『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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● work through walls

 ぶちゅり、と生理的嫌悪感を覚える音がした。

 ネブラが高々とあげた尻尾を壁に押しつけ、卵塊を排出したのだ。哺乳類でいう胎盤に近い性質の物体でまとめられた数十個の卵から、次々とネブラの子供――ギィギが飛び出してくる。

 触りたくない。

 だけど、その感情は抑える。

「じゃあ、手順通りにね。五分で終わらせるよ!」

 言うが早いか、バニィさんはテント脇のかがりに蓋をして炎を消すと、凹凸の激しいハンマーを携え、燃える炎に向かって走る。

 あたしは毛皮を脱ぐとボウガンの残弾を手で数え、彼の背中に向けて構え――発砲。

 親に加勢しようと飛び掛かってきたギィギにハリの実が突き刺さり、開いた弾頭が柔らかい皮と内臓を破裂させた。

 続けて三射、そのたびに水っぽい音を立ててギィギが落ちる。

 ブレはある。着弾点はバニィさんのわずか数十センチ。だけど当たる。

 この『バズルボローカ』も分かってくれてるみたいだ。

 外しちゃいけない時なんだって。

 なら今はそれに甘えろ。

 バニィさんがネブラの五メートルばかりの距離に達した時、ネブラが、くっと頭を上げた。目のような毒腺が紫色に蠢き――

 ――ぷっ、と神経性の猛毒を吐き出した。

 すでに蒸発を始めている液体を、バニィさんは右前方に転がって回避。

 半身を捻って力を込めたハンマーをステップしながらスウィング、ネブラの顔面に叩き込んだ。

 遠目でも分かる、振り抜いたハンマーに続けて左下からすくい上げるようなアッパーが入り、ネブラの弾力に富んだ首を大きくたわませる。更にゆらりと戻った頭の位置に、上段からの振り下ろし。衝撃を受け流す先を失ったネブラの頭が凍った土にめり込み、同時にどちらかの“目”が潰れる音がいやらしく響いた。

 ネブラが鳴き声を耳に、飛んでくる毒液をあたしも大きく右に回避。

 紫色の液体はテントの三メートルほど横に着弾して、数秒で蒸散。毒性はゼロになる。

 あたしは“エリア7”への穴のそばにあるかがりの真横に張りつく。

 これで、ネブラとあたしたちが一直線に並んだ格好となった。

 これでいい。

 軸が右側にずれて、テントへの攻撃は一時考えなくてよくなった。

 でも、ここからだ。

 べちょり、べちょり、と湿った音を立てるギィギに、更に二発。だけどそれを補充するように卵塊から新たなギィギが飛び出す。

 叫び出したいくらい気持悪いけど、それは全部飲み込め。

 すぐさまリロード、今度はネブラ本体に三射。広げた翼のような腕にカス当たり、でもそれでいい。

 あたしに注意を引きつけたネブラが、両腕に力を込め、飛び上がった。

 飛行じゃなく、滑空でもない、ただのジャンプ。

 その方向は――あたしの位置、ドンピシャ。

 かかった!

 ボウガンを納銃、右手側の“エリア7”への穴に向かって全力で飛ぶ。

 がしゃあん、と派手な音を立てて洞穴内に明かりが広がり、耳をつんざくような声が響いた。

「……よし!」

 身を起こしながら振り向き、目に入ったのは、油を浴びて炎に包まれたギギネブラ。

 体液で白く照り輝いていた皮膚は乾き、今や黒く変色を始めている。

「分からなかったでしょ。ここに熱いものがあるなんて」

 転がったかがりのドラム缶を顎で示してみせる。もちろんネブラには感知できない行為、自己満足だ。

 ネブラは転がりながら火を消そうとして、赤黒いひだひだの腹を見せている。ギィギはそんな親を助けることもできず、炎から遠ざかろうとする。

 どちらも無視。あたしはポーチからたいまつを取り出して、飛び散った炎で火をつけた。

 そして、ああ、ここからが本番。

 あたしにとっての本番だ。

「エリ!」

 バニィさんがオーバースロウでアレを投げた。

 あたしがキライでキライでどうしようもない、アレを。

「ああ、クソ!」

 毒突き、手を伸ばし、掴む。

 薄皮のすべすべ感と、ネブラと似た体液を皮下に循環させるがゆえのぐんにゃり感が伝わり、腕から肩に向かって、そして全身を鳥肌が駆け巡る。

 炎を土で消したネブラが、身体を正位置に戻す。体液は巡り始めたけど、白い皮膚の一部に痛々しい火傷が残されている。

 それを一瞥すると、あたしはあわあわと口を開閉するギィギを左手に持ち――

 途端、これからすることに対して身を貫くような感覚が登ってくる。

 だけどそれは、押し殺さなきゃいけない。あたしたちの命のために。

「ごめんね!」

 ――たいまつをその口へと突き刺した。

 ネブラのそれよりも甲高い叫びをあげたギィギを、血を吐きながらも釣り上げた直後の魚のように暴れるギィギを、あたしは右腕の痛みを無視して思い切り放り投げる――穴の中へと。

