『美少女ハンター凍土で大奮闘です!』改め『ティガレックス討伐譚:吹雪の前触れ』   作:fuki

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● tomb raiders

 あたしたちはティガを見つけ出し、討伐しなきゃならない。

 彼に塗ったペイントボールの効果はとっくに切れているから、仕切り直しになるんだけど、あたしにはなんとなく分かっている。ここまできたなら、ティガは“エリア6”か、そこから繋がる氷床の一角――“エリア外”にしかいないだろう。

 調理用に大きく焚いた炎の明かりで、ボウガンをフィールドストリッピングして、フレーム、バレル、ストック、リム、ストリングに分解、手入れを行う。何度もこなした手順だから、もう目を瞑っていてもできる。

 バレルの内側にある直線状の凹凸の状態は念入りに確認。これが摩耗したり破損したりすると、貫通弾が回転しないどころか、散弾の破裂する方向に影響が出たり、最悪暴発したりするからだ。

 ボウガンを組み立て直すと、今度はカラの実からカートリッジを削り出す。貫通弾用には回転を起こさせるライフリングを施して、成型した火薬に押し込む。焚き火の熱程度では暴発しないけど、いざ暴発したら腕一本は軽く持っていかれるから、慎重に。

 最後の対峙が近付いている。

 あたしの心臓は高鳴っていた。

 だけど今は、すぐにでも走り出したい気持ちを抑えて、待機してなきゃならない。

 もう一つだけやることが残っているのだ。

 一〇時の鐘が地下の空間を揺さぶるように鳴り、その残響が消えようとするころ、ざく、ざく、と土を踏む音が聞こえてきた。

 “モンスター”の足音じゃない。この足取りの重さと着実さは、重装備のヒトのものだ。

 あたしは削り終わったカラの実をポーチにしまって立ち上がる。テントの中からバニィさんが出てきた。ジュンさんはまだ中らしい。

 ややあって、“エリア3”への穴の奥を、ぼうっとたいまつの明かりが照らした。

 やってきたのは三人。

 そのうち二人は“ハンター”のようだ。一人は軽量級に見えるが重厚さを帯びたボウガンを担ぎ、一人は小ぶりな片手剣と盾を腰に固定している。防具はほとんど同じで、鋳造したインゴットを叩き合せて作った全身鎧だ。頭部の形状は多少違うものの、どちらも細いスリットで視界を確保しているため、顔が見えない。

 もう一人は――なんだろう、奇妙な感覚を覚える。柔らかそうなゆったりした服に身を包み、太めのベルトを締めた小柄な人物だけど、立ち居住まいの安定感は二人よりもずっと確かだ。十代半ばの少年のような幼い顔立ちに、弓のように綺麗な円弧を描く細めた目と口が、てらいと隙のない笑みを浮かべている。

 『おそらく、二人のインゴットハンターはこの人物の護衛なのだろう』と書きたいところなのだが、不思議とそう表現するには抵抗のある絵面だった。

 あたしの視線を感じたか、その人物は首を傾げて小さく手を振った。バンドでくくった長いもみ上げが頬をくすぐるように揺れて、それが優雅で様になっていて、あたしは思わずペコリとお辞儀をする。

「ようこそ凍土の臨時キャンプへ。ボクはバニィ・ーカリオ。こちらはザイゼン・エリです」

 あたしも改めて『ザイゼン・エリです!』とお議事をする。

 応えるように、二人のインゴットハンターが前に進み出た。たいまつを携えて膝を突くと、闇の中に炎の絨毯を敷かれたように、赤々とした道ができた。その人物は炎で揺らめく空気の中を歩き、あたしたちの前まで来る。

 最後に片手剣ハンターが、いまだに笑みを浮かべる人物を片手で示した。

「このお方は、五〇〇〇年に渡って古代ロックラック王朝の墓守りを命とする、誉れ高いマスターブ家の二〇二代当主にして、当代切ってのラッシャー、トン殿で有らせられる!」

 そして、すっとインゴットハンターたちが立ち上がる。

 …………。

 え、終わり?

 “トン”が名前で、“殿”が敬称? で、“マスターブ”名字ってこと?

