『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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● necessary evil

 風がゆるゆる流れている。それぞれの穴の先で起こった気圧の変化が風の流れを動かし、そのたびに洞穴内で様々な音を鳴らす。テントの薄い布地がぱたぱたと音を立てて、それに彩りを添える。それは音楽のようでもあり、歌のようでもある、不思議な音色だ。

 でも、あたしはそれをなんの感動もなく聞いている。

 絵本を胸に抱いて、バニィさんと背中を合わせて。

「騙されてたって、ことですか?」

「言い方がきついね。さすがドSってところかな」

「茶化さないでください」

「ごめん」

「いえ、ごめんなさい。あたしも……八つ当たりしました」

 怒鳴るのも叫ぶのも、もう疲れてしまった。

 それに今誰かを起こしてしまったら、その誰かに対しても怒りをぶつけずにはいられないと思う。それは昨日の説教でストレスの溜まってるあたしたちには、辛いだろうし。

「騙すための物語を……作らざるを得なかったんですよね」

 絵本の背を掴む手に、力が入る。

「救いのない話は、小さな子供には伝えられないですよね。子供たちには、一振りで上半身を吹き飛ばす“青熊獣”より、マイルドにアレンジされた“アシラさん”がいいから。だから、騙した」

 バニィさんが頷く。

「真実は、それを知る覚悟ができた時に知ればいい」

 真実を知る、覚悟。

「あたしにはその覚悟がある、と?」

 少し考えて、バニィさんは続ける。

「さっきのエリちゃんの態度は、そう思わせるに十分だったよ」

「あれは頭に来てただけですよ……買い被りすぎです」

 でも、ちょうどいい機会だったんだろう。怒りを消化できずに朝を迎えれば、あたしは独断専行に走って危機に直面したと思う。そうすればただじゃ済まない。きっとみんなが悲しむ結末になっていた。お姉ちゃんも悲しんだだろう。

「そりゃあ、分かりますよ、あたしにだって。その“ハンター”の行動は、動機はアレでも正しいんだって」

「やっぱり言い方きつい」

「その時あたしは、ユクモ村にいる三歳か二歳の赤ちゃんだったんですから。そんなあたしのそばで“モンスター”が巣を作ってたって分かったら、きっと村の人たちも黙ってるわけないです」

 歳の離れた姉かジュンさんの耳に入ったら、討伐以外は受け入れなかっただろうしね。

「それに、あのお話の英雄が、本当に“自然と人間の共存”を表現してるなんて、心の底から信じてるわけじゃないんです。だって、アシラを引っ越させるために、アシラを縄張りから追い出した“モンスター”を討伐しちゃうんですもん。そっちにも事情があったかもしれないのに」

 あたし自身もブナハブラを作業のように駆除し、浅はかさから腕を噛まれたのに逆上してバギィを一方的に射殺し、それを『仕方ない』と飲み込んだ。自分の理想に沿わないからって誰かを責めるのは、身勝手すぎる。

「その“ハンター”はまだまだ弱かったから、そっちの“モンスター”の討伐には関わらなかったらしい。話が統合されたのは、単純化のためと、“強さ”と“優しさ”が共存する英雄――“モンスターハンター”像のためだろうね」

 バニィさんは呟くように言う。

「でも、そうやって原因を洗っていったら切りがないんだ。あの“モンスター”が悪い、いややっぱりこの“モンスター”が悪い。そういやって辿り着いた真因がボクら人間の“自然と人間の共存”だとしたら、“ハンター”はその意思を討伐するのかな?」

 あたしは黙る。

「さっきも言ったと思うけど、人間の行動は、いつだって人間にとって都合のいいものにならざるを得ないんだ。そしてその“人間”のトップに君臨するのはボクら出資者じゃない、他ならない一般人なんだよ」

 分かる……気がする。

 ユクモ村のケースは、たとえアシラを引っ越しさせる方法が現実的だとしても、村の人たちの気持ちを抑えるためには討伐が一番確実だったんだろう。

 このティガのケースも本質的には同じだ。ティガが如何なる理由で普段と違う行動を取っていたのだとしても、結果的に近隣の村落に直接の影響がなかったとしても、一般人は納得しない。だから調査結果に関わらず、最終的な目的はクエスト発注の時点から“討伐”とされているんだ。