 くるくると放物線を描いて炎が穴へと飛んでいき、真っ黒の“無”の中で何度かバウンド。

 そこに強烈な風圧を立てて、ネブラが飛び掛っていった。

 ただし、ボロ雑巾のように投げ捨てられた子供を、親が助けにいったのではない。

 たいまつの明かりがネブラの陰に隠れ……ばちん、と柔らかいものが弾ける音がした。

 これが“手順”。

 ネブラはあのギィギをあたしと勘違いして、障害を排除したと考えるはず。そうすれば、ひどい火傷を負わされたこのエリアから離れようとするだろう。

 してくれよ。

 かがりの炎を間近で感じながら、息をつめてボウガンの銃口を暗闇の中に向け続け――。

 ――やがて、ネブラの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 思惑は成功したんだ。

「……ふう」

 小さく息を吐き、両腕を弛緩させる。

「お疲れ様、エリ」

「ああ、もう、最低な気分」

「あはは、でもなんとかしたじゃない」

 バニィさんがテント横のかがりに火をつけながら言った。すっかり明るくなってしまった“エリア5”だけど、倒れたかがりと木炭の火はいつ消えるか分からないし、消さなきゃいけないから、必要なことだ。

「二度目はごめんですからね」

「あと一五分で二頭目が来なかったら、大丈夫だと思うよ」

「ぬう……ん?」

 ちょっと違和感を覚えたけど、なんだろ。まあいいか。

「じゃあ後片付けだね。あれ頼める?」

 とバニィさんが首を傾けた先には、壁に張り付いたギィギを産み続ける卵塊がある。ああ、あれは近接武器じゃ届かないか。

「せっかく産んだのを殺しちゃうのは忍びないけど、ここで休むんだしね」

「……そうですね」

 あたしはボウガンを構え、卵塊に向けて残装填分の三発を打ち込んだ。

 ばちゃり、と卵塊が弾けて、破片と孵化前の卵を周囲にばら撒く。卵への栄養供給源がなくなったから、これでもう孵化はしない。だけどバニィさんはハンマーを慎重に扱い、孵化したギィギと一緒に卵を一つ一つ潰し始めた。可哀想だけど、これからの休息を考えれば必要なことなんだ、と言い聞かせる。

 あたしは流れでた油と木炭に土をかけて、炎を消していく。かがりを支える鉄棒は壊れてないから、小ぶりのドラム缶を載せて木炭を元通りに入れて油を補充すれば、すぐ使えるようになる。

 …………。

 ……可哀想、なんだなあ。

 『恐れは、その実体に直面することより恐ろしい』

 確かにあたしの中には、ギギネブラとギィギと全力で向き合うことで、自信のようなものを得た。それは確実にこの“サブクエスト”の報酬だ。

 でも生まれたのはそれだけじゃない。

 あたしが口にした“最低な気分”。

 それは大嫌いなギィギを触ってしまったことじゃなくて、あのギギネブラに対して子殺しをさせてしまった罪悪感だ。

 一二時間くらい前には、“≪自主規制≫”扱いだったのに、今では手の中に残るギィギの感触に、そこまでの嫌悪感はない。

 あたしはあの親子と直面することで、“親子”という言葉であの両者の概念を規定することで、感情移入してしまったんじゃないか?

 ティガとあたしたちチームの関係を、“物語のハンターとアシラ一家”に置き換えたのも、同じなんじゃないか?

 これは、“小説家だから”覚える感覚なんだろうか。

 よく分からない。

 とはいえ感情移入は諸刃の剣だ。それは“モンスター”の命を奪い糧を得る“ハンター”にとっては致命的とも思える。“ハンター”に小説家が少ない理由って、その辺りにあるのかな?

「エリ、どうしたの?」

「え、あ、はい!」

 バニィさんはあたしに手信号で『静粛に』と指示する。

「いえその、なんか疲れちゃったって」

 思わずウソを吐くと、知ってか知らずかバニィさんは小さく苦笑した。

「じゃあ、ギィギエキス飲んでみる? 身体の血行がよくなって、疲れも取れるよ」

 思わずバックステップで距離をとる。

 彼の手には、ハンマーの打撃でぐったりしたギィギが。

「ほら、ちょっとナイフで薄皮に切れ込みを入れればすぐ飲めるけど」

 あ、ああああ!

 ダメだ、確かに嫌悪感はなくなったし、感情移入もできたみたいだけど、それとこれとは話が別だ!

「ご、ごめんなさい! それはあの、今はちょっと……!」

「そっか。じゃあ残り一〇分くらいだけど、気を抜かないで見張りを続けよう」

「は、はい」

 あたしたちはまた毛皮を羽織ると、再度背中を合わせて座り込む。

「今のこと、見張り中は言わないでおかない? みんなが揃ったところでビックリさせようよ」

「いいですけど……大丈夫なんです? もしまたきたら」

「その時は話せばいいよ。見張りは今後、ボクかエリのどっちかはいるんだし、大丈夫でしょ」

「……それもそうですね」

 ああ、まだあった、“サブクエスト”の報酬。

 改めて感じるバニィさんの背中は、暖かかった。

 憧れた“理想のハンター”のものじゃないかもしれないけど、バニィさんの熱は、あたしの中にまた宿ったんだ。

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