 てかなんの説明にもなってないんだけど。

 だけどそこは我らが最年長のバニィさん、腕を胸に当ててお辞儀をした。

「状況は把握しております。ギルドの代表として、観測船と係留所にてクエストの進捗状況をご覧なさっていたそうですね」

 うんうん、とその人物――トン殿?――は頷いた。

「ではこちらへどうぞ。今“墓”を確認した者が――」

「――来たか。墓暴き」

 ジュンさんの言葉が“洞穴”内を通り抜け――

「貴様! トン殿に向かって許すまじ暴言!」

 ――しゅりん、と刃が抜かれる音が返った。片手剣ハンターが“絨毯”を捨てて、剥ぎ取り用ナイフを構えたのだ。

「おい、ジュン!」

「君が待機していたということはやはり、ギルドは“墓”絡みだと認識していたわけだな。タヌキ親父どもが」

 その殺気を無視して、ジュンさんは口を開く。

 ボウガンハンターは直立したままだ。

「聞いているのか貴様! トン殿への侮辱は許さんぞ! ギリースーツを脱いで顔を見せろ、下賎のものめ!」

 お! 初めてポンチョに言及する人が出てきたぞ!

 ジュンさんがちらりと声の主を見るや否や、ふ、とポンチョの黒い波を残像のように残してその姿が消える。

「すまん、聞こえなかった。もう少し大きな声で言ってもらえるか?」

 その声は片手剣ハンターの背後からした。

 なにも見えなかった。たぶんバニィさんもだろう、お互い呆気に取られて声が出ない。

 ジュンさんは丸腰だ。太刀を帯びていないし、剥ぎ取り用ナイフも持っていない。

 ただ、相手のナイフの柄を、下から触れているだけ。

 なのに、片手剣ハンターは震えている。

 完全に優位に立っていた。

「さあ、もう一度言ってくれ。私に、これを“脱げ”と言ったのか? いいだろう、だが君も同じ状態になることが前提だ。どうする?」

 え、どういう意味?

「侮辱じゃなくて事実だよー」

 場が静まった。

 ジュンさんとバニィさんは元から。

 二人のインゴットハンターは発言者ゆえに。

 あたしは、その声質ゆえに。

「赤ちゃんが元気に眠っているかどうか、ドアを開けずに確認できないよね。守るためでも奪うためでも、暴くことは一緒なんだよねー」

 鈴を転がしたような軽やかな声。

「ト、トン殿! そんなことを言うものではありません! 下々の人間がどう言葉尻を捉えるか!」

「だって“暴く”は悪い意味じゃないじゃん。気にしすぎだよー」

 音の繋がりになんの違和感もない、流れるような声。

「ジュンさん、ごめんなさい。こっちの親衛隊はボクのことになるとすぐ頭に血が登るんだー。許してあげてー」

「仕方ない、君が言うならそうしよう」

 ジュンさんはナイフから手を離すと、すっと身を引く。息をつめていた片手剣ハンターが、密かに息を吐く。

「君はもうちょっと静かにしててね。親衛隊は黙って立ってる姿がかっこいいんだよー」

「か、かっこいい……?」

 彼はボウガンハンターを一瞬見てから、剥ぎ取り用ナイフを納めて直立の姿勢をとった。

 すごい、親衛隊の“ハンター”を二人も引き連れて、それを一声の元に納めるなんて――じゃなくて!

「女の子だったんですか!?」

「それはちょっと傷付くー」

「ご、ごめんなさい!」

 片手剣ハンターがかすかに動くのを見て慌てて謝る。

 だけどそれは口ばかりだったみたいで、トン殿はくすくすと笑った。

「トン・マスターブだよー。よろしくね、エリさん。トン殿って呼んでねー」

 彼女はたんたん、と進み出ると、あたしの手を握って上下に振った。もみ上げと同様に一つにまとめた後ろ髪が、手と一緒にぴょこぴょこと跳ねる。

「よろしく……って、どうしてあたしの名前を?」

「ファンだからー」

 服と同じゆったりとした喋り方だけど、舌足らずじゃないし聞き取りにくくもない口調で、彼女は、ん、え? なんて言った?