 そして同様に、ただ『討伐しました』というだけでも、やっぱり一般人は納得しないんだろう。

「だから今回は表向き、謎を解くためのクエストにせざるを得なかった……」

 口から出た言葉に、バニィさんは小さく頷いたようだった。

「“謎を解かなくてもいい”と指示されてるのもね、ギルドや出資者が焦っているからなんだよ。この一年以上の間、一般人は不安にさらされ続けていて、いつ爆発してもおかしくない。クエストが始まってから一箇月半も経ったのに、成果が出ていないことの不満も大きいだろうね。昨日の支給品が減らされたのも、たぶんそれが理由だ」

「『早く理由をでっち上げて討伐しろ』……」

 バニィさんは答えなかった。笑ったように背中を動かしただけだった。

「そして理由は産まれた。クエストが終わった暁には、『凍土にはティガレックスの子供ともの思われる墓が存在し、調査対象はそこに赴いていたと考えられる。調査対象は周辺住民の安全を鑑み、討伐された』と大本営発表がなされて、一件落着さ。俗物的だろう?」

「でも俗物的じゃなきゃ、俗物的な誰かは護れない、ですよね」

「誰かが理想を捨てる必要がある。でもその泥は、“ーカリオ家”を始めとする出資者がかぶるべきだ。“ハンター”とギルドはやっぱり、一般人やそれを目指すものたちにとって、憧れであり、希望であり、英雄であり続けなきゃいけないと思うな」

 憧れ、希望、英雄、その裏にある汚れ……。

「じゃあ、バニィさんはどうするつもりなんです? ーカリオ家の宗家の一人息子で、でも“ハンター”のバニィさんは」

 あたしの質問の仕方にか、彼は苦笑した。

「父がダウンしたら、どんな形であれ家を継ぐよ。そうしたら色んな思惑のあるーカリオ家の中心で、踏ん張るしかない。“ハンター”としての誇りを掲げながら」

「……矛盾してます」

「そうするしかない。この社会を維持するために。そのためにもボクは、ボクの名前が載ったこのクエストを失敗するわけにはいかない。必ず成功させるつもりだよ。誰が犠牲になったとしても」

 呟いて締めて、彼は顎を上げ――あたしに頭とぶつかって謝った。

 そうして少しだけ笑い、時間が過ぎる。

 胸に押しつけた絵本を暖めるように、かき抱いたまま。

 十数分前まであったあたしの中の感情は、とうに落ち着いていた。

 ただただ、凍土に吹く風のように、冷たいのに激しい気持ちが支配してる。

 さっきまでのあたしなら、バニィさんの言葉を、『ボクは君の敵になる』と解釈しただろう。

 でもあたしはもうこの時点で、特異個体のティガを狩ろうとするハンターズギルドのやり方や、その周辺事情に対する嫌悪感はなくなっていた。そんな単純な問題じゃないって分かったからだ。

 “憧れのハンター”なんていなかった。

 バニィさんがそうしたように、それは成長する過程のどこかで受け入れることだったんだろう。

 あたしにもその時がきた。それだけのことだ。

 でもその上でも、あたしは誰かの“憧れのハンター”を目指したい。

 『憧れは、その実体に直面することよりこよない』

 姉の言葉から作り出した対は、諦めの言葉じゃない。

 『憧れや理想に向かう気持ちは、真実を知って初めて本当の強さになる』に繋がる言葉だ。

 現実を知って憧れを諦めるかどうかは、その憧れをどれだけ信じられたかどうかだ。憧れに追いついていない現実において、自分が憧れそのものになると決意できるくらい、憧れを信じる自分を信じられるかどうかだ。

 あたしはまだ、自分を諦めてない。

 クエストを続ければそこにいけるのか、小説を書き続ければそこにいけるのか、それは分からないけど。

 少なくとも、目の前にはやりたいことがある。

「あたしは、このクエストの本来の目的を、諦めるつもりはありません。ティガは討伐します。でも、その謎もきちんと明かして、小説の形で世間に広めたいと思ってます」

 だから明確な言葉でもって、その意志を表明した。

 あたしはお話の中の英雄じゃないし、助けてもらう“モンスター”でもない。

 たった一人でハンターズギルドとこのクエストを覆すことなんてできない。

 そんなあたしが助けてくれたティガに報いるには、それしかないんだ。

 ううん、あたしが“報いたと思うためには”か。

「でも、どうやって謎を解く? 明日にも討伐は完了するんだよ」

「ティガも生物です。瀕死に追い込んだ時、彼は必ず本来の目的に立ち返ろうとするでしょう。可能性は小さいですが、それを追えば――」

 ――がちゃん、と音がして、即座に武器に手を延ばす。

 音の方に目を向けて……あたしは気を失うかと思った。

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