分の命さえかなぐり捨てる覚悟があるんだね」

「なんの話……です?」

「今君は、“ハンター”として生きていくのに、相当まずいことを言っているんだって、自覚してる?」

「えっ?」

「確かにハンターズギルドは“自然と人間の共存”を目的としてクエストを発注している。でもそれはあくまで、“人間にとって都合のいい”共存関係でしかない。厳密にいえば、“ハンターズギルドの出資者にとって都合のいい”、ね」

 出資者。

「そういう人たちにとって今回のティガは、イレギュラー――特異個体なんだ。“モンスター”の安定した討伐を糧とする自分たちの社会に、不確定要素を呼び込むための異物なんだよ。それは排除されなければならない。“モンスター”にどんな事情があっても、謎が解けていてもいなくても、スポンサーには逆らえない」

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「そして“モンスターハンター”として生きていこうとするなら、この理屈は飲み込まなきゃいけない。どんな憧れがあろうと、どんな理想があろうと、結局のところ、“ハンター”はハンターズギルドなしじゃ生きていけないし、ハンターズギルドはボクら出資者なくして成立しないんだから」

 ボクら――“ーカリオ”一族。

「君は今、出資者たるーカリオ一族の宗家の一人息子に対して、真正面からその在り方を否定したんだよ。謎を求める姿勢のために、“ハンター”として生きる道を捨てようとしている」

 途端、背中を合わせているバニィさんが、恐ろしいものに思えた。

 かがりが地面に落としている、バニィさんの影が、突然不安定に揺れて、まるで悪鬼のように見える。

 “ハンター”であるあたしの影をつまみ上げ、どう扱うか考えあぐねている、そんな姿に。

 あたしの感情は――

「だから、どうしたって言うんです?」

 ――それでも萎えなかった。

「バニィさんが“そういう人”で、このクエストやハンターズギルドに影響力があるんだとしても、あたしが納得いかないのに変わりはありません。このクエストの在り方は間違ってます! あのティガが異物で、あたしたちの社会に不確定要素を呼ぶとしても、謎を解かなきゃ殺すことに意味がないんです!」

 背中合せのバニィさんは、息を止めたように動かずに、あたしの言葉を聞いている。

 息を整える。肩で息をして、瞼を強く閉じて、歯を食い縛って。

「バニィさんが言ったこと、分かる気がします」

 ジュンさんも言っていた。『君の性質』と。

「あたしはあのティガの謎を解き明かしたい。ジュンさんに叱られても、バニィさんに脅されても、ギルドがどう指示しても。ティガの命を奪ってこのクエストを完結させるために、そしてあたしの小説にきちんとしたピリオドを打つために。クエストが先か、小説が先か、なにが優先なのか、自分でももうよく分からないですけど。でもあたしにはもう、その気持ちしかありません」

 本当に、なに言ってるのかよく分からない。

 だけど、ああ、なんだろう。

 “ハンター”人生が終わろうとしてるのに。

 今の発言に、なんの後悔も感じてない。

「くっ……くくくっ……」

 バニィさんは肩を震わせるように息を漏らし――

「やっぱり折れないか! さすがは一人であのティガに真正面から挑んで、しかもその腕で寝てただけのことはあるよ!」

 ――声を殺して笑い始めた。

「な、なんなんですか」

「ごめん、えっと、うん、そうだね。どういえばいいかな」

 バニィさんは感情を抑えようと努力をするが、まだ語調の節々に笑いがある。

「エリちゃんがどこまで、その覚悟に純粋なのか、知りたかったから、その、ちょっと怖がらせようと思ったの。ごめんね」

 え……は? え!?

「演技!?」

「そうだよ。いくらーカリオ家の人間だって、指一本で“ハンター”をクビにできる影響力なんて持ってないよ。だってギルドは色んな家や組織が集まった共同出資体なんだから、下手に動いて力関係が狂ったらそれこそ存続に関わる問題になっちゃう」

 なんだ、ビックリした――

「――って、誤魔化さないでください! あたしの疑問や怒りにはなにも答えてないですよ!」

 振り向こうとする気持ちをすんで抑えて見張りを続けるも、バニィさんに片手で“静粛に”と指示される。

「残念だけど、その部分は本当なんだ」

「そのって、どのです」

 と、彼は打って変わって長い溜息をついたあとで、ポツリと呟いた。

「『アシラ一家のお引っ越し』って話、知ってる?」

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