「ファンって。あたしの? もしかして小説の!? ト、トン殿さんが!?」

「貴様、無礼だぞ!!」

 またも片手剣ハンターが大声を上げて、あたしはびくっとなる。

「トン殿を“トン殿”と呼ぶとは、なんと下劣な人間よ!」

 は?

「だって今『呼んでね』って言ったじゃないですか」

「許可されたならしていいのか! 西シュレイドの陛下が『私の前で腹踊りしてもよい』と言ったら、お前はするのか!」

「それ極端ですよね。というか腹踊りならしませんよ」

「私にとってはトン殿は国王と言っても過言ではないのだ!」

 うわあ、めんどくせえ。話通じてねえし。

 でもそう呟いたら、トン殿含めて更にめんどくさいことになりそうだからなあ。

「トン殿もほら、そんな下賎な輩の手など握ってはなりません!」

「めんどくさいねー、君たちは」

 あ、ご本人が仰ったわ。

「ト、トン殿! めんどくさいとはご無体な! 我々はトン殿のことを考えて!」

「ボクのことを考えてるなら、ついてこないでいいんだよー」

「な、なんと」

「ボクは一人が好きなのに、どうしてぞろぞろつけちゃうのかなー」

 親衛隊は絶句してる。親衛隊ともあろうお二方になんたるお言葉……ってこの口調難しいね。敬語は苦手だよ。

「こ、この者たちは、トン殿の寛大なる提案を図々しくも拡大解釈しているのですぞ! 我々はその無礼を――」

「――ん、じゃあ命令ー。ハンター諸君、ボクのことは“トン”と呼ぶようにー。敬称の有無は、各々がより尊敬の念を感じる方を選ぶようにー」

「あ、じゃあトン殿で」

「ボクもそれで」

「ありがとありがとー!」

「お前ら! いくらトン殿の命令だからと――」

「――命令だからと、なにかなー?」

「命令……ぐ……」

 納得せざるを得なくなったようだ。

「私は今までどおり、トンと呼ばせてもらおう」

「よろしくねー」

 片手剣ハンターはプルプルするも、無言。

「ジュンさんの呼び捨てはいいんですか? どうしてです?」

 やっぱり無言。長いものには巻かれるタイプなのね。

「ずいぶん時間を食ってしまったな。本題に入ってもいいか?」

「いいよー。それでボクね、前回打ち切りになった『美少女ハンター孤島でドッキリ水泳大会!』の続きが――」

「――トン、そっちじゃない」

「あ、そうだったねー」

 と、土をこする音が近付いてくる。ざざざざっと連続して唸る音で、かなり早いスピードだ。

 今まで微動もせずに直立していたボウガンハンターが、すっと抜銃した。流れるような動作でリロードをこなし、静かにトン殿の前に立つ。

「なんだろなんだろ、ウルクかなー?」

 ずざあ、と凍った土を蹴散らし、現れた茶色の物体は――

「たっだいま! って、みんなもう着いてたのか!」

 ――うん、まあなんか予想はできてたと思うけど、マーキさんだった。

「なにしてるんだ君は」

「なにって、ガウシカ狩ってきたぜ姐さん!」

「それは見れば分かる。なんでその死骸でソリの真似事みたいなことしてるんだ。ぶつかったら死ぬぞ」

「ぶつからなければ死なないってことだろ?」

 ああ言えばこう言う。

「おお、おお! あなたが大食いで大ウソ吐きのマーキ・顎ヒゲ・パラオさん?」

 どういう伝わり方してるの?

「おう! 大食いで大ウソ吐きのマーキ・顎ヒゲ・パラオさんだぜ!」

 変なミドルネームついた!?

「トン・マスターブだよー。トン殿って呼んでね」

「よろしくなトン殿!」

「グッドー!」

 マーキさんが人差し指を差し向け、トン殿が手を伸ばして顎ヒゲをじょりじょりする。この二人は気が合いそうだな。

「お前らいいか。ほんとに本題に入るぞ」

 今朝は主導権を握られっぱなしだね、ジュンさん。